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第十章_空白と余白

有栖_10-9

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「佐倉さん……聞きたいことがあります」
 有栖は自身のパソコンを確認し、佐倉の顔を見ずに話しかけた。
「何だ?」
「今、警察に対して動くのは目立つし、楯突くような行動は控えた方が良い……そうですよね?」
「そうだ」
「ですが、警察とは関係のないユースティティアの個人データ……ましてや、自身のデータを調べることは警察に口を挟む権利はないですよね?」
「そりゃそうだ。社内調査だと言えば、流石にそこまで介入できないだろうし、そもそも気づかれない――おい、有栖、何をするつもりだ?」
 何かを察した佐倉は、有栖の肩を掴む。この場では有栖と我孫子の関係に気づけるのは彼一人だった。
 有栖は振り返り、強い眼差しで佐倉を見つめて、話す。
「自分――有栖陽菜の個人データベースが改ざんされています。対象は我孫子課長が有栖陽菜に行った性被害について。自分はそのようなことを行っていません。ならば、怪しいのは我孫子になる。データベースの私的な改ざんはユースティティア内での調査対象となるはずです。
 確か、規定にて定められていたはずですよね?」

 有栖の言う通り、データベースの改ざんは組織内の調査対象になる。内容によっては懲戒の対象となり得るので調査の期間、関係者は勾留し、事情聴取――これはユースティティアの規定となっている。
 つまり、このデータの改ざんが『レシエントメンテ』によるものであろうとなかろうと、一色誠と関係がない以上、有栖と我孫子は規定に従うことになる。

「確かにそれなら我孫子を勾留できる。場合によっては追い詰めて、警察を裏切らせる方向に持っていくことも可能かもしれない」
「はい、ユースティティアを裏切る人間です。自身が危うくなったら助かる為に警察を売ることは容易に想像できます」
「叩けば埃が出る男だ。人一人ぐらいなら殺してる可能性もある……余罪の追求すれば、その方向にも持っていけるだろう。しかし――」
 そこまで話、佐倉は有栖を心配そうに見つめた。
「データベースの改ざんの調査は、事実確認の為にその内容を追求していくことになる。つまり、お前の過去を再度暴くような形になる……大丈夫なのか?」
 佐倉は有栖の精神面を心配していた。彼も彼女の過去については知っているのだ。
 佐倉の問いに有栖は真っ直ぐに見つめ返し、答えた。

「構いません。『未来』へと進む為に、『現在』と闘う為に、『過去』と対峙しなければならないなら――『自分』は『私』と向き合います」
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