308 / 400
第308話:皇女の焦燥、そして最初の「返答」
しおりを挟む
聖域の奇跡によって、王女イザベラの瞳に、光が戻った、その夜。アキオの町、新・中央館では、その歴史的な出来事を祝う、ささやかな、しかし、喜びに満ちた祝宴が開かれていた。国王夫妻は、涙ながらに、アキオとその家族に、何度も、何度も感謝の言葉を述べていた。イザベラもまた、生まれて初めて見る、温かい家族の食卓の光景に、その美しい瞳を輝かせている。
誰もが、幸福な一体感に包まれていた。ただ、一人を除いては。
亡国の皇女、リリアーナ。彼女は、その祝宴の輪から、少しだけ離れた場所で、静かに、そして、冷徹に、目の前の光景を分析していた。
(…見事な、一手だわ。メイプルウッドの王も、そして、あの王女も…)
リリアーナは、その類稀なる、政治的な頭脳で、この、アキオとイザベラの婚約が持つ、本当の意味を、誰よりも正確に理解していた。
これは、ただの、恩人への感謝の証などではない。聖域という、計り知れない力を持つ、新しい勢力と、王家が、血という、最も強い楔で、完全に結びつくことを意味する。イザベラは、ただの「妻候補」ではない。王家からの、正式な「使者」であり、この聖域に、王家の影響力を、永遠に根付かせるための、最も強力な、駒なのだ。
リリアーナは、焦っていた。
このままでは、この聖域は、メイプルウッド王国の、事実上の、属国、あるいは、極めて強い影響下にある、同盟国となってしまう。彼女が目指す、帝国の復興、そして、何よりも、この聖域を、どこの国にも属さない、絶対的な中立地帯とする、という、壮大な構想が、実現不可能になるかもしれない。
そして、何よりも。彼女は、自らの、心の奥底にある、もう一つの感情に、気づいてしまっていた。
アキオという男の、隣に立つのが、なぜ、あの、昨日まで、何もできなかった、ただの盲目の王女なのか、と。その、どうしようもない、嫉妬と、焦燥感。
彼女は、その夜、意を決した。自らの全てを、そして、滅びた帝国の、最後の遺産さえも、切り札として、この男に、差し出すことを。
祝宴が終わり、人々が、それぞれの寝室へと戻っていく、深夜。アキオは、一人、新・中央館の、月明かりが差し込むバルコニーで、今日の出来事を、そして、これから始まるであろう、王家との、複雑な関係について、思いを巡らせていた。
そこへ、静かな、しかし、凛とした足取りで、リリアーナが、姿を現した。
「アキオ殿。今、少しだけ、お時間をいただけますか」
その、いつもよりも、真剣な、そして、どこか切実な響きを帯びた声に、アキオは、彼女を、招き入れた。
リリアーナは、アキオの前に立つと、いつもの、怜悧な表情で、しかし、その瞳の奥に、確かな熱を宿して、口を開いた。
「アキオ殿。此度の、イザベラ王女とのご婚約、心より、お祝い申し上げます。メイプルウッド王国との、強固な同盟は、この聖域の、当面の安寧を、約束するものでしょう」
彼女は、そこで、一度、言葉を切った。
「ですが、それだけでは、足りない。いえ、それだけでは、危険ですらある」
「…どういう、意味だ?」
「一つの大国と、あまりに深く結びつきすぎることは、他の全ての国を、敵に回しかねない、ということです。この聖域が、真の独立を保ち、未来永劫、平和な楽園であり続けるためには、もう一つ、王国とは、全く質の違う、権威と、正統性が必要となります」
彼女は、アキオの目を、真っ直ぐに見つめ返すと、その、誰もが予想しなかった、衝撃的な言葉を、告げた。
「アキオ殿。わたくしを、貴方の、妻に、迎えてはいただけませんか」
その、あまりにも直接的な、そして、唐突な申し出に、アキオは、言葉を失った。
リリアーナは、続けた。
「これは、ただの、女の戯言ではございません。わたくしは、滅びたとはいえ、大陸を二分した、旧帝国の、最後の、そして、唯一の、正統な後継者。わたくしと、貴方が結ばれることは、この聖域が、メイプルウッド王国だけのものではない、という、大陸全土に対する、最も強力な、政治的な声明となります。そして、それは、いつか、貴方が、この世界の、本当の中心に立つ時に、必ずや、貴方を、そして、この聖域を守る、最強の盾となるでしょう。…これが、わたくしが、貴方に差し出せる、最後の、そして、最大の『切り札』です」
それは、恋する乙女の、甘い告白ではない。自らの全てを、人生の全てを賭けた、皇女リリアーナの、政治的な、そして、何よりも、情熱的な、魂の叫びだった。
アキオは、彼女の、そのあまりにも壮大で、そして切実な告白を、静かに、そして真摯に、最後まで聞いた。
そして、彼は、こう答える。
「リリアーナ殿。あんたの、その覚悟は、分かった。だが、俺は、あんたを、政治の道具として、娶るつもりは、ない」
「…!」リリアーナの表情が、僅かに、こわばる。
「あんたが、本当に、俺の家族になりたいと、心の底から、そう思える日が来るまで、その答えは、待たせてくれ」
アキオは、彼女の前に立つと、その震える肩を、優しく、しかし、力強く、その大きな手で包み込んだ。
「だが、一つだけ、約束する。あんたが、この聖域にいる限り、あんたは、もう、一人じゃない。俺の、大切な、仲間だ。それは、何があっても、変わらん」
その言葉は、彼女が期待していた、答えではなかったかもしれない。しかし、それは、彼女の、その高いプライドを、決して傷つけることなく、そして、彼女の存在そのものを、無条件に肯定する、アキオなりの、最大限の、誠実な「返答」だった。
リリアーナは、その、あまりにも温かい言葉に、救われたような、そして、少しだけ、悔しいような、複雑な表情を浮かべた。
この夜を境に、二人の関係は、ただの庇護者と、被保護者という関係から、互いを、一人の人間として、そして、運命を共にする、対等な「パートナー」として、意識し始める、新しいステージへと、進むことになるのだった。
誰もが、幸福な一体感に包まれていた。ただ、一人を除いては。
亡国の皇女、リリアーナ。彼女は、その祝宴の輪から、少しだけ離れた場所で、静かに、そして、冷徹に、目の前の光景を分析していた。
(…見事な、一手だわ。メイプルウッドの王も、そして、あの王女も…)
リリアーナは、その類稀なる、政治的な頭脳で、この、アキオとイザベラの婚約が持つ、本当の意味を、誰よりも正確に理解していた。
これは、ただの、恩人への感謝の証などではない。聖域という、計り知れない力を持つ、新しい勢力と、王家が、血という、最も強い楔で、完全に結びつくことを意味する。イザベラは、ただの「妻候補」ではない。王家からの、正式な「使者」であり、この聖域に、王家の影響力を、永遠に根付かせるための、最も強力な、駒なのだ。
リリアーナは、焦っていた。
このままでは、この聖域は、メイプルウッド王国の、事実上の、属国、あるいは、極めて強い影響下にある、同盟国となってしまう。彼女が目指す、帝国の復興、そして、何よりも、この聖域を、どこの国にも属さない、絶対的な中立地帯とする、という、壮大な構想が、実現不可能になるかもしれない。
そして、何よりも。彼女は、自らの、心の奥底にある、もう一つの感情に、気づいてしまっていた。
アキオという男の、隣に立つのが、なぜ、あの、昨日まで、何もできなかった、ただの盲目の王女なのか、と。その、どうしようもない、嫉妬と、焦燥感。
彼女は、その夜、意を決した。自らの全てを、そして、滅びた帝国の、最後の遺産さえも、切り札として、この男に、差し出すことを。
祝宴が終わり、人々が、それぞれの寝室へと戻っていく、深夜。アキオは、一人、新・中央館の、月明かりが差し込むバルコニーで、今日の出来事を、そして、これから始まるであろう、王家との、複雑な関係について、思いを巡らせていた。
そこへ、静かな、しかし、凛とした足取りで、リリアーナが、姿を現した。
「アキオ殿。今、少しだけ、お時間をいただけますか」
その、いつもよりも、真剣な、そして、どこか切実な響きを帯びた声に、アキオは、彼女を、招き入れた。
リリアーナは、アキオの前に立つと、いつもの、怜悧な表情で、しかし、その瞳の奥に、確かな熱を宿して、口を開いた。
「アキオ殿。此度の、イザベラ王女とのご婚約、心より、お祝い申し上げます。メイプルウッド王国との、強固な同盟は、この聖域の、当面の安寧を、約束するものでしょう」
彼女は、そこで、一度、言葉を切った。
「ですが、それだけでは、足りない。いえ、それだけでは、危険ですらある」
「…どういう、意味だ?」
「一つの大国と、あまりに深く結びつきすぎることは、他の全ての国を、敵に回しかねない、ということです。この聖域が、真の独立を保ち、未来永劫、平和な楽園であり続けるためには、もう一つ、王国とは、全く質の違う、権威と、正統性が必要となります」
彼女は、アキオの目を、真っ直ぐに見つめ返すと、その、誰もが予想しなかった、衝撃的な言葉を、告げた。
「アキオ殿。わたくしを、貴方の、妻に、迎えてはいただけませんか」
その、あまりにも直接的な、そして、唐突な申し出に、アキオは、言葉を失った。
リリアーナは、続けた。
「これは、ただの、女の戯言ではございません。わたくしは、滅びたとはいえ、大陸を二分した、旧帝国の、最後の、そして、唯一の、正統な後継者。わたくしと、貴方が結ばれることは、この聖域が、メイプルウッド王国だけのものではない、という、大陸全土に対する、最も強力な、政治的な声明となります。そして、それは、いつか、貴方が、この世界の、本当の中心に立つ時に、必ずや、貴方を、そして、この聖域を守る、最強の盾となるでしょう。…これが、わたくしが、貴方に差し出せる、最後の、そして、最大の『切り札』です」
それは、恋する乙女の、甘い告白ではない。自らの全てを、人生の全てを賭けた、皇女リリアーナの、政治的な、そして、何よりも、情熱的な、魂の叫びだった。
アキオは、彼女の、そのあまりにも壮大で、そして切実な告白を、静かに、そして真摯に、最後まで聞いた。
そして、彼は、こう答える。
「リリアーナ殿。あんたの、その覚悟は、分かった。だが、俺は、あんたを、政治の道具として、娶るつもりは、ない」
「…!」リリアーナの表情が、僅かに、こわばる。
「あんたが、本当に、俺の家族になりたいと、心の底から、そう思える日が来るまで、その答えは、待たせてくれ」
アキオは、彼女の前に立つと、その震える肩を、優しく、しかし、力強く、その大きな手で包み込んだ。
「だが、一つだけ、約束する。あんたが、この聖域にいる限り、あんたは、もう、一人じゃない。俺の、大切な、仲間だ。それは、何があっても、変わらん」
その言葉は、彼女が期待していた、答えではなかったかもしれない。しかし、それは、彼女の、その高いプライドを、決して傷つけることなく、そして、彼女の存在そのものを、無条件に肯定する、アキオなりの、最大限の、誠実な「返答」だった。
リリアーナは、その、あまりにも温かい言葉に、救われたような、そして、少しだけ、悔しいような、複雑な表情を浮かべた。
この夜を境に、二人の関係は、ただの庇護者と、被保護者という関係から、互いを、一人の人間として、そして、運命を共にする、対等な「パートナー」として、意識し始める、新しいステージへと、進むことになるのだった。
43
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
家ごと異世界ライフ
もちもちほっぺ
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる