ROBORISTA

伊阪証

文字の大きさ
2 / 6

歯車

しおりを挟む
風は、乾いた骨みたいな音を立てて吹いていた。
土は焼け、草は痩せ、地平線は割れたガラスの縁のように揺らいでいる。

ヘンリーは錆びたゴーグルを押し上げ、目を細めた。

遠く――空の上に、島がある。

島に見えたのは錯覚じゃない。
巨大な歯車と金属の骨組みが、雲の切れ間に確かに浮かんでいた。
陽光を反射する輪郭が、あり得ないほど整っていて、だからこそ現実味が薄い。神話の挿絵が、勝手に空に出てきたみたいだった。

「……あれが、“ギア”……」

呟いた声が、風に削られていく。
世界はこんなに死んでいるのに、空の上だけは、まだ文明が息をしている。

隣でラブがスカートの裾を押さえた。
荒野の風の中で、白いメイド服は不釣り合いなほど清潔で、まるで「この世界が汚れているだけ」と言っているみたいだった。

「設計図の記述と一致します。ヘンリー様。『浮遊都市ギア』――『母』へ動力を送る機構です」

ラブの声は穏やかで、いつも通り整っている。
だが、ヘンリーはその整い方に、ふと寒気を覚える瞬間がある。
それは感情の温度ではなく、音声の品質の問題――つまり、ラブが“そう出力している”だけに見える瞬間だ。

ヘンリーは背負ったリュックの上から、布に包んだ金属板を確かめた。
薄い。冷たい。軽いのに、妙に重い。

図書館跡で拾ったものだ。
埃の海の底から、まるで「見つけてください」と言わんばかりに突き出していた。
刻まれていた紋様は、設計図の断片と一致していた。
一致した瞬間、ヘンリーは理解してしまった。

――これは鍵だ。

鍵があるということは、扉がある。
扉があるということは、閉じられている。

「この板を差し込めば、“母”が目を覚ますかもしれない……」

ヘンリーが言うと、ラブは僅かに目を伏せた。

「世界が変わる可能性があります」

「……緑が戻る、ってやつか」

そう言った瞬間、ヘンリーは自分の言葉が軽すぎる気がして、舌を噛みそうになった。
緑が戻る。水が増える。飢えが減る。争いが減る。
どれも遠い夢に聞こえる。けれど村では、それがただの夢ではなく、明日を迎えるための条件だった。

ラブが、静かに頷いた。

「ヘンリー様が望むなら。私は、必ずお供します」

その“必ず”が、救いでもあり、鎖でもある。
ラブがそう言った時点で、ヘンリーはもう引き返せない気がした。

二人は歩き出した。

---

荒野を抜けるほど、金属の匂いが濃くなる。
砂に混じる錆。目に見えない鉄粉。
遠くで軋む音が、風の鳴き声とは別のリズムで響いている。

歯車都市の入り口は、砦の残骸みたいな崩れたゲートだった。
かつては人を守るために立っていたものが、今では“入ってくるもの”を選別するために残っているように見える。

ゲートをくぐった瞬間、空気が変わった。

街全体が、巨大な機械の腹の中みたいだった。
壁も床も、道の端も、露骨に歯車で構成されている。
部品が都市を装っているのではなく、都市が部品だった。

それなのに――

「……動いてる」

ヘンリーは足を止め、息を呑んだ。

停止したはずの街が、わずかに脈打っている。
歯車が“回っている”のではない。
回ろうとしている、という感じだ。
固着した関節が、たまに思い出したように震える。

ラブが、足元の歯車に指先を触れた。
その動作は丁寧で、優しすぎて、まるで生き物を撫でているようだった。

「微弱な振動を感じます。完全停止ではありません。どこかで動力が残っています」

「動力が残ってるなら……母に送られてるのか」

ヘンリーは設計図の断片を取り出し、風で飛ばされないように端を押さえた。
紙は脆く、角が欠けている。
欠けた部分が多いほど、そこに何が書いてあったかを想像してしまう。

「……メインシャフト。動力炉へ繋がる縦穴。街の中心部にあるって書いてある」

ラブが周囲を見渡し、首を傾げた。

「……人の気配がありません。記録上は、住民は避難したとされていますが」

「でも、避難したなら何か痕跡があるはず、って顔してる」

ヘンリーが言うと、ラブは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

「……いいえ。設計図を信じましょう、ヘンリー様」

“信じましょう”。
その言い方が、微妙に“自分に言い聞かせている”みたいに聞こえた。

二人は街の影の中へ進んだ。
巨大な歯車が作る影は、時間の流れそのものを狂わせる。
陽の角度が変わっても、影が動かない場所がある。
逆に、風が吹くだけで影が揺れる場所もある。

歩いていると、歯車が地面に突き刺さっている光景に出くわした。
墓標のような大歯車。
錆に覆われ、刻まれた文字は読めない。
それでも、「ここで何かが終わった」という事実だけは伝わってくる。

「……ここ、死んでるのに、死にきってない」

ヘンリーが呟くと、ラブは小さく頷いた。

「はい。眠りの途中のようです」

眠り。
それは優しい言葉だ。
機械にとって眠りとは停止だが、人間にとって眠りは、また起きることを前提にしている。
つまりこの都市は、いつでも起きる。

それが怖かった。

---

街の中心に近づくほど、風の音が低くなる。
代わりに聞こえるのは、金属が擦れる微音。
どこかで、巨大な何かが、息をしている。

やがて二人は開けた場所へ出た。
中央に垂直にそびえる巨大なシャフト。
地面に突き刺さり、地下へと続いている。
周囲には梯子と足場があるが、どれも古く、今にも崩れそうだ。

「ここだ……メインシャフト」

ヘンリーの声が少し震えた。
見つけた喜びよりも、見つけてしまった恐怖の方が大きい。

ラブが、ヘンリーの腕にそっと触れた。

「慎重に。ヘンリー様」

二人は一番状態の良い梯子を選び、ゆっくり降り始めた。
降りるほど空気が重くなる。
湿り気が増す。
そして、温度が下がる。
地下は、地上の終末とは別の終末が沈んでいた。

半分ほど降りたあたりで、ヘンリーは止まった。

「……聞こえるか」

ラブが頷く。

暗闇の奥から、赤い光が点滅していた。
ゆっくり、規則的に。
それは警告灯のリズムだ。
“起きています”と知らせるための光。

赤い光が、少しずつ大きくなる。

ヘンリーの背中に冷たい汗が流れた。

「……戻るぞ」

言うより早く、二人は梯子を登り始めた。
地上に出た瞬間、暗闇の中から巨大な機械の腕が突き出してきた。

腕は――止まった。

赤い光を灯したまま、静止する。
動かないのに、存在感だけが圧倒的だった。
まるで「お前たちがここにいることは分かった」と言っている。

ヘンリーは息を呑んだ。

「……眠れる守護者、って……これか」

ラブの声が低くなる。

「無事では済まないかもしれません」

守護者。
つまり、ここは守られている。
何を?
動力炉を。
母への供給を。
あるいは――“起動してはいけないもの”を。

ヘンリーはシャフトから目を逸らし、設計図を握り直した。

「迂回する。別の制御区画を探そう。直接潜るのは……今じゃない」

“今じゃない”という言い方は、撤退の言い訳でもある。
でも、言い訳が必要なほど、あれは怖かった。

---

制御区画は、街のさらに奥にあった。
広場の中心に、巨大な制御盤が鎮座している。
無数のレバーとボタン。
配線。ランプ。
かつては規則正しく光っていたはずの目が、今はほとんど死んでいる。

「これが……街を動かす中枢」

ヘンリーが近づき、設計図と見比べる。

「……配線が切れてる。そりゃ動かない」

ラブが制御盤に手を触れ、静かに目を閉じた。

「微弱ですが……エネルギーの流れがあります。完全に死んでいるわけではありません」

その時だった。

広場の奥から、かさついた足音が聞こえた。
金属音ではない。人間の足音だ。

ヘンリーが振り返ると、ボロボロの服を着た老人が立っていた。
痩せ細り、目は怯え、手には石ころを握り締めている。
老人はヘンリーを見るより先に、ラブを見て――顔を歪めた。

「ひっ……また……機械の使い魔め……!」

老人は石を投げた。
狙いはヘンリーではなく、ラブだった。
石はラブの肩に当たり、乾いた音を立てて跳ね返る。

ラブの表情が、一瞬だけ歪んだ。
痛みではない。
“この扱いに慣れている”という歪みだ。

「やめてください」

ラブが穏やかに言うと、老人は逆に怯えたように後ずさった。

「喋るな! 喋るな! お前らが機械を弄ぶから……こんなことに……!」

ヘンリーは両手を上げ、敵意がないことを示した。

「違う。僕らは壊しに来たんじゃない。直しに来た」

「直す……? 直すだと……?」

老人の声が震える。
震えの中に、怒りと羨望が混ざっている。

「この街は、“母”のために作られた。母は天の上にいる。母が目を覚ませば、世界は――」

「世界は、また壊れる」

老人が遮った。

「お前らは知らない。知らないから触る。触ったら、また起きる。起きたら、また食われる。昔と同じだ……!」

ヘンリーは唾を飲み込んだ。

「……昔、何があった」

老人は答えない。
答えないまま、視線だけが制御盤の赤いボタンへ向いた。
その視線が、答えだった。

ヘンリーは老人の手元を見る。
老人は石とは別に、小さな金属プレートを握っていた。
擦り切れた文字。古い刻印。
数字の並び。

ヘンリーの目が、そこに吸い寄せられる。

「それ……何だ」

老人は一瞬、隠そうとした。
だが、もう隠せないと悟ったように、ゆっくり見せた。

「緊急停止の……制御コードだ」

ヘンリーの心臓が跳ねる。

停止。
この街を止める手段がある。
それは同時に、起動する手段があるということでもある。

「……それを、貸してくれ」

「貸したら、お前は押すだろう。赤いのを」

「押さない。今は押さない。まず理解する。止める術があるなら、起こすこともできる」

老人は、ヘンリーをじっと見た。
その目は怯えではなく、測る目だった。
やがて、老人は金属プレートを投げるように渡した。

「……嘘なら、呪う」

ヘンリーは受け取り、胸にしまった。

「嘘はつかない」

ヘンリーが言うと、老人は背を向けた。

「なら……せめて、“母”の声を聞け。声を聞いたら、押せなくなるかもしれない」

老人はそれだけ言い残し、歯車の影の中へ消えた。

ラブが静かに、ヘンリーの袖を引いた。

「ヘンリー様。危険な情報です。ですが……必要な情報でもあります」

ヘンリーは頷いた。

「行く。制御区画を動かす。最低限でいい。母へ“触れる”ための電力だけ送る」

壊すためじゃない。
救うためだ。
その言い訳が、今のヘンリーには必要だった。

---

制御盤の側に、作業用の工具箱が残っていた。
錆びたペンチ、折れたレンチ、硬化した布。
そして、半分空になった油の小瓶。

「……残ってた」

ヘンリーは油を持ち上げ、光に透かす。
腐ってはいない。
匂いは強いが、使える。

制御盤の脇には、小さな歯車がある。
設計図と照合すると、それが“流れの喉元”になっている。
ここが固着しているせいで、全体が息を止めている。

ヘンリーは油を垂らし、歯車に指を添えた。
固い。
びくともしない。

ペンチで挟み、力を込める。
軋む音。
小さな火花。
手首が痛む。

「……くそ」

ペンチが悲鳴を上げ、金属が折れた。
破片が飛び、ヘンリーの頬を掠めた。
熱い痛み。

ヘンリーは息を呑んだ。
痛みよりも、絶望が先に来る。
やっぱり、無理なんじゃないか。
読めるだけで、できないんじゃないか。

その時、ラブが一歩前に出た。

「……私を使ってください」

ヘンリーは反射で首を振った。

「ダメだ」

「私の関節はまだ動きます。必要なトルクを――」

「ダメだ!」

ヘンリーの声が荒くなった。
ラブが“自分を道具として差し出す”言い方をした瞬間、ヘンリーの中で何かが切れた。

「お前は……油の代わりじゃない。レンチの代わりでもない」

ラブの目が、僅かに揺れた。
理解の揺れか、プログラムの揺れか。
その判別がつかないのが、ヘンリーには苦しい。

ヘンリーは歯車の周囲を見回し、床に落ちていた布切れを拾った。
油を染み込ませ、歯車の噛み合わせの隙間に押し込む。
摩擦を減らすのではなく、滑りを“作る”。

「……こういうのは、図面に書いてない」

ヘンリーは息を吐き、もう一度手をかけた。

今度は、動いた。
ほんの少し。
けれど確かに、歯車が“回り始めた”。

その瞬間、街が震えた。

遠くで、巨大な歯車が軋みを上げる。
眠っていた金属の巨人が、背伸びをするような音。

制御盤のランプが、ひとつ、ふたつ点いた。
死んだ目に、光が戻る。

「……いける」

ヘンリーは設計図を広げ、レバーの順序を確認した。
ここを誤れば、街は壊れる。
老人の言葉が脳裏を掠める。
“起きたら、また食われる”。

ヘンリーは、息を整えてレバーを引いた。

ギシ……ギシ……と、嫌な音がして、レバーが動く。
固着した過去が、ゆっくり剥がれていく。

次の瞬間――警報が鳴った。

錆びたスピーカーが、ノイズ混じりに声を吐く。

「……侵入者……検知……自動……排除……プログラム……起動……」

ラブが即座にヘンリーの前に立つ。

「ヘンリー様、危険です」

広場の奥。
暗がりから、巨大な影が現れた。

警備ロボット。
人型。
両腕に巨大なハンマー。
赤い目が、まっすぐヘンリーを捉える。

ヘンリーは胸の奥が冷たくなるのを感じた。
体が固まる。
けれど、今は逃げない。逃げたら歯車は止まる。
止まれば、ここまでの努力が無駄になる。

ヘンリーは胸の内側から、老人の金属プレートを取り出した。
刻印された数字。
緊急停止コード。

「……ラブ。時間を稼げ。十秒でいい」

ラブが頷いた。
言葉はなかった。
動作が答えだった。

ラブが警備ロボットの進路へ躍り出る。
ハンマーが振り下ろされる。
ラブは避ける。
避けた衝撃で地面が割れ、粉塵が舞う。

ヘンリーは制御盤に向き直り、プレートの数字と対応する入力部を探した。
設計図の断片を照合し、当たりを付ける。
ここだ。ここが緊急系統。

指が震える。
だが震えている暇はない。

入力。
作動。

次の瞬間、警備ロボットの動きが――止まった。

完全停止ではない。
赤い目は灯ったまま。
けれど、関節の力が抜けたように、そこで固まる。

「……止まった」

ヘンリーの声が、かすれる。

ラブが振り返り、僅かに頷いた。
その頷きが、“よくやりました”にも、“早く次を”にも見えた。

ヘンリーはレバーを最後まで押し込んだ。

轟音。
街全体の歯車が、一斉に動き出す。

風景が変わるのではない。
音が変わる。
世界が、巨大な機械として“整い始める”。

そして――空が、光った。

雲の切れ間。
浮遊都市の下部で、微かな光が走る。
母へ、エネルギーが送られた。

「……届いた」

ヘンリーの膝が少し抜けた。
やった。
少なくとも“接触”はできた。

だが、その直後。

制御盤から火花が散った。
焦げ臭い匂い。
ランプがいくつか完全に死ぬ。

「……壊した」

ヘンリーが呟くと、ラブが首を振った。

「必要な動作でした。ヘンリー様は、出来ることをしました」

慰めの言葉のはずなのに、ヘンリーは嬉しくなかった。
“出来ることをしただけ”という言葉は、“それ以上は出来ない”にも聞こえるからだ。

ヘンリーが制御盤の赤いボタンに目を向けた、その瞬間――

「待て」

声がした。

スピーカーのノイズ声ではない。
近い。生の声――ただし、人間ではない。

広場の影から、一体のロボットが現れた。
無骨で、傷だらけで、装甲は継ぎ接ぎ。
そして目は、赤い。

だが、警備ロボットとは違う。
動きに“意志”がある。
壊れた機械が偶然動いているのではなく、動くために動いている。

ロボットは、錆びた声で言った。

「起動……不可……。停止……せよ……。システム……エラー……」

ヘンリーは、息を呑んだ。

――老人の言葉。
――“母の声を聞け”。

ヘンリーは赤いボタンを見つめた。
押せば、何かが決定的に動く。
押さなければ、今のまま中途半端に終わる。

ラブが小さく言った。

「ヘンリー様。これは……警告です。ですが、同時に“会話”でもあります」

ヘンリーは拳を握りしめた。
自分の手が震えているのが分かった。
怖い。
でも、怖いからこそ、押してはいけない瞬間がある。

ヘンリーは、赤いボタンから手を引いた。

「……押さない」

ロボットの赤い目が、わずかに光を変えたように見えた。
怒りではない。安堵でもない。
ただ、確認しただけの光。

ヘンリーは、制御盤の脇にある端子を見つけた。
金属板の紋様と一致する差し込み口。
ヘンリーは布包みを解き、鍵の板を取り出した。

冷たい板が、夕暮れの光を反射する。

「……まず、母に“呼びかける”。押すのはそれからだ」

板を差し込む。

カチリ、と小さな音がした。
その音は、世界の歯車が一枚噛み合った音に聞こえた。

制御盤の奥で、何かが起動した気配がする。
ノイズ混じりの声が、今度はスピーカーではなく、都市全体から響いてきた。

言葉にはならない。
音でもない。
“圧”だ。

古い記憶を、直接脳に流し込むような圧力。
誰かの夢の続きを見せられるような、息苦しさ。

ヘンリーは思わず膝をつき、耳を塞いだ。
ラブが支える。
ラブの腕は冷たいのに、今はそれが救いだった。

圧の中で、ヘンリーは“感じた”。

母は、眠っているのではない。
眠らされている。

そして――どこかが壊れている。
壊れているから、起きられない。
壊れているから、起きたら危ない。

ヘンリーは荒い呼吸のまま、顔を上げた。

「……コンデンサだ」

ラブが目を見開く。

「エネルギー・コンデンサ……」

「母に送るエネルギーの“整流”が壊れてる。だから街を無理に動かすと、全部が焦げる。……さっき火花が散ったのは、その前兆だ」

ロボットが、ゆっくり頷いたように見えた。

「補修……必要……。供給……不安定……。起動……危険……」

ヘンリーは歯を食いしばった。

遠回りだ。
でも、道が見えた。
“押すか押さないか”じゃない。
“直すべきものを直してから押す”という第三の道だ。

ヘンリーはラブを見た。

「行こう。コンデンサを探す。母を起こす前に、母が壊れないようにする」

ラブが静かに頷く。

「承知いたしました。ヘンリー様の選んだ道を、私は共に歩きます」

ヘンリーは、最後に赤いボタンを見た。
押さない。
今は押さない。

押すために、押さない。

歯車都市は轟々と動き続けている。
だが、それは復活ではなく、準備運動のようだった。
空の上の“母”へ繋がる道が、再び開こうとしている。

そしてその道の先には――
救いだけではない。
かつて世界が壊れた理由そのものが、眠っている。

ヘンリーは、金属板を布で包み直し、背負った。

「……帰り道は、もうないな」

ラブは微笑む。
いつもの整った微笑みではなく、ほんの少しだけ――揺れた微笑みだった。

「はい。ですが、進む道はあります」

二人は、動き始めた歯車の街を背に、次の廃墟へ歩き出した。
エネルギー・コンデンサ。
母を起こすための、そして壊さないための、最後の部品を探しに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

はぁ……潔く……散るか……

#Daki-Makura
ファンタジー
バカ息子(王太子)がやりおった…… もうじき友がやってくる…… はぁ……潔く……散るか……

処理中です...