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第一章
第9話 自己紹介
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翌日になり早朝から迎えにきたヴェルナードに連れられて、ボクは町へと向かっていた。
今日はお供のアルフォンス、ゲートルードに加えて、槍を持った兵士らしき男が五人同行している。あくびを噛み殺し、眠い目を擦りながらボクはついて行く。
小屋から町までの道中は、一日の始まりに満ち溢れていた。
降り注がれる陽光を縫う様に、朝から忙しなく飛び回る鳥たち。
草葉に溜まった朝露がひんやりと足元を湿らしている。
これだけ切り取ってみれば、自然の豊かな陸地と同じでここが竜の背中なんて、今でもちょっと信じられないんだけど。
昨日遠くから眺めた町は、実際に足を踏み入れてみると想像以上の規模だった。
大小の石の隙間に細かい石をびっちり敷き詰めて道はきれいに舗装され、その両脇にはかなりの数の建物が密集する様に建ち並んでいる。
どれもが三角屋根で赤や黄色やオレンジに塗られていて色鮮やかだ。
アパートの様な集合住宅らしき大きめの建物もあったが、二階建てのこじんまりした一軒家が一番多かった。
一軒家の多くが二世帯住居で、所帯を持って子供ができると知人や家族と共同で一軒家を借りそれぞれワンフロアごとに住む事が一般的らしい。
そして親元を離れたばかりの若い人や新婚夫婦が集合住宅に住んでいるのだと、ゲートルードが教えてくれた。
そりゃ700人も暮らしていれば、住むところだってしっかりしてないとね。
ゲートルードに町のレクチャーを受けながらキョロキョロ辺りを窺い歩いていると、町を練り歩くボクたちに周りからの視線が集まり出す。
その視線にボクは、二種類ある事に気がついた。
一つは先頭を歩くヴェルナードに向けられた畏怖と言うか畏敬の視線。そしてもう一つは、ボクに対しての敵意とまではいかないものの異形の何かを見る視線だ。
……な、何よ! ボクだって好きでココに来たんじゃないんだから!
ボクの居心地の悪さを察したのか、ここで口を開いたのは意外にも強面アルフォンスだった。
「発見者たちには口止めしたのだが、人の噂とはままならぬものだ。皆、主が『落人』だと気づいてる様子だ。不快な気分にさせてすまぬな」
やっぱりこの人、意外と優しいおじさんなのかもしれない。外見で損するタイプなのかな? まさかの少女趣味ってオチだけはないと思いたい。
「アルフォンスさん、ボクの名前は和希だよ。『主』だなんて呼ばないで、名前でちゃんと呼んでよ」
「そうか。ではカズキ。皆の視線は気にするな。ヴェルナード様に任せておけばいい」
「任せるって……これから一体どこに行って何をするの?」
「まあ安心するがいい。……お、もう着いた様だぞ」
アルフォンスの言葉に視線を戻すと前方には広場が待っていた。
テニスコート4面分、いやもっと広いだろうか。
ボクたちが歩いて来た歩道以外にも、広場から歩道がいくつも延びている。
そして広場を取り囲む様に設置されたベンチと街路樹が、どことなく公園っぽくも見える。
よく見ると円形の広場の周りには櫓の様な背の高い建物が三基、そして広場の中央あたりには小さな台がポツンと置かれていた。
あれって……学校の校庭とかにある朝礼台に似てるけど?
ボクが頭を傾げて考えてると、アルフォンスがお付きの兵士に何やら声をかけ、その兵士が走り去って行く。
しばらくすると、櫓に上部に下げられていた鐘が一斉に鳴らされた。
ガンガンガン。ガンガンガン。ガンガンガン。
けたたましく広場の鐘が三回鳴ると、町のあちらこちらから同じ様に鐘の音が呼応する。
しばらく町全体に鳴り響いていた鐘の輪唱がやがて収まると、今度は町の住人たちが追い立てられた羊の様に次から次へと広場に集まり出してきた。
ボクらは広場に集まろうとする人の波に押される形で広場の中央へと押しやられる。
あの鐘は全員集合の合図なのだろうか。気がつくと広場はたくさんの町の人たちで埋め尽くされていた。
いつの間にやらお付きの兵士とアルフォンスが、人波からボクとヴェルナードを守る様に円状に広がり立っている。
周りの人だかりにヴェルナードは少しも動じる事なく、ゆっくりと朝礼台を登り始めた。
ボクらを取り囲むガヤガヤと騒がしい人の海原は朝礼台に上がったヴェルナードが視界に入るや否や、ピタッと凪いだ水面へと変化する。
しんと静まり何やら緊張感まで漂う中、朝礼台から群衆を睥睨するヴェルナードは一つ小さな咳払いをすると、よく通る声を響かせた。
「皆の中にはすでに聞き及んでいる者もいるであろうが、二日前にこの『モン・フェリヴィント』に『落人』が飛来した。通常なら落下の衝撃で絶命必至……いや、そもそも『落人』が生を維持して落下してくるやも分からなかったのだが、その『落人』は奇跡的にも一命を取り止め、我らの庇護を求めてきた。その者を皆にも紹介しよう」
ヴェルナードは壇上からボクを見ると、上がって来いと小さく手招きをする。
……いえええぇぇぇぇ! ヤダヤダ! 嫌だ! これは何の罰ゲームなの? いきなりこんな風に自己紹介させられるなんて聞いてない!
ボクは半泣き状態で、隣のゲートルードに「助けて」の眼差しを送ってみた。が。
「さ、カズキ。ヴェルナード様があなたのために御膳立てをしてくださったのです。しっかり皆に挨拶をしましょう」
毒のない笑顔で「頑張れ」と言われれば、返す言葉も思いつかない。
ボクはゲートルードの笑顔に見送られながら、渋々壇上へと上がる。数百という目が一斉にボクに向けられた。
うわわ! な、何人いるのよ一体!
ざっと見ても3、400人はいるだろう。女性や子供がやけに多いのは、男たちが任務で出払っているからだろうか。
「さあカズキ。自分の声で自分の名前を語りなさい」
ヴェルナードが前を見据えたまま小声でボクにそう告げる。
これって一体何の試練なんだろう?
って言うか、最初から自己紹介するとか言ってくれれば、気持ちの準備だってできたのに。
これはあれだ。きっとヴェルナードの意地悪だ。ボクの事バカにしてんだ。こんな小娘が大勢の前で挨拶なんてできる訳ないだろうって。
ボクはムカムカと腹が立ってきた。
こう見えてもボクはモトクロス競技の元常連入賞者。表彰台やお立ち台、もっと自慢させて貰えばバイク競技雑誌とかの取材だって何回も受けた事あるんだぞ! ……マイナーでマニアックな雑誌だけどね。
お望みと言うなら仕方ない。いっちょ見せてやろうじゃありませんか。お立ち台慣れした乙女の気概ってやつをよぉ……!
ボクはゆっくり深呼吸をしてさざめく心を落ち着かせる。
そして流れる様な動きで腰を落として半身に構えると、右手で作った横ピースを額に付け「ビシッ」っと音がなるくらいにポーズをキメた。
「———若月和希でーすっ!! 16歳になったばかりで彼氏は随時募集中。好きなタイプは……ボクよりとっても速い人っ! よろしくねっ!」
……………………………………………………………………………………。
これでもかってくらい、豪快に外しました。
嗚呼、おじいちゃん。おじいちゃんが大ウケしてた表彰台でのボクの鉄板、異世界じゃ全然かすりもしなかったよ……!
「……まさに今、皆もなるほどと理解したかとは思うが……このワカツキカズキはこの世界の住人ではないらしい。『落人』に関する情報はここには少ない。おそらく地上の方が手掛かりがあるだろう。私はそれまで『モン・フェリヴィント』の掟に従いこのワカツキカズキをここに受け入れようと思う。次の地上降下の時まで彼女にも皆と一緒に任務に就いてもらう。皆の者も『モン・フェリヴィント』の掟に従ってもらいたい。以上だ」
そこで言葉を止めたヴェルナードは姿勢を正すと、右手を左胸に当てた。
「母なる大地の風竜と、その御子である我らに綿々たる祝福と風の加護を」
「「「「「風の加護を!」」」」」
集まった人たちも右手を左胸に当て一斉に唱和すると、ヴェルナードは朝礼台から降り始めた。ボクも慌てて台から降りる。
集まった人々はすぐに喧騒を取り戻すと、皆散り散りに広場を後にした。
波が引く様に広場から人の姿が消えていく中、朝礼台から降りたボクたちを、片膝を地面につけて一人の男が待っていた。
カーキ色したジャケットとパンツに身を包み、襟には『3つの月章』の紀章が見て取れる。この人もどこかの偉い人なのだろうか。
「エドゥア。このカズキを『製造部』の配属に任命する。後のことは任せた」
「……はっ! 承知いたしました」
エドゥアと呼ばれた中年黒髪細身の男はそう返事をした後で立ち上がると、チラリとボクの方を見た。
その目は明らかに歓迎している目ではない。厄介事を押し付けられて、めんどくさそうな、困った様なそんな目だ。
「ではカズキ、私はこれで失礼する。しばらくは三日に一度はゲートルードの診察を受けるといい。もし何か新しく思い出した事があったなら、ゲートルード必ず報告しなさい。……任務に精を出す様にな」
「わ、わかったよ……とりあえず、しばらく頑張ってみるよ。いろいろありがとヴェルナードさん」
ボクの返答に少しだけ頬を緩ませたヴェルナードとは対象的に、エドゥアはぎょっとした表情でボクを見た。ヴェルナードに馴れ馴れしい口をきいて驚いている様だけど、関係ないよそんな事。
ヴェルナードがアルフォンスとお供の兵を引き連れて去って行くと、エドゥアがボクをキッと睨み付ける。
「カズキ……と言ったか。上官、ましてやヴェルナード様に対して言葉遣いは気を付ける様にな」
「そんな事言われたの、今が初めてなんだからしょうがないじゃない」
「お、お前は! 俺が言った側からなんだその口の聞き方は!」
「ま、まあまあエドゥアさん。カズキは病み上がりなのです。ここは一つ穏便にお願いします」
ゲートルードが割って入り、興奮するエドゥアを宥めてくれる。
なんなのよ! この口うるさいパワハラ上司は!
「カズキも言葉の選択には気をつけてくださいね。このエドゥアさんはカズキが所属する事になる『製造部』のリーダーなんですから。私も昨日教えたでしょ? 上官の言うことはちゃんと聞く様にって、ね?」
「……わかりました。ごめんなさい」
ボクがふてくされながら謝ると、エドゥアは鼻を「ふんっ」と鳴らし、スタスタと歩き始めて振り返る。
「……早くついて来い。お前の配属先に案内する」
どうにも納得できな気持ちをなんとか抑えつつ、ボクはエドゥアとゲートルードについて行く。
広場から歩道に入りさらに小道へと入って行くと、だんだんと建物の数もまばらになり舗装された道も細くなっていく。町の中では見られなかった木々が少しずつ増え出すと、人気も少なくなり始めた。
「そうそうエドゥアさん。ヴェルナード様も仰られた通りカズキには三日に一度、私の診察を受けてもらいます。診察の日は、任務時間の短縮を取り計らってください」
「ヴェルナード様の決定です。私に是非などありません。もちろんその様にしますが……ヴェルナード様もゲートルード殿も、この『落人』に大層ご執心の様ですね」
卑下た笑いを貼り付けたエドゥアの顔が振り返り、ボクも負けじと睨み返す。
「ところで、カズキの配属先はどこでしょう? 武具生産班ですか? まさか体力が必要な建築班とかではありませんよね?」
「この者の配属先は、資材調達班です」
「え……資材調達班と言うと、あの『雑務係』ですか!?」
驚くゲートルードに取り合わず、エドゥアはスタスタと歩いて行く。
その先には小屋があった。大きさはゲートルードが常駐する診療小屋と同じくらいだけど、見た目は比べ物にならない。今にも倒壊しそうなほどオンボロだ。
エドゥアが建てつけの悪そうな扉をゆっくりと開くと、中からむわっとすえた臭いと埃が漏れ出す。
薄暗い小屋の中は木材や石材などが秩序なくばらまかれていて、一人の老人と一人の少年が向かい合わせで座りながら、何かの作業をしているところだった。
「ここがカズキの配属先、資材調達班だ。しっかり任務に励む様にな」
エドゥアの片眉がいやらしく上がり、元々の狡猾そうな顔つきに陰険さまでもが浮かび上がった。
今日はお供のアルフォンス、ゲートルードに加えて、槍を持った兵士らしき男が五人同行している。あくびを噛み殺し、眠い目を擦りながらボクはついて行く。
小屋から町までの道中は、一日の始まりに満ち溢れていた。
降り注がれる陽光を縫う様に、朝から忙しなく飛び回る鳥たち。
草葉に溜まった朝露がひんやりと足元を湿らしている。
これだけ切り取ってみれば、自然の豊かな陸地と同じでここが竜の背中なんて、今でもちょっと信じられないんだけど。
昨日遠くから眺めた町は、実際に足を踏み入れてみると想像以上の規模だった。
大小の石の隙間に細かい石をびっちり敷き詰めて道はきれいに舗装され、その両脇にはかなりの数の建物が密集する様に建ち並んでいる。
どれもが三角屋根で赤や黄色やオレンジに塗られていて色鮮やかだ。
アパートの様な集合住宅らしき大きめの建物もあったが、二階建てのこじんまりした一軒家が一番多かった。
一軒家の多くが二世帯住居で、所帯を持って子供ができると知人や家族と共同で一軒家を借りそれぞれワンフロアごとに住む事が一般的らしい。
そして親元を離れたばかりの若い人や新婚夫婦が集合住宅に住んでいるのだと、ゲートルードが教えてくれた。
そりゃ700人も暮らしていれば、住むところだってしっかりしてないとね。
ゲートルードに町のレクチャーを受けながらキョロキョロ辺りを窺い歩いていると、町を練り歩くボクたちに周りからの視線が集まり出す。
その視線にボクは、二種類ある事に気がついた。
一つは先頭を歩くヴェルナードに向けられた畏怖と言うか畏敬の視線。そしてもう一つは、ボクに対しての敵意とまではいかないものの異形の何かを見る視線だ。
……な、何よ! ボクだって好きでココに来たんじゃないんだから!
ボクの居心地の悪さを察したのか、ここで口を開いたのは意外にも強面アルフォンスだった。
「発見者たちには口止めしたのだが、人の噂とはままならぬものだ。皆、主が『落人』だと気づいてる様子だ。不快な気分にさせてすまぬな」
やっぱりこの人、意外と優しいおじさんなのかもしれない。外見で損するタイプなのかな? まさかの少女趣味ってオチだけはないと思いたい。
「アルフォンスさん、ボクの名前は和希だよ。『主』だなんて呼ばないで、名前でちゃんと呼んでよ」
「そうか。ではカズキ。皆の視線は気にするな。ヴェルナード様に任せておけばいい」
「任せるって……これから一体どこに行って何をするの?」
「まあ安心するがいい。……お、もう着いた様だぞ」
アルフォンスの言葉に視線を戻すと前方には広場が待っていた。
テニスコート4面分、いやもっと広いだろうか。
ボクたちが歩いて来た歩道以外にも、広場から歩道がいくつも延びている。
そして広場を取り囲む様に設置されたベンチと街路樹が、どことなく公園っぽくも見える。
よく見ると円形の広場の周りには櫓の様な背の高い建物が三基、そして広場の中央あたりには小さな台がポツンと置かれていた。
あれって……学校の校庭とかにある朝礼台に似てるけど?
ボクが頭を傾げて考えてると、アルフォンスがお付きの兵士に何やら声をかけ、その兵士が走り去って行く。
しばらくすると、櫓に上部に下げられていた鐘が一斉に鳴らされた。
ガンガンガン。ガンガンガン。ガンガンガン。
けたたましく広場の鐘が三回鳴ると、町のあちらこちらから同じ様に鐘の音が呼応する。
しばらく町全体に鳴り響いていた鐘の輪唱がやがて収まると、今度は町の住人たちが追い立てられた羊の様に次から次へと広場に集まり出してきた。
ボクらは広場に集まろうとする人の波に押される形で広場の中央へと押しやられる。
あの鐘は全員集合の合図なのだろうか。気がつくと広場はたくさんの町の人たちで埋め尽くされていた。
いつの間にやらお付きの兵士とアルフォンスが、人波からボクとヴェルナードを守る様に円状に広がり立っている。
周りの人だかりにヴェルナードは少しも動じる事なく、ゆっくりと朝礼台を登り始めた。
ボクらを取り囲むガヤガヤと騒がしい人の海原は朝礼台に上がったヴェルナードが視界に入るや否や、ピタッと凪いだ水面へと変化する。
しんと静まり何やら緊張感まで漂う中、朝礼台から群衆を睥睨するヴェルナードは一つ小さな咳払いをすると、よく通る声を響かせた。
「皆の中にはすでに聞き及んでいる者もいるであろうが、二日前にこの『モン・フェリヴィント』に『落人』が飛来した。通常なら落下の衝撃で絶命必至……いや、そもそも『落人』が生を維持して落下してくるやも分からなかったのだが、その『落人』は奇跡的にも一命を取り止め、我らの庇護を求めてきた。その者を皆にも紹介しよう」
ヴェルナードは壇上からボクを見ると、上がって来いと小さく手招きをする。
……いえええぇぇぇぇ! ヤダヤダ! 嫌だ! これは何の罰ゲームなの? いきなりこんな風に自己紹介させられるなんて聞いてない!
ボクは半泣き状態で、隣のゲートルードに「助けて」の眼差しを送ってみた。が。
「さ、カズキ。ヴェルナード様があなたのために御膳立てをしてくださったのです。しっかり皆に挨拶をしましょう」
毒のない笑顔で「頑張れ」と言われれば、返す言葉も思いつかない。
ボクはゲートルードの笑顔に見送られながら、渋々壇上へと上がる。数百という目が一斉にボクに向けられた。
うわわ! な、何人いるのよ一体!
ざっと見ても3、400人はいるだろう。女性や子供がやけに多いのは、男たちが任務で出払っているからだろうか。
「さあカズキ。自分の声で自分の名前を語りなさい」
ヴェルナードが前を見据えたまま小声でボクにそう告げる。
これって一体何の試練なんだろう?
って言うか、最初から自己紹介するとか言ってくれれば、気持ちの準備だってできたのに。
これはあれだ。きっとヴェルナードの意地悪だ。ボクの事バカにしてんだ。こんな小娘が大勢の前で挨拶なんてできる訳ないだろうって。
ボクはムカムカと腹が立ってきた。
こう見えてもボクはモトクロス競技の元常連入賞者。表彰台やお立ち台、もっと自慢させて貰えばバイク競技雑誌とかの取材だって何回も受けた事あるんだぞ! ……マイナーでマニアックな雑誌だけどね。
お望みと言うなら仕方ない。いっちょ見せてやろうじゃありませんか。お立ち台慣れした乙女の気概ってやつをよぉ……!
ボクはゆっくり深呼吸をしてさざめく心を落ち着かせる。
そして流れる様な動きで腰を落として半身に構えると、右手で作った横ピースを額に付け「ビシッ」っと音がなるくらいにポーズをキメた。
「———若月和希でーすっ!! 16歳になったばかりで彼氏は随時募集中。好きなタイプは……ボクよりとっても速い人っ! よろしくねっ!」
……………………………………………………………………………………。
これでもかってくらい、豪快に外しました。
嗚呼、おじいちゃん。おじいちゃんが大ウケしてた表彰台でのボクの鉄板、異世界じゃ全然かすりもしなかったよ……!
「……まさに今、皆もなるほどと理解したかとは思うが……このワカツキカズキはこの世界の住人ではないらしい。『落人』に関する情報はここには少ない。おそらく地上の方が手掛かりがあるだろう。私はそれまで『モン・フェリヴィント』の掟に従いこのワカツキカズキをここに受け入れようと思う。次の地上降下の時まで彼女にも皆と一緒に任務に就いてもらう。皆の者も『モン・フェリヴィント』の掟に従ってもらいたい。以上だ」
そこで言葉を止めたヴェルナードは姿勢を正すと、右手を左胸に当てた。
「母なる大地の風竜と、その御子である我らに綿々たる祝福と風の加護を」
「「「「「風の加護を!」」」」」
集まった人たちも右手を左胸に当て一斉に唱和すると、ヴェルナードは朝礼台から降り始めた。ボクも慌てて台から降りる。
集まった人々はすぐに喧騒を取り戻すと、皆散り散りに広場を後にした。
波が引く様に広場から人の姿が消えていく中、朝礼台から降りたボクたちを、片膝を地面につけて一人の男が待っていた。
カーキ色したジャケットとパンツに身を包み、襟には『3つの月章』の紀章が見て取れる。この人もどこかの偉い人なのだろうか。
「エドゥア。このカズキを『製造部』の配属に任命する。後のことは任せた」
「……はっ! 承知いたしました」
エドゥアと呼ばれた中年黒髪細身の男はそう返事をした後で立ち上がると、チラリとボクの方を見た。
その目は明らかに歓迎している目ではない。厄介事を押し付けられて、めんどくさそうな、困った様なそんな目だ。
「ではカズキ、私はこれで失礼する。しばらくは三日に一度はゲートルードの診察を受けるといい。もし何か新しく思い出した事があったなら、ゲートルード必ず報告しなさい。……任務に精を出す様にな」
「わ、わかったよ……とりあえず、しばらく頑張ってみるよ。いろいろありがとヴェルナードさん」
ボクの返答に少しだけ頬を緩ませたヴェルナードとは対象的に、エドゥアはぎょっとした表情でボクを見た。ヴェルナードに馴れ馴れしい口をきいて驚いている様だけど、関係ないよそんな事。
ヴェルナードがアルフォンスとお供の兵を引き連れて去って行くと、エドゥアがボクをキッと睨み付ける。
「カズキ……と言ったか。上官、ましてやヴェルナード様に対して言葉遣いは気を付ける様にな」
「そんな事言われたの、今が初めてなんだからしょうがないじゃない」
「お、お前は! 俺が言った側からなんだその口の聞き方は!」
「ま、まあまあエドゥアさん。カズキは病み上がりなのです。ここは一つ穏便にお願いします」
ゲートルードが割って入り、興奮するエドゥアを宥めてくれる。
なんなのよ! この口うるさいパワハラ上司は!
「カズキも言葉の選択には気をつけてくださいね。このエドゥアさんはカズキが所属する事になる『製造部』のリーダーなんですから。私も昨日教えたでしょ? 上官の言うことはちゃんと聞く様にって、ね?」
「……わかりました。ごめんなさい」
ボクがふてくされながら謝ると、エドゥアは鼻を「ふんっ」と鳴らし、スタスタと歩き始めて振り返る。
「……早くついて来い。お前の配属先に案内する」
どうにも納得できな気持ちをなんとか抑えつつ、ボクはエドゥアとゲートルードについて行く。
広場から歩道に入りさらに小道へと入って行くと、だんだんと建物の数もまばらになり舗装された道も細くなっていく。町の中では見られなかった木々が少しずつ増え出すと、人気も少なくなり始めた。
「そうそうエドゥアさん。ヴェルナード様も仰られた通りカズキには三日に一度、私の診察を受けてもらいます。診察の日は、任務時間の短縮を取り計らってください」
「ヴェルナード様の決定です。私に是非などありません。もちろんその様にしますが……ヴェルナード様もゲートルード殿も、この『落人』に大層ご執心の様ですね」
卑下た笑いを貼り付けたエドゥアの顔が振り返り、ボクも負けじと睨み返す。
「ところで、カズキの配属先はどこでしょう? 武具生産班ですか? まさか体力が必要な建築班とかではありませんよね?」
「この者の配属先は、資材調達班です」
「え……資材調達班と言うと、あの『雑務係』ですか!?」
驚くゲートルードに取り合わず、エドゥアはスタスタと歩いて行く。
その先には小屋があった。大きさはゲートルードが常駐する診療小屋と同じくらいだけど、見た目は比べ物にならない。今にも倒壊しそうなほどオンボロだ。
エドゥアが建てつけの悪そうな扉をゆっくりと開くと、中からむわっとすえた臭いと埃が漏れ出す。
薄暗い小屋の中は木材や石材などが秩序なくばらまかれていて、一人の老人と一人の少年が向かい合わせで座りながら、何かの作業をしているところだった。
「ここがカズキの配属先、資材調達班だ。しっかり任務に励む様にな」
エドゥアの片眉がいやらしく上がり、元々の狡猾そうな顔つきに陰険さまでもが浮かび上がった。
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