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序章 レクス・ヴィルケスの生い立ち
第8話 砕かれた防壁と、走馬燈の果てに
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帝国の猛将が放った、空間を裂く一撃。僕たちの築いた決死の防御陣の、最前列へ――!
【裂空斬】は、盾を構えていたアルベルテュス軍の兵士たちに、その全てを飲み込むかのように直撃した。
まるで巨大な鉄槌が振り下ろされたかのようだった。金属が絶叫のように軋み、木材が爆発的に砕ける音。轟音と衝撃波が同時に襲いかかり、人も盾も関係なく、紙屑のように後方へ弾き飛ばされていく。僕も、その射線上におり、親方から貰ったミスリルの盾を構えたまま、他の味方同様、凄まじい力で後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされつつ、視界が急にスローモーションになったことに気が付いた。遠ざかる空、地面、そして共に吹き飛ぶ兵士たちの、恐怖や苦悶に歪む顔。まるで、頭の中で過去の映像が早回しで再生されているのに、視覚だけが異常に引き延ばされているような奇妙な感覚。ああ、これが、噂に聞く――走馬燈という奴か。死ぬ間際に見るという、人生の回顧。
脳裏に浮かんだのは、まず、誰かに「下水の掃除を代わってほしい」と頼まれ、何も言えず頷き、鼻を突く汚物と格闘しながら下水を綺麗にした場面だった。次に、孤児院で、誰もやりたがらない汚物の処理や、汚れ仕事を黙々と引き受けていた、あの耐え忍ぶ日々。強い子が悪さをした時、「お前がやったんだろう」と大人に叱られ、身代わりになった時の痛みと、どうしようもない無力感。常に誰かの『身代わり』だった、あの孤児院での日々。
そして、初めて『天賦転換』の能力に気が付いた時のこと。魔物暴走で混乱する治療所。多くの怪我人を前に、恐る恐る、魔力切れ寸前の治療師の腕に触れた瞬間。彼から流れ込んできた能力で、次々と人々を治療していく、あの戸惑いと、わずかな達成感。鍛冶職人のスヴェン・ヨンキント親方を治療し、彼の代わりに工房で初めて剣を打った時の、金槌の重みと鉄の熱気。酒場で、若い料理人に代わって不器用ながら料理をした、あの賑やかな時間と、少し褒められた時の照れ臭さ。
――僕の人生の半分は、この『天賦転換』と共にあった。常に、誰かの『願い』を受け止め、代わりに仕事をした日々。他人の能力を借り、他人の役目を果たす。まるで、僕という存在そのものが、『誰かの身代わり』であるかのように。それが、この能力を得た理由であり、僕という存在の、根幹だったのかもしれない。走馬燈は、その人生の全てを肯定するかのように流れていく。
走馬燈を見ながらも、どこか冷静だった。ああ、これが走馬燈か。これが、僕の人生の終わりか、と。
そして次の瞬間、思考は唐突に途切れた。視界が通常に戻り、思いっきり地面に叩きつけられる凄まじい衝撃が全身を襲った。骨の軋む音、肉が潰れる感触。肺の中の空気が全て絞り出され、呼吸ができない。全身に激痛が走り、頭が真っ白になる。それに続いて、後から吹き飛ばされてきた味方の兵士たちが、重い肉塊となって、次々と僕の上に降り注ぐようにぶつかってくる。視界が真っ赤になった。血だろうか。味方のものか、僕自身のものか。
そして、真っ黒に――
――ふと、まるで幻のように、あの治療院のおばちゃんが、下品な笑い声を上げている姿が見えた気がした。
『レクスよ、豪快に吹き飛んだではないか、がははは!』
……最期の瞬間に見るものにしては、ずいぶん現実離れした、そして、妙に僕らしい光景だ。
そこで、僕の意識は途切れた。
◇
たった一騎が放った、ただの斬撃。
だが、それで全てを物語っていた。
帝国の猛将、チェチーリオ・アルバーノ・クレリチは確信していた。自らの放った【裂空斬】が、アルベルテュス軍の防御陣を完全に殲滅した、と。肉体も、盾も、そして命も。斬撃を受けた兵士は、文字通り跡形もなく吹き飛び、生き残った者などいるはずがなかった。これまでの無数の戦で、彼の【裂空斬】を受けて立ち上がった者など、一人として存在しないのだから。自身の技に対する絶対の自信があった。
しかし、違和感があった。
何故だ? 完璧な一撃だったはずだ。掃滅。全てを『無』に還す。それが彼の剣技、裂空斬だ。だが、あの殲滅したはずの場所――屍と残骸が積み重なった、ただの死の空間であるはずの場所に、確かに微かな魔力の揺らぎを感じたのだ。そして、一瞬だが、何かが動いた、生命の輝きのような気配も。
あり得ない。
何万という敵兵を屠ってきた。彼らは皆、等しく『死体』となった。この目で、その光景を何度も確認してきた。全てが静止しているのが常だ。だが、あの違和感だけが、チェチーリオの内に引っかかり、鋭い探究心を刺激した。
確認する必要がある。
チェチーリオは愛馬を下りた。周囲に控える部下たちの怪訝な視線を感じながらも、彼は歩き始めた。違和感を覚えた場所へ、たった一人、静かに。
そこは、自らの斬撃によって最も多くの敵兵が吹き飛ばされ、アルベルテュス兵の屍と砕け散った盾、そして正体不明の残骸が幾重にも折り重なっている場所だった。その無数の死体の中の一点に、確かにあの魔力と生命の痕跡を感じる。
彼は、その一点へ向け、迷いなく歩みを進めた。
それは、殲滅したはずの敵陣で見つけた、たった一つの『異物』だった。
【裂空斬】は、盾を構えていたアルベルテュス軍の兵士たちに、その全てを飲み込むかのように直撃した。
まるで巨大な鉄槌が振り下ろされたかのようだった。金属が絶叫のように軋み、木材が爆発的に砕ける音。轟音と衝撃波が同時に襲いかかり、人も盾も関係なく、紙屑のように後方へ弾き飛ばされていく。僕も、その射線上におり、親方から貰ったミスリルの盾を構えたまま、他の味方同様、凄まじい力で後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされつつ、視界が急にスローモーションになったことに気が付いた。遠ざかる空、地面、そして共に吹き飛ぶ兵士たちの、恐怖や苦悶に歪む顔。まるで、頭の中で過去の映像が早回しで再生されているのに、視覚だけが異常に引き延ばされているような奇妙な感覚。ああ、これが、噂に聞く――走馬燈という奴か。死ぬ間際に見るという、人生の回顧。
脳裏に浮かんだのは、まず、誰かに「下水の掃除を代わってほしい」と頼まれ、何も言えず頷き、鼻を突く汚物と格闘しながら下水を綺麗にした場面だった。次に、孤児院で、誰もやりたがらない汚物の処理や、汚れ仕事を黙々と引き受けていた、あの耐え忍ぶ日々。強い子が悪さをした時、「お前がやったんだろう」と大人に叱られ、身代わりになった時の痛みと、どうしようもない無力感。常に誰かの『身代わり』だった、あの孤児院での日々。
そして、初めて『天賦転換』の能力に気が付いた時のこと。魔物暴走で混乱する治療所。多くの怪我人を前に、恐る恐る、魔力切れ寸前の治療師の腕に触れた瞬間。彼から流れ込んできた能力で、次々と人々を治療していく、あの戸惑いと、わずかな達成感。鍛冶職人のスヴェン・ヨンキント親方を治療し、彼の代わりに工房で初めて剣を打った時の、金槌の重みと鉄の熱気。酒場で、若い料理人に代わって不器用ながら料理をした、あの賑やかな時間と、少し褒められた時の照れ臭さ。
――僕の人生の半分は、この『天賦転換』と共にあった。常に、誰かの『願い』を受け止め、代わりに仕事をした日々。他人の能力を借り、他人の役目を果たす。まるで、僕という存在そのものが、『誰かの身代わり』であるかのように。それが、この能力を得た理由であり、僕という存在の、根幹だったのかもしれない。走馬燈は、その人生の全てを肯定するかのように流れていく。
走馬燈を見ながらも、どこか冷静だった。ああ、これが走馬燈か。これが、僕の人生の終わりか、と。
そして次の瞬間、思考は唐突に途切れた。視界が通常に戻り、思いっきり地面に叩きつけられる凄まじい衝撃が全身を襲った。骨の軋む音、肉が潰れる感触。肺の中の空気が全て絞り出され、呼吸ができない。全身に激痛が走り、頭が真っ白になる。それに続いて、後から吹き飛ばされてきた味方の兵士たちが、重い肉塊となって、次々と僕の上に降り注ぐようにぶつかってくる。視界が真っ赤になった。血だろうか。味方のものか、僕自身のものか。
そして、真っ黒に――
――ふと、まるで幻のように、あの治療院のおばちゃんが、下品な笑い声を上げている姿が見えた気がした。
『レクスよ、豪快に吹き飛んだではないか、がははは!』
……最期の瞬間に見るものにしては、ずいぶん現実離れした、そして、妙に僕らしい光景だ。
そこで、僕の意識は途切れた。
◇
たった一騎が放った、ただの斬撃。
だが、それで全てを物語っていた。
帝国の猛将、チェチーリオ・アルバーノ・クレリチは確信していた。自らの放った【裂空斬】が、アルベルテュス軍の防御陣を完全に殲滅した、と。肉体も、盾も、そして命も。斬撃を受けた兵士は、文字通り跡形もなく吹き飛び、生き残った者などいるはずがなかった。これまでの無数の戦で、彼の【裂空斬】を受けて立ち上がった者など、一人として存在しないのだから。自身の技に対する絶対の自信があった。
しかし、違和感があった。
何故だ? 完璧な一撃だったはずだ。掃滅。全てを『無』に還す。それが彼の剣技、裂空斬だ。だが、あの殲滅したはずの場所――屍と残骸が積み重なった、ただの死の空間であるはずの場所に、確かに微かな魔力の揺らぎを感じたのだ。そして、一瞬だが、何かが動いた、生命の輝きのような気配も。
あり得ない。
何万という敵兵を屠ってきた。彼らは皆、等しく『死体』となった。この目で、その光景を何度も確認してきた。全てが静止しているのが常だ。だが、あの違和感だけが、チェチーリオの内に引っかかり、鋭い探究心を刺激した。
確認する必要がある。
チェチーリオは愛馬を下りた。周囲に控える部下たちの怪訝な視線を感じながらも、彼は歩き始めた。違和感を覚えた場所へ、たった一人、静かに。
そこは、自らの斬撃によって最も多くの敵兵が吹き飛ばされ、アルベルテュス兵の屍と砕け散った盾、そして正体不明の残骸が幾重にも折り重なっている場所だった。その無数の死体の中の一点に、確かにあの魔力と生命の痕跡を感じる。
彼は、その一点へ向け、迷いなく歩みを進めた。
それは、殲滅したはずの敵陣で見つけた、たった一つの『異物』だった。
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