竜の背に乗り見る景色は

蒼之海

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第一章

第45話 母竜の願いとご褒美

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「……私は母竜。この世界を創造したものです」

「なっ……! せ、世界の創造者……!」


 そう言ってヴェルナードが絶句する。

 それ以上言葉が続かないのはヴェルナードだけじゃない。この場にいる誰しもが、発する言葉を見つけられないでいた。もちろんボクだってそうだ。


 まさかマクリーのお母さんが、この世界の生みの親だなんて……!


 虹色の球体———母竜は、ゆっくり静かに話を続けた。


「大地を創り、海を成し、草木を恵み、命の元を宿すと、何千年という時を経て、知恵を育てた人間たちが世界の中心となりました。多少の争いは起こったものの、発展を続けるこの世界を見て、僭越ながら創造者として誇らしく思っていたものです。……しかし、発展しすぎた文明は傲慢と略奪を生み出して、果てには二国間戦争への火種を燻らせました。私も最初はよくある諍いだと気にも止めていませんでした。そんな私の気の緩みが、付け入る隙を生み出してしまったのでしょう。終わりを見せない戦争が激化の一途を辿る中、こことは違う世界からの邪悪な存在に気づいたのは、銀幕が各地に作られた後でした。そして銀幕は邪念や憎悪を支柱として私と、この世界の大切な力を少しずつ吸い上げていったのです。争っても無駄だと悟った私は力が枯渇する前に、四体の神竜を生み出しました。そして力を完全に使いきった私は、最後にこの神殿地下に思念体を残し、深い眠りへと落ちていきました。……もちろん今も眠ったままです」


「……その邪悪な存在とは、一体……?」


 母竜の話を聞きながら冷静さを取り戻したヴェルナードが、皆の疑問を代弁する。


「詳しくは分かりません。ただ、力を奪われる時にその存在と意識が少しだけ繋がりました。マーズ、と名乗っていた事をはっきりと覚えています」

「マーズ……」

「さあ……そろそろ時間がなくなってきました。カズキさん、私の代わりにマクリーの親代わりを務めていただく貴方に私からの贈り物です。貴方の求めているものを、私の力で授けましょう」


 ……え? マジで? それなら答えは一つだ!


「ボク、元の世界に帰りたいんだ! 帰る方法を教えてくれよ!」

「はて? ……どういう事でしょうか?」

「だから! ボクのいた世界、日本に帰して欲しいんだ! お願いだよ!」


 話が全く噛み合わないボクたちを見かねたヴェルナードが、事の顛末を簡潔に説明する。


「……残念ながら、私は創造を司るものです。私はこの世界の事しか知らないし、ましてや貴方自身が知らない物は生み出せません」

「ええええええ! そ、そんなぁ!」

「も、もう本当に時間が……ちょっと貴方の心に触れさせてくださいませ。……ふふ、これは面白い物。本当に貴方はこの世界の人間ではないのですね。では貴方が一番望んでいる物を創造しましょう」


 虹色の球体はそう言うと、一際強い光を放ってボクを照らし出した。


「え……? か、カズキが……光ってる!?」


 ジェスターが言う通り、光を受けたボクの体は発光した。まるで蛍の様だ。ボクが発した柔らかな光は、だんだんと小さな粒になっていく。そして体から剥がれて、ふよふよと漂い出した。

 無数の粒子は台座の上へと向かっていた。個体差があるのか、そのスピードはまちまちだ。何個か迷子になった粒子もいたけど、他の粒子たちが呼び戻して、無事に全部の粒子が台座の上に集まった。

 そして一つの形を形成すると輝きが消え、その全貌が明らかとなった。


 ———う、ウソ。


 先鋭の船首から続く滑らかな流線型は艶めかしくもあり、空気抵抗を極限にまで抑えたカウルは、全体的に平べったいシルエットを生み出して、もはや芸術品だと言わざるを得ない。

 それでいて後部に取り付けられた鈍色に光る無骨なエンジンが、雄々しげに力強さを主張している。

 これ以上の造形美と機能美とを兼ね備えた物が、この世の中に存在するだろうか。……いや、絶対にない!



 ———夢にまで見た競艇ボートが目の前に現れた! 今すぐ頬擦りをしたいよ!



「後継竜を連れここに来た意味が、いずれ分かる事でしょう。まずは世界に点在する銀幕を取り除いてください。……マクリー、元気でね。そして神竜と共に生きる貴方たちに、尽きる事ない加護がある事を……」


 か細くなった声がプツリと完全に途切れると、虹色の球体は上部から溶ける様に消えていく。


「は、母上! 待ってください! 母上ー!」


 ボクはボートに抱きつきたい気持ちを堪えつつ、泣きじゃくるマクリーを抱きしめた。

 くりっとした目から大粒の涙がポタポタと、抱き留めた腕に止めどなく落ちる。

 生意気で偉そうな口調でも、マクリーはまだ生後10日程だ。

 もっと話したい事がたくさんあっただろう。甘えたかったかもしれない。本当の親との触れ合いなのに、その時間はあまりにも短すぎる。

 マクリーを気遣うボクとジェスターの後ろでは、事ここに至っては仕方なしとアルフォンスが保安部員たちにマクリーについて説明し始めた。

 ヴェルナードは台座に向いたまま、僅かに残る虹色の残滓を見つめ、何かを深く考えている様だ。



 そんなボクたちが、ギスタの手下が忽然と姿を消していた事に気がついたのは、暫く時間が経ってからの事だった。
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