五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第381話:氷の皇女と、始まりの揺りかご

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 聖域の出産ラッシュも、いよいよ第七夫人リリアーナの出産で一区切りを迎えようとしていた。町は新しい命の誕生を今か今かと待ちわび、祝福の空気に満ちていた。
 だが、その中心にいるはずのリリアーナはその喜びの輪から一人取り残されたかのように、原因不明の恐怖と不安に苛まれていた。

「……うっ……!」
 真夜中、リリアーナは自室の寝台の上で悪夢にうなされ飛び起きた。額には冷たい汗がびっしょりと浮かんでいる。
 彼女が見ていたのは、かつて生きてきた帝国の後宮の光景。世継ぎを産むための道具として扱われ、心を壊していく妃たちの姿。そして生まれた赤子が政争の具として利用され、あるいは暗殺されていく血塗られた記憶だった。
「……違う……。ここは聖域……帝国ではない……」
 彼女は自らにそう言い聞かせる。だが日に日に大きくなっていくお腹の重みと、近づいてくる出産の気配がその忌まわしい過去の呪いを呼び覚ますのだ。「母になる」という喜びよりも、「世継ぎを産む」という帝国の宿命が、彼女の心を蝕んでいた。

 その彼女の異変に夫であるアキオが気づかないはずがなかった。
 その夜、アキオは彼女の部屋を訪れ、優しくその理由を尋ねた。
「リリアーナ、最近顔色が悪いぞ。眠れていないんじゃないのか? 何か悩みがあるなら俺に話してくれないか」
 リリアーナは最初は気丈に振る舞おうとする。
「……何でもありません、アキオ殿。少し寝不足なだけです」
 だがアキオの全てを包み込むような優しい眼差しの前で、ついにその心の鎧を脱ぎ捨てた。
「……怖いのです、アキオ殿」
 その声はか細く震えていた。
「わたくしは良い母になれるのでしょうか。この子がもしわたくしのように、帝国の血を引いているというだけで誰かに憎まれ、その命を狙われるようなことになったらと思うと……!」
 それは常に冷静で気丈だった彼女が初めて見せる涙と弱さだった。

 アキオはそんな彼女をただ力強く抱きしめた。そして彼は帝国の話ではなく、聖域の未来の話を彼女に語り聞かせる。
「リリアーナ。俺たちの子供は帝国の世継ぎじゃない。この聖域の新しい光だ。誰にも利用されることも誰かに憎まれることもない。ただ俺たち家族の愛に包まれて健やかに育っていくんだ。俺がこの命に代えても、それを約束する」
 そしてアキオは彼女の手を引いて工房へと連れて行った。
 工房の中央には一つの美しい白木の揺りかごが置かれていた。それはアキオがこの数日、徹夜で作り上げていたものだった。リリアーナの不安を和らげるため聖域の安眠効果のある木材だけを使い、そして彼女の故郷である帝国の紋章と聖域の生命樹の紋様を組み合わせた特別な彫刻が施されている。
「これはお前と俺たちの子のための最初の城だ。帝国の過去も聖域の未来も全てがこの子を祝福しているという証だ」

 アキオのどこまでも深い愛情にリリアーナの心の氷は完全に溶け去った。彼女は心の底からアキオに満たされ、そして数日後。
 彼のその愛に見守られながら、聖域の技術の粋を集めた安産椅子の上で元気な男の子を無事に出産した。

 そしてその奇跡の瞬間。
 生まれたばかりのその赤ん坊の左の手の甲に、まるで竜の鱗のような小さな痣があるのをシルヴィアが見つけた。
「……これは……。帝国に伝わる建国の皇帝陛下と同じ聖痕……。まさか……」
 そのシルヴィアの驚愕の呟き。その意味を知るのはまだごく一部の者だけ。
 リリアーナはその聖痕を愛おしそうに撫でながら我が子に名前を贈った。帝国を再興するという意味ではなく、この聖域で新しい平和な時代を築いてほしいという願いを込めて。
 帝国の建国帝と同じ、『アウレリウス』と。
 その名前と聖痕が未来にどのような運命をもたらすのか。それはまだ誰も知らない。
 だが今はただ、新しい命の誕生という至上の喜びに、聖域全体が満たされていた。
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