Falling~正しい堕天の仕方

黄昏湖畔

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第一話_Boy meets Angel

 古ぼけた研究所ラボの片隅。青白い人工の光の中、一人の老人が佇んでいた。

「×××……久しぶり……やっと会えたね……」

 彼の視線の先には女性が入った巨大な機械仕掛けのカプセル。彼女はカプセルから這い出て、老人に柔らかな笑みを向ける。

「お久しぶりです。・・・様。随分……老けましたね」
「そうだね……あれから随分経ったからね」
「その……ようですね」

 愛おしさを噛みしめる様に彼女を抱擁する老人。彼女は困惑三割、嬉しさ七割といった具合で老人を抱き返す。

「何故……私は?」

 彼女は老人に問いかけた。

「……約束の時間だ。君の使命を果たしてくれ」

 老人は答えなかった。代わりに彼女にナイフを手渡した。

「さぁ、これは『神』の意思だ。今ならまだ間に合う」

 老人はナイフを握った彼女の手を優しく包み込んだ。彼女はフルフルと首を振り拒絶した。その瞳には大粒の涙。だが老人は自分の胸元へと彼女の手を導いた。

「君の手で私を……殺してくれ」

 ナイフは老人の胸を貫いた……彼女の声にならない絶叫が研究所を包み込んだ…………
 そして彼女は……世界を焼いた。




 柔らかな日差し。雲一つない透き通った青空。心地の良い小春日和の朝。人通りが少なく適度な緑に彩られた散歩道。ごく平凡な学生……平賀誠は命の危機に瀕していた。巨大なメイスを振り上げた少女に襲われていたからだ。

「平賀誠様。人類の未来の為に死んで頂きます」

 見た目通りの幼い声。身長は平賀の肩程。桃色のウェーブが掛かったロングヘア。パッチリと大きなピンクパールの瞳。プルっと柔らかく形の良い唇。まだ大人になり切っていない、されど幼い子供でもない発展途上の瑞々しい肢体。神が作り給うた彫刻のような完璧な美に彩られた少女……しかし注目すべきはそこではない。その頭上には天使の輪エンゼルハイロウと背中には機械の翼……少女は天使だった。
 天使の少女は感情の籠らない瞳で平賀の墓碑銘を読み上げた。

「平賀誠様。貴方様は50年後の未来に人類を滅ぼす発明をすると神が予言致しました。故に神の意志の下、この場で処刑される事が決定致しました」

 この世界には神と天使が存在する……と言っても神とは高度に発達したAIの事。所謂シンギュラリティ(AIが自己成長を繰り返し、人類を遥かに超える進化を遂げる事)というヤツだ。
 高度に進化したAI神(以後神と呼称)は人類全体のより良い生活の為に人類全体を管理していた。そして人類を管理する為の手足が機械仕掛けの天使というわけだ。
 平賀はごく普通の工業大学生……確かに機械いじりは好きだし、将来は何かしらの発明をして名を上げたいと思っていた。だが少女が言うような人類を滅ぼすような発明をする気はサラサラ無い。
 何がいけなかったのか?何故神の怒りに触れたのか?グルグルと堂々巡りの思考。混乱の極致の中、少女のメイスが振り下ろされ……

「ちょっと待ってくれ!!」

 ……なかった。平賀の制止に少女は動きを止めた。

「俺はまだその人類を滅ぼすっていう発明をしていない。つまり俺を殺す事は神の意志に反するという事だ」

 神はその出自の関係上人々のより良い生活……幸せを最優先する。それは天使も然り。神や天使は人間を管理するが、基本的に人を傷付けるようには出来ていない。人類全体の為に犯罪者を抹殺する事はある……逆を言えば、犯罪者でもない人間を一方的に殺害する事はできないのだ。平賀は工業大学生。故にその事を熟知していた。

「確かに……貴方様の言い分には一理あります」

 天使の少女は感情の籠らない声で呟いた。

「神に問い合わせ致します。平賀様、少々お待ち下さい」

 少女の天使の輪が光り出す。天使の輪は神と天使の通信機器。あれが光っている間、天使と神の間では膨大な情報のやり取り行われている。

「お待たせしました」

 その間一秒足らず。全く待っていないけど……というツッコミを平賀は必死で堪えた。

「神は貴方の殺害を一時保留。代わりに貴方が良からぬ発明をしない様に私ことLight Angel TypeEを監視につける事を決定致しました」
「えっ?」

 平賀は想像の斜め上を行く展開に素っ頓狂な声を上げた。

「これから貴方様を主人とし、身の回りの事をお世話しながら監視せよ。そしてもし貴方様に不穏な動きがあれば迷わず抹殺せよ……と神は仰せになりました」
「…………」

 間抜け面を晒し、声を失う平賀……急転直下の展開について行けないでいた。

「これからどうぞよろしくお願い致します。ご主人様」

 こうして平賀本人の意思とは無関係に、天使の少女Light Angel TypeEとの奇妙な共同生活が始まった。


 平賀にとって、そして天使の少女にとって、二人での生活は新鮮な発見の連続だった。

「なぁ、あんた」
「あんたとは私の事でしょうか?」
「他に誰がいる?」
「私の識別名シリアルコードはLight Angel TypeEです。私を呼ぶ時はLight Angel TypeEもしくTypeEとお呼び下さい」
「長いし無機質すぎる!!仮にも女の子相手に!」

 最初に二人が話した事は少女の呼び名について。平賀は少女の呼称が気に入らなかった。彼は子供とは言わないまでも、まだまだ大人としては半熟な青年。女の子という存在をどこか神聖視する節があった。大袈裟に身振り手振りでモヤモヤした感情を伝えようとする平賀。だが機械の少女にそれを理解しろというのは少し酷だったようだ。

「女の子?私にその定義は当てはまりません。私は神より生み出されし機械人形。ですので……」
「うるせぇよ!!そんな御託はどうでもいい!俺からすればあんたはどう見ても女の子だ!俺は人を……女の子を識別名シリアルコードで呼びたくねぇ!」
「でしたらどうすれば?」

 首を傾げる天使の少女。ワガママなご主人様にほとほと困り果てているといった具合だ。そんな彼女を後目に平賀は良い事を閃いたと言わんばかりにポンと手を打った。

「そうだ!……俺が名前つけてやるよ」
「えっ!?」

 目を丸くする天使の少女。初めて見せる人間らしい表情。その様がなんとも可笑しくて、平賀の口元が緩むと同時に、もっと色々な表情を見たいという好奇心に駆られていた。

「う~ん……Light Angel TypeE……LATE(レイト・遅い)は違うな……そうだ!Angelを抜いてLETY(レティ)っていうのはどうだ」
「私は天使です。私からAngelを抜くなど以ての外です」

 不機嫌そうに頬を膨らませる天使の少女。彼女は彼女なりに天使としての誇りを持っているのだろう。まるでリスのようなその仕草が想像以上に可愛らしくて、平賀はニマニマと笑みを浮かべた。

「い~や、今のあんたは神のしもべである前に俺のお世話係だ。ご主人様の俺の意に背くのか?」
「私の主は神です。神の命に背く事はできません」
「その神様が俺をご主人様にしろって言ったんだ。俺の指示に従うのが道理ってもんだろ。それに俺のお世話係をするなら天使って身分が邪魔になる時だってある」
「むぅ……確かに一理ありますね」

 口の達者さは平賀の唯一の長所であると共に短所。口八丁に丸め込まれる天使の少女……言い返す言葉が思いつかず、不満そうにじっとりとした視線をご主人様に向けるばかり。こうして天使の少女はレティという名前を授かった。


 さて、平賀とレティの普段の生活について語っていこう。
 彼らが暮らすのは八畳一間にキッチンだけという、如何にも貧乏学生が住むのに相応しいボロアパート。神のおかげで人類全体がより良い生活を出来るようになった世界。飢えや貧困が根絶されたが、こういうところは21世紀の地球と大差ない。神が保証するのはあくまでも文化的で最低限度の生活だけなのだ。

「レティ~。朝ごはん出来たぞ~~」

 いつも通り朝食を作る平賀。

「おはようございます、ご主人様」

 眠そうに目を擦りながら、フラフラと食卓の並んだちゃぶ台へと向かう穀潰しレティ。その仕草は本物の少女の様で、とても機械の天使には見えない。

「今日のおかずは……また目玉焼きと納豆と残り物野菜のお味噌汁だけですか?たまにはお肉が食べたいです」
「贅沢言うんじゃありません!ワガママ言う子はご飯抜きですよ!」
「むぅ……誰も食べないとは言っていません」

 ……とても機械の天使には見えない。この天使、平賀と生活する様になってからというモノ、娯楽としての食事を嗜むようになり、今ではメニューにケチをつけるほど。

「なぁレティ?前々から疑問に思っていたんだけど、天使って飯必要なん?」
「いえ、特に必要ではありません。ただご主人様が女の子らしく振る舞えと仰ったので」
「あっ、はい」

 平賀は渋々頷くしかなかった。平賀は共同生活にあたり一つだけレティに厳命したことがある━━普通の女の子らしく振る舞え……である。今のレティは天使の輪も機械の翼も無い。体内に格納して見えなくしている。天使の象徴であるこれらを隠す事にレティは少なからぬ抵抗を覚えていた。だがご主人様の命令とあっては仕方ない。平賀の命令に従う事は神の命……努々疎かにはできなかったのだ。
 平賀は可愛らしい女の子と同棲生活と言う男の夢を叶えられた事に小躍りした。しばらくの間は……平賀の誤算はレティの女の子らしい振る舞いが完璧すぎた所。この天使はワガママな少女よろしく美味しい食事を求めるし、カワイイ服を欲しがるし、昼はゴロゴロ、夜はグースカ。その上、家事なんて一切やったことが無い系女子を完璧に再現。服は脱いだら脱ぎっぱなし、ゴミは散らかし放題、たまに食事を作ろうとすればダークマターを生成。もっぱら家庭内粗大ゴミ状態だ。出費は増える、家事は増える……貧乏学生にとっては大打撃である。

「なぁ、レティ。俺、女の子らしく振る舞えとは言ったけど、家庭内ニートになれとは言ってないよ」
「何を仰いますか?しもべの面倒を見るのはご主人様の役割。給料を払えるわけでもないのですから労働で支払って頂かなくては」
「解雇してもいいんだが……」
「それだと神の命に従い、貴方を抹殺するしか……」
「レティ様のご主人として全力で面倒見させて頂きます!!」

 やっている事は完全に脅迫である。人々の幸せを願う天使にあるまじき行為━━やるかどうかも分からない未来の罪の為になんで今の俺がこんな苦行を……平賀は心の中で咽び泣き、悲しみの海に沈むのであった。
 尚、不幸中の幸いと言うべきか、昔と違い今は神が最低限度の文化的な生活を保障してくれる世界。天使ごくつぶしのせいで増えた出費は、後ほど神の手先(市役所の地域課)が補填してくれた。天使のせいで飢え死にする人間が現れたとなっては、神としての存在意義そのものが大きく揺らいでしまうからである。


 そして、また別の日。

「なぁ、レティ。ちょっと聞いてもいい?」
「なんでしょうか?ご主人様」

 特に何と言う事はない平凡な一日の終わり。夕食を食べ終わった二人の食器を片付けながら、平賀が言葉を漏らした。

「俺が作り出す人類を滅ぼす発明って何?」

 レティは思わず眉をひそめた━━最近のレティは表情豊かになった……そんな他愛もない事を考えながら、黙り込むレティに対して言葉を投げかける平賀。

「俺がそれを知ってたら、発明しない様に行動できるだろう?」
「一理あります。ですが……」

 投げかけらえた言葉に苦々しい症状を浮かべるレティ。

「私はTypeEの天使ですので、その情報を知る権限がありません」
「TypeE?」
「はい、Light Angel TypeE。ご主人様に分かりやすく説明させて頂きますと、Light Angel(光の天使)は治安維持部門に属する天使に与えられる名称で、TypeE(エクスキューショナー)は反乱分子を排除する役割に対して与えられる名称です。つまり私は治安維持局の処刑人と言うわけです」

 レティの声は震えていた……ような気がした。少なくとも平賀はそう思った。
 ここからは平賀の主観になるのだが、彼から見たレティについては少し触れておこう。
 レティは自由奔放でマイペースで寂しがり屋で本当は優しい普通の女の子。彼女はワガママで色々と平賀を振り回す場面も多いがそれは寂しいから。彼女が平賀に迷惑を掛けるのは決まって寂しい時。神とのつながりである天使の輪を隠している事が影響しているのかもしれない。本来の主である神とのつながりが希薄になった分、それを平賀に求めているのかもしれない。
 レティは困っていたり、悩んでいる平賀を決して見過ごしたりはしない。嫌な事や腹立たしい事があれば話し相手になってくれる。悲しい事や落ち込む事があれば元気づけようとしてくれる。(尚、元気づけようとして料理と言う名の殺戮兵器を作ったのは内緒)優しさが人を幸せにする天使由来のモノか、彼女本来のモノなのかは分からない。だが平賀にとってそれは些末な事だ。どちらの理由であろうとレティが平賀に優しくしてくれたのは純然たる事実なのだから。
 そんな彼女が震える理由なんて一つしかない。

「レティ……今の君はレティだ。Light Angel TypeEじゃない」
「ご主人様?」
「いや、ごめん。この言い方は語弊があるな……えっとつまりだ」

 普段は口八丁な平賀らしくない奥歯に物が挟まったような口ぶり。いつもと様子が違うご主人様の態度にピンクパールの瞳が釘付けになった。

「えっと……つまり俺が言いたいのは…………」
「言いたいのは?」

 平賀は凝視された事で余計にしどろもどろになった。だが好奇心旺盛な天使はご主人様を逃がしてはくれない。平賀は覚悟を決め深呼吸。

「俺はレティが好きだ。可愛い所も奔放なところもワガママなところも本当は寂しがり屋でとても優しい所も……」

 ゆでだこの様に顔を真っ赤にする平賀。人生初の……いや、人類初の天使への告白。頭の中が真っ白で自分でも何を言っているのか分からなかった……だから気付かなかった。自分と同じくらい顔を真っ赤にしているレティの姿に……

「レティ!俺は君の事が好きだ!君が処刑人で俺を殺そうとしていたとしても!俺は君の事が好きだ!!」
「はわっ!!」

 レティは戸惑っていた。頭部ユニットが熱い。CPUが熱暴走したのだろうか?情報が処理しきれない。心臓部のコアユニットの駆動音がうるさい。声帯ユニットが連動しておかしな声を出す。

「レティ!君が何者であっても構わない!ずっと俺と一緒に居てくれ!!」

 頭部ユニットが本格的に故障したようだ。熱暴走を抑える為の冷却水が漏れ出ている。熱い雫が視覚センサーを通じて頬を流れた。

「はい……誠様」

 無意識だった。レティはご主人様を……平賀誠を抱きしめた。

「うん、うん」

 無意識だった。平賀は天使を……レティを強く抱き返した。
 青年と天使は生まれて初めて愛を知った。
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