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第309話:侯爵令嬢の嘆願書、そして正妻の裁定
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深夜、新・中央館のバルコニーで、亡国の皇女が、その人生の全てを賭けた、魂の告白をしていた、まさにその頃。
もう一人の、高貴な客人、スタンフィールド公爵令嬢シャルロッテもまた、自らの部屋で、眠れぬ夜を過ごしていた。
(…リリアーナ様は、きっと、動かれるわ。あの方の、あの怜悧な瞳。そして、アキオ様を見る、あの、隠しきれない熱。このまま、黙って、イザベラ王女の婚約を、ただ、指をくわえて見ているはずがない…)
シャルロッテは、父である公爵譲りの、現実的な思考で、自らの置かれた立場を、正確に分析していた。
自分は、確かに、公爵家の令嬢だ。だが、今の立場は、聖域と王国との、友好の証として、この地に送られた、人質同然の身。父の気が変われば、あるいは、聖域と王家の関係が悪化すれば、真っ先に、その存在価値を失い、捨てられるのは、自分だ。
リリアーナ様のように、帝国の正統性という「大義名分」もなければ、凛さんやクラウディアさんのような、専門的な「技術知識」もない。
(わたくしは、どうすれば…? この、世界で最も温かく、そして、最も刺激的な場所で、ただの「お客様」で、終わりたくない…!)
彼女は、悩んだ。そして、思考を重ねた。
アキオ様に、直接、想いを告げる? …いえ、それでは、イザベラ王女や、リリアーナ様と同じ土俵に立つことになる。それでは、勝てない。
夜這いをかける? …とんでもない! それは、スタンフィールド家の、そして、何よりも、わたくし自身の、誇りが許さない。
彼女は、ベッドから跳ね起きると、机に向かい、ペンを走らせ始めた。彼女には、彼女だけの、最強の武器があった。それは、大貴族の令嬢として生まれ、幼い頃から見てきた、「人、物、金」を動かす、現実的な政治と、経済の感覚だった。
翌日の午後。
シャルロッテは、アキオ様ではなく、この聖域の、真の裁定者である、正妻シルヴィアの元へと、向かっていた。
シルヴィアの私室で、二人きりの茶会の席。シャルロッテは、恭しく、そして、その瞳に、揺るぎない覚悟を宿して、自ら認(したた)ためた、一通の【嘆願書】を、シルヴィアに差し出した。
「シルヴィア様。突然のご無礼、お許しください。ですが、どうか、こちらを、お読みいただきたく存じます」
シルヴィアは、その、あまりにも格式高い、そして、美しい文字で書かれた嘆願書に、興味深そうに目を通した。そして、その内容に、思わず、感嘆の息を漏らした。
そこには、アキオの町が抱える、未来の課題と、その、具体的な解決策が、完璧な論理で、記されていたのだ。
『聖域の更なる発展のため、私、シャルロッテ・フォン・スタンフィールドに、「聖域街道建設における、資材調達及び、対外交渉官」の役職を、お与えください。』
『現在、聖域街道の建設に必要な石材や木材は、町の者たちが、森や山から、多大な『労力』と『時間』をかけて、切り出しております。それは、大変、尊いことです。ですが、そのために、本来、他の、より重要な事業(新しい家の建設や、食料生産)に振り分けるべき、貴重な人的資源が、割かれているのも、また事実。』
『そこで、わたくしにご提案がございます。我がスタンフィールド家が、古くから付き合いのある、北方の石工ギルドや、山岳部の木こりの組合と、『物々交換』の交渉を行えば、現在よりも、遥かに高品質な資材を、今、町で生産している保存食や、サラ様たちが作る美しい織物、あるいは、ドルガン様たちが作る鉄製品の、ほんの僅かな量と交換するだけで、安定的に、そして大量に、確保することが可能です。』
『これにより、町の貴重な人的資源を、町の内部の、さらなる発展のために、集中させることができます。わたくしに、その『物々交換』の交渉役を、そして、聖域全体の『資源管理顧問』の役職を、お与えいただけないでしょうか。その功績を以て、わたくしを、アキオ様の、正式な『妻候補』の一人として、お認めいただきたく、ここに、嘆願いたします。』
それは、ただの恋文ではない。自らの価値を、聖域にとって、最も有益な形で提示し、そして、その対価として、「妻候補」という、地位を要求する、見事なまでの、政治的な取引の申し出だった。
シルヴィアは、目の前の、この、天真爛漫だと思っていた少女の、その底知れない「器」に、舌を巻いた。
「…面白いお方ね、貴女は。気に入りましたわ」
シルヴィアは、悪戯っぽく、そして、どこか、その挑戦を、楽しむかのように、微笑んだ。
「その嘆願、この正妻シルヴィアが、確かにお預かりいたしました。次の『妻会』で、議題として、提出させていただきます。…覚悟、しておいてくださいな?」
「はい! 望む、ところですわ!」
シャルロッテは、その返答に、満面の笑みを浮かべた。彼女は、自らの知恵と覚悟で、未来への扉を、その手で、確かにこじ開けたのだ。
リリアーナが、自らの過去と、帝国の威信を武器に、アキオに迫った、その裏で。シャルロッテは、自らの未来と、公爵家の実利を武器に、その正妻へと、見事な「交渉」を仕掛けてみせた。
聖域の、新しい時代の歯車は、今、二人の、対照的な姫君によって、大きく、そして、急速に、回り始めていた。
もう一人の、高貴な客人、スタンフィールド公爵令嬢シャルロッテもまた、自らの部屋で、眠れぬ夜を過ごしていた。
(…リリアーナ様は、きっと、動かれるわ。あの方の、あの怜悧な瞳。そして、アキオ様を見る、あの、隠しきれない熱。このまま、黙って、イザベラ王女の婚約を、ただ、指をくわえて見ているはずがない…)
シャルロッテは、父である公爵譲りの、現実的な思考で、自らの置かれた立場を、正確に分析していた。
自分は、確かに、公爵家の令嬢だ。だが、今の立場は、聖域と王国との、友好の証として、この地に送られた、人質同然の身。父の気が変われば、あるいは、聖域と王家の関係が悪化すれば、真っ先に、その存在価値を失い、捨てられるのは、自分だ。
リリアーナ様のように、帝国の正統性という「大義名分」もなければ、凛さんやクラウディアさんのような、専門的な「技術知識」もない。
(わたくしは、どうすれば…? この、世界で最も温かく、そして、最も刺激的な場所で、ただの「お客様」で、終わりたくない…!)
彼女は、悩んだ。そして、思考を重ねた。
アキオ様に、直接、想いを告げる? …いえ、それでは、イザベラ王女や、リリアーナ様と同じ土俵に立つことになる。それでは、勝てない。
夜這いをかける? …とんでもない! それは、スタンフィールド家の、そして、何よりも、わたくし自身の、誇りが許さない。
彼女は、ベッドから跳ね起きると、机に向かい、ペンを走らせ始めた。彼女には、彼女だけの、最強の武器があった。それは、大貴族の令嬢として生まれ、幼い頃から見てきた、「人、物、金」を動かす、現実的な政治と、経済の感覚だった。
翌日の午後。
シャルロッテは、アキオ様ではなく、この聖域の、真の裁定者である、正妻シルヴィアの元へと、向かっていた。
シルヴィアの私室で、二人きりの茶会の席。シャルロッテは、恭しく、そして、その瞳に、揺るぎない覚悟を宿して、自ら認(したた)ためた、一通の【嘆願書】を、シルヴィアに差し出した。
「シルヴィア様。突然のご無礼、お許しください。ですが、どうか、こちらを、お読みいただきたく存じます」
シルヴィアは、その、あまりにも格式高い、そして、美しい文字で書かれた嘆願書に、興味深そうに目を通した。そして、その内容に、思わず、感嘆の息を漏らした。
そこには、アキオの町が抱える、未来の課題と、その、具体的な解決策が、完璧な論理で、記されていたのだ。
『聖域の更なる発展のため、私、シャルロッテ・フォン・スタンフィールドに、「聖域街道建設における、資材調達及び、対外交渉官」の役職を、お与えください。』
『現在、聖域街道の建設に必要な石材や木材は、町の者たちが、森や山から、多大な『労力』と『時間』をかけて、切り出しております。それは、大変、尊いことです。ですが、そのために、本来、他の、より重要な事業(新しい家の建設や、食料生産)に振り分けるべき、貴重な人的資源が、割かれているのも、また事実。』
『そこで、わたくしにご提案がございます。我がスタンフィールド家が、古くから付き合いのある、北方の石工ギルドや、山岳部の木こりの組合と、『物々交換』の交渉を行えば、現在よりも、遥かに高品質な資材を、今、町で生産している保存食や、サラ様たちが作る美しい織物、あるいは、ドルガン様たちが作る鉄製品の、ほんの僅かな量と交換するだけで、安定的に、そして大量に、確保することが可能です。』
『これにより、町の貴重な人的資源を、町の内部の、さらなる発展のために、集中させることができます。わたくしに、その『物々交換』の交渉役を、そして、聖域全体の『資源管理顧問』の役職を、お与えいただけないでしょうか。その功績を以て、わたくしを、アキオ様の、正式な『妻候補』の一人として、お認めいただきたく、ここに、嘆願いたします。』
それは、ただの恋文ではない。自らの価値を、聖域にとって、最も有益な形で提示し、そして、その対価として、「妻候補」という、地位を要求する、見事なまでの、政治的な取引の申し出だった。
シルヴィアは、目の前の、この、天真爛漫だと思っていた少女の、その底知れない「器」に、舌を巻いた。
「…面白いお方ね、貴女は。気に入りましたわ」
シルヴィアは、悪戯っぽく、そして、どこか、その挑戦を、楽しむかのように、微笑んだ。
「その嘆願、この正妻シルヴィアが、確かにお預かりいたしました。次の『妻会』で、議題として、提出させていただきます。…覚悟、しておいてくださいな?」
「はい! 望む、ところですわ!」
シャルロッテは、その返答に、満面の笑みを浮かべた。彼女は、自らの知恵と覚悟で、未来への扉を、その手で、確かにこじ開けたのだ。
リリアーナが、自らの過去と、帝国の威信を武器に、アキオに迫った、その裏で。シャルロッテは、自らの未来と、公爵家の実利を武器に、その正妻へと、見事な「交渉」を仕掛けてみせた。
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