五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
278 / 400

第278話:エルドリアの光、そして二人の聖母

しおりを挟む
 アキオたちが、北の侯爵領を目指して旅立ってから、一月が過ぎた。
 その頃、遠く離れたエルドリア王国の新しい王都では、二人の女性が、それぞれの戦場で、国の未来をその両肩に背負っていた。一人は、王女セレスティーナ。もう一人は、女騎士レオノーラ。彼女たちは、アキオの第三、第四夫人であり、そして、この国の復興を担う、二人の聖母でもあった。

 その日の午前、王宮の評議会室は、緊張した空気に包まれていた。
「兄上、東部の第三農業区画への、食料配給を増やすべきです。あそこの民は、先の戦で最も疲弊し、そして、最も多くの働き手を失いました。目先の収穫量だけを考えれば非効率に見えても、まず、民の心を、その胃袋を満たすことこそが、復興の第一歩ですわ」
 セレスティーナは、弟であるクリストフ王子と、集まった重臣たちを前に、凛とした、しかし慈愛に満ちた声で進言した。その言葉には、かつてのアキオの町で学んだ、「民を第一に考える」という、統治の真髄が込められている。
「しかし、姉上…」
「ええ、分かっています。西部の貴族たちが、自らの領地の収穫を優先しろと、圧力をかけてきているのでしょう。ですが、兄上。力で民を支配した、父の時代の過ちを、繰り返してはなりません。アキオ様ならば、きっと、こう仰るはずです。『働く者、そして、明日を信じる者が、腹を空かせるような国に、未来はない』と」
 その言葉に、クリストフ王子は、迷いを振り払うように、力強く頷いた。アキオの不在は、逆に、彼の教えが、この国の指導者たちの心に、深く根付いていることを証明していた。

 一方、王都の城壁の外にある、広大な練兵場。そこでは、レオノーラの、鋼のように鋭い声が響き渡っていた。
「だらしないぞ! 剣を振るのではない! その剣で、誰を、何を守るのか、その意志を刃に乗せろ!」
 彼女は、新生エルドリア騎士団の、若き騎士たちを、容赦なく鍛え上げていた。その訓練は、ただ厳しいだけではない。騎士としての誇りと、そして何よりも、民を守るという、聖域で学んだ絶対的な信念を、彼らの魂に叩き込んでいた。
「我らは、もはや、誰かを支配するための力ではない! この国の、か弱き者たちの、最後の盾となるための力だ! それを忘れた者は、今すぐこの場を去れ!」
 レオノーラのその姿は、もはや単なる女騎士ではない。国の未来を守る、気高き守護神そのものだった。

 それぞれの「仕事」を終えた昼下がり。二人は、王宮の一角に設けられた、アキオたちが創造してくれた「小さな聖域」で、落ち合った。
 そこでは、二人の母親の帰りを、子供たちが、今か今かと待ちわびていた。
「おかあさま!」
 ステラとエルザが、二人の元へと駆け寄ってくる。セレスティーナとレオノーラは、それぞれの娘を、力強く、そして愛おしそうに抱きしめた。少し離れた場所では、エドワードとライナスが、聖域を守護する、鹿に似た成体の聖霊獣に、おそるおそる、しかし興味深そうに、木の葉を与えている。
 白銀に輝く生命樹の若木の下で、子供たちは、驚くほど健やかに、そして快活に育っていた。その肌は艶やかで、瞳は、希望の光に満ちている。戦乱の傷跡が色濃く残るこの国で、この一角だけが、まるで別世界のような、生命の喜びに満ち溢れていた。

 セレスティーナとレオノーラは、ベンチに腰掛け、そんな子供たちの姿を、穏やかな表情で見つめていた。
「レオノーラ…時々、不思議に思うのです。わたくしたちは、あの方の隣ではなく、こうして遠い地で、国のために尽くしている。…でも、少しも、心が離れている気がしないの」
「ええ、セレスティーナ様。私もです。あの方からいただいた、この子たちと、この聖域、そして『白百合』…。あの方は、その魂の最も大切な部分を、ここに置いていってくださったのですから」
 二人は、互いの手を取り合った。アキオの妻として、そして、この国の未来を担う同志として、その絆は、誰よりも深く、そして固い。

「おかあさま、あれ、乗りたいです!」
 ステラが、指差したのは、王宮の厩舎に、大切に保管されている、魔導車『白百合』だった。
「ふふ、仕方がありませんわね」
 その日の午後、二人の聖母は、子供たちを連れて、『白百合』で、復興が進む王都の視察へと出かけた。
 音もなく、滑るように走る、白く優美な魔導車。その大きなガラス窓から、王家の子供たちが、嬉しそうに外を眺めている。その光景は、王都の民たちにとって、何よりも雄弁な、希望の象徴だった。彼らは、その奇跡の乗り物と、輝くような子供たちの姿に、エルドリアの明るい未来を、確かに見ていた。

 セレスティーナは、後部座席で、眠ってしまった我が子を抱きしめながら、遠い聖域にいる、愛しい夫を想う。
(あなた。わたくしたちは、大丈夫です。貴方が与えてくださった、この光と、この愛がある限り、わたくしたちは、この国を、必ずや、守り抜いてみせますわ)
 彼女のその誓いは、風に乗り、そして、生命樹の脈動を通じて、遥か北の大地を目指す、愛する夫の元へと、確かに届けられているのかもしれなかった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

家ごと異世界ライフ

もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

処理中です...