五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第262話:聖域の湯浴み、そして家族の覚悟

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 その夜、新・中央館の完成に先駆けて造られた、アキオ一家専用の大浴場は、静かな湯気と、妻たちの華やかな気配に満ちていた。源泉から引かれた湯は、アキオが設計した特殊な浄化システムを通り、温泉特有の強い硫黄臭が、嗅覚の鋭いキナでも気にならないほど、完璧に取り除かれている。

 その極上の湯の中で、アキオは、昼間に届いた子爵からの親書の内容を、妻たち全員と、そしてクラウディアに、包み隠さず伝えた。
「…というわけだ。子爵の寄親であるスタンフィールド侯爵が、俺たちが贈った魔導車を見てしまった。子爵は、どう説明すべきか、頭を抱えている」
 アキオは、そこで一息つき、子爵が付け加えてきた、侯爵の人物像についての、奇妙な補足を語った。
「子爵が言うにはな、その侯爵様は、決して悪人ではないらしい。むしろ、領民を想う、実はお人よしで、人畜無害な人物なんだと。ただ、その…見た目の威圧感が半端なく、一度興味を持つと、子供のように止まらなくなる。今回は、未知の技術である魔導車の出処を、ただただ知りたいだけだろう、と…」

 その、あまりにも厄介な人物像に、妻たちの間にも、様々な反応が広がった。
「なんだい、つまり、見た目だけデカくて、中身はガキってことか? そいつは一番、面倒な相手じゃねえか!」
 キナが、呆れたように湯をかき混ぜる。
「でも、子爵様が本当にお困りなら、助けてさしあげたいですわ。その侯爵様も、悪気がないのなら、きっとお話せば分かってくださるはずです」
 アヤネが、聖母のように、穏やかな声で言う。

 その時、これまで静かに話を聞いていたシルヴィアが、その深い翠の瞳で、アキオを見つめた。
「これは、我々の力が、ついに外部の上位貴族に知られてしまったということ。もはや、森の中に隠れていられる時期は終わりつつあるのかもしれません。我々が、どういう立場で世界と向き合うのか…その覚悟を問われていますわ、アキオ」
 シルヴィアのその言葉は、この問題の本質を的確に捉えていた。

 凛もまた、秘書官としての冷静な分析を述べる。
「下手に隠し立てすれば、かえって侯爵の好奇心と疑念を煽り、事態を悪化させる可能性があります。かといって、全てを明け透けに見せるのも、我々の安全保障上、得策ではありません。…情報の開示レベルと、交渉の落としどころを、慎重に見極める必要がありますわね」
 クラウディアも、その言葉に深く頷いた。
「王都にも、おりましたわ。自らの知的好奇心を満たすためだけに、平気で他者を振り回す、無邪気で、だからこそ危険な権力者が。そのような相手には、生半可な対応は通用いたしません」

 妻たちの、それぞれの立場からの、的確で、そして愛情に満ちた意見。アキオは、その全てを心に受け止め、そして、自らが進むべき道を決定した。
「分かった。皆の言う通りだ」
 アキオは、立ち上がると、湯けむりの向こうにいる家族全員の顔を見渡し、力強く宣言した。
「隠れていても、いずれ見つかる。ならば、俺たちの方から、堂々と出ていこう。そのスタンフィールド侯爵とやらに、俺が直接会って、話をつけてくる」
 その言葉には、もはや迷いはない。
「これは、脅威への対処じゃない。新しい、そしてとてつもなく厄介な『隣人』との、最初の挨拶だ。俺たちの聖域が、どんな場所なのか、その目で、直接見せてやる」

 それは、アキオの町が、その存在を、もはや隠すのではなく、一つの独立した「勢力」として、外部世界の権力者と向き合うという、新しい覚悟が決まった瞬間だった。湯けむりの中で、妻たちは、そしてクラウディアは、そんな夫の、そして愛する男の、頼もしい背中を、絶対の信頼を込めて見つめていた。
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