五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
308 / 387

第308話:皇女の焦燥、そして最初の「返答」

しおりを挟む
 聖域の奇跡によって、王女イザベラの瞳に、光が戻った、その夜。アキオの町、新・中央館では、その歴史的な出来事を祝う、ささやかな、しかし、喜びに満ちた祝宴が開かれていた。国王夫妻は、涙ながらに、アキオとその家族に、何度も、何度も感謝の言葉を述べていた。イザベラもまた、生まれて初めて見る、温かい家族の食卓の光景に、その美しい瞳を輝かせている。
 誰もが、幸福な一体感に包まれていた。ただ、一人を除いては。

 亡国の皇女、リリアーナ。彼女は、その祝宴の輪から、少しだけ離れた場所で、静かに、そして、冷徹に、目の前の光景を分析していた。
(…見事な、一手だわ。メイプルウッドの王も、そして、あの王女も…)
 リリアーナは、その類稀なる、政治的な頭脳で、この、アキオとイザベラの婚約が持つ、本当の意味を、誰よりも正確に理解していた。
 これは、ただの、恩人への感謝の証などではない。聖域という、計り知れない力を持つ、新しい勢力と、王家が、血という、最も強い楔で、完全に結びつくことを意味する。イザベラは、ただの「妻候補」ではない。王家からの、正式な「使者」であり、この聖域に、王家の影響力を、永遠に根付かせるための、最も強力な、駒なのだ。
 リリアーナは、焦っていた。
 このままでは、この聖域は、メイプルウッド王国の、事実上の、属国、あるいは、極めて強い影響下にある、同盟国となってしまう。彼女が目指す、帝国の復興、そして、何よりも、この聖域を、どこの国にも属さない、絶対的な中立地帯とする、という、壮大な構想が、実現不可能になるかもしれない。

 そして、何よりも。彼女は、自らの、心の奥底にある、もう一つの感情に、気づいてしまっていた。
 アキオという男の、隣に立つのが、なぜ、あの、昨日まで、何もできなかった、ただの盲目の王女なのか、と。その、どうしようもない、嫉妬と、焦燥感。
 彼女は、その夜、意を決した。自らの全てを、そして、滅びた帝国の、最後の遺産さえも、切り札として、この男に、差し出すことを。

 祝宴が終わり、人々が、それぞれの寝室へと戻っていく、深夜。アキオは、一人、新・中央館の、月明かりが差し込むバルコニーで、今日の出来事を、そして、これから始まるであろう、王家との、複雑な関係について、思いを巡らせていた。
 そこへ、静かな、しかし、凛とした足取りで、リリアーナが、姿を現した。
「アキオ殿。今、少しだけ、お時間をいただけますか」
 その、いつもよりも、真剣な、そして、どこか切実な響きを帯びた声に、アキオは、彼女を、招き入れた。

 リリアーナは、アキオの前に立つと、いつもの、怜悧な表情で、しかし、その瞳の奥に、確かな熱を宿して、口を開いた。
「アキオ殿。此度の、イザベラ王女とのご婚約、心より、お祝い申し上げます。メイプルウッド王国との、強固な同盟は、この聖域の、当面の安寧を、約束するものでしょう」
 彼女は、そこで、一度、言葉を切った。
「ですが、それだけでは、足りない。いえ、それだけでは、危険ですらある」
「…どういう、意味だ?」
「一つの大国と、あまりに深く結びつきすぎることは、他の全ての国を、敵に回しかねない、ということです。この聖域が、真の独立を保ち、未来永劫、平和な楽園であり続けるためには、もう一つ、王国とは、全く質の違う、権威と、正統性が必要となります」

 彼女は、アキオの目を、真っ直ぐに見つめ返すと、その、誰もが予想しなかった、衝撃的な言葉を、告げた。
「アキオ殿。わたくしを、貴方の、妻に、迎えてはいただけませんか」
 その、あまりにも直接的な、そして、唐突な申し出に、アキオは、言葉を失った。
 リリアーナは、続けた。
「これは、ただの、女の戯言ではございません。わたくしは、滅びたとはいえ、大陸を二分した、旧帝国の、最後の、そして、唯一の、正統な後継者。わたくしと、貴方が結ばれることは、この聖域が、メイプルウッド王国だけのものではない、という、大陸全土に対する、最も強力な、政治的な声明となります。そして、それは、いつか、貴方が、この世界の、本当の中心に立つ時に、必ずや、貴方を、そして、この聖域を守る、最強の盾となるでしょう。…これが、わたくしが、貴方に差し出せる、最後の、そして、最大の『切り札』です」
 それは、恋する乙女の、甘い告白ではない。自らの全てを、人生の全てを賭けた、皇女リリアーナの、政治的な、そして、何よりも、情熱的な、魂の叫びだった。

 アキオは、彼女の、そのあまりにも壮大で、そして切実な告白を、静かに、そして真摯に、最後まで聞いた。
 そして、彼は、こう答える。
「リリアーナ殿。あんたの、その覚悟は、分かった。だが、俺は、あんたを、政治の道具として、娶るつもりは、ない」
「…!」リリアーナの表情が、僅かに、こわばる。
「あんたが、本当に、俺の家族になりたいと、心の底から、そう思える日が来るまで、その答えは、待たせてくれ」
 アキオは、彼女の前に立つと、その震える肩を、優しく、しかし、力強く、その大きな手で包み込んだ。
「だが、一つだけ、約束する。あんたが、この聖域にいる限り、あんたは、もう、一人じゃない。俺の、大切な、仲間だ。それは、何があっても、変わらん」

 その言葉は、彼女が期待していた、答えではなかったかもしれない。しかし、それは、彼女の、その高いプライドを、決して傷つけることなく、そして、彼女の存在そのものを、無条件に肯定する、アキオなりの、最大限の、誠実な「返答」だった。
 リリアーナは、その、あまりにも温かい言葉に、救われたような、そして、少しだけ、悔しいような、複雑な表情を浮かべた。
 この夜を境に、二人の関係は、ただの庇護者と、被保護者という関係から、互いを、一人の人間として、そして、運命を共にする、対等な「パートナー」として、意識し始める、新しいステージへと、進むことになるのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...