十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです

よっしぃ

文字の大きさ
17 / 56

【第15話】王の勅命と、香薬師の覚悟

しおりを挟む
リアンが私のための「探索」を国中に命じたであろうことは、翌日には、肌で感じ取ることができた。
 王宮全体が、どこか落ち着かない、それでいて熱を帯びた空気に包まれている。侍女たちの交わす小声、廊下を慌ただしく行き交う文官や騎士たち。その誰もが、王が発したという「前代未聞の勅命」の噂で持ちきりだった。

「ルシエル様…… 大変なことになっております……!」
 昼過ぎに、私の元へやってきたエルアは、興奮で頬を上気させながら、声を潜めてそう言った。
「今朝、宰相様が血相を変えて王宮書庫に駆け込まれ、南方の地理に関する古文書を全て運び出されたとか。それに、騎士団総長様が、近衛の中でも特に腕利きの者たちだけを集めて、極秘の遠征部隊を編成なさっている、と……」
「……そう」
 私は、ただ相槌を打つことしかできない。私の描いた、一枚の羊皮紙。お伽話の寄せ集めのようなそれが、今、この国の重鎮たちを、全力で走らせている。
 エルアは、さらに声を潜める。
「噂では……陛下は、〝伝説の秘薬〟を探しておいでだ、と。不治の病を癒し、人を若返らせるという……。一体、どなたのために……」
 彼女の純粋な瞳が、私を見つめる。私は、彼女に真実を告げることはできない。彼女の優しさが、今は少しだけ、胸に痛かった。
「……ありがとう、エルア。教えてくれて」
「い、いえ……! `でしゃばったことを申しました……!」
 慌てて頭を下げる彼女に、私は静かに微笑みかける。私の手元にある、昨夜書き留めたばかりの研究ノートに、指が触れた。その紙の乾いた感触が、私に現実を突きつけてくる。
(……私が、望んだこと)
 そうだ。これは、私が望んだことなのだ。彼に、私の輝きを取り戻すための香りを、と。だが、その願いが、これほどまでに大きな波紋を呼ぶとは、想像もしていなかった。
 私は、小さく息を吐いた。そのか細い音が、静かな「店」の中に、やけに大きく響いた気がした。

 その日の夜、リアンが私の部屋を訪れた。
 昼間の王の威厳に満ちた姿ではなく、全ての公務を終え、私的な時間に戻った、穏やかな表情をしていた。彼は、私が研究ノートを広げているのに気づくと、静かに隣の椅子に腰を下ろす。

「……噂は、耳にしているか」
 彼の声は、少しだけ、悪戯っぽく響いた。
「ええ。少しだけ」
「そうか」
 彼は、それだけ言うと、私の手元にある羊皮紙に目を落とした。そこには、〝月光花〟に関する、様々な文献からの引用が、私の文字で書き連ねてある。
「あなた、一体、何をしたの……?」
 私は、聞かずにはいられなかった。
「国を揺るがすようなことよ。私の、我儘(わがまま)のために」
 私の声が、震えているのに気づいた。リアンは、私の言葉を否定も肯定もせず、ただ静かに、私の研究ノートを指でなぞった。その指の動きは、ひどく優しかった。

「…………」

 長い、沈黙が落ちる。彼は、何かを言おうとして、しかし言葉を選んでいるようだった。やがて、彼は顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめた。

「君が、望んだことだ」

 先日の夜と同じセリフ。だが、その響きは、全く違って聞こえた。
「君の輝きを取り戻すこと以上に、この国で優先すべきことなど、何もない。私は、王として、最も合理的で、最も正しい判断をしたまでだ」
「でも……!」
「ルシエル」
 彼は、私の言葉を遮ると、私の手の上に、そっと自分の手を重ねた。大きくて、温かい手。
「君は、自分を責める必要はない。これは、私の意志だ。……十年間、君をただ眠らせておくことしかできなかった、私の、贖罪(しょくざい)でもある」
 その金色の瞳の奥に、深い、深い悲しみの色が見えた気がして、私は息を呑んだ。彼は、王としての顔の下で、ずっと、自分を責め続けていたのだろうか。私を救えなかった、無力な少年だった自分を。

 その時、私は、はっきりと理解した。
 私が為すべきことは、ただ彼に伝説の材料を集めさせ、自分のための香りを待つことではない。
 そんなことをしても、彼の心は、本当の意味では救われない。
 私は、重ねられた彼の手を、そっと握り返した。私の、まだ力の入らない、か細い指で。

「……リアン。あなたの気持ちは、分かったわ。ありがとう」
 私は、意を決して、彼を見つめ返した。
「だから、私からも、一つ提案があるの」
「提案?」
「ええ。あなたが私のために国を動かしてくれるように、私も、あなたのために、今、私にできることをしたい」
 私は、一度言葉を切り、深く息を吸った。
「あなたが探してきてくれる伝説の材料を待つだけでは、私は、また眠っているのと同じだわ。だから、私は、この場所で、私の研究を続ける」
「研究?」
「はい。〝氷の王〟であるあなたのための、香りです」
 私の言葉に、リアンの瞳が、驚きに揺れる。
「昨夜の香りは、まだ試作品。……いいえ、今のあなたには、もっと別の香りが必要なはず。例えば、第二王子のような政敵と対峙する時に、あなたの威厳をさらに高め、相手に無言の圧力を与えるための香り。あるいは、難しい政務で疲弊した、あなたの精神だけを、深く、深く癒すための香り。……そして、いつか、あなたが氷の仮面を脱ぎ捨てられる日が来た時に、心から笑えるような、そんな香りも」

 私は、もう彼の顔を見てはいなかった。ただ、目の前に広がる、無限の香りの可能性に、夢中になっていた。香薬師としての血が、私を饒舌にさせていた。
「私に、あなたのための『武器』を、そして『盾』を、作らせてほしいの。ここにある材料だけでも、作れるものはたくさんあるわ。私に、あなたと共に戦わせて」

 言い終えた後、はっと我に返る。私は、何ておこがましいことを言ってしまったのだろう。王に対して、戦わせてほしい、だなんて。
 私が恐る恐るリアンの顔を窺うと、彼は、言葉を失ったように、ただ私を見つめていた。その金色の瞳が、見たこともないほど、激しく揺れている。
 やがて、彼は、握りしめていた私の手を、ゆっくりと、彼の額に押し当てた。

「……ああ。君は、本当に……」
 彼の声は、震えていた。
「……残酷なほど、優しいのだな」

 彼は、そう言うと、子供のように、私の手に自分の顔をうずめた。
 その仕草に、私の心臓が、きゅっと締め付けられる。
 王の仮面も、氷の鎧も、全てを脱ぎ捨てた、ただのリアンの姿が、そこにあった。

 この日、私たちの間に、新しい契約が結ばれた。
 彼は、私のために世界を動かす。
 そして私は、彼のために、この工房で、世界を創る。
 二つの、途方もない約束。
 その約束が、私と彼を、主従でも、庇護する者とされる者でもない、全く新しい関係へと、導き始めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星
恋愛
5人の楽しい兄弟姉妹と友人まで巻き込んだ、サマー子爵家のあたたかな家族のお話です。  「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー、  「のっぽのノッコ」に恋した長男アレックス、   次女キャサリンの「王子の夢を誰も知らない」、   友人皇太子の「伝統を継ぐ者」、  「聖なる夜をいとし子と」過ごす次男デビッド、   長女のブリジットのお話はエミリーのお話の中に入っています。   ※ 小説家になろうでサマー家シリーズとして書いたものを一つにまとめました。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】完結保証タグ追加しました

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

エアコン魔法、全自動チョコレート製造魔法、魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ

鷹 綾
恋愛
「魔法の無駄遣いだ」 そう言われて婚約を破棄され、南方の辺境へ追放された元・聖女エオリア。 けれど本人は、まったく気にしていなかった。 暑いならエアコン魔法を使えばいい。 甘いものが食べたいなら、全自動チョコレート製造魔法を組めばいい。 一つをゆっくり味わっている間に、なぜか大量にできてしまうけれど―― 余った分は、捨てずに売ればいいだけの話。 働く気はない。 評価されても困る。 世界を変えるつもりもない。 彼女が望むのは、ただひとつ。 自分が快適に、美味しいものを食べて暮らすこと。 その結果―― 勝手に広まるスイーツブーム。 静かに進む元婚約者の没落。 評価だけが上がっていく謎の現象。 それでもエオリアは今日も通常運転。 「魔法の無駄遣い? ――快適な生活のために、全部必要ですわ」 頑張らない。 反省しない。 成長もしない。 それでも最後まで勝ち続ける、 アルファポリス女子読者向け“怠惰ざまぁ”スイーツファンタジー。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編を加筆修正しますので、一旦一部公開とさせていただいています。 〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 ※本編を加筆修正する予定ですので、一旦一部公開とさせていただいています。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...