どうか抱いてよテンペスタ

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八話

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「ひどいです。魔王様はひどいです。やばいです。とってもやばいお方です」
「だから言ったろ。本当にいいのかって」
「そ、そうですけど、そうですけどぉ……!」
 翌朝のことである。結局気絶するまであれやそれやと翻弄されてしまったレフィは、ベッドの上にへたりこんでシーツを身体に巻き付けながら、めそめそとソーマを非難した。ぐずるレフィに叩き起こされたソーマは、ひどく眠たげに大欠伸をしながら、素知らぬ顔でベッドに寝転がっている。絵面だけ見れば完全に凌辱された生娘とそれを攫ってきた蛮族の図だが、紛れもなく和姦の結果であった。
「再三警告してやったのに、それでもいいって言ったのはお前だろ」
「う、うう、あの魔王様が正論で攻めてくる……」
「大体お前、多少は考えなかったの、魔王と寝たらどうなるかって」
「きっと気持ちいいんだろうなあって思ってました!」
「うん、知ってたけどやっぱお前は底抜けにアホだな」
 思慮の浅さを一刀両断されて、レフィは拗ねるように唇を尖らせた。あれだけ組んず解れつ色々なことをした仲だというのに、ソーマの態度はまるで以前と変わらない。特段、何か変わってくれと願っていた訳でもなかったけれども。
「うう……ま、魔王様だって、少しは手加減してくださったらよかったのに……」
「しただろ、二回目からは」
「まず二回目がある時点でちっとも手加減じゃないんですよぅ!」
 抱きしめた枕をぼふぼふと自分の膝に叩き付けて、レフィは抗議の意を示す。しかしながらそんな精一杯の反抗は、眠たい眼をした魔王にはほんの僅かも効いている様子がなかった。
「むぅ……まあでも、レフィはこれで、ちゃんと一人前の淫魔になったんですよね。これでやっと、メフィストフェレス様にいいご報告が出来ます」
 淫魔族を纏め上げるメフィストフェレスには、今まで散々呆れ顔で説教されてきたレフィである。いい加減諦めろだの、無駄なことにこだわっていないでさっさと独り立ちしろだの、顔を見る度にお小言を零されていたが、そんな生活からは今日でおさらばだ。そう思えば、レフィの気持ちはひどく爽やかなものになった。
「あー……その件だけど」
 しかし、喜びを露わにするレフィに対して、ソーマの間延びした声が横槍を入れた。何故だか妙に気まずそうな顔をして、ソーマが身体を起こす。レフィがどれだけ不服を示そうともまるで歯牙にも掛けなかったソーマが、今更ながらに微妙な感情を滲ませながら、レフィの被ったシーツを捲った。
「口で言うより見た方が早いな」
「何をですか?」
「腹だよ、腹」
「腹って……あ」
 そこでレフィは思い出した。一人前になった淫魔は、その証として、下腹に魔力を帯びた淫魔紋が浮かぶものなのだ。今のレフィの身体にも、それが刻まれている筈である。ばさりとシーツを投げ出して己の腹を確認してみたレフィだったが、そこには確かに、昨夜まではなかった筈の紋章が浮かび上がっていた。
「へへ、これが一人前の証なんですね。なんだかちょっとくすぐったい気分です。レフィこんなだから、他の淫魔には紋なしってずっとからかわれ……ん?」
 さらりと腹部の紋を撫でて、レフィはその形を観察する。そこでようやく、違和感に気付いた。淫魔の腹に刻まれる紋というものは、男女で僅かな差はあるが、誰しもが同じ紋となる筈である。それが淫魔大公メフィストフェレスの眷属たる証であるからだ。しかし今、レフィの下腹に浮かんでいる紋は、記憶にあるものとは随分と違っていた。
「あれ……? 淫魔紋って、こんなかたちでしたか……?」
「それ、魔王紋なんだわ」
「はい?」
「お前が寝てるうちに、俺が書き換えた」
「……はい?」
 さらりと語られる重大な事実に、レフィはただ、巨大な疑問符を浮かべてソーマの顔を見上げた。魔界貴族の眷属は、誰しもがその証たる紋をどこかに刻まれているものである。そしてそれは、殆どの場合種族に依るものであり、生まれて死ぬまで変わることなど有り得ない。万一書き換わることなどあるとすれば、眷属として忠誠を誓った魔界貴族への紛れもない背信となる。
「えっそれって……えっ……なんで」
「まあ…………」
「まあって何ですか? どういうことですか? それってメフィストフェレス様に許可は取ったんですか?」
「これから事後承諾して貰う形で」
「それで大丈夫なんですか?」
「普通は戦争になるかな」
「駄目じゃないですかぁ!」
「そこはそれ、魔王権限でなんとかなるだろ。いいんだよこういう時しか権力使う機会ねえんだから」
 あまりにも自然に職権濫用めいたことを口にしながら、ソーマは開き直ったように笑う。とはいえ時の魔王にそれを言われてしまっては、レフィも反論し難いところがあった。実際メフィストフェレスは数少ない魔王派の一人であるので、レフィ一人をどうこうする程度なら、口利きでなんとかなってしまうだろう。権力でひとつの命が左右される、世知辛い世の中である。
 とはいえ、それでレフィが全てに納得出来た訳ではなかった。
「魔王様、どうして、こんなことを……?」
 そもそもの疑問を、レフィはソーマに投げ掛けた。その気になれば丸く収めることも可能とはいえ、普通はただ面倒事になるだけだろう。基本的に怠惰で煩わしいことを嫌うソーマが、意味もなくこんなことをしたとは思えなかった。それはきっとレフィでなくとも、誰しもが抱く疑問だ。
「──どうしてだろうな」
 ソーマの表情が、不意にどこか皮肉めいた笑みに変わる。彼が寄越した答えはあまりにも曖昧で、けれども無意味とは思えない何かを孕ませたものだった。
「でも、こうなると思ってたよ、俺は。きっと、こうせずにはいられないと思った」
「……魔王様?」
「お前を抱いたら、抱いてしまったら、手離せなくなる。そう思ってたから、手を出せなかったんだよ」
 ソーマの手がゆっくりと持ち上がって、レフィの頬に触れる。それは優しい温もりだった。昨夜のような、燃える熱さを感じさせる掌ではない。いつもの温度、いつもの優しさ。何故だかそれは、レフィの心を柔く絞め上げるようだった。ソーマの手が時に無慈悲な冷たさを帯び、時に激しい熱さを帯びることを知った今のレフィには、彼の手が、今までどれだけ自分に優しく触れていたのかが、初めて分かる。
「こうして俺のものにしてしまえば、お前は俺から離れられなくなる。お前が俺の眷属になれば、お前はもう自由に何処でも飛び回れなくなって、俺だけの傍にいるようになる。お前に触れて、お前を抱いて、お前を満たしてやれるのは、俺だけになる」
 ソーマの指先が肩を滑って、レフィの腹に刻まれた魔王紋に触れる。レフィの知らない紋の形。魔王の眷属たる紋が刻まれた者は、この魔界に、恐らくレフィの他にはありはしない。擽るような弱さで紋の形を辿った指は、やがてそっと離れていった。
「でも、お前はそんなことは望んじゃいないだろう」
「え、ぁ……」
 レフィは、すぐには答えられなかった。ソーマが語った言葉が、あまりにレフィの予想を超えていたからだ。レフィを見つめるソーマの眼差しは仄暗く醒めて、けれどもどこか優しげで、狂おしくて、今までレフィが一度も見たことのない色を帯びていた。
「俺がお前を抱いて、お前が淫魔として独り立ち出来るようになったら、お前は人間界に下りて、人を漁って、精気を吸うようになる。お前が望んでたのは、そういうことだ」
「そ、それは……」
「仮に、そうでなかったとしても。こんな風になることを、望んでいた訳じゃない」
 レフィが思い描いていた未来は、こうではなかった。そう言われてしまえば、レフィにそれを否定することは出来ない。行き当たりばったりなところのあるレフィではあるが、それでもぼんやりと予想していた未来の中に、こんな結末はなかった。想像もしていなかったことだ。それは事実であるのだから。
「無理強いがしたかった訳じゃない。俺なんかよりもっと他にいい奴がいるとも思ってた。それでもお前の顔見たら、俺のもんにしたくて、どうしようもなくて……だから、ずっと答えを先送りにしてきたんだよ」
「そ、そんな、だから、魔王様は今まで、レフィを……?」
「そういう事。ま、遅かれ早かれ、いずれはこうなってただろうけどな。昨日お前が他の奴に手出されかけて、ああそういうこともあるんだよなって思ったら、いい加減、あやふやにしたままじゃいられなくなった」
「な、な……なんだか、なんだか……レフィは、もう、よく、分からないです……そんな、何が、どうなって?」
 混乱のまま、レフィは両手で頬を覆った。初めて語られた魔王の内心は、レフィにはあまりにも思いのよらないもので、どう受け止めればよいのかが全く分からない。
「単純な話だよ」
「たんじゅん……?」
 ソーマがおもむろに、身を乗り出す。見上げた先で、ソーマが小さく笑いながら、レフィの顎を持ち上げた。掠めるように、唇が重なる。ぱちりとレフィが瞬きすれば、ソーマは戯れのような口付けの後に、そっとレフィの唇を指先でなぞった。
「お前が好きだ、レフィ」
「……え?」
「俺はお前が誰より好きで、何よりかわいい。ずっとお前を抱きたくて、キスしたくて、抱き締めたかった。実際そうしたら箍が外れて止まらなくなって、無理矢理にでも俺のもんにしたくなった」
「え、え、え」
「きっと全部、もっと上手いやり方があったんだろうな。けど俺には到底無理だった」
 レフィの頭をさらさらと優しく撫で下ろし、ソーマは闇色の瞳でレフィをじっと見つめる。ソーマが語る言葉にただひたすら混乱しながら、レフィはおろおろと指先を彷徨わせた。ソーマの眼差しを受けていると、何故だかひどく落ち着かなくて、だというのに、視線を逸らすことが出来ない。頬がじわじわと熱を持って、やがて火のついたようになっていく。
「昔っから、何に対しても執着が持てなくて、人も物も、世界も自分も、究極どうでもよくて……そんなだから、今更まともな愛し方なんて分からんよ、俺は」
 ゆっくりと傾いだソーマの頭が、彼よりも随分と小さなレフィの肩に乗せられる。ソーマの言葉は悲観するでもなく、ひどく淡々としていて、けれどもどこか、縋るような意志が滲んでいるような気もした。
「ま、魔王さま……」
「多分俺は、人としては欠陥品で、まあだから魔王なんかになってんのかもしれないんだけど、そういう奴だから、こんな方法しか取れなかったんだわ」
 ソーマの手が、彷徨うレフィの手をそっと握る。大きな手に捕まえられて、レフィは何も言葉が出てこないまま、ただソーマの言葉を聞いていることしか出来なかった。俯いたソーマの表情は、隠れて見えない。
「ごめんなレフィ。お前が好きだよ。こんなろくでもない男のこと、延々追いかけてくるような、馬鹿なお前が好きなんだよ。レフィ、好きだ、愛してる。俺のもんになってくれ」
「ま、魔王様……魔王様、レフィは……レ、レフィ、は……」
 ソーマの顔が持ち上がって、凪いだ瞳がレフィを見つめた。レフィの細い喉が震えて、唇が戦慄く。怪我をした訳でもないのに、胸がじくじくと痛くて堪らなかった。レフィがこんな感情になったのは、生まれて初めてのことだった。喉の奥が熱い。眦に涙が溜まって、すぐにぼろぼろと零れ落ちる。自分が何故泣いているのか、これが何の為の涙なのかも、レフィにはよく分からない。
「レフィは、ばかです。ばかだから、魔王様が、何を思っているのか、どんなお気持ちなのか、ちっとも、ちっとも、知りませんでした。ごめんなさい、ごめんなさい、魔王様……」
 ひくひくとしゃくり上げながら、レフィはソーマの手をぎゅっと握り返した。どうして今まで気付かなかったのか。どうしてこんなにも単純なことに、気付くことが出来なかったのか。レフィは自らの浅薄な思考が恨めしかった。自分の気持ちにだけは素直に、正直に生きてきたと思っていたのに、レフィは自分が本当に求めているものが何なのか、そんなことも分からないままだったのだ。ただ短絡的な感情でソーマを追いかけ回して、彼がどんな気持ちでレフィを見守っていたのか、どんな思いでレフィに触れていたのか、考えることすらしなかった。今になって、今更になって、ソーマにここまで教えられて、レフィはようやく、気付いたのだ。
「すき、すきです、魔王様……レフィは魔王様が大好きなんです。魔王様がどんなひとでも、レフィはぜんぶ、好きです」
「──レフィ」
「魔王様に抱いてもらえて、レフィは嬉しい。魔王様に好きって言ってもらえて、嬉しい。レフィは、ずっと、望んでいました……魔王様、レフィを、魔王様だけのものに、してください」
「お前、いいのかよ、それで」
「はい。レフィはぜんぶ、ぜんぶ、魔王様のものです」
 ほろほろと涙を零しながら、レフィはそれでも花開くような笑みを形作って、大きく頷く。その頬を伝う透明な涙を、ソーマの指が掬い上げた。腕を伸ばして、ソーマの身体に思い切り飛びつけば、彼は小揺るぎもしないまま、レフィをしっかりとその胸に受け止める。レフィの背中を抱くソーマの笑顔は、どこか苦笑めいて。
「安請け合いしちまって……後で泣いても知らねえぞ」
「そしたら、うんと優しくしてください。でないとレフィは、もっともっと泣きます」
 ソーマの胸にぎゅっとしがみつきながら、レフィは涙に濡れた頬で首元に懐き寄る。泣かない、などと強がりは言えなかった。たった今こんなに泣かされているのだから。彼はきっと、これからも、レフィのことを泣かせるつもりでいるのだ。ソーマがくつりと喉を鳴らして、笑う気配がした。
「何、脅迫?」
「はい、脅迫です。レフィのぜんぶ、魔王様にあげますから……レフィのわがまま、聞いてください。文句言っても、めんどくさがっても、レフィの悪口言ってもいいから──レフィのお願い、かなえてください」
「お前急にふてぶてしくなるな」
「だめですか?」
 ソーマの胸に頬を寄せたまま、レフィは小さく微笑んでソーマを見上げる。恐れ多くも魔王に対して随分強気な要求だ、とレフィも自覚していたが、今は彼を困らせても、甘えていたい気分だった。
「……いや」
 ソーマがレフィの身体を押して、組み敷くようにベッドに横たえる。レフィの手が、包み込むように握られて、そっと持ち上げられた。
「いいよ。愛しのレフィの言うことなら」
「ぁ、っ……」
 ソーマの唇が、どこか恭しく、レフィの指先に押し当てられる。黒い眼差しに真っ直ぐに見つめられて、レフィはじんわりと頬を朱に染め上げた。冗談めかして告げられた言葉が、レフィの胸を擽る。
「い、いとし……?」
「かわいいお前の望む事なら、叶えてやるさ。な、レフィ」
「ぁ、う……ま、おう、さま……」
「何、真っ赤んなって、かわいいな、お前。俺のレフィは何しててもかわいい。好きだよ、レフィ」
「は、はわ……」
 柔い笑みと共にさらりと頬を撫でられ、レフィは居た堪れないような心地で唇を震わせた。ソーマの吐いた甘言が、レフィの頭の中でぐるぐると回る。困る、と思った。嬉しくないかというとそうではない。けれども困る。突然すぎる。何せレフィは今まで、求愛しては躱されることにすっかり慣らされていたのだから。
「ま、魔王さま、もしかしてレフィで遊んでますか?」
「何で?」
「だ、だって魔王様、今までそんなこと、全然……」
 レフィの知っているソーマは、レフィが何を言ってもはいはいと聞き流して、何ならたまに暴言を吐くくらいで、間違っても好きだのかわいいだのと囁くような男ではない。あまりの変わり身に、レフィは彼に揶揄われているだけなのではないかと疑念を抱いた。
「思っても言わなかっただけだけど。基本的に俺はずっとお前に惚れてたぞ」
「う、あうぅ、で、でも魔王様、レフィのことあほとかばかとかいっぱい言うし……」
「アホなもんはアホなんだからしょうがねえだろ。お前無鉄砲だし、鈍いし、単純だし、視野が狭いし、注意力散漫だし、へなちょこの癖に変な自信持ってるし、あと男の趣味が悪い」
「ふぇ、そ、そんなにレフィはだめですか」
「お前の駄目なところで辞書が作れるくらいには」
「あぐぅ……」
 墓穴を掘ってしまった気になりながら、レフィは奥歯を噛む。別段フォローしてくれることを期待していた訳でもないが、容赦のない評価に心が少しささくれ立った。
「──でも」
 レフィの頬に、薄く影が差す。かと思うと、いつの間にかソーマの顔がすぐそこにあった。啄むように唇を重ねられて、レフィの吐息が小さく鼻に抜ける。思わず閉じた目蓋をゆっくりと上げれば、ソーマは指先で擽るように、レフィの眦に触れた。ソーマの黒瞳が、レフィの愛したその眼差しが、感情を隠そうともせず、レフィを見つめている。
「いいんだよ、お前はそれで。馬鹿だろうが駄目だろうが、俺はお前が誰より好きで、何よりかわいい。お前が何処で何をしてても、馬鹿やらかしても、失敗しても、俺が全部なんとかしてやる。惚れてんだよお前に。お前が好きでしょうがないんだよ俺は。ちゃんと分かれ」
「あ……っ」
「好きだよ、レフィ。お前を愛してる」
「ま、魔王様ぁ……!」
 優しく囁かれる言葉に、思わずレフィは涙を滲ませる。糖蜜のような言葉の濁流に呑まれて、このまま溺死してしまいたい気分だった。もう一生分の幸福をここで使い切ってしまったのではないかと、空恐ろしくなってしまう。そんな杞憂から逃れるように、レフィは腕を伸ばしてソーマの胸に縋った。決して夢でも幻でもない、確かな体温が、レフィの掌に伝わってくる。
「ぁう、レ、レフィも、レフィも、あのっ……す、好きです、大好きです、魔王様……」
「知ってる」
「ぁ、まお、んんっ……」
 ソーマの唇が、レフィのそれを吸い上げる。今度は深く、舌の根までも絡め合わせるように。頭の中がふわふわと甘く揺蕩う感覚に、レフィは小動物のように小さく鼻を鳴らした。
 大きな掌がレフィの頬を撫で、肩を辿り、脇腹に下っていく。そのままするりと腰を撫でられれば、じんと痺れるような感覚が淡く背筋を這い上がった。幸福の中に、思考がとろとろと溶け出していきそうになる。しかし、掌とは違う別のものが、レフィの肌に触れた瞬間、その酩酊感は一気に醒めることになった。
「んっ……ぁ、あの、まおう、さま……ひゃっ、ぅ」
「何か?」
「何っていうか……あの、な、なんか、あたって」
「当ててんのよ」
「ひゃわっ!」
 ソーマの手が、レフィの脚を持ち上げる。腿の内側にずり、と擦り付けられた熱いものの感触に、レフィは思わず逃げ腰になった。さてこれは一体何だろう、と無知なふりをしてみたくなる。が、昨夜あれだけ、散々、嫌というほど味わったものの記憶が、そう簡単に薄れてくれる筈もなく。
「あ、あ、あの、魔王様、何をするおつもりで……?」
「ん? いや、昨日は途中で落ちたしな、お前」
「と、とちゅう……?」
 平然と告げられた言葉を、レフィは初めて聞く単語のように反芻した。何が途中だというのか。いや、問わずともレフィには分かっていた。しかしながら、それを理解することをどうしても精神が拒んでいた。あれが途中だとするならば、ソーマにとっての最後とは、一体何処のことを指すことになるのか。想像するだに恐ろしかった。ソーマの言う途中とやらで、レフィの身体は限界をとっくに超え、過充電もいいところで、向こう一年程度は何もしなくても元気に生きていけそうなくらいだというのに。
「ま、魔王様、レフィは、もうおなかいっぱいで……!」
「大丈夫だって、もう一人前の淫魔なんだろ。あと一、二回くらいはいけるいける」
「ごごご、ご無体な……!」
 ベッドの上をずりずりと這いずって、レフィは必死で逃げ出そうとする。しかしソーマに容赦なく腰を掴まれた状態では、精々が枕相手に戯れているようにしか見えなかった。ぴくりとも動かないほど強固にレフィの身体を拘束しながら、それでも全く変わらず柔らかに笑ったままのソーマを見上げ、レフィは笑顔ともいえない引き攣った表情を晒した。
 レフィの脳裏に、昨日のマリウスの言葉が蘇る。レフィの身体を抱えたマリウスが、あの時最後に言った言葉が。彼は一体、何処まで分かった上で、あんなことを言ったのだろうか。
「愛してるぜ、俺だけのレフィ」
「ひぇ……!」
 背筋が怖気立つほど凄艶に、囁かれる甘い言葉。助けてくださいマリウス様、と声にならない悲鳴を上げるレフィの身体が、男の影に覆われていく。いつも頃合いを見計らうように扉を叩く音は、その日に限って、無情にも響くことはなく。空気を読んで公休を取った銀髪の青年が、優雅に紅茶など飲みながら、自分でなんとかなさいと呟く声が、城のどこかで聞こえたとか、聞こえなかったとか。


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