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第一章
エピローグ
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———そしてそれは時を同じくして、とある国のとある地区での小さな奇跡。
「……おや? こんなところに何故こんなものが……」
老人が、部屋の片隅にある紙飛行機を目にしてそう呟いた。
白髪なので『老人』と言う表現は間違ってはいないのだが、その所作は矍鑠としていて、膝を伸ばしたまましゃがむ事なく床の紙飛行機を拾い上げる。
目の粗い少し厚めの和紙にも似た紙で作られた紙飛行機を手にした老人は、そのザラリとした感触と共に、孫と遊んだ記憶を呼び覚まされた。
———小さい頃から男の子の遊びばっかり好きだったなあ。
着せ替え人形やぬいぐるみと言った幼女の玩具より、ラジコンやスケートボードなどの男子が好む遊びに夢中になっていた孫は、次第にモータースポーツにのめり込んでいく事になる。
僅か10年と少しの孫と過ごした眩しい日々が、今はひどく遠い事の様に老人は感じた。
『心配かけてごめん。ボクは大丈夫』
何処からともなく、孫の声が老人の耳に届いた。
まだ耄碌している自覚はないし、同年代からも口々に「若い」と言われている。
実質上仕事をリタイアし、自ら一代で築き上げた事業を親族に託して、好きな事に費やせる時間と財力を持つ老人は、その見た目の白髪を除けば、実年齢より10歳以上は若く見える。
規則正しい生活と徹底した栄養管理。そして定期的な運動は、孫が生まれた時からずっと続けているし、これからも止めるつもりはない。
少なくとも、孫の———和希の目が覚めるまでは。
気のせいかと、手に取った紙飛行機に視線を戻す。
一瞬だけほわっと柔らかな光が、紙飛行機の中心線から漏れ出した。
見間違いではない。今度はそう確信する。
光に誘われ紙飛行機を広げると、そこに現れたものを見て老人は目を見張った。
「悟! 響子さん! ちょっとこっちへ!」
ベッドの脇で腰掛けてる息子夫婦を、老人は声を荒げて呼び寄せた。
もちろん病院内でのマナーくらいは老人も知っている。だけどそんな常識さえも上回る出来事に、老人はつい我を忘れてしまったのだ。
この病室は個室なので、周りに迷惑が掛かる事がなかったのが幸いだ。
「ちょっと父さん。そんなに大きな声を出さないでくれよ。いくら個室と言っても病院での大声はマナー以前の問題だ。……もっともそれで和希の目が覚めるのなら、僕も規則を破る事に、なんらためらいはないのだけど……」
「ええい。今はお前の堅苦しい講釈を聞いている時ではない。……とにかくこれを見てみろ」
そう言って老人が広げた紙を、二人は覗き込むように見た。
「こ、これは…………!」
クレヨンにも似た顔料の、やや太めの筆跡に驚愕すると、二人は互いに顔を見合わせた。
『かならずかえる まってて 大好き』
急いで書いたからだろうか。文字も乱れていてひらがなが多い。だけど『大好き』の文字だけは、他と比べて一際大きく書かれていた。
「これは和希が書いたものだ。ワシには分かる」
「お義父さん……そんな……そんな事ある筈ないわ。だって和希はそこで寝ているじゃないですか……一度も目を覚まさずにずっと……」
「響子さん……それに悟。あんた達にワシは感謝しておるよ。ワシにとってたった一人の可愛い孫娘は、悟たちにとっても可愛い一人娘だ。そんな目に入れても痛くない一人娘を休みの度に連れ回し、好きな物を惜しげもなく買い与え孫と遊ぶワシは、側から見ればただの放蕩ジジイだ。だけど遊びは教えてあげられても、仕事一筋で学のないワシが教えてあげられる事はそれだけだった。……だからこそ、これが和希が書いたものだと分かるんだよ」
老人はそう言って紙に指差し説明を続ける。
「ワシは和希に買い与えたものにはちゃんと自分の名前を書く様に、それだけは口を酸っぱくして言い続けたんだ。……大切な物をなくしても、それが見つかりやすい様に。贅沢に与えられる事に慣れず、貰った物は大切に、愛着を持ってくれる優しい子に育って欲しいと。だからあの子のクセのある字は、見間違う訳がない」
老人はそういうと、『か』と『ず』と『き』の文字を順に指さした。
特に『か』の字は右側の線が長くて、確かにクセが強い。
「あの子が小さい頃からその側で、名前を書いているのを見てきたワシには分かるんだ」
「どう言う事……だって和希はここにいるじゃない。あの事故から一度も目を覚さない和希に、書ける訳がないじゃないですか。……もしかして、和希はここじゃない何処かにいるって事なの?」
「響子、落ち着いて。……父さんの言う事は荒唐無稽で根拠が薄い。もしかしたら、誰かのイタズラって可能性もある。僕は現実的じゃない話は信じないたちだ」
「相変わらずお前はお堅いな」
「……だけど今回だけは、父さんの言う事を信じてみようと思う」
男は眼鏡を一度かけ直しそう言うと、レンズ越しに老人を見た。
「あの子が『かならずかえる』と言ってきたんだ。ワシらはそれを信じて待とうじゃないか」
「……そうね。カズキは本当に頑固者で、言い出したら周りの言う事をまったく聞かない子だけど、約束を破った事は今まで一度もなかったわ」
女は持ち前の大らかさを取り戻し、ニコリと笑う。男はそれに安心したのか、老人に話を戻した。
「それじゃ、僕らよりも和希をよく知る父さんに質問だ。和希は今、何をしていると思う?」
「……そうだな。あの子にも曲がった事が大嫌いで、自分の思った事に愚直に進む若月家の血が流れているからなぁ。……きっと、ワシらと同じくらいに大切だと思う何かを見つけて、戦ったり競ったりしてるんじゃないかな」
老人はそう言うと、悪戯混じりの笑顔を見せた。
「何せあの子は、生粋の操縦者だからな」
少しばかり開けられた病室の窓からそよそよと、優しい風が舞い込んできた。
その風はベッドで寝ている少女の前髪を、撫でる様に優しく揺らす。
老人の目には確かに、風を受けた孫の顔が気持ちよさそうに緩むのが見えた。
「……おや? こんなところに何故こんなものが……」
老人が、部屋の片隅にある紙飛行機を目にしてそう呟いた。
白髪なので『老人』と言う表現は間違ってはいないのだが、その所作は矍鑠としていて、膝を伸ばしたまましゃがむ事なく床の紙飛行機を拾い上げる。
目の粗い少し厚めの和紙にも似た紙で作られた紙飛行機を手にした老人は、そのザラリとした感触と共に、孫と遊んだ記憶を呼び覚まされた。
———小さい頃から男の子の遊びばっかり好きだったなあ。
着せ替え人形やぬいぐるみと言った幼女の玩具より、ラジコンやスケートボードなどの男子が好む遊びに夢中になっていた孫は、次第にモータースポーツにのめり込んでいく事になる。
僅か10年と少しの孫と過ごした眩しい日々が、今はひどく遠い事の様に老人は感じた。
『心配かけてごめん。ボクは大丈夫』
何処からともなく、孫の声が老人の耳に届いた。
まだ耄碌している自覚はないし、同年代からも口々に「若い」と言われている。
実質上仕事をリタイアし、自ら一代で築き上げた事業を親族に託して、好きな事に費やせる時間と財力を持つ老人は、その見た目の白髪を除けば、実年齢より10歳以上は若く見える。
規則正しい生活と徹底した栄養管理。そして定期的な運動は、孫が生まれた時からずっと続けているし、これからも止めるつもりはない。
少なくとも、孫の———和希の目が覚めるまでは。
気のせいかと、手に取った紙飛行機に視線を戻す。
一瞬だけほわっと柔らかな光が、紙飛行機の中心線から漏れ出した。
見間違いではない。今度はそう確信する。
光に誘われ紙飛行機を広げると、そこに現れたものを見て老人は目を見張った。
「悟! 響子さん! ちょっとこっちへ!」
ベッドの脇で腰掛けてる息子夫婦を、老人は声を荒げて呼び寄せた。
もちろん病院内でのマナーくらいは老人も知っている。だけどそんな常識さえも上回る出来事に、老人はつい我を忘れてしまったのだ。
この病室は個室なので、周りに迷惑が掛かる事がなかったのが幸いだ。
「ちょっと父さん。そんなに大きな声を出さないでくれよ。いくら個室と言っても病院での大声はマナー以前の問題だ。……もっともそれで和希の目が覚めるのなら、僕も規則を破る事に、なんらためらいはないのだけど……」
「ええい。今はお前の堅苦しい講釈を聞いている時ではない。……とにかくこれを見てみろ」
そう言って老人が広げた紙を、二人は覗き込むように見た。
「こ、これは…………!」
クレヨンにも似た顔料の、やや太めの筆跡に驚愕すると、二人は互いに顔を見合わせた。
『かならずかえる まってて 大好き』
急いで書いたからだろうか。文字も乱れていてひらがなが多い。だけど『大好き』の文字だけは、他と比べて一際大きく書かれていた。
「これは和希が書いたものだ。ワシには分かる」
「お義父さん……そんな……そんな事ある筈ないわ。だって和希はそこで寝ているじゃないですか……一度も目を覚まさずにずっと……」
「響子さん……それに悟。あんた達にワシは感謝しておるよ。ワシにとってたった一人の可愛い孫娘は、悟たちにとっても可愛い一人娘だ。そんな目に入れても痛くない一人娘を休みの度に連れ回し、好きな物を惜しげもなく買い与え孫と遊ぶワシは、側から見ればただの放蕩ジジイだ。だけど遊びは教えてあげられても、仕事一筋で学のないワシが教えてあげられる事はそれだけだった。……だからこそ、これが和希が書いたものだと分かるんだよ」
老人はそう言って紙に指差し説明を続ける。
「ワシは和希に買い与えたものにはちゃんと自分の名前を書く様に、それだけは口を酸っぱくして言い続けたんだ。……大切な物をなくしても、それが見つかりやすい様に。贅沢に与えられる事に慣れず、貰った物は大切に、愛着を持ってくれる優しい子に育って欲しいと。だからあの子のクセのある字は、見間違う訳がない」
老人はそういうと、『か』と『ず』と『き』の文字を順に指さした。
特に『か』の字は右側の線が長くて、確かにクセが強い。
「あの子が小さい頃からその側で、名前を書いているのを見てきたワシには分かるんだ」
「どう言う事……だって和希はここにいるじゃない。あの事故から一度も目を覚さない和希に、書ける訳がないじゃないですか。……もしかして、和希はここじゃない何処かにいるって事なの?」
「響子、落ち着いて。……父さんの言う事は荒唐無稽で根拠が薄い。もしかしたら、誰かのイタズラって可能性もある。僕は現実的じゃない話は信じないたちだ」
「相変わらずお前はお堅いな」
「……だけど今回だけは、父さんの言う事を信じてみようと思う」
男は眼鏡を一度かけ直しそう言うと、レンズ越しに老人を見た。
「あの子が『かならずかえる』と言ってきたんだ。ワシらはそれを信じて待とうじゃないか」
「……そうね。カズキは本当に頑固者で、言い出したら周りの言う事をまったく聞かない子だけど、約束を破った事は今まで一度もなかったわ」
女は持ち前の大らかさを取り戻し、ニコリと笑う。男はそれに安心したのか、老人に話を戻した。
「それじゃ、僕らよりも和希をよく知る父さんに質問だ。和希は今、何をしていると思う?」
「……そうだな。あの子にも曲がった事が大嫌いで、自分の思った事に愚直に進む若月家の血が流れているからなぁ。……きっと、ワシらと同じくらいに大切だと思う何かを見つけて、戦ったり競ったりしてるんじゃないかな」
老人はそう言うと、悪戯混じりの笑顔を見せた。
「何せあの子は、生粋の操縦者だからな」
少しばかり開けられた病室の窓からそよそよと、優しい風が舞い込んできた。
その風はベッドで寝ている少女の前髪を、撫でる様に優しく揺らす。
老人の目には確かに、風を受けた孫の顔が気持ちよさそうに緩むのが見えた。
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最後まで読みました! こういう結末になったのですね。思わずうるうるとしてしまいました。カズキとジェスターの二人がどうなっていくのか。そしていつかまたかえる日がくるのか。未来に気持ちをつなげてみようと思います。
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうござました!(*´꒳`*)
カクヨムでは第二章まで書いており、完結してえおりますので、よろしかったら是非!
56話まで読みました。今回は早くきましたw
二人の関係が少しすすんで、どきどきですね!!
ありがとうございます!( ^∀^)
カズキとジェスターの距離感がどうなっていくのか、ご期待くださいませ!
51話まで読みました。ほんと読むのがゆっくりですみません。
間一髪で助けがやってくるところいいですね!!
あとついでに一部ルビが正しく表示されていないようです~。
ありがとうございます〜!
ルビのご報告も感謝です! 修正しまーす!