五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第321話:聖域の心臓と、皇女の告白

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 三国会談は四日目の朝を迎えていた。
 アキオがリリアーナとシャルロッテから受け取った「第三の道」。その完璧な解決策を胸に、彼は二人の王を会議室ではない別の場所へと案内していた。
「国王陛下、クリストフ陛下。我々の話し合いを終える前に、一つだけお見せしたいものがございます。この聖域のもう一つの、そして未来の心臓部とも呼べる場所を」
 アキオが三人を案内したのは、町の外れにある巨大な建造物。ドルガン親方が寝食を忘れて作り上げた、聖域の技術の結晶、魔導車専門の製造工房(ガレージ)だった。
 扉を開けた瞬間、二人の王は息をのんだ。
 熱気、油の匂い、そしてリズミカルに響き渡る金属音。そこでは大勢のドワーフたちと、そしてかつて「荒くれ共」と呼ばれた男たちが、種族の垣根を越え一体となって汗を流していた。その目には創造の喜びに満ちた力強い光が宿っていた。
「親方、調子はどうだ?」
「おお、アキオか! 見てくれ、こいつの最後の仕上げだ!」
 ドルガン親方が誇らしげに指し示した先には、布がかけられた一台の流線形の小型魔導車があった。
「こいつは人をたくさん運んだり荷物を運んだりするためのもんじゃねえ。ただひたすらに風よりも速く駆けるためだけに作り上げた、聖域の一番槍よ!」
 親方が布を勢いよく引き剥がす。
 現れたのは磨き上げられた黒曜石のような車体を持つ二人乗りの美しい魔導車だった。その姿はまるで俊敏な黒豹を思わせる。
「こいつの名は『疾風』。聖域の新しい風だ」
 さらに親方はその隣にある巨大な車体を指さした。
「そしてこっちが『大地』。流星号を元に作った量産型の輸送車だ。見てくれ、このだだっ広い荷台を。兵隊だろうが丸太だろうが何でも運べるぜ」
 二人の王は言葉を失っていた。
 昨日、アキオの神のような個人的な力を見せつけられた。そして今日目の当たりにしているのは、その力が再現可能な『技術』として組織的に生み出されているという揺るぎようのない事実。
 この聖域はただ一人の天才に依存している脆い楽園ではない。常に進化を続ける恐るべき技術立国でもあるのだ。
 アキオはこの最高の舞台で、二人の王に最終提案を告げた。
 リリアーナが考案した『連合盟約』の枠組み。そしてシャルロッテが立案した『聖域街道開発公社』の具体的な経済プラン。
「…というわけです。どちらか一方を選ぶのではなく、両国の素晴らしい提案を共に受け入れ、そして新しい連合の形で未来を築いていく。これこそが俺たちの進むべき道だと思います」
 もはや反論の余地はなかった。
 二人の王は顔を見合わせ、そして深く深く頷いた。
「…完敗だ、アキオ殿。貴殿のその器の大きさに、そして貴殿を支える家族のその知性の高さに」
「義兄上。いや、アキオ盟主。我々エルドリアはその連合の最初の一員となれることを誇りに思う」
 三国会談はこの瞬間、事実上の妥結を迎えた。
 後の世に『アキオ連邦』の礎と呼ばれることになる歴史的な合意がなされた瞬間だった。
 s-s-s-s-s-s
 その夜。
 全ての重圧から解放され、アキオが一人自室で祝杯をあげていると、静かなノックの音が響いた。
 扉を開けると、そこに立っていたのはリリアーナだった。
 いつもの怜悧な雰囲気のドレスではない。月明かりに照らされた柔らかな生地の簡素なワンピース姿。その姿は彼女を帝国皇女ではなく、ただの美しい一人の女性として見せていた。
「アキオ殿…」
「リリアーナか。どうした、こんな時間に。君のおかげで助かった。本当にありがとう」
 アキオの心からの感謝の言葉。それにリリアーナは小さく首を横に振った。
「…お約束通り、お話に参りました」
 彼女は一歩部屋に足を踏み入れると、アキオの目を真っ直ぐに見つめた。その瞳にはもう迷いの色はなかった。
「今夜は『パートナー』としてではありません。…ただのリリアーナとしてお話をさせてください」
 彼女はアキオの胸にそっとその白い手を当てた。
「聖域に来て貴方様と出会い、そして生命樹の実をいただいて、わたくしは知りました。わたくしが本当に欲しかったものは滅びた帝国の再興ではなかったのだと」
 その瞳から一筋涙がこぼれ落ちる。
「わたくしがずっと求めていたのは帰る場所…心から安らげる温かい家族だったのです。アキオ殿。いいえ、アキオ様」
 リリアーナはその全てをさらけ出すように告白した。
「わたくしはもう帝国の皇女ではありません。ただ貴方の家族になりたい一人の女です。どうかわたくしを貴方の妻としておそばに置いてはいただけませんでしょうか」
 それは全ての政治的な計算をかなぐり捨てた、彼女の魂そのものの叫びだった。
 アキオはそんな彼女の全てを受け止めるように、その震える体を優しく抱きしめた。
「リリアーナ、ありがとう。お前の本当の気持ち、ちゃんと受け取った。…嬉しいよ」
 アキオのその言葉に、リリアーナは彼の胸に顔をうずめた。
「ですが、今夜はここまでだ。お前を本当の意味で俺の妻として、家族として迎えるには正式な手順がある。シルヴィアたちが決めた俺たちの大切なルールだ。それを俺が破るわけにはいかない」
「…」
「お前をそれだけ大事にしたいんだ。だからもう少しだけ待っていてくれるか」
 リリアーナはそのあまりにも誠実で深い愛情に魂を震わせていた。
(…このお方はわたくしのはしたない衝動を受け止めた上で、さらにその何倍もの敬意と愛情で返してくださるというのか…)
 彼女はアキオの腕の中で一度ぎゅっとその服を握りしめると、顔を上げ、その涙に濡れた美しい瞳でアキオを見つめ返した。
「…はい。待ちますわ」
 その声はもう震えてはいなかった。そこには全ての迷いが消え去った凛とした覚悟があった。
「貴方様がわたくしをそうまで大切に思ってくださるのなら。…いくらでも待ちます。わたくしの全てはもう貴方様のものですから」
 そして彼女は自らそっと顔を近づけ、今度は先ほどのような衝動的なものではなく、感謝と誓いの全てを込めた柔らかなキスをアキオに送った。それは二人の新しい関係の始まりを告げる契約の口づけだった。
 そのキスを終えると、彼女はアキオの腕からそっと離れ、深々と淑女の一礼をした。
「では、お休みなさいませアキオ様。…また明日」
 その時の彼女の表情はもはや焦りや不安を浮かべてはいなかった。愛する人に全てを受け入れられ、未来を約束された女性の穏やかで満ち足りた輝きに満ちていた。
 そして彼女は満足げにアキオの私室を後にしたのだった。
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