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第一章
第74話 元凶
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「ああ……自己紹介はいらないよ。君の名前も過去や未来にも、僕はてんで興味がないし。だけどよくここまで来た……と言うより、ここに来てしまったからには、一応の説明をしてあげないと、君たちの浅はかで原始的な頭と、感情に支配されがちな心では理解が追いつかないだろう?」
銀髪の少年はクスクスクスと目を閉じ愉悦に浸る。
そしてひとしきり満足すると幼い顔をやや引き締めて、銀色の双眸をボクに向けてきた。
「……僕の名前はマーズ。君たちとは縁もゆかりもないからね。僕を知らない事は承知してるよ」
「あんたが……マーズなの?」
「おや? その口ぶりだと僕の事を以前から知っている様だね。おかしいな、僕には君みたいな低脳で暑苦しい友人はいないはずだけど。……ああ、もしかしたら母竜から聞いたのかな? 人の姿をした猿たちを必死に庇っていたけれど、まだそんな元気があったんだ。……本当、彼女もしつこいね」
「お、お前が……母上を傷つけたのですか!!」
「おやおやおや? これはまた珍しい生き物だね。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ君たちに興味が湧いてきたよ。少し君たちの記憶を見せてもらうとしよう。……大丈夫。怖がらなくていいからね。古いアルバムをゆっくりと捲る様に優しく覗くだけだから」
マーズと名乗ったその少年は左手をボクらの方にゆっくりと向けた。
「「……う、うああああああ!」」
それと同時に頭の中に違和感が湧き起こる。
ザラザラとしたやすりの様なもので頭の中を擦られている、そんな不快で耐え難い鈍痛だ。
マクリーと夢の中で話していた時とは全然違う。
身の毛もよだつその愛撫が収まると、マーズは少し嬉しそうな顔をボクに向けてきた。
「……なるほど。事情がようやく飲み込めたよ。……カズキと言ったね、じゃあ君は僕の味方なんだね」
「は? ど、どういう事!? ボクの記憶のどこを切り取ったら、そんな答えが出てくるんだよ! なんでボクがこの世界の……『モン・フェリヴィント』の皆やマクリーを苦しめてるアンタの味方なんだよ! ふざけるのも大概にしろよ!!」
「別にふざけてなんかいないさ。だって君は地球……僕の世界の人間じゃないか。僕も地球生まれだからね」
「なっ……!?」
「正しくは『地球の人間が生み出した』高貴な存在なんだけどね」
悔しいけどこのマーズの言っている通り、ボクの理解はまったく追いつかない。
だけど最初の時と比べたら幾分かマーズは表情が豊かになり、あまつさえ微笑を含みながらボクを見ている。
マーズは両手を広げ、友人を諭す様な口調で語り始めた。
「……君たち地球の人間は最高さ。平気で他人を裏切り、踏み付けたかと思えば、翌日には無様にも保身に走り媚び諂う。その欲には限りがなく、手に入らなければそれを力で奪う。受けた恩すら仇で返し、自分が一番になりたいと願うその気持ちは、純粋で眩しくて美しくもある。……そんな人間の偽らざる本質———無数の想いが何千年という時を経て集まり、ゆっくりと濾過されて不純物を取り除いた結晶が、僕なのさ。僕は君のいた世界そのものとも言える存在なんだよ」
「……ち、違う! 人はそんな……そんな悪くて黒い人ばっかじゃない! アンタなんてボクの世界にいやしないよ!」
ボクは勢いよくヘルメットを取ると、乱れた髪の隙間からマーズを睨んだ。
……悔しいけど、確かにマーズが言った事を全て否定できやしない。
人生経験16年のボクだって、少なからず人の悪意に晒された事だってある。だけどそんな悪意だらけの人間なんているもんか。少なくともボクはいないと信じたい。
マーズはボクの眼光に少しも怯む事なく、逆にボクを値踏みする視線を向けてくる。
そして、ボクの台詞には肯定も否定もせずに、勝手に話を続け出した。
「……だけどね。地球は今でも僕に、素晴らしい負のエネルギーを与えてくれているけど、それだけじゃ足らないんだ。もっともっともっともっともっともっと、力が欲しい。地球から無理して奪えない事もないけど、うっかりやり過ぎて壊してしまったら、僕の帰る場所もなくなってしまう。だから僕はこの世界———母竜が生み出した世界へと足を踏み入れたんだ。この世界は地球と違って文明水準が低いから、娯楽も少なく負の感情の逃し場所が少ないからまさにお誂え向きだったよ。僕の心の欠片をほんの数滴垂らせば、それで準備は完了さ。それだけでこの世界の猿たちは互いに憎しみ合い、勝手に争い出す。……ああ、その時の感情の渦と言ったら、今思い出しても身震いをするくらい最高だったよ。そしてこの世界に核を放って銀幕を作り出し、残りの憎悪とこの世界のエネルギーを回収している段階なんだ。……ああ、そうそう。途中母竜が変な横槍を入れてきたけど、まあ僕の敵ではなかった事も付け加えておかないと。彼女の名誉の為にもね」
マクリーの歯軋り音が伝声管から聞こえてきた。
この世界がこんな身勝手な理由で全てをメチャクチャにされたと知り、ボクは胸がきゅっと締め付けられた。
人間の負の感情から生まれたとマーズは言っていた。
だけど少しくらい……ほんの少しだけでいいから、罪悪感や良心の呵責といった気持ちは持ち合わせていないのだろうか。
「ねえ……どうして……そんな酷い事ができる訳? アンタはこの世界の人たちが今、どんな想いで生きているのか知っているの!?」
「どうして? ……全く何を言っているんだい君は。君は地球の住人だろう? 他人の領土に土足で踏み入り、蹂躙して凌辱して略奪して服従させる。こんなごくごく当たり前の日常的で普遍的で絶対的なルールが解っていない君は、本当に地球の住人なのかい?」
銀髪の少年はクスクスクスと目を閉じ愉悦に浸る。
そしてひとしきり満足すると幼い顔をやや引き締めて、銀色の双眸をボクに向けてきた。
「……僕の名前はマーズ。君たちとは縁もゆかりもないからね。僕を知らない事は承知してるよ」
「あんたが……マーズなの?」
「おや? その口ぶりだと僕の事を以前から知っている様だね。おかしいな、僕には君みたいな低脳で暑苦しい友人はいないはずだけど。……ああ、もしかしたら母竜から聞いたのかな? 人の姿をした猿たちを必死に庇っていたけれど、まだそんな元気があったんだ。……本当、彼女もしつこいね」
「お、お前が……母上を傷つけたのですか!!」
「おやおやおや? これはまた珍しい生き物だね。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ君たちに興味が湧いてきたよ。少し君たちの記憶を見せてもらうとしよう。……大丈夫。怖がらなくていいからね。古いアルバムをゆっくりと捲る様に優しく覗くだけだから」
マーズと名乗ったその少年は左手をボクらの方にゆっくりと向けた。
「「……う、うああああああ!」」
それと同時に頭の中に違和感が湧き起こる。
ザラザラとしたやすりの様なもので頭の中を擦られている、そんな不快で耐え難い鈍痛だ。
マクリーと夢の中で話していた時とは全然違う。
身の毛もよだつその愛撫が収まると、マーズは少し嬉しそうな顔をボクに向けてきた。
「……なるほど。事情がようやく飲み込めたよ。……カズキと言ったね、じゃあ君は僕の味方なんだね」
「は? ど、どういう事!? ボクの記憶のどこを切り取ったら、そんな答えが出てくるんだよ! なんでボクがこの世界の……『モン・フェリヴィント』の皆やマクリーを苦しめてるアンタの味方なんだよ! ふざけるのも大概にしろよ!!」
「別にふざけてなんかいないさ。だって君は地球……僕の世界の人間じゃないか。僕も地球生まれだからね」
「なっ……!?」
「正しくは『地球の人間が生み出した』高貴な存在なんだけどね」
悔しいけどこのマーズの言っている通り、ボクの理解はまったく追いつかない。
だけど最初の時と比べたら幾分かマーズは表情が豊かになり、あまつさえ微笑を含みながらボクを見ている。
マーズは両手を広げ、友人を諭す様な口調で語り始めた。
「……君たち地球の人間は最高さ。平気で他人を裏切り、踏み付けたかと思えば、翌日には無様にも保身に走り媚び諂う。その欲には限りがなく、手に入らなければそれを力で奪う。受けた恩すら仇で返し、自分が一番になりたいと願うその気持ちは、純粋で眩しくて美しくもある。……そんな人間の偽らざる本質———無数の想いが何千年という時を経て集まり、ゆっくりと濾過されて不純物を取り除いた結晶が、僕なのさ。僕は君のいた世界そのものとも言える存在なんだよ」
「……ち、違う! 人はそんな……そんな悪くて黒い人ばっかじゃない! アンタなんてボクの世界にいやしないよ!」
ボクは勢いよくヘルメットを取ると、乱れた髪の隙間からマーズを睨んだ。
……悔しいけど、確かにマーズが言った事を全て否定できやしない。
人生経験16年のボクだって、少なからず人の悪意に晒された事だってある。だけどそんな悪意だらけの人間なんているもんか。少なくともボクはいないと信じたい。
マーズはボクの眼光に少しも怯む事なく、逆にボクを値踏みする視線を向けてくる。
そして、ボクの台詞には肯定も否定もせずに、勝手に話を続け出した。
「……だけどね。地球は今でも僕に、素晴らしい負のエネルギーを与えてくれているけど、それだけじゃ足らないんだ。もっともっともっともっともっともっと、力が欲しい。地球から無理して奪えない事もないけど、うっかりやり過ぎて壊してしまったら、僕の帰る場所もなくなってしまう。だから僕はこの世界———母竜が生み出した世界へと足を踏み入れたんだ。この世界は地球と違って文明水準が低いから、娯楽も少なく負の感情の逃し場所が少ないからまさにお誂え向きだったよ。僕の心の欠片をほんの数滴垂らせば、それで準備は完了さ。それだけでこの世界の猿たちは互いに憎しみ合い、勝手に争い出す。……ああ、その時の感情の渦と言ったら、今思い出しても身震いをするくらい最高だったよ。そしてこの世界に核を放って銀幕を作り出し、残りの憎悪とこの世界のエネルギーを回収している段階なんだ。……ああ、そうそう。途中母竜が変な横槍を入れてきたけど、まあ僕の敵ではなかった事も付け加えておかないと。彼女の名誉の為にもね」
マクリーの歯軋り音が伝声管から聞こえてきた。
この世界がこんな身勝手な理由で全てをメチャクチャにされたと知り、ボクは胸がきゅっと締め付けられた。
人間の負の感情から生まれたとマーズは言っていた。
だけど少しくらい……ほんの少しだけでいいから、罪悪感や良心の呵責といった気持ちは持ち合わせていないのだろうか。
「ねえ……どうして……そんな酷い事ができる訳? アンタはこの世界の人たちが今、どんな想いで生きているのか知っているの!?」
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