十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです

よっしぃ

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【第14話】王の勅命と、ありえない探索

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「月でも、星でも、君が望むなら、私がこの手で地上に降ろしてきてやろう」
 彼の言葉は、決して詩的な表現や、愛の戯言などではなかった。その金色の瞳に宿る光は、絶対的な権力を持つ王が、その全権をもって一つの約束を交わす、真摯な光そのものだった。
 私は、彼の言葉を反芻しながら、ただ頷くことしかできない。
 この王は、本気だ。私が望めば、本当に、国さえも動かすのだろう。その途方もない事実が、私の肩にずしりとのしかかる。

 その夜、私は自室のベッドには戻らず、再現された「店」の奥にある、小さな仮眠室の長椅子に身を横たえた。リアンが用意した豪奢な寝室よりも、インクと薬草の匂いが染み付いたこの場所の方が、今は何よりも落ち着いた。
(私のための、香り……)
 彼の願いは、私の心を捉えて離さなかった。《星紡ぎの香》の再現という、不可能で、過去に縛られた要求ではない。未来へ向けた、私自身の、私のための香り。
 それは、重圧であると同時に、香薬師としての私の心を、どうしようもなく昂らせていた。
 十年の眠りは、私の肉体を衰えさせたかもしれない。けれど、この頭の中にある知識と、指先が覚えている感覚は、決して失われてはいなかった。むしろ、長い眠りを経て、私の感覚は以前よりもずっと鋭敏になっている気さえする。

 翌日から、私の本当の意味での「研究」が始まった。
 それは、もはや趣味や商いのための調合ではない。一つの「奇跡」を、意図的に、この手で生み出すための挑戦だ。
 私は、リアンが運び込ませた膨大な書物の中に、一日中没頭した。
『古代薬草学大典』『失われた鉱石の伝承』『王家秘伝の美容法』……。それらは、王宮の書庫の最も奥深くに眠っていた、禁書に近い書物ばかりだった。
 私は、伝説の中にしか登場しない、生命力や美にまつわる材料を、一つ一つリストアップしていく。

 〝月光花(げっこうか)〟
 ――月の光が最も満ちる夜にだけ、断崖絶壁に咲くという幻の花。その花弁から滴る朝露は、肌を若返らせ、不老の妙薬になると言われている。

 〝生命石(せいめいせき)〟
 ――火山の奥深く、溶岩溜まりの中心で、千年かけて生成されるという赤色の宝石。これを粉末にして飲めば、いかなる病も癒え、生命力そのものを高めるとされる。

 〝太陽の涙(たいようのなみだ)〟
 ――砂漠の奥地にあるオアシスで、百年に一度だけ実をつけるという黄金の果実の種子。その種子から採れる油は、肌に真珠のような輝きを与える。

 リストを作りながら、私は自嘲気味に笑った。
 どれもこれも、お伽話の世界だ。こんなものを、本気で探せというのか。リアンは、私を試しているのだろうか。
 だが、私の手元にある書物は、これらが単なるお伽話ではないことを示唆していた。それぞれの項目には、真偽不明ながらも、目撃情報や、かつてそれを手に入れようとした王侯貴族の記録が、断片的に記されている。
 私は三日三晩、ほとんど眠らずに書物を読み漁り、それらの膨大な情報の中から、僅かながらも信憑性のある記述を繋ぎ合わせ、一枚の羊皮紙に、考えうる限りの「探索地図」を描き上げた。

 そして、四日目の朝。私は、リアンに謁見を申し出た。
 通されたのは、彼の執務室だった。〝氷の王〟として、彼が日々、この国の全てを差配している場所。部屋は、彼の性格を表すように、華美な装飾は一切なく、機能的で、整然としていた。
 私が差し出した羊皮紙のリストと地図を、リアンは無言で受け取る。
「……これが、君の望むものか」
「ええ。私が考えうる限り、私の体を……生命力を回復させ、本来の輝きを取り戻すために必要となる可能性のある材料よ。でも、見ての通り、どれもが伝説上のものばかり。……ごめんなさい。こんな、無理な願いを……」
 私が言い終わる前に、リアンは静かに手を上げた。
「謝るな。君が私に何かを願うことに、無理などという言葉は存在しない」
 彼は、私の作ったリストを、まるで軍事作戦の地図でも見るかのように、真剣な目で追っていく。
「……なるほど。月光花は、南の隣国との国境線にある、霧深い渓谷か。生命石は、北の蛮族が支配するドラゴンの牙連峰。太陽の涙は、西の大砂漠……。どれも、一筋縄ではいかないな」
 彼は、こともなげにそう呟いた。
 私は、彼が「不可能だ」と言うのを待っていた。そうすれば、私もこの無謀な挑戦から、解放される。
 だが、彼の口から出たのは、私の想像を遥かに超える言葉だった。
「……分かった。全て、手に入れよう」

 ◇ ◇ ◇

 その日の午後、王宮の最高意思決定機関である、御前会議が緊急招集された。
 宰相、騎士団総長、財務大臣、そして諜報を取り仕切る内務卿。国の重鎮たちが、玉座の間に集い、怪訝な顔で王の言葉を待っていた。
 リアンは、玉座に深く腰掛けたまま、ルシエルが作ったリストの写しを、侍従に配らせた。

「皆に、勅命(ちょくめい)を下す」
 氷のように冷たい声が、広間に響く。
「これより、リストにある三つの材料の確保を、国家の最優先事項とする。あらゆる予算、人員を、この任務に投入することを許可する」
 その言葉に、重鎮たちが息を呑んだ。宰相が、恐る恐る口を開く。
「へ、陛下……。失礼ながら、このリストにある品々は、いずれも伝説や伝承の中にしか存在しないもの。これを、本気で……?」
「本気だ」
 リアンは、宰相の言葉を、一言で切り捨てた。
「宰相。お前は、南の隣国に使者を送れ。国境線の渓谷の共同調査を申し入れると同時に、莫大な経済援助を条件に、渓谷の独占採集権を要求しろ。相手が何を望んでも、全て呑め」
「は、ははっ……!」
 次に、リアンは騎士団総長に視線を移す。
「総長。精鋭部隊一個師団を選抜し、北のドラゴンの牙連峰へ派遣する。目的は、蛮族の集落の制圧と、生命石の探索・確保だ。抵抗する者は、一人残らず排除しろ」
「御意!」
 騎士団総長が、力強く胸を叩く。
 最後に、リアンは影のように佇む内務卿に命じた。
「内務卿。お前の配下の者たちを、西の大砂漠に放て。太陽の涙を知る、砂漠の民を探し出し、金で、脅しで、あらゆる手段を使って、その在処を突き止めろ。必要とあらば、砂漠の民ごと、ここに連れてきても構わん」
「……かしこまり、ました」
 内務卿は、表情一つ変えずに、深く頭を下げた。

 あまりに常軌を逸した命令に、財務大臣が、震える声で進み出た。
「へ、陛下! お待ちください! これら全てを実行するとなりますと、国庫が……! `我が国の、一年分の国家予算に匹敵するほどの費用がかかりますぞ!」
「だから、どうした?」
 リアンの金色の瞳が、冷たく財務大臣を射抜いた。
「費用が、問題か?」
「い、いえ……しかし……」
「ならば、聞け。この任務は、我が国の〝至宝〟の輝きを取り戻すためのものだ。国の威信そのものと言っていい。それに比べれば、国家予算など、塵芥(ちりあくた)に等しい。……違うか?」
 その言葉に、もはや、誰一人、異を唱える者はいなかった。
 彼らは、理解したのだ。これは、王の道楽などではない。国を滅ぼしてでも成し遂げようとする、〝氷の王〟の、絶対の意志なのだと。

 会議が終わり、一人になった執務室で、リアンは、ルシエルから貰った、安眠の香りの匂い袋を、そっと取り出した。
 その優しい香りが、先ほどまでの戦場のような緊張を、ゆっくりと解きほぐしていく。
(……待っていてくれ、ルシエル)
 彼は、窓の外に広がる王都の景色を見つめながら、心の中で呟いた。
(君が、君本来の輝きを取り戻すためなら、私は、この世界のすべてさえも、君に捧げよう)
 王の勅命は、今、大陸全土へと放たれた。
 それは、一人の女性を美しくするためだけの、あまりにも壮大で、あまりにも身勝手で、そして、あまりにも純粋な、愛の探索の始まりだった。
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