夢の中の君は、今。

蒼之海

文字の大きさ
9 / 31

第9話 199X年 1月 1/3

しおりを挟む
 年末年始はカラオケ店のかき入れ時だ。

 バイトはともあれ契約社員の俺に、休みなど存在しない。無事三が日を乗り越えて、クタクタの体を引きずる様に更衣室へと向かう。今日は中番なので今は夜の10時ちょっと。早く帰って寝よう。頭の中はそれだけだ。

 更衣室に入り鉄製のロッカーを開ける。鍵はつけられてはいない。ハンガーラック上の物置を見ると、見慣れない紙が置いてあった。手にとってみても何も書かれていない。だが裏をめくると、丸い文字が目に飛び込んできた。


 ———————————————————————
 駅前のシャノアールにいます。待ってるね。えみ
 ———————————————————————


 絵未は早番で18時あがりだ。四時間も待っているのか……?

 俺は急いで着替えると、シャノアールまで全力で走った。

 店内に入ると、レジカウンターのすぐ側の席で、絵未が手を振っているのが見える。
 俺は息を整えて運ばれてきた水を一気飲みすると、店員が注文を聞き出す前に「アイスコーヒー」を告げた。やや面を喰らった店員が立ち去ると、ニコニコと微笑む絵未に言う。


「よ、四時間も待っていたの!?」

「ううん。待ってたのは一時間くらいだよ。今日はね、早番の子たちと新年会だったんだ。だから、全然待ってないよ」


 絵未の顔がほんのりと桜色に染まっている。元々あまりお酒は飲めない方だと言っていた。


「それにしても……びっくりしたよ。事前に言ってくれればいいのに」

「だって……店内ではそんな事、話せないでしょ。それに私、阿藤くんのポケベルの番号だって知らないし……」

「ああ、そうか。ベル番、まだ交換してなかったね」

「でしょう! だから待つことにしたんです。ちょうど新年会もあったしね」

 
 絵未は形の整ったアーモンドの瞳で、優しく俺を見た。アイスコーヒーが運ばれてくる。俺はガムシロップとミルクの両方を入れてかき混ぜると、ストローで半分近く吸い上げる。絵未はそれを嬉しそうに眺めていた。


「ふぅ……そっか、ありがとう。……あのクリスマスパーティー以来だね。こうやってゆっくり話すの」

「……うん。そうだね」


 しばらく沈黙が続く。うーむ。ここは男の俺からしっかりと言おう!


「愛美ちゃんには、ちゃんと伝えたよ。『もう会えない』って」

「うん。噂で聞いた。彼女、バッサリ髪の毛切ったもんね。……ところで愛美ちゃんなんて呼ぶあたり、少しだけ未練があるんじゃないのかな? ……さぁ、正直に言うんだ、阿藤武志!」

「な、ないってそんな気持ち! みんな『愛美ちゃん』って呼んでるじゃん。今更呼び方変える方が変だって!」

「……本当かな?」

「本当だよ!」


 お酒も入ってか、いつもの絵未とは少し違う。……いつもよりちょっとテンションが高めな気がする。

 俺もお返しとばかりに、絵未に聞いてみた。


「……島埼さんはどうなの? 彼氏と、決着ついたの?」


 その言葉で、絵未の顔に陰りが浮かぶ。


「……うん。年末にちゃんと伝えた。『好きな人ができたから、もう一緒にいられない』って。だけど最後まで『諦めない』って言ってた。……今日もね、新年会が終わってお店の前を見たら、彼氏の車が停まってたんだ。私を待っているみたい」

「あ、でも、俺がここにくる時には、車は停まってなかったよ」


 絵未の彼氏の車の車種は、2号店の人間なら全員が知っている。

 
「そっか……よかった」


 絵未はほっとした表情半分、悲しい表情半分の、なんとも微妙な顔をして見せた。
 悲しい顔は、元カレに対しての自責の念からくるものだろう。元カレに対しても気遣うその優しさが、俺にはとても新鮮に感じられた。


「島埼さん……この後、俺が車で家まで送って行こうか?」

「う……ん」

「そ、それとも……俺の家、来る?」


 俺の実家は2号店と同じ市内にある。通勤も基本自転車だ。歩いてでもいける距離。
 
 俺の気持ちを振り絞ったその言葉に、絵未は黙ったままだった。


 ……元カレに別れを告げたけど、絵未の性格上、やっぱ気が引けるのかな。まだ、誘うには早かったか……?


 俺があちゃあと頭を掻き出すと、絵未は形のいい瞳を少し細めて俺を見据えた。


「なんでもっと、ちゃんと言ってくれないのかなぁ……」

「え、あ、いや。まだ早いのかなって思って……」

「私はね、1ヶ月前に会ったあの日から、阿藤くんの事が好きなの。ようやくお互いケジメはつけたんだよ。ここはビシッと決めて欲しいなぁ」


 そんな事言われたって。

 絵未みたいに眩しすぎる女の子は、初めてだから。

 眩しくて、繊細で、誰に対しても思いやりがある、優しい子は初めてで。
 どう扱っていいか対処に困る。うっかり乱暴に扱えば、儚く壊れてしまいそうだ。


 だけど、絵未にここまで言わせたんだ。このままでは「W市のジゴロ」と呼ばれた俺の名がすたる。


「……よし! 今日は俺の家においで! 明日は休みだよね? 今日は泊まって、明日は家まで送ってあげるよ」

「———うん!」


 俺は伝票をむしり取ると席を立つ。会計を済ませて外に出ると、絵未が静々と着いてきた。


「じゃ、行こうか。島埼さん」

「……はぁ。そこは違うでしょう。名前で呼んで欲しいなぁ」

「あ……そっか。じゃ行こう、絵未ちゃん」


 絵未はその言葉に、にこりと微笑む。


「ふつつか者ですが、これから末長く可愛がってね、武志くん」


 そう言って、俺の右手に左手を添えてきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...