十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです

よっしぃ

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【第13話】密計の成果と、王の新たな願い

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【お知らせとお詫び】
このたび、誤って内部資料(設定資料集)を公開してしまいました。
現在はすでに非公開にしておりますが、もし一時的に閲覧された方がいらっしゃいましたら、大変失礼いたしました。
今後はより一層管理に注意し、安心してお楽しみいただけるよう努めてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。



 扉が閉まると、私はその場に立ち尽くす。
 私の作った香りが、今、この国の運命を左右する場で、静かに、その効能を発揮し始めている。
 私の戦いが、始まったのだ。
 そう思うと、体の奥から、不思議な力が湧き上がってくるのを感じた。隣で心配そうに控えていたエルアに「大丈夫よ」と微笑みかけ、私は近くの椅子に腰を下ろして、静かにその時を待った。

 一時間、二時間……。体感では、もっと長い時間が過ぎたように感じられた。
 会談室の重厚な扉は固く閉ざされたまま、中から聞こえてくるのは、時折くぐもって響く、低い男たちの声だけだ。
(……うまくいっているかしら)
 私の作った〝密計の香り〟。
 フランキンセンスが、場の空気を浄化し、偽りを許さない神聖なものにするはず。
 ローズマリーが、リアンの思考を、氷の刃のように鋭く、明晰に保ってくれるはず。
 そして、グレープフルーツとネロリが、相手の警戒心を解き、心を穏やかにしてくれるはず……。
 理屈では分かっている。それぞれの香りが持つ効能と、その調和。だが、相手は一筋縄ではいかない老獪な辺境伯だ。私の未熟な香りが、本当に彼の心にまで届くだろうか。もし、逆効果になってしまったら……?
 不安が、胸を締め付ける。もし失敗すれば、リアンの立場をさらに危うくしてしまう。彼が私に寄せてくれた、芽生えたばかりの信頼を、私は裏切ることになる。
 私がぎゅっと拳を握りしめた、その時だった。

 重厚な扉が、内側からゆっくりと開かれた。
 中から現れたのは、第二王子派閥の旗頭、マーグレイヴ辺境伯とその一行だった。私は息を呑み、彼らの表情を窺う。
 怒り、あるいは勝利の傲慢さ。そんな表情を予想していた私の目に映ったのは、意外な光景だった。
 辺境伯の顔は、難しい表情で考え込んでいるようではあったが、そこには不思議なほどの「清々しさ」が浮かんでいたのだ。他の貴族たちも、興奮した様子はなく、皆、どこか思慮深い顔つきで、静かに廊下を歩いていく。
 すれ違いざま、辺境伯の視線が、ふと私と、私の隣に置かれた香炉に向けられた。彼は、その眉を僅かにひそめ、何かをいぶかしむように香炉を一瞥したが、やがて、小さく、誰にも聞こえないほどの溜息をついて、去っていった。

 一行の姿が見えなくなり、やがて、会談室からリアンが、宰相と共に姿を現した。
 リアンの顔には、深い疲労の色が浮かんでいる。私は、思わず駆け寄りたい衝動に駆られたが、宰相の手前、その場でじっと彼の言葉を待った。
 私の視線に気づいた宰相が、先に口を開いた。その表情は、驚きと、信じられないものを見たというような、畏敬の念に彩られていた。
「……ルシエル殿」
 宰相は、私のことをそう呼んだ。
「お見事、としか言いようがございません。あのマーグレイヴ辺境伯が、あれほどまでに理性的にお話に応じてくださったのは、前代未聞のことでございます」
「まあ……」
「最初は、第二王子殿下の主張に乗り、陛下を厳しく追及しておりました。しかし、会談が続くにつれ、部屋に満ちる不思議な香りに、辺境伯ご自身の興奮が鎮まっていったご様子で……。最後には、『陛下の申されることにも、一理ある。一度、派閥に持ち帰り、改めて検討しよう』と、信じられないほど穏当な形で、矛を収められたのです」
 宰相は、興奮した面持ちで続けた。
「あれは、一体……? あの香りは、人の心を操る魔法でもかかっているのですかな」
「いいえ、宰相。魔法などではない」
 そこで初めて、リアンが口を開いた。彼は、私をまっすぐに見つめていた。
「あれは、彼女の力だ。彼女にしか生み出せぬ、奇跡の調和だ」
 彼の金色の瞳に宿る、絶対的な信頼。その視線に、私の胸は熱くなった。
「ルシエル。君の勝ちだ」
 リアンは、宰相がいることも忘れ、私の手を取った。
「君は、見事に、私の剣となってくれた」
 その言葉だけで、十分だった。私の努力が、彼の力になれた。その事実が、何よりの喜びだった。

 その夜、リアンは再び、私の「店」を訪れた。
 今日の勝利を祝うためだろうか、彼は侍従に命じて、ささやかな食事と、上質な葡萄酒を運ばせていた。二人きりになると、彼は王の仮面を外し、安堵のため息をつく。
「今日は、本当に助かった。ありがとう」
「……お役に立てて、よかったわ」
「役に立った、などというものではない。君は、戦況を覆したのだ。兄上が最も頼りにしていた辺境伯が、中立の立場に戻った。これで、兄上も当分は、下手に動けまい」
 彼は、葡萄酒を一口飲むと、遠い目をした。
「君の香りは、不思議な力を持つ。私の心を、氷のように冷静に保ちながら、同時に、その奥にある疲れを、春の陽だまりのように、優しく溶かしてくれる」
 彼は、私に向き直ると、真剣な眼差しで言った。
「君に、もう一つ、頼みがある」
「なあに?」
「君は、私のために、〝密計の香り〟を作ってくれた。……今度は、君自身のために、香りを作ってほしい」
「私の、ために?」
 彼の言葉の意味が分からず、私は問い返す。
 リアンは、私の手を取り、その指先を、労わるようにそっとなぞった。
「君は、十年もの間、時を止められていた。その影響は、君の体に、君の生命力に、影を落としている。私は、君の魂が、本来の輝きを取り戻す手伝いをしたい」
 彼は、まるで宝物を見るような目で、私を見つめる。
「君のその類まれなる力で、君自身の美しさを、内側から咲かせることはできないだろうか。君の魂にふさわしい、完璧な輝きを、その身に宿すための香りを」
 それは、私が今まで考えたこともない、あまりにも個人的で、そして優しい願いだった。
 彼は、私が美しくない、と言っているのではない。私の魂が、あまりにも気高く美しいからこそ、その器である肉体もまた、それにふさわしく輝いてほしい、と。そう、願ってくれているのだ。
 私の頬が、カッと熱くなる。
「そんなこと……できるかどうか……」
「君ならできる。私は、信じている」
 彼の揺るぎない信頼が、私の背中を押す。
「……そのためには、特別な材料が必要になるかもしれないわ。例えば、月の光を浴びて咲くという〝月光花〟の露とか、火山の奥深くでしか採れない〝生命石〟の粉末とか……。伝説の中にしか存在しないようなものが」
 それは、ほとんど「できない」と言っているのと同じ、無謀な要求だった。
 だが、リアンは、私の言葉に、ただ静かに、そして力強く微笑んだ。

「名前を言え、ルシエル」
 彼の声には、絶対的な王の響きがあった。

「月でも、星でも、君が望むなら、私がこの手で地上に降ろしてきてやろう」

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