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第二章 恋におちたら
33 side哉
しおりを挟む「えっ? ええっー!?」
色素の薄い茶色い瞳がこぼれそうなくらい見開かれている。ねぎを取り落としたのにも気づいていない様子だ。
「………辞めた?」
やっとのことで搾り出しましたというような、かすれた声が小さく聞こえた。
「ああ」
「仕事を、辞めた?」
信じられないのか、哉の返事も聞いていない様子でつぶやいている。どこか一点を見つめていた瞳がゆらりと揺れて、下を見ている。
「どうした?」
しばらくじっとうつむいたままの樹理に、カウンター越しに哉が声をかける。
「……それって、私がここにいるからですか?」
小さな声だったけれど、静かな室内に響いたように感じる。
「そうだとも、違うとも言える」
否定しない哉の言葉に、樹理がはっと顔を上げる。
「誤解するな。樹理はただのきっかけだ。他にすることがなかった、だから仕事をしていただけで、別にいつ辞めても、続けてもよかったんだ。でもまあ、煩わしいことは避けたい。樹理のせいで辞めたわけじゃない。俺は自分の決断を誰かにゆだねることはきらいだから」
誰かがこういったから、ああしたからと、人生の、主に悪く転がった方の転機を誰かのせいにするのは昔からいやだった。人のせいにしたからといってこれまでの出来事がなくなるわけではない。選択が無効になって、やり直せるわけでもない。そんな無駄なことをするくらいなら、全て自分の責任で切り開く方がいくらかましだ。これまで生きてきて一度も後悔をしなかったわけではないが、しかたが問題だと考えている。
「それに、今までどおり仕事をしていたら……家にいる時間が減るだろう」
「……家にいる、時間?」
「ああ、まだ読めてない本が山積みなんだ」
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