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第345話:二人の大使と、騎士の誓い
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聖域の朝は、常に新しい発見に満ちている。ミランダ姫にとって、それは書物の中の知識が、目の前で生命の息吹となって現れる驚きの日々だった。その日、彼女はセレスティーナに導かれ、中央館に隣接する、日当たりの良い庭園の一角にある東屋(あずまや)へと向かっていた。そこには、既にレオノーラが、凛とした姿勢で座り、二人を待っていた。
「ミランダ様、こちらへ。今日からは、レオノーラも同席いたします。貴女が嫁ぐやもしれぬエルドリアの未来を語る上で、我が国の『最強の盾』である彼女の意見は、何よりも重要ですから」
「レオノーラ様まで…! 恐れ入ります」
「いえ、姫君。俺は、セレスティーナ様の護衛として、ここにいるに過ぎません」
レオノーラはそう言って硬い表情を崩さなかったが、その瞳の奥には、ミランダという新しい才能への確かな興味が浮かんでいた。
三人の「王族の茶会」は、ミランダからの質問で始まった。
「お義姉様、レオノーラ様。お二方から見て、わたくしの婚約者候補であるという、クリストフ国王は、どのようなお方なのでしょうか? 書物には、その治世や武勇伝は記されておりますが、彼個人の人となりについては、ほとんど…」
その問いに、姉であるセレスティーナが、懐かしむように、そして誇らしげに答える。
「クリストフは、真っ直ぐすぎるほどに、実直な男です。民を愛し、国を憂う気持ちは、誰よりも強い。ですが、それ故に、少しばかり視野が狭くなることも…。政治の駆け引きや、腹芸は、あまり得意な方ではございませんわね」
レオノーラが、その言葉を補足する。
「左様。王子は、戦場では獅子奮迅の働きを見せる、素晴らしい将です。ですが、平時において、国を治めるために必要な、清濁併せ呑むような『したたかさ』は、まだお持ちではない。…ミランダ姫、貴女のその、物事の本質を見抜く知性と、怜悧な分析眼は、必ずや、クリストフ陛下の助けとなるでしょう。貴女は、彼にないものを、全て持っておられる」
そのあまりにも率直で的確な評価。ミランダは、二人が弟であり、主君であるクリストフを、深く理解し、そして心から案じていることを感じ取った。
そして、ミランダは、もう一つの、純粋な疑問を口にした。
「レオノーラ様。貴女は、エルドリア最強の騎士でいらっしゃった。ですが、この聖域では、剣を振るうこともなく、穏やかに暮らしておいでです。…その、戦場での日々が、恋しくなることは、ないのですか?」
そのあまりにも無邪気で、核心を突いた問い。セレスティーナが、少しだけ心配そうにレオノーラを見た。
レオノーラは、一瞬、遠い目をした。脳裏に、血と、鉄の匂い、そして、仲間たちの絶叫が蘇る。だが、彼女は、静かに首を横に振った。
「…いいや。もう、ない」
その声は、驚くほど、穏やかだった。
「かつての私は、剣を握ることだけが、姫様を、そして国を守る、唯一の道だと信じていた。だが、この聖域に来て、アキオ殿と出会い、そして、母となって、知ったのだ。本当の『強さ』とは、何かを破壊する力ではない。何かを育み、守り、そして慈しむ力なのだと」
彼女は、自らの、剣を握るために硬くなったはずの手を見つめた。
「今の俺の守るべきものは、エルドリアだけではない。この聖域と、ここにいる全ての家族、そして、何よりも、アキオ殿と、彼との間に生まれた、あの子たちの未来だ。そのために、この命を使うことこそが、今の俺の新しい『騎士としての誓い』なのだから」
そのあまりにも晴れやかで、一切の迷いのない言葉。ミランダは、この美しき女騎士が、戦場よりも、遥かに尊く、そして困難な戦場で、その魂を輝かせていることを悟った。
その日の夜。
アキオの部屋の扉を、セレスティーナとレオノーラが、二人で訪れた。
「あなた。今宵は、レオノーラと、お話があって、参りましたの」
「アキオ殿。…少し、お時間を、いただきたい」
アキオは、昼間の三人の茶会のことを、クラウディアから聞いていた。彼は、何も言わず、二人を部屋の中へと招き入れた。
セレスティーナが、まず、ミランダの、その、驚くべき学習能力と、将来性について、報告する。そして、レオノーラが、昼間の、自らの心境の変化を、ぽつり、ぽつりと、アキオに語り始めた。
「俺は、ずっと、アキオ殿の隣に立つことに、どこか負い目を感じていた。騎士としての自分と、妻としての自分。その狭間でな。だが、今日、ミランダ姫の曇りのない瞳を見て、分かったのだ。俺は、もう、迷わなくて良いのだと」
彼女は、アキオの前に、すっと片膝をついた。それは、騎士が主君に忠誠を誓う、最も格式の高い礼だった。
「アキオ殿。このレオノーラ・フォン・ヴァイスの剣と魂、そしてこの身の全てを、改めて貴方に捧げる。一人の妻として、そして、貴方とこの聖域の家族を守る、ただ一人の騎士として」
そのあまりにも真摯で力強い誓い。アキオは、彼女の手を取り、その場に立たせると、その気高い身体を力強く抱きしめた。
「…ありがとう、レオノーラ。お前のその誓い、確かに受け取った。だが、もう一人で戦うな。俺がいる。セレスティーナがいる。皆がいる」
「…はい、アキオ殿…!」
レオノーラの瞳から、一筋、熱い涙がこぼれ落ちた。
セレスティーナは、そんな二人の姿を、聖母のような微笑みで見つめていた。そして、自らも、アキオのもう一方の腕に、そっとその身を寄せた。
「あなた。今宵は、わたくしたち二人の大使を、そして貴方の二人の妻を、存分に労っては、くださいませんこと?」
その甘く、そして抗いがたい誘いの言葉。
アキオは、右腕に、エルドリアの未来を担う気高き王女を。左腕に、その全てを守ると誓った最強の女騎士を。
その夜、アキオは、二人の大使であり、妻であり、そして戦友である美しい二輪の華を、その大きな愛で、同時に、そして心ゆくまで愛し抜いた。
聖域に、また一つ、新しい、そして揺るぎない絆の形が、確かに生まれた夜だった。
「ミランダ様、こちらへ。今日からは、レオノーラも同席いたします。貴女が嫁ぐやもしれぬエルドリアの未来を語る上で、我が国の『最強の盾』である彼女の意見は、何よりも重要ですから」
「レオノーラ様まで…! 恐れ入ります」
「いえ、姫君。俺は、セレスティーナ様の護衛として、ここにいるに過ぎません」
レオノーラはそう言って硬い表情を崩さなかったが、その瞳の奥には、ミランダという新しい才能への確かな興味が浮かんでいた。
三人の「王族の茶会」は、ミランダからの質問で始まった。
「お義姉様、レオノーラ様。お二方から見て、わたくしの婚約者候補であるという、クリストフ国王は、どのようなお方なのでしょうか? 書物には、その治世や武勇伝は記されておりますが、彼個人の人となりについては、ほとんど…」
その問いに、姉であるセレスティーナが、懐かしむように、そして誇らしげに答える。
「クリストフは、真っ直ぐすぎるほどに、実直な男です。民を愛し、国を憂う気持ちは、誰よりも強い。ですが、それ故に、少しばかり視野が狭くなることも…。政治の駆け引きや、腹芸は、あまり得意な方ではございませんわね」
レオノーラが、その言葉を補足する。
「左様。王子は、戦場では獅子奮迅の働きを見せる、素晴らしい将です。ですが、平時において、国を治めるために必要な、清濁併せ呑むような『したたかさ』は、まだお持ちではない。…ミランダ姫、貴女のその、物事の本質を見抜く知性と、怜悧な分析眼は、必ずや、クリストフ陛下の助けとなるでしょう。貴女は、彼にないものを、全て持っておられる」
そのあまりにも率直で的確な評価。ミランダは、二人が弟であり、主君であるクリストフを、深く理解し、そして心から案じていることを感じ取った。
そして、ミランダは、もう一つの、純粋な疑問を口にした。
「レオノーラ様。貴女は、エルドリア最強の騎士でいらっしゃった。ですが、この聖域では、剣を振るうこともなく、穏やかに暮らしておいでです。…その、戦場での日々が、恋しくなることは、ないのですか?」
そのあまりにも無邪気で、核心を突いた問い。セレスティーナが、少しだけ心配そうにレオノーラを見た。
レオノーラは、一瞬、遠い目をした。脳裏に、血と、鉄の匂い、そして、仲間たちの絶叫が蘇る。だが、彼女は、静かに首を横に振った。
「…いいや。もう、ない」
その声は、驚くほど、穏やかだった。
「かつての私は、剣を握ることだけが、姫様を、そして国を守る、唯一の道だと信じていた。だが、この聖域に来て、アキオ殿と出会い、そして、母となって、知ったのだ。本当の『強さ』とは、何かを破壊する力ではない。何かを育み、守り、そして慈しむ力なのだと」
彼女は、自らの、剣を握るために硬くなったはずの手を見つめた。
「今の俺の守るべきものは、エルドリアだけではない。この聖域と、ここにいる全ての家族、そして、何よりも、アキオ殿と、彼との間に生まれた、あの子たちの未来だ。そのために、この命を使うことこそが、今の俺の新しい『騎士としての誓い』なのだから」
そのあまりにも晴れやかで、一切の迷いのない言葉。ミランダは、この美しき女騎士が、戦場よりも、遥かに尊く、そして困難な戦場で、その魂を輝かせていることを悟った。
その日の夜。
アキオの部屋の扉を、セレスティーナとレオノーラが、二人で訪れた。
「あなた。今宵は、レオノーラと、お話があって、参りましたの」
「アキオ殿。…少し、お時間を、いただきたい」
アキオは、昼間の三人の茶会のことを、クラウディアから聞いていた。彼は、何も言わず、二人を部屋の中へと招き入れた。
セレスティーナが、まず、ミランダの、その、驚くべき学習能力と、将来性について、報告する。そして、レオノーラが、昼間の、自らの心境の変化を、ぽつり、ぽつりと、アキオに語り始めた。
「俺は、ずっと、アキオ殿の隣に立つことに、どこか負い目を感じていた。騎士としての自分と、妻としての自分。その狭間でな。だが、今日、ミランダ姫の曇りのない瞳を見て、分かったのだ。俺は、もう、迷わなくて良いのだと」
彼女は、アキオの前に、すっと片膝をついた。それは、騎士が主君に忠誠を誓う、最も格式の高い礼だった。
「アキオ殿。このレオノーラ・フォン・ヴァイスの剣と魂、そしてこの身の全てを、改めて貴方に捧げる。一人の妻として、そして、貴方とこの聖域の家族を守る、ただ一人の騎士として」
そのあまりにも真摯で力強い誓い。アキオは、彼女の手を取り、その場に立たせると、その気高い身体を力強く抱きしめた。
「…ありがとう、レオノーラ。お前のその誓い、確かに受け取った。だが、もう一人で戦うな。俺がいる。セレスティーナがいる。皆がいる」
「…はい、アキオ殿…!」
レオノーラの瞳から、一筋、熱い涙がこぼれ落ちた。
セレスティーナは、そんな二人の姿を、聖母のような微笑みで見つめていた。そして、自らも、アキオのもう一方の腕に、そっとその身を寄せた。
「あなた。今宵は、わたくしたち二人の大使を、そして貴方の二人の妻を、存分に労っては、くださいませんこと?」
その甘く、そして抗いがたい誘いの言葉。
アキオは、右腕に、エルドリアの未来を担う気高き王女を。左腕に、その全てを守ると誓った最強の女騎士を。
その夜、アキオは、二人の大使であり、妻であり、そして戦友である美しい二輪の華を、その大きな愛で、同時に、そして心ゆくまで愛し抜いた。
聖域に、また一つ、新しい、そして揺るぎない絆の形が、確かに生まれた夜だった。
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