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ポエマー米と現実の私がしうけた仕打ち
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今、一番ヤバイ話題の根幹部分で、一番いっちゃいけないポエマー大臣の素人発言が、私が精神を崩壊させられた四半世紀前の生き残り老人から直接言われた言葉と同じだったから。耳を疑った。
バカはどっちだと。
勉強が平等ではなくなったそこでは、私の精神破壊を楽しみ、だれ一人助けが出ず、警察もよべないのは民事不介入と学校であったこと、そして四方のジジイ全てが農水省やら通産省の天下りだったわけだ。
理解してもらいたい。
私の上の人間はそういうなかでも
「おとうさんとことろ大変だったね」の気の効かせた話と持ちつ持たれつ推薦状を持って氷河期のごり押しで入社した頭の悪いけどプライドとおべんちゃらだけは上手な生き方をしたやつの父親がちょうどミドリ十字だったわけ。あのアブねぇミドリ十字の社員の子どもにそれだけ厚いって、性根腐ってやがる。って思った。
で、
「この貧乏人」や「挨拶こいや」「お前なんぞと言ったという。が海外行かせるわけ行かん(もしもの時に自分に責任が来るのがちょっとでもあれば嫌だから)」が貧乏人は大学来るなだ。ちょうど実家に帰ったら山向こうの荘園のところの大きな庄屋の長男だったが、育ちが弱くって当時に次男に家督を譲り、学問としてなしたじいさんだった。「あそこの人か、名前でなんか聞いたことがあると思った、知っとるわ」
爺ちゃんのいない婆さんだけの田舎だった。だが、うちは、逆にその時期、遠い爺さんの親戚の兄と言う人は
「僕は戦争が嫌いだ。だからアメリカに行く」といったわけで、爺さんは戦争軍人で婆さんは一人っ子という一人っ子同士の段々畑地域の庄屋の末裔だったわけ。だ。
それで私を助けてくれる母の親族は一切いなかった。
貧乏人とほざいたジジイはまだ生きていた興信所でも繋いで、父親筋の遡れば顔でしか生きてこなかった武士の家系で父の親の代に金を使いまくって道楽し尽くしての末期のことを指したんだろう。戦中戦後ヤンキー一家だからかなり有名だったし。父親は血縁者に甘く連帯保証人になっていろんな目に遭った。それでも顔のいい父親は寂しがりで年中人の出入りのするとんでもない家だった。
政治・経済においての履修、農業機械化と老齢化人口減少は目に見えていた。しかし、それでも労働人口を吸いまくってた農業系の深さと歴史の長さに専攻科目なのに主任ジジイがその手の天下りだったから田舎の学校のカリキュラムが全部農業系の資本主義論になった。しかも、「今後の課題であるで終るやつだ」
自分からチョイスできる選択科目は皆無にしてなくなった。
唯一受けたかったおじいちゃん先生は私を一別して舌打ち。舌打ちが挨拶のようになった。なんん、って思ったら有名な人らしいがわざわざ来てやったのにこいつがぐずったのか的らしい。年に一度だけ一週間で駒を押さえるその授業だけの日に下ってきた。が、授業は大名様のようなもんにょり気味だった。私はこの専門を掘りたいと思ったのにどう言うことだと。受験対策の教科と変わらず新鮮味がなかった。
最終日にフリーでGHQで戻ってきたおじさんと日本人のアメリカ、野球の話を私がした。
その後、「学徒防衛隊で本土決戦で待っていた自分がひろしまの町に向かわされたときに、あまりの衝撃と回りの知識人がこれはヤバイ、っていうので逃亡して東京の実家に逃げて隠れた」家族も親族総出で隠れた話をしてくれた。見つかれば重罪。目に見える風景は友がバタバタ死ぬ、そういうもんなんよなぁ。と、うなずいた。帰りにわざとらしいほど重い引きずり足を引いて返っていってしまった。大名家岡山出身の先生だった。でも、その嘘臭い足の引きずりは翌年私の下に屑の極みみたいな生徒を自分の生徒にさせたことに私は腹正しくて理解できなかった。
でも、私の方の脳と体力は既に限界になっていて、できる教科もわかる話も途中から来たエリート留学生人の名前も全部混乱した。誤診で肺が白くなってしばらく、休養しても脳は豆腐のように壊れた。いまも去年の熱中症でまた壊れた。かき回したらミルクコヒーにならないかなぁとか思っている。
ジジイは最後の花を託さんもたらされるように学校そのものが学生ごと全てが変わった。元々滑り止め学校であったが、滑り止め学校兼20代最後の学生向け特化型一芸で結果を出せ、他校に「ずるじゃん」といわれても、「学生であるのに代わりはない」で押し通せ。ちやほやされて生きていた。
ヘクタールで数えられない農家は死ね。(段々畑で2畳3畳程度の田植機、はざがけ、自分の家での脱穀も農家保有米すら「隠すな」と言わんばかりに。翌年には試験場から来る種を買え。雑穀米は買えない)と、絡む絡む。
なぜ、機械を農家は一軒一軒欲しがるのか。
田植機のムラなぞ細かいことで文句を言うのをどんだけ説明してもわざわざきっちり植えたがるなら、以下略。
沢山の田舎に厚生省よりも速く水道水を引いた。農家はワシを神様のように崇めた。ワシの知り合いには誰々がいる。第一室長として国を動かした。と、ライスセンターを嬉々として夢のように語ってくれた。私は出歩かせ指せることを許さず、見張られていた。最終的には毒のある母親と同じレイシストだとわかった。自分判断で将来自分に利益のあるものだけを内に入れたがるタイプだ。
『お前なんかドコに逃げても道を歩かせなくしてやる』
という呪いをかけられた。
私の付きの教官は助けてはくれなかった。
エリート留学生もその暴言をみても苦笑も苦情も助ける手も引っ込めた。
隣部屋の2000年問題で当時有名な情報系の先生ですら「何かあったら逃げておいで」の次の日からその室内でに電気が灯ったことはなかったから。私は毒親や有名別教員の妻である毒親からも「卒業だけはしておけ」と舌を出された。涙は静かに出、歩くこともできなくなりだしたのは最後の一年だった。
地位、名誉、名声、それをみても聞いてもヤンキーが言う「俺の先輩のだちが」や「知り合いには誰々がいる俺が声をかければ」に似ている。口角を上げて泡を吹きながら怒鳴るあの先生は「バカはのうきょうのゆうことをきいとけばいい、そらみろ」ええ思いしたろうが。農協旅行で海外に浮かれた爺さんが参上って掘った時期でもあった。
『俺が一言言えば』をやろうとすればできる。っていう脅し、『お前なんか生きていても』を平気で言っても「あなたが大人になれ」って言われる。
やっと、都会でどこかのだれかが犯罪として裁判になった。一度、二度、三度、数が増えていけばやっと、ハラスメントの言葉が認められるようになるまでやはり時間がいった。
バカはゆうことさえ聞いておけばいい。ちょっとぐらいええ思いさせてやったろう。
それが、そのジジイから植え付けられた上から目線の上澄みを生きている生の声だった。
でも
お前ら、
天空米とか、
食いたいだろ。
でも、COOLとか、で
棚田ツアーあるだろ。
100選選ばれないところは潰せ言うんか。
草刈りをヤギでする実験も、合鴨農法も全部流行りで終らせるんか。ああ、毎年毎年犬の鳴き声うるせえ言うけど、深夜獣が山から降りてくるのはガン無視ですか。
風光明媚の真正面にソーラーパネルと同じ考え。
弱くみえ、すぐにでも倒せそうだと、年寄も杖を棒に変えて殴ってきて、次の日フル武装でイキってきて、言い訳は金でってシステムは治らないね。
バカはどっちだと。
勉強が平等ではなくなったそこでは、私の精神破壊を楽しみ、だれ一人助けが出ず、警察もよべないのは民事不介入と学校であったこと、そして四方のジジイ全てが農水省やら通産省の天下りだったわけだ。
理解してもらいたい。
私の上の人間はそういうなかでも
「おとうさんとことろ大変だったね」の気の効かせた話と持ちつ持たれつ推薦状を持って氷河期のごり押しで入社した頭の悪いけどプライドとおべんちゃらだけは上手な生き方をしたやつの父親がちょうどミドリ十字だったわけ。あのアブねぇミドリ十字の社員の子どもにそれだけ厚いって、性根腐ってやがる。って思った。
で、
「この貧乏人」や「挨拶こいや」「お前なんぞと言ったという。が海外行かせるわけ行かん(もしもの時に自分に責任が来るのがちょっとでもあれば嫌だから)」が貧乏人は大学来るなだ。ちょうど実家に帰ったら山向こうの荘園のところの大きな庄屋の長男だったが、育ちが弱くって当時に次男に家督を譲り、学問としてなしたじいさんだった。「あそこの人か、名前でなんか聞いたことがあると思った、知っとるわ」
爺ちゃんのいない婆さんだけの田舎だった。だが、うちは、逆にその時期、遠い爺さんの親戚の兄と言う人は
「僕は戦争が嫌いだ。だからアメリカに行く」といったわけで、爺さんは戦争軍人で婆さんは一人っ子という一人っ子同士の段々畑地域の庄屋の末裔だったわけ。だ。
それで私を助けてくれる母の親族は一切いなかった。
貧乏人とほざいたジジイはまだ生きていた興信所でも繋いで、父親筋の遡れば顔でしか生きてこなかった武士の家系で父の親の代に金を使いまくって道楽し尽くしての末期のことを指したんだろう。戦中戦後ヤンキー一家だからかなり有名だったし。父親は血縁者に甘く連帯保証人になっていろんな目に遭った。それでも顔のいい父親は寂しがりで年中人の出入りのするとんでもない家だった。
政治・経済においての履修、農業機械化と老齢化人口減少は目に見えていた。しかし、それでも労働人口を吸いまくってた農業系の深さと歴史の長さに専攻科目なのに主任ジジイがその手の天下りだったから田舎の学校のカリキュラムが全部農業系の資本主義論になった。しかも、「今後の課題であるで終るやつだ」
自分からチョイスできる選択科目は皆無にしてなくなった。
唯一受けたかったおじいちゃん先生は私を一別して舌打ち。舌打ちが挨拶のようになった。なんん、って思ったら有名な人らしいがわざわざ来てやったのにこいつがぐずったのか的らしい。年に一度だけ一週間で駒を押さえるその授業だけの日に下ってきた。が、授業は大名様のようなもんにょり気味だった。私はこの専門を掘りたいと思ったのにどう言うことだと。受験対策の教科と変わらず新鮮味がなかった。
最終日にフリーでGHQで戻ってきたおじさんと日本人のアメリカ、野球の話を私がした。
その後、「学徒防衛隊で本土決戦で待っていた自分がひろしまの町に向かわされたときに、あまりの衝撃と回りの知識人がこれはヤバイ、っていうので逃亡して東京の実家に逃げて隠れた」家族も親族総出で隠れた話をしてくれた。見つかれば重罪。目に見える風景は友がバタバタ死ぬ、そういうもんなんよなぁ。と、うなずいた。帰りにわざとらしいほど重い引きずり足を引いて返っていってしまった。大名家岡山出身の先生だった。でも、その嘘臭い足の引きずりは翌年私の下に屑の極みみたいな生徒を自分の生徒にさせたことに私は腹正しくて理解できなかった。
でも、私の方の脳と体力は既に限界になっていて、できる教科もわかる話も途中から来たエリート留学生人の名前も全部混乱した。誤診で肺が白くなってしばらく、休養しても脳は豆腐のように壊れた。いまも去年の熱中症でまた壊れた。かき回したらミルクコヒーにならないかなぁとか思っている。
ジジイは最後の花を託さんもたらされるように学校そのものが学生ごと全てが変わった。元々滑り止め学校であったが、滑り止め学校兼20代最後の学生向け特化型一芸で結果を出せ、他校に「ずるじゃん」といわれても、「学生であるのに代わりはない」で押し通せ。ちやほやされて生きていた。
ヘクタールで数えられない農家は死ね。(段々畑で2畳3畳程度の田植機、はざがけ、自分の家での脱穀も農家保有米すら「隠すな」と言わんばかりに。翌年には試験場から来る種を買え。雑穀米は買えない)と、絡む絡む。
なぜ、機械を農家は一軒一軒欲しがるのか。
田植機のムラなぞ細かいことで文句を言うのをどんだけ説明してもわざわざきっちり植えたがるなら、以下略。
沢山の田舎に厚生省よりも速く水道水を引いた。農家はワシを神様のように崇めた。ワシの知り合いには誰々がいる。第一室長として国を動かした。と、ライスセンターを嬉々として夢のように語ってくれた。私は出歩かせ指せることを許さず、見張られていた。最終的には毒のある母親と同じレイシストだとわかった。自分判断で将来自分に利益のあるものだけを内に入れたがるタイプだ。
『お前なんかドコに逃げても道を歩かせなくしてやる』
という呪いをかけられた。
私の付きの教官は助けてはくれなかった。
エリート留学生もその暴言をみても苦笑も苦情も助ける手も引っ込めた。
隣部屋の2000年問題で当時有名な情報系の先生ですら「何かあったら逃げておいで」の次の日からその室内でに電気が灯ったことはなかったから。私は毒親や有名別教員の妻である毒親からも「卒業だけはしておけ」と舌を出された。涙は静かに出、歩くこともできなくなりだしたのは最後の一年だった。
地位、名誉、名声、それをみても聞いてもヤンキーが言う「俺の先輩のだちが」や「知り合いには誰々がいる俺が声をかければ」に似ている。口角を上げて泡を吹きながら怒鳴るあの先生は「バカはのうきょうのゆうことをきいとけばいい、そらみろ」ええ思いしたろうが。農協旅行で海外に浮かれた爺さんが参上って掘った時期でもあった。
『俺が一言言えば』をやろうとすればできる。っていう脅し、『お前なんか生きていても』を平気で言っても「あなたが大人になれ」って言われる。
やっと、都会でどこかのだれかが犯罪として裁判になった。一度、二度、三度、数が増えていけばやっと、ハラスメントの言葉が認められるようになるまでやはり時間がいった。
バカはゆうことさえ聞いておけばいい。ちょっとぐらいええ思いさせてやったろう。
それが、そのジジイから植え付けられた上から目線の上澄みを生きている生の声だった。
でも
お前ら、
天空米とか、
食いたいだろ。
でも、COOLとか、で
棚田ツアーあるだろ。
100選選ばれないところは潰せ言うんか。
草刈りをヤギでする実験も、合鴨農法も全部流行りで終らせるんか。ああ、毎年毎年犬の鳴き声うるせえ言うけど、深夜獣が山から降りてくるのはガン無視ですか。
風光明媚の真正面にソーラーパネルと同じ考え。
弱くみえ、すぐにでも倒せそうだと、年寄も杖を棒に変えて殴ってきて、次の日フル武装でイキってきて、言い訳は金でってシステムは治らないね。
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