五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第308話:皇女の焦燥、そして最初の「返答」

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 聖域の奇跡によって、王女イザベラの瞳に、光が戻った、その夜。アキオの町、新・中央館では、その歴史的な出来事を祝う、ささやかな、しかし、喜びに満ちた祝宴が開かれていた。国王夫妻は、涙ながらに、アキオとその家族に、何度も、何度も感謝の言葉を述べていた。イザベラもまた、生まれて初めて見る、温かい家族の食卓の光景に、その美しい瞳を輝かせている。
 誰もが、幸福な一体感に包まれていた。ただ、一人を除いては。

 亡国の皇女、リリアーナ。彼女は、その祝宴の輪から、少しだけ離れた場所で、静かに、そして、冷徹に、目の前の光景を分析していた。
(…見事な、一手だわ。メイプルウッドの王も、そして、あの王女も…)
 リリアーナは、その類稀なる、政治的な頭脳で、この、アキオとイザベラの婚約が持つ、本当の意味を、誰よりも正確に理解していた。
 これは、ただの、恩人への感謝の証などではない。聖域という、計り知れない力を持つ、新しい勢力と、王家が、血という、最も強い楔で、完全に結びつくことを意味する。イザベラは、ただの「妻候補」ではない。王家からの、正式な「使者」であり、この聖域に、王家の影響力を、永遠に根付かせるための、最も強力な、駒なのだ。
 リリアーナは、焦っていた。
 このままでは、この聖域は、メイプルウッド王国の、事実上の、属国、あるいは、極めて強い影響下にある、同盟国となってしまう。彼女が目指す、帝国の復興、そして、何よりも、この聖域を、どこの国にも属さない、絶対的な中立地帯とする、という、壮大な構想が、実現不可能になるかもしれない。

 そして、何よりも。彼女は、自らの、心の奥底にある、もう一つの感情に、気づいてしまっていた。
 アキオという男の、隣に立つのが、なぜ、あの、昨日まで、何もできなかった、ただの盲目の王女なのか、と。その、どうしようもない、嫉妬と、焦燥感。
 彼女は、その夜、意を決した。自らの全てを、そして、滅びた帝国の、最後の遺産さえも、切り札として、この男に、差し出すことを。

 祝宴が終わり、人々が、それぞれの寝室へと戻っていく、深夜。アキオは、一人、新・中央館の、月明かりが差し込むバルコニーで、今日の出来事を、そして、これから始まるであろう、王家との、複雑な関係について、思いを巡らせていた。
 そこへ、静かな、しかし、凛とした足取りで、リリアーナが、姿を現した。
「アキオ殿。今、少しだけ、お時間をいただけますか」
 その、いつもよりも、真剣な、そして、どこか切実な響きを帯びた声に、アキオは、彼女を、招き入れた。

 リリアーナは、アキオの前に立つと、いつもの、怜悧な表情で、しかし、その瞳の奥に、確かな熱を宿して、口を開いた。
「アキオ殿。此度の、イザベラ王女とのご婚約、心より、お祝い申し上げます。メイプルウッド王国との、強固な同盟は、この聖域の、当面の安寧を、約束するものでしょう」
 彼女は、そこで、一度、言葉を切った。
「ですが、それだけでは、足りない。いえ、それだけでは、危険ですらある」
「…どういう、意味だ?」
「一つの大国と、あまりに深く結びつきすぎることは、他の全ての国を、敵に回しかねない、ということです。この聖域が、真の独立を保ち、未来永劫、平和な楽園であり続けるためには、もう一つ、王国とは、全く質の違う、権威と、正統性が必要となります」

 彼女は、アキオの目を、真っ直ぐに見つめ返すと、その、誰もが予想しなかった、衝撃的な言葉を、告げた。
「アキオ殿。わたくしを、貴方の、妻に、迎えてはいただけませんか」
 その、あまりにも直接的な、そして、唐突な申し出に、アキオは、言葉を失った。
 リリアーナは、続けた。
「これは、ただの、女の戯言ではございません。わたくしは、滅びたとはいえ、大陸を二分した、旧帝国の、最後の、そして、唯一の、正統な後継者。わたくしと、貴方が結ばれることは、この聖域が、メイプルウッド王国だけのものではない、という、大陸全土に対する、最も強力な、政治的な声明となります。そして、それは、いつか、貴方が、この世界の、本当の中心に立つ時に、必ずや、貴方を、そして、この聖域を守る、最強の盾となるでしょう。…これが、わたくしが、貴方に差し出せる、最後の、そして、最大の『切り札』です」
 それは、恋する乙女の、甘い告白ではない。自らの全てを、人生の全てを賭けた、皇女リリアーナの、政治的な、そして、何よりも、情熱的な、魂の叫びだった。

 アキオは、彼女の、そのあまりにも壮大で、そして切実な告白を、静かに、そして真摯に、最後まで聞いた。
 そして、彼は、こう答える。
「リリアーナ殿。あんたの、その覚悟は、分かった。だが、俺は、あんたを、政治の道具として、娶るつもりは、ない」
「…!」リリアーナの表情が、僅かに、こわばる。
「あんたが、本当に、俺の家族になりたいと、心の底から、そう思える日が来るまで、その答えは、待たせてくれ」
 アキオは、彼女の前に立つと、その震える肩を、優しく、しかし、力強く、その大きな手で包み込んだ。
「だが、一つだけ、約束する。あんたが、この聖域にいる限り、あんたは、もう、一人じゃない。俺の、大切な、仲間だ。それは、何があっても、変わらん」

 その言葉は、彼女が期待していた、答えではなかったかもしれない。しかし、それは、彼女の、その高いプライドを、決して傷つけることなく、そして、彼女の存在そのものを、無条件に肯定する、アキオなりの、最大限の、誠実な「返答」だった。
 リリアーナは、その、あまりにも温かい言葉に、救われたような、そして、少しだけ、悔しいような、複雑な表情を浮かべた。
 この夜を境に、二人の関係は、ただの庇護者と、被保護者という関係から、互いを、一人の人間として、そして、運命を共にする、対等な「パートナー」として、意識し始める、新しいステージへと、進むことになるのだった。
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