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第一章 幸せのありか
45 side樹理
しおりを挟む古きよき下町の雰囲気がそっくりそのまま残ったような場所に、おおよそ不釣合いな黒のセダン。
診療所から出た哉に運転手が黙ってドアを開けている。
礼も言わずに乗り込む哉に、ああやっぱりこの人は自分とは全然違う世界に住んでいるんだなと思い知らされる。どうぞと言われて何とか哉のあとに続いて乗る。
哉の車とはまた違うのだが、起き上がるのに苦労しそうだ。身が沈むかと言うほどシートが柔らかい。いつ走り出したのかも分からないくらい制動が良かった。
ちらりと哉の方を見たら、腕を組んだまま外を見ていて、頬の輪郭しか見えなかった。
それさえもじっと見ていることが出来なくて慌てて顔を戻す。ルームミラーに映る、自分の父よりも少し若いくらいの運転手と目が合って、さらに慌てて俯いた。
何も言われなくても、行き先は分かっていたのだろう。車内は無言のままで、車は見慣れたマンションの前に止まった。
どうするべきなのだろう。開けてもらうまで待つべきか、自分だけ降りるべきか。
逡巡している間に運転手が降りてドアを開けてくれた。
お金持ちイコール外車、と言うイメージしかなかったが、この車は国産車だ。なので篠田は車道側から回ってドアを開けに来たのだから、逡巡どころかかなりの時間、樹理は迷っていた。目は哉をみて、どうしたらいいですかと聞いているのに哉は全く気づいていない様子で、篠田は苦笑した後、降りてドアを開けた。哉は乗るときは開けさせてくれるが、降りるときは勝手に降りてしまう。
「すいません、ありがとうございました」
わたわたと車から降りた樹理が顔を赤くしながらぺこりと頭を下げる。
哉はそのまま会社に行ってしまうものだと思っていた樹理が声をかけようと車に向き直るとちょうど哉が降りるところだった。
「あの、仕事は?」
おずおずと聞いた樹理に哉が歎息した。
「キーを持っていないだろう。篠田、すぐ戻る」
運転手の、篠田の返事を聞いて哉がすたすたと行ってしまう。
「えっと、すいません。ご迷惑おかけしました」
再びぺこんとお辞儀をして、樹理が駆け足で哉を追いかける姿を篠田が複雑な心境で見送った。
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