壊れるぐらい愛して

ふしきの

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「ただいま」
 啓吾が家に帰った時には、大概リビングで登は勉強をしているか、下手なおむすびを作ってお皿にラップをして眠っているかだった。
 今日の登は、グラスにお酒を少したらして飲んでいた。
「…ただいま、登」
「お帰り」
「何かあったのか…」
「何もないよ……」
 啓吾を見ることもなく、うつむいたまま、新聞を畳むと登は少しむせたようにせき込んだ。


 学生の間で流行っている大麻栽培のことが話題に出た。教授は、大麻は種子植物で上手く使えが地球温暖化の防止策になるとやんわりとした口調で外部から来た調査員をいいまかしていた。どう考えても学生、高木登の過去の身上調査が目的だった。
「近頃の学生で…」
「まあまあ、お茶にでもしましょうか。苦茶と言うのを知っていますかな。体に不健康が出てくると、口の中で苦味が増すという巻き型は、ほらまるで巻煙草のようでしょう…。鈴本君そちらにこの前もらったお茶受けがあったはずだから…」
「ハイ先生」
 鈴本は笑いながら手伝いを率先して出てきて、その様子を見ていた。
「ほんのわずかでいいんですよ。このひと巻きで一碗。ゆっくりと茶葉が開いてきましたね。ほら今が飲みごろですどうぞ、どうぞ」
 柴田教授は嬉しそうに自分のお茶をすする。
「ウエー」
「ニガッ、不味い」
 調査員二人の今まできりりとした生真面目な顔がおかしな顔に変わった。
「フフフフフ、お二人とも不健康でしょうなぁ。私には甘くて豊潤な味わいですがなぁ」
 そう言って、苦茶の説明書を渡しながらまたしても柴田ワールドの長話に突入する。その間にゼミ生に「皆は帰ってもいいですよ」と言って西日の当る研究室で嬉しそうにお茶を啜った。
 調査員の一人が、お茶碗を置くと、矢継ぎ早に言う。
「高木登さんのことなのですが」
「善き学生です。研究熱心で…あああ、もう一服いかがですかな?二度目は味わいがまた違って体内毒素を出してくれるという効果もありますからなぁ」
「いえ、結構です」
 柴田教授は外に出なさいと登に合図した。古参のゼミ生を筆頭にみな早上がりの支度をして部屋を後にした。学生は大事な宝。自分が何を言われても大丈夫だと何度も聞かされている。柴田教授は顔色一つ変えず「さて、どこまで講義いたしましたかな?」と、お茶の薬効効果の話をしていた。


「登、どうした」
 はらはらと涙が落ちていった。
 今まで自分は人に何をしてきたのだろか。妾腹の親不孝者と言われて、実家には一度も帰ってない。最初だけ送られてきた義理の父からの手紙連絡も何一つ返さなかった。学生時代の学費を自腹で全額返済をすると約束後、出入金口座通帳だけの間柄だった。誰にも頼りたくない……だけど、だけど。
「啓吾…」
 飽きたら捨てられてもいいと思っている。いつ啓吾は俺に飽きるのだろうか。考えると毎日が切なくてたまらなくなる。口には出さない。一人で生きていく…昔自分の性癖を知ったときそう誓ったのだから。
 啓吾がグラスを取り上げて、自分の手添える。
「そう可愛い顔をされても、なんか言ってくれないと何もできん。お前ってさ、いつも不器用なんだから…損ばかりしているんだろうが。そんなのだから」
「今日も……シャーレ培養失敗した…室温計見間違えた…教授の大事な標本のサンプルばらまいた。さすがに隠しきれなくて鈴本助手にどえらく怒られた」
 登は呟いた。
 啓吾はニコッと笑うと登を抱きしめた。
「飯食ってるか?」
「うん」
「ちゃんと、休憩しているか?研究室の主になるなよ」
「あと少しでなりそうだった…このところ依頼が多くて…」
 企業との共同研究施設も兼ねているので事務処理能力を買われ、自分の研究を押しているのだ。
「啓吾……もし俺が別れてくれって言ったら……」
「あぁ?!なんだなんだぁ、それ!死んでも嫌だね。つうか、別れる原因を先に教えろ、善処する部分は善処する!それから先だ」
「いつもポジティブシンキングだね…。原因は、ほとんど俺にあるんだ。ちょっと前の話なんだけど、嫌な思いをさせると思う…」
 登はぼつぼつと口を開いて昔付き合っていた男の話をした。
「で?」
「それでって。最近学生でも流行っているし、今日なんかうちに身上調査しに来たし…ちょっとでも触りがあったりしたら、啓吾の方も…」
「馬鹿じゃねーの。お前何でそう暗い方暗い方へ考えるの?」
「だって」
「お前は一つとして悪いことしたことないし、俺が何聞かれようが、お前と付き合っていること自慢したくらい幸せだし…こんなラブラブな時間に、どーでもいい、蒸し返しようのないつまんない男が何で今更のような顔で出てくるんだ」
「大麻所持者は案外出所が早いんだ…彼仮釈放する…」
「だから俺がいるじゃんよ!おまえに手を出す奴がいたらぶっ潰すし」
「それじゃ駄目だよ…それじゃ、変わらないよ、俺が…俺がちゃんとけじめつけないと…自分で終わらせないといけないんだ」
 啓吾は登の顔を両手でそっとつかんで言う。
「そっか。登、俺のこと好きか?」
「……うん」
「ちゃんと口に出して言え」
「好きだよ」
「ありがとう、俺も好きだよ。これでこの話は終わったの!」キスを落とした後、啓吾が登をぎゅと抱きしめた。「俺らはこの先もずっと一緒なんだから」啓吾キスはいつも優しい。夜遅くまで風呂にも入ってなかったのか啓吾の短く伸びた髭が痛かった。汗臭い啓吾の匂いに包まれると登は安心した。
「今日はいいですか?」
 啓吾は登にささやきながら耳朶を噛む。
「…風呂沸かしてくれるなら……いい」と、登は赤くなった。
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