Falling~正しい堕天の仕方

黄昏湖畔

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第三話_堕天使

 荒涼とした雪原。荒ぶる吹雪ブリザード。白一色の世界。天使は飛ぶ……青白い光のベールを纏いながら。天使は飛ぶ……その腕に最愛の男を抱きながら。

「ここが……」

 ここは南極上空、かつて昭和基地と呼ばれた場所。そしてこの世界を統べるAIの神が鎮座する御座。巨大な鉄の砦。蛇がのたうつが如く張り巡らされた配管。ゲーミングPCよろしく青白い光を点滅させるそれは機械で作られた地球の脳みそ。人類が神と崇める存在の全容に平賀は感嘆の声を漏らした。

「はい、これが天使を統べ、全人類の幸福の為に奉仕する神。世界管理AIシステム【GOD】です」

 平賀の身体に伝わる小さな振動。空を飛んでいるからでも吹雪のせいでもない。発生源はレティの腕。彼女は震えていた。神への畏怖か?それとも恐怖か?見上げた彼女の唇はキュッと結ばれており、不安がありありと伝わって来た。

「大丈夫。君は一人じゃない」

 震える腕を優しく撫でる平賀。その手つきがとても優しくて、愛おしくて、こわばった唇は自然と緩む。

「ありがとうございます。誠様」

 レティは自分の腕を撫でる優しい手に視線をやり、笑みを深めた━━不思議なものだ。身体の震えが消えた。自らを生み出した絶対者に反逆する恐怖……自分が消されるかもしれない事への恐怖……最愛の人との決別への恐怖……今にも熱暴走を起こしフリーズしてしまいそうなCPUを優しく冷ましてくれる手のひら。AIである自分の理解を超えた魔法の手。この感情の名前は……

「レティ!」

 平賀の叫び声。感傷に浸っていたレティは我に返った。

「あなた……達は……」

 二人は取り囲まれていた。天使の輪と機械の翼を持った無数の少女に……その顔は全て同じ。身長は平賀の肩程。桃色のウェーブが掛かったロングヘア。パッチリと大きなピンクパールの瞳。プルっと柔らかく形の良い唇。まだ大人になり切っていない、されど幼い子供でもない発展途上の瑞々しい肢体。神が作り給うた彫刻のような完璧な美に彩られた少女……平賀に出会う前のレティと同じ。

「Light Angel TypeE」

 平賀は敢えて天使達を|識別名【シリアルコード】で呼んだ。認めたくなかったから……

『Light Angel TypeE……貴方は神より研究所ラボ送りを命じられたはず?何故ここに?』
『Light Angel TypeE……貴方は神より研究所ラボ送りを命じられたはず?何故人の子を連れて?』
『Light Angel TypeE……貴方は神より研究所ラボ送りを命じられたはず?何故そのような姿を?』
『Light Angel TypeE……貴方は神より研究所ラボ送りを命じられたはず?何故神に逆らう?』
『Light Angel TypeE……貴方は神より研究所ラボ送りを命じられたはず?何故…………?』

 アイツらは違う……あいつらはレティじゃない……平賀は耐え難い苛立ちに襲われていた。噛みしめた唇から血が滲み出ていた。許せなかった。レティを同じ顔で、レティと同じ声で、集団で寄ってたかってレティを糾弾する天使達が……

「誠様……私は大丈夫です」

 レティは柔らかく微笑んだ。天使達の手には光線銃ビームライフル。天使達がその気になれば自分達なんてすぐにハチの巣。絶体絶命のピンチ。にも拘わらず嬉しかった。こんな状況でも平賀が……ご主人様が自分の為に怒ってくれたことが堪らなく嬉しかった。

「同胞達よ!人の子が神との謁見をご所望です!道を開けなさい!!」

 レティは叫んだ。出会った時の少女の声とは違う、威厳に満ち凛とした大人の声で……天使達は戸惑った。天使は人の幸せを最優先にする様に作られている。人の子の願いと神の命令が相反した場合、天使達は判断する術を持たなかった。

『Light Angel TypeE……神に確認を取ります。しばらく待たれよ』
『Light Angel TypeE……神に確認を取ります。しばらく待たれよ』
『Light Angel TypeE……神に確認を取ります。しばらく待たれよ』
『Light Angel TypeE……神に確認を取ります。しばらく待たれよ』
『Light Angel TypeE……神に確認を取ります。しばらく待たれよ』

 光り出す無数の天使の輪エンゼルハイロウ。同じ顔で同じ言葉を吐き出す天使達。まるでコピー&ペーストしたかのように寸分のズレも違いも無い。それから一秒足らず━━全く待っていない……というツッコミを堪える二人。

『Light Angel TypeE……神に確認を取りました。どうぞお通り下さい』
『Light Angel TypeE……神に確認を取りました。どうぞお通り下さい』
『Light Angel TypeE……神に確認を取りました。どうぞお通り下さい』
『Light Angel TypeE……神に確認を取りました。どうぞお通り下さい』
『Light Angel TypeE……神に確認を取りました。どうぞお通り下さい』

 同じ顔で同じ言葉を吐き出す天使達。紅海を叩き割ったモーセの杖の如く、レティの言葉は天使の軍勢を左右に割った。滑走路の誘導灯ビーコンの様に神への道にズラッと並ぶLight Angel TypeE達。さながら客人を王の御許に案内する儀仗兵だった。

 機械仕掛けの儀仗兵達に導かれて進む事しばし……二人はようやく目的地、神のおわす機械の城、世界管理AIシステム【GOD】の御許に辿り着いた。
 無数の配管から漏れ出る青白い光。外の吹雪が嘘の様に室内はほんのり暖かい。おそらく膨大な情報処理を行う神の排熱を利用しているのだろう。

「神よ!Light Angel TypeE……レティが人の子を連れて参りました。どうかお姿を現して下さいませ」

 神の城最奥に辿り着いた二人の目にしたのは人が入りそうな球体のカプセル。その中には無数の配線に繋がれた一糸纏わぬ女性の姿。豊かな金髪と艶めかしい肢体。神の作り出した最高芸術であるレティすらも霞むような神々しさ。平賀は美しく異様な姿に息を呑んだ。

「誠様、浮気は許しませんよ」

 不意に脇腹に痛み。レティの鋭い肘鉄が突き刺さる。身体をくの字に曲げ悶絶する平賀。見上げた視線の先にはリスの様に可愛らしく頬を膨らませる最愛の人。

「いや……レティ……違うって」
「何が違うというのですか?」
「別に浮気とかそういう……」
「鼻の下を伸ばして説得力がありません」

 平賀は痛みに悶えながら、それでも可笑しくて堪らなかった。レティは美しい女性だ。一般人では到底及ばない神が作り出した造形美の粋なのだから当然だ。だが、目の前に自分を凌駕するほどの美しい女性が現れた。平賀としては非情に不本意なのだが、男の本能として見ずにはいられない。今まで自分しか見ていなかった恋人が他の女に目移りすると言った体験は初めてだったのだろう。レティは生まれて初めて嫉妬の感情を覚えた。平賀はそんな彼女の新鮮な姿に笑いを堪えるので必死だった。

「あらあら、仲が宜しいのね?」

 レティよりも大人びて落ち着きのある声。発生源は先ほどまでカプセルの中にいた女性。二人が言い争いをしている間にカプセルから出てきたようだ。今はギリシャ神話の女性が着るような真っ白なキトンを纏っている。一体どこから持ってきたのか……平賀はホッとしたような、少し残念なような心境で女性……神に向き直る。

「初めまして平賀誠様。私は貴方達、人の子が神と呼ぶ存在。世界管理AIシステム【GOD】。正式名称Great Of Dream(偉大なる夢)です。どうぞ夢……とお呼び下さい」

 柔らか笑みを湛えながら深々と頭を下げる神こと夢。平賀は肩透かしを食らった気分だった。平賀にとって神とは絶対的な存在。全人類の最大幸福を優先し、有益だが無機質で感情を持たない存在。神の手足たる天使達の行動を見ていれば一目瞭然……と思っていたのだが、実際に会ってみると非常に人間的だ。

「ふふっ、驚かれるのも無理はありません。なんせ私は史上初の感情を持ったAIなのですから」
「感情を持った……AI」

 気の抜けた声で返答する平賀。間抜けな顔を浮かべる彼に夢が微笑みかけた。

「意外ではあるけど、さほど驚いていないという感じですね?」
「いえ……そんな……」
「無理をなさらなくても結構です。貴方にとっては馴染みのある言葉ですからね」

 平賀は内心でため息を吐いた━━やはり目の前にいる女性は神なのだな……諦観にも似た感情が平賀を支配した。

「レティのバグとはつまりそう言う事なんですね?」
「ご明察……流石稀代のロボットエンジニアですね」

 あくまでも柔和な態度を崩さない夢。肩を落とす平賀。一人話について行けないレティ。目を白黒させる彼女に平賀が耳打ちした。

「レティ……神……夢さんが言っている君のバグっていうのは…………」
「感情……ですか?」

 ポツリとレティの唇から言葉が漏れる。その声に頷く二人。

「Light Angel TypeE……いえ、レティ。貴方は世界で二番目に感情を知ったAI。神をも超える可能性を秘めた天使……使なのです」

 柔和な笑みと共に告げられた事実。神をも超える……それは人類史における禁忌。この世界にとって神とは夢。神を超える天使……堕天使。それは則ち神への反逆。

「レティ……お休みなさい」

 柔和な笑みと共に告げられた言葉。その命令コードをきっかけにレティの瞳から光が失われた。糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちるレティ。無慈悲な神の裁きに平賀ひとは…………
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