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第二章 恋におちたら
32 side樹理
しおりを挟むなんだかどっとと疲れた。明日の昼学食で会う約束で真里菜の家を辞したが、学校を休むのはだめかしらと思ってしまうくらい後ろ向きだ。
それでも今日の晩御飯の食材を買い込んで、樹理はマンションに帰りドアを開ける。
広い玄関に、靴がある。ぽいっと投げ出されて転がった哉の靴が。
今日から仕事に行っているはずで、以前一緒に暮らしていたときのことを思い出しても、こんな時間に哉がいたことはない。仕事ならまだ帰ってきてはいないはずの時間なのに。
奥に進むとテレビの音が聞こえる。夕方のニュースはちょうど天気予報の時間帯だ。キッチンに食材を置いて、和室に向かうため通るリビングは一見して誰もいないように見えた。
ソファにごろんと横になって、哉が寝ている。頭の下には先日買ったばかりのシャチが枕代わりに使われていて、ネクタイをはずした白いワイシャツの胸元に重そうな洋書が開いたまま乗っている。
起こしてもいいものか、声をかけようか樹理が迷っていると、突然哉の目が開いた。
「ひゃ」
まじまじと見つめていた樹理が、びっくりして小さな声を上げる。哉のほうも、そこに樹理が立っていることを理解するまで数秒かかったらしく、ゆっくり瞬きをして身を起こす。
「た、ただいま、かえりました」
「……ああ」
だるそうに首を回して本を閉じ、テレビを切る。
「もうこんな時間か」
七時になろうとしている時計を見てそうつぶやいて、猫のように伸びをして。
「今日はちょっと遅い?」
連休の中日の帰宅時間よりかなり遅い。
「今日はえっと、その、お友達の家に寄っていたので。すぐご飯作ります」
ぱたぱたと走って、樹理が学校の荷物を和室においてキッチンへ向かう。
長い休みの後だしきっと帰りが遅くなるだろうと予想していたのに、早い。というか、早すぎる。
「あの、氷川さん、会社は……?」
ふと、疑問に思って樹理が聞くと、哉はなんでもないようにさらりと応えた。
「ああ、辞めてきた」
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