壊れるぐらい愛して

ふしきの

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第二章

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「うーんどうかなぁ。うちもね、貴重な人材裂くわけにはいかないし、私としても今の職場をすぐに辞めるとなるとねー」
 鈴本もうんうんとうなずいて聞いていた。
「大都市再開発と言うより、再構築と言ったほうが早いわけだよねー。うーん、適材の子がいたんだけどねぇ。辞めちゃったばっかりだしーどうしちゃったもんかねぇ」
「その方と連絡、取れませんか?」
 柴田教授は片眉毛を吊り上げて胡散臭そうな目をした。
「出来ないことはないんだけれど…って言うか、本人かなり入れ込むと思うんだけどねーこの話」
「いけませんよ!本人もいないところで決めちゃって、後から無理強いとかさせちゃったら大問題ですよ」
「だよねー」
 と、いう訳でこの話はゴミ箱へと、行くはずだった。
 が、その時、登は挨拶に研究室のドアのノブを開けたところだった。
「あれー、高木君じゃないの、え、もうそんな時間……入って入って」
 なんともいえない空気が研究室で漂っていた。
「何か?」

 まあ、まあと、パイプ椅子に座らされ、玉露のお茶が間髪入れず差し出された。
「元気そうで」
「教授もお変わりなく」
「元気そうで何より、君も向上心をもって勉学を続けているかね」
「……今のところ、なにもできずのぷー太郎です。今日はこの前のお礼のご挨拶を兼ねて、ついでに厚かましくも学生課で仕事斡旋の掲示板でも見に来た所です」
 柴田教授も誰もが、みんなで引きつるような笑いをした。
「何ですか……気味が悪いです」
 向かいの席に座っている開襟シャツの色黒の人たちがニコニコそわそわしている。
「いやぁーね、こちらの方がねぇ。是非にとの所見が」
「教授!」
  鈴本が声を吊り上げて怒った。柴田は、両者三様の顔を見つめ、仕方がなさそうに、相手方に登を紹介した。
「改めてご紹介します。こちらが教え子の高木登君…専門は開発経済復興専攻科のランドスケープデザインを学んでいたところだったのー。でもこの前学校を途中退学したんだけど、受付で申請されたとはいえ、僕の方には確認の判子廻ってないし、まだ半月分の学費は貰ってるんだよねぇ」
 そう付け加えた。
 相手方は席を立つと、
「わが国へいらしてはもらえないでしょうか」
 きらきらとした目で突然、両手を差し出し、力強く掴んできた。
 登は振り回された握手に唖然とするだけだった。


 電車を降りて、携帯電話を取り出す。
 顔は高揚し、足は軽い。
 通り過ぎる車や人の波をすり抜けて携帯の短縮ボタンを押した。
 手には沢山の資料を持って、登はアンテナが少しでも高く立つ場所へ急ぎ足で歩いた。
 携帯電話は留守番電話サービスに繋がった。
「啓吾、あのさ。帰ったら話をしたいことが出来たんで、今日は急いで帰るね。夢だった仕事が出来そうなんだ。だから…出来たらそっちも早く帰ってきてほしいのだけど………啓吾…あの、あ、あ……好きだよ」
 その時、大型貨物車が区域制限無視でこちらのほうへ走ってきた。
 気がついたときには、既に遅かった。
 人の声が悲鳴に変わった。
 ばさばさという紙の音、パラパラという丸めた紙の束がそこらじゅうに舞い落ちていった。
「好きだよと言えてよかった」

   
  
 登の葬儀は、沢渡家が取り仕切る密葬が行われた。
 関わりの薄い忌むべき縁者の登の亡骸は検察が終わると速やかに棺に納められ時間帯が来ると専門業者の保管室から運ばれ火葬された。
 啓吾が其処に居合わせる事は最後まで出来なかった。

 ごたごたの中、何も無くただ漠然と部屋の中で過ごしている啓吾の家に「今まで有難う御座いました」と、上半身を引きずった初老の老人が頭を下げに来た程度だった。

 トラックの運転手には、わき見運転による業務上過失致死罪と道路交通法違反の処罰が下った。

 激怒も何も起きなかった。
 魂が抜かれたような感覚が漂って何もできない。
 テーブルの上には、何度も読み返した、手に入れた火葬許可書の写しと警察の調査書が置かれている。
 所持品リストに登にあげた時計が無かったのに気がついた。
 警察所の遺品管理局で何度聞いても「みあたらない」「今時時計なんかしている人いませんよ」的な発言で押収物件の中にも無かった。「現場検証を再確認してみます」の言葉しかなかった。
 ただ一人だけ、無言でどうしようもない苦しみを言葉にできない捜査官がいただけだったが、啓吾には察することのできない見えない位置だった。
 
 登が居なくなっても世の中は普通の日常が動いている。
 啓吾も仕事の都合上休む事すら出来ない状態が続いた。
 帰ってくるたびに光の無い自分のアパートが辛かった。

 ホコリを被っていく動かすことのない現実という書類の束が嫌だった。
 何かを言いたかった。
 嬉しそうな声ではにかみながら「好きだよ」と公道の電話口で囁いた声が耳をうずくのだ。
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