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心臓の音が聞こえると、安心して眠れるみたいだ。
この、華奢な身体を、朝まで抱きしめていたくなった。
これをなんと呼んだらいいのだろう。
この感情をどう言葉に出したらいいのだろう。
東谷には分からなかった。
その時まで、分かろうとしなかった。
高木と目を合わしたのは、入社式だったと思う。
同期で隣だった。
人事の女が絶対顔だけで選んだとばかりの感じで、良く覚えている。
柔らかい物腰で、東谷とは正反対に「ひょろっこい」奴だと思った。東谷が研修を終え早々と営業に配属になったときに、本社の総務で小姑みたいな女共の中で器用に雑用をしていた高木を見てやはりと、思った。
女臭い。
そう思った。
東谷は逆に大卒の元々体育会系の出だったので、営業イコール男の仕事。残業、飲み会、日曜出勤なんて、当然だと考えていた。だから上司からの呼び出しで緊急の接待も平気で参加できた。別にそれは苦にもならなかったし、土日に付きまとわれる適当な女達に言い訳出来る切り札に使えるとまで計算に入れて楽な立ち回りだった。
残り二本で終電だというとき、東谷はまだ飲み足りなかった。
今日の仕事は最悪だった。
アホな上司のおかげで下げたくもない頭を何度も下げて回り、事情も知らない下請け業者の親父に嫌みをさんざん言われたあげく、取引先には「白紙撤回、もしくはコストダウン」の要求をされて、本社に戻らされた。なのに、馬鹿幹部は上司を怒ることなく、東谷を罵った。
「あー飲みたんねー」
そう呟いているうちに、町のアーケードを抜けて、空がむき出した部分から雨が降っていたのを知った。
最悪だ…。
今日のツキは最悪だ。
そう思ったときに、目の前に、男が二人言い争っているのを目撃した。
手を捕まれた男は、ムキになってそれをふりほどくと、相手に何か言った。そして、相手は相当酷いことを言ってその場を立ち去って行った。
東谷にはそう見えた。
立ち止まったその男に雨がスーツを染める。
髪の毛からしたたり落ちる雨粒、うなだれたままのそいつは、同じ会社の高木だった。
初めて入る店は、気さくな店で、ウエイターは二人に気がつくと即座にタオルを渡してくれた。
東谷は上着を脱いで、顔から髪の毛、首筋までぬぐった。
高木も上着を脱いだが、頭に乗せられたタオルをそのままに、さっきまできつく捕まれた腕をまだ触っていた。それは、時間が経つにつれて高木の白い肌を赤く染めていった。
「何?飲む」
「同じものを…」
「バーボン二つと…お勧めって何」
二、三適当に見繕ったつまみを頼んで、落ち着いた。
店は、閉店間近なのだろうが店主は嫌な顔一つ無く厨房から料理が運ばれた。
さっきも食べたばかりなので、東谷はあまり食欲の方は無かった。
寒さが後から来たのか酒が胃にしみた。
高木の方も箸を止めてばかりだった。
高木は、「終電、行っちゃったね」と、言った。
まるで自分を責めるみたいな言い方に、東谷は少しむっとしながら箸を取った。
「この、ピリ辛うめぇ。ほらお前も食えよ」
「……うん」
たわいのない話をするきっかけがつかめず、まだお互いの距離が遠かった。
高木は、あまり飲み慣れないのか、酒をなめる様に飲み、顔が少し赤らんだ。
「体、温もったか?」
そう言われて、「…有り難う」と、高木は少し恥ずかしそうな顔をして答えた。
半乾きの上着を着るのにもたついている高木よりも先に、さっさと東谷は二人分の支払いを済ませていた。
「せめて割り勘にしてくれないか」と言う高木に対してもこれ以上何も言わせなかった。
「終電も逃したし、家帰るのも面倒くさいし、 オールナイトでも見て朝帰りするか…」
東谷は背伸びをしながらやんだ空を見て呟いた。
「へー、そういうのするんだ」
少し緊張がほぐれた様な顔をして高木が東谷を見つめた。
「東谷の意外そうな顔……」高木はそう言った。
ここら辺は奥詰まっているので大通りまで出ないとタクシーが捕まりそうになかった。
「お前はどうする」
そう言おうとした時、高木は倒れ込んだ。
細い身体。
そう感じたのは、その時だった。
東谷の腕一つで簡単に抱えられるほど、軽かった。
東谷は高木の家を知らない。
ここは、裏通り。
ネオンに光るのは派手派手しいスナックの看板だけ。
軽いとはいえ、歩くにも限界がある。
仕方なく、東谷はホテルの中に入って行った。
学生時代でもこんな事しなかったぞ、そう思いながら、東谷は高木をベットに運んだ。
シンプルで何もない部屋。
真ん中に大きなベットと、でかい鏡があるだけの部屋だった。
「吐き気はあるか?」
「少し…」
高木は二度ほど吐いた。
二度目は水を飲ませた後で、東谷が指を入れて吐かせた。
その後、スポーツ飲料を高木の口にふくまさせた。
高木は震えていた。
風呂には入れさせては駄目だと思った東谷は、濡れた服を脱がして、ベットに運び入れた。
それから東谷は一人でシャワーを浴びて身支度を調えた。
横になっている高木の顔を見つめていた。まだ血色は戻ってはいなかったが、一晩寝たら何とかなるだろうと思って外に出ようとした。
その時、服の裾を捕まれた。
無言で。
「身体は…」と聞くと、高木は小さく「寒い…」と答えた。
暖房の温度を上げて、風呂場を開けて湿気を入れてもなお、高木は震えていた。
「しかたねーな。今夜だけだぞ」
そう言って東谷は覚悟を決めて、泊まることにした。
高木の身体はやはり手足が冷たかった。
あの時、土砂降りの中、こいつは泣いていたのだろうか、何に?そう思った。真っ暗な中、東谷を見つめた目には何かを言いたかったのだろうか。考えるのはよそう、勘ぐるのもやめよう。そう思って東谷は眠った。
女を抱くみたいに高木を自分の胸に埋めた。
高木は、胸の中で寝息を立てて眠ってくれた。
この、華奢な身体を、朝まで抱きしめていたくなった。
これをなんと呼んだらいいのだろう。
この感情をどう言葉に出したらいいのだろう。
東谷には分からなかった。
その時まで、分かろうとしなかった。
高木と目を合わしたのは、入社式だったと思う。
同期で隣だった。
人事の女が絶対顔だけで選んだとばかりの感じで、良く覚えている。
柔らかい物腰で、東谷とは正反対に「ひょろっこい」奴だと思った。東谷が研修を終え早々と営業に配属になったときに、本社の総務で小姑みたいな女共の中で器用に雑用をしていた高木を見てやはりと、思った。
女臭い。
そう思った。
東谷は逆に大卒の元々体育会系の出だったので、営業イコール男の仕事。残業、飲み会、日曜出勤なんて、当然だと考えていた。だから上司からの呼び出しで緊急の接待も平気で参加できた。別にそれは苦にもならなかったし、土日に付きまとわれる適当な女達に言い訳出来る切り札に使えるとまで計算に入れて楽な立ち回りだった。
残り二本で終電だというとき、東谷はまだ飲み足りなかった。
今日の仕事は最悪だった。
アホな上司のおかげで下げたくもない頭を何度も下げて回り、事情も知らない下請け業者の親父に嫌みをさんざん言われたあげく、取引先には「白紙撤回、もしくはコストダウン」の要求をされて、本社に戻らされた。なのに、馬鹿幹部は上司を怒ることなく、東谷を罵った。
「あー飲みたんねー」
そう呟いているうちに、町のアーケードを抜けて、空がむき出した部分から雨が降っていたのを知った。
最悪だ…。
今日のツキは最悪だ。
そう思ったときに、目の前に、男が二人言い争っているのを目撃した。
手を捕まれた男は、ムキになってそれをふりほどくと、相手に何か言った。そして、相手は相当酷いことを言ってその場を立ち去って行った。
東谷にはそう見えた。
立ち止まったその男に雨がスーツを染める。
髪の毛からしたたり落ちる雨粒、うなだれたままのそいつは、同じ会社の高木だった。
初めて入る店は、気さくな店で、ウエイターは二人に気がつくと即座にタオルを渡してくれた。
東谷は上着を脱いで、顔から髪の毛、首筋までぬぐった。
高木も上着を脱いだが、頭に乗せられたタオルをそのままに、さっきまできつく捕まれた腕をまだ触っていた。それは、時間が経つにつれて高木の白い肌を赤く染めていった。
「何?飲む」
「同じものを…」
「バーボン二つと…お勧めって何」
二、三適当に見繕ったつまみを頼んで、落ち着いた。
店は、閉店間近なのだろうが店主は嫌な顔一つ無く厨房から料理が運ばれた。
さっきも食べたばかりなので、東谷はあまり食欲の方は無かった。
寒さが後から来たのか酒が胃にしみた。
高木の方も箸を止めてばかりだった。
高木は、「終電、行っちゃったね」と、言った。
まるで自分を責めるみたいな言い方に、東谷は少しむっとしながら箸を取った。
「この、ピリ辛うめぇ。ほらお前も食えよ」
「……うん」
たわいのない話をするきっかけがつかめず、まだお互いの距離が遠かった。
高木は、あまり飲み慣れないのか、酒をなめる様に飲み、顔が少し赤らんだ。
「体、温もったか?」
そう言われて、「…有り難う」と、高木は少し恥ずかしそうな顔をして答えた。
半乾きの上着を着るのにもたついている高木よりも先に、さっさと東谷は二人分の支払いを済ませていた。
「せめて割り勘にしてくれないか」と言う高木に対してもこれ以上何も言わせなかった。
「終電も逃したし、家帰るのも面倒くさいし、 オールナイトでも見て朝帰りするか…」
東谷は背伸びをしながらやんだ空を見て呟いた。
「へー、そういうのするんだ」
少し緊張がほぐれた様な顔をして高木が東谷を見つめた。
「東谷の意外そうな顔……」高木はそう言った。
ここら辺は奥詰まっているので大通りまで出ないとタクシーが捕まりそうになかった。
「お前はどうする」
そう言おうとした時、高木は倒れ込んだ。
細い身体。
そう感じたのは、その時だった。
東谷の腕一つで簡単に抱えられるほど、軽かった。
東谷は高木の家を知らない。
ここは、裏通り。
ネオンに光るのは派手派手しいスナックの看板だけ。
軽いとはいえ、歩くにも限界がある。
仕方なく、東谷はホテルの中に入って行った。
学生時代でもこんな事しなかったぞ、そう思いながら、東谷は高木をベットに運んだ。
シンプルで何もない部屋。
真ん中に大きなベットと、でかい鏡があるだけの部屋だった。
「吐き気はあるか?」
「少し…」
高木は二度ほど吐いた。
二度目は水を飲ませた後で、東谷が指を入れて吐かせた。
その後、スポーツ飲料を高木の口にふくまさせた。
高木は震えていた。
風呂には入れさせては駄目だと思った東谷は、濡れた服を脱がして、ベットに運び入れた。
それから東谷は一人でシャワーを浴びて身支度を調えた。
横になっている高木の顔を見つめていた。まだ血色は戻ってはいなかったが、一晩寝たら何とかなるだろうと思って外に出ようとした。
その時、服の裾を捕まれた。
無言で。
「身体は…」と聞くと、高木は小さく「寒い…」と答えた。
暖房の温度を上げて、風呂場を開けて湿気を入れてもなお、高木は震えていた。
「しかたねーな。今夜だけだぞ」
そう言って東谷は覚悟を決めて、泊まることにした。
高木の身体はやはり手足が冷たかった。
あの時、土砂降りの中、こいつは泣いていたのだろうか、何に?そう思った。真っ暗な中、東谷を見つめた目には何かを言いたかったのだろうか。考えるのはよそう、勘ぐるのもやめよう。そう思って東谷は眠った。
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高木は、胸の中で寝息を立てて眠ってくれた。
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