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999の最終話と自他共に認めていたマザコンのひとの話
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twでも自他共に認めていた浩くんに
「ラーメンとすぐ脱ぐメーテル比較サイト」
についての論は、笑いながらしたことはある。
私は外国映画に傾いている傾向があったため、乳、尻は大きく、ルージュとハイヒールは赤色がなぞっていないと育ちが悪いと思っていた。自分のからだが中性で確実に不細工に組み込まれるのは10代経ってから速攻で分かってはきたので、失望の方も大きかった。自分自身に。
美しい生き物になりたかったが、世の中のオタクがシレーヌ魔改造モデルをじっと見つめていた時期もあったので、両極に美少女化の気持ち悪さも見ていた。
まあ、「オンナノコハ小鳥のようにしか食べない」「おトイレにはいない」「おならもしない」「ぼくが帰ってきたら裸エプロンで正座でお帰りなさい言うもの」の脳が本気でヤバい人だらけの台詞も聞いてきた。
20越えてもそういうもん。
学生ってばかがおおい。
バカの癖に「代返」言いやがる。
私は小学生から通学路をごまかすほど違反はよくしていた。(事故をしたら保証もない時代に通学路は規定があったでも、その道を通るのと見つけた他の通学路では短縮時間と短縮距離、山の高低さ含むがあった)
でも、義務教育も義務ではない教育も塾もサボることはほとんどしていない。
塾とかすごく好きだったし。
サボるの背徳でワクワクする。わかるよ。でも、その分ノートがしこたまいる。
おけいこが嫌になってやめる。いまでも月謝払いにいかないとという恐怖の夢がたまにある。
ワタシはひといちばい長く学校にいった。
その同じ時期浩くんも同じ長さの学生生活だったことを知った。何をしていたのか語らない。休学していたとも言わない。聞いたのは初期ニフティの掲示板で違法画像を摘発する中の人だったこと。その仕事が月30万普通に越えるほど振り込まれるのを通帳をぼんやり見て、突然の小金持ちになったこと。人見知りを改善するためにチーママしている母親のところで厨房でたまに料理を作っていたりするほどお客さんと話すみせこになっていたこと、親しい大学に行っていて、京大の魔窟にも入ったが本当に魑魅魍魎だったこと。新聞部とか、やはり記者的なサークルにたくさん顔を出していたがサークルには入っていなかったこと。とおくに彼女がいたこと。それだけ。たったそれだけ。
むらっけのある母で。
母に「言い返せないのは、敗けを意味する」と、言葉を言い負かせてなんぼ、言い負かせても折れない高校時代の国語の先生をいまでも自分の論の方が正しいと言い張るほど狸のように覚えているのはわたしにもあった。わたしは「質問してもあいては理解してもらえない」と、先読みしていたし、案の定うざがられる子だったので、人を見て話すよりも人と話をするのが億劫になった。
人は私を見ることはなくなった。たまに見ても憶測でおとなしい子だと構わなくなった。わたしは消えていった。おもいっきり嫌がらせに花瓶を机におかれても笑われるよりも「謝られる」ざんねんな子になった。
で、この、二人のきつおんがとうとう毎日メッセする。
引き出しが多い人と引き出し管理の悪い私。
その時「言わなきゃいけないことがある」のひとつがマザコンではない。
彼は肢体断絶系にぞくぞくする極端な変態だと。
人の中身が知りたい。
人体の不思議展はよく足を運んで恍惚していたこと。
中学で自分の美術作品が口から人が出てくる無限作品を「いったかお」という母親に変に誉めてもらえたのを、美術部のだれかが盗んだこと。
今もTwフォロワーさんにグロマンがあるのは内臓フェチもあるといった。
「わしさ、過敏性超症候群なんよね。腹の痛みは本気でダメだ。腹とか素人さばいたらこんな顔はできないよね」
「フィクションですよ」
「だろうね。のたうち回るか、きずの感染で壊死。ナニヨリ腹膜にここまで出したら戻せるの、無菌室でもさ、腹厚、うん、ちょっとやって見せてよ」
「いたいい」
「ならみせんな」
から、もしもわたしが「映画キャタピラー」みたいになったら私はあなたが受け入れてくれるなら生きる。
の話をしたとき『逆だったら受け入れてくれるか?』と聞き泣かれた。
うん。
と。
わたしも「犬の尻はぬぐえるが、あなたならぬぐうよ」ともいった。
でも、できたら歩きたい。
お日様の下で。
つかずはなれず。
彼はマザコンだった。
エロゲのあの黎明期、すべてを網羅できるライターであった。
最後に残った仕事の多くは経済系の初歩マナーだったり、女性雑誌のはじめてのお化粧だったり、ゲーム関係のレビューだった。
けれど彼は悪夢の夢を見て戻したことがある。
タブーはマザーファッ
わたしも、タブーや禁止項目はたくさんある。
だからか聞き逃した。
「社会の歯車になれなかった。ネジにすらなれる星があるというのに」
という私の悲しみとギャグは落ちがなかった。
で、おかんソックリなメーテルの最後の場面、
ダメだと思う。
それをいまでもウツクシイというひとまでいる。
「若いおかんの姿見で自分はチューできるか」マーティかよ。
浩くんはどう思う?
「だって漫画だから」
っていうかな。
彼には今も聞きたいことだらけだ。
「ラーメンとすぐ脱ぐメーテル比較サイト」
についての論は、笑いながらしたことはある。
私は外国映画に傾いている傾向があったため、乳、尻は大きく、ルージュとハイヒールは赤色がなぞっていないと育ちが悪いと思っていた。自分のからだが中性で確実に不細工に組み込まれるのは10代経ってから速攻で分かってはきたので、失望の方も大きかった。自分自身に。
美しい生き物になりたかったが、世の中のオタクがシレーヌ魔改造モデルをじっと見つめていた時期もあったので、両極に美少女化の気持ち悪さも見ていた。
まあ、「オンナノコハ小鳥のようにしか食べない」「おトイレにはいない」「おならもしない」「ぼくが帰ってきたら裸エプロンで正座でお帰りなさい言うもの」の脳が本気でヤバい人だらけの台詞も聞いてきた。
20越えてもそういうもん。
学生ってばかがおおい。
バカの癖に「代返」言いやがる。
私は小学生から通学路をごまかすほど違反はよくしていた。(事故をしたら保証もない時代に通学路は規定があったでも、その道を通るのと見つけた他の通学路では短縮時間と短縮距離、山の高低さ含むがあった)
でも、義務教育も義務ではない教育も塾もサボることはほとんどしていない。
塾とかすごく好きだったし。
サボるの背徳でワクワクする。わかるよ。でも、その分ノートがしこたまいる。
おけいこが嫌になってやめる。いまでも月謝払いにいかないとという恐怖の夢がたまにある。
ワタシはひといちばい長く学校にいった。
その同じ時期浩くんも同じ長さの学生生活だったことを知った。何をしていたのか語らない。休学していたとも言わない。聞いたのは初期ニフティの掲示板で違法画像を摘発する中の人だったこと。その仕事が月30万普通に越えるほど振り込まれるのを通帳をぼんやり見て、突然の小金持ちになったこと。人見知りを改善するためにチーママしている母親のところで厨房でたまに料理を作っていたりするほどお客さんと話すみせこになっていたこと、親しい大学に行っていて、京大の魔窟にも入ったが本当に魑魅魍魎だったこと。新聞部とか、やはり記者的なサークルにたくさん顔を出していたがサークルには入っていなかったこと。とおくに彼女がいたこと。それだけ。たったそれだけ。
むらっけのある母で。
母に「言い返せないのは、敗けを意味する」と、言葉を言い負かせてなんぼ、言い負かせても折れない高校時代の国語の先生をいまでも自分の論の方が正しいと言い張るほど狸のように覚えているのはわたしにもあった。わたしは「質問してもあいては理解してもらえない」と、先読みしていたし、案の定うざがられる子だったので、人を見て話すよりも人と話をするのが億劫になった。
人は私を見ることはなくなった。たまに見ても憶測でおとなしい子だと構わなくなった。わたしは消えていった。おもいっきり嫌がらせに花瓶を机におかれても笑われるよりも「謝られる」ざんねんな子になった。
で、この、二人のきつおんがとうとう毎日メッセする。
引き出しが多い人と引き出し管理の悪い私。
その時「言わなきゃいけないことがある」のひとつがマザコンではない。
彼は肢体断絶系にぞくぞくする極端な変態だと。
人の中身が知りたい。
人体の不思議展はよく足を運んで恍惚していたこと。
中学で自分の美術作品が口から人が出てくる無限作品を「いったかお」という母親に変に誉めてもらえたのを、美術部のだれかが盗んだこと。
今もTwフォロワーさんにグロマンがあるのは内臓フェチもあるといった。
「わしさ、過敏性超症候群なんよね。腹の痛みは本気でダメだ。腹とか素人さばいたらこんな顔はできないよね」
「フィクションですよ」
「だろうね。のたうち回るか、きずの感染で壊死。ナニヨリ腹膜にここまで出したら戻せるの、無菌室でもさ、腹厚、うん、ちょっとやって見せてよ」
「いたいい」
「ならみせんな」
から、もしもわたしが「映画キャタピラー」みたいになったら私はあなたが受け入れてくれるなら生きる。
の話をしたとき『逆だったら受け入れてくれるか?』と聞き泣かれた。
うん。
と。
わたしも「犬の尻はぬぐえるが、あなたならぬぐうよ」ともいった。
でも、できたら歩きたい。
お日様の下で。
つかずはなれず。
彼はマザコンだった。
エロゲのあの黎明期、すべてを網羅できるライターであった。
最後に残った仕事の多くは経済系の初歩マナーだったり、女性雑誌のはじめてのお化粧だったり、ゲーム関係のレビューだった。
けれど彼は悪夢の夢を見て戻したことがある。
タブーはマザーファッ
わたしも、タブーや禁止項目はたくさんある。
だからか聞き逃した。
「社会の歯車になれなかった。ネジにすらなれる星があるというのに」
という私の悲しみとギャグは落ちがなかった。
で、おかんソックリなメーテルの最後の場面、
ダメだと思う。
それをいまでもウツクシイというひとまでいる。
「若いおかんの姿見で自分はチューできるか」マーティかよ。
浩くんはどう思う?
「だって漫画だから」
っていうかな。
彼には今も聞きたいことだらけだ。
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