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第二章 恋におちたら
70 side哉
しおりを挟む藤原の言葉に、哉が薄く嘲う。
「一体何のためにこんなことをしてくれたんですか……今日一日……いや午前中だけの半日でうちは個人の純預け入れ高が前日比の四十八%まで落ちたんですよ? 借り入れ高は十五%減だ。他にも金融商品からの撤退の申し入れやら大口顧客が朝からそろって資産を引き上げにかかってくれて、行員たちはなにが起こったかと慌てふためいていますよ」
「月曜の朝にはニュースになっているかもしれませんね」
「氷川君っ!」
しれっとした態度を崩さない哉に、藤原が腰を浮かせかける。
「何のために? 大事なもののためにですよ」
ソファの背もたれに身を預けて、哉が少しだけ胸をそらす。
「藤原さん、誰とどういう取引をしたのか知りませんが、僕があなたの娘と結婚することはありませんよ? あなたの娘が樹理にしていることをあなたが知らないとは言わせません。時間に対して行動がエスカレートするのが早すぎる。おそらくあなたが昨日辺りに、あの子に免罪符を渡したのでしょう? どんなことをしてもかばうから、樹理をとにかく排斥するように」
逃れられないよう藤原の目を視線で捕まえる。
「刃物を振り上げて髪を切り、一歩間違えば顔に傷を負わせるようなことでも、あなたが子供たちのちょっと遊び、その延長で少しやりすぎただけだというのなら、僕のこの遊びもそんな程度ですよ」
「な、なにを証拠に……けがも何もなかったと聞いている。髪などすぐに伸びるじゃないか。大体娘のことと銀行のことは関係ないことでしょう!?」
「証拠? そんなものありませんよ。そうですとも、あなたにとっては、この件は関係ないことだから。でも僕にとっては同じくらい大事なことなんですよ。少なくともそう……あなたの銀行での立場と世間体以上には」
あくまでも笑みを崩さずに哉が畳み掛け、立ち上がってカウンタテーブルに置いていた携帯電話を取り、藤原を見つめる。
「来週頭に娘さんをどこか別のところへ転校させてくれるのなら、いろいろと考えてみてもいいんですが、このままだとついうっかり、あの人のアドレスをなくしてしまいそうで」
ぴっぴと軽い電子音が、張り詰めた空気のせいなのか心なしか大きく響く。
「……なにも、娘を転校させなくても……! 今回のことはこちらに非があったと認めますよ。そして二度とちょっかいをかけたり、近づかないよういい含めましょう。娘と一緒にいたくないというのならそちらが動いていただけたらいいだけの話ではないですか」
「あなたが止めろといったところで止めるような人には見えませんでしたからね。売られた喧嘩を受け流し続けるのは結構神経を使うんですよ。僕としてもあなたの娘をもう二度と見たくもない、というのも理由の一つですね。どうしてこっちが折れなくてはならないのか理由を簡潔に教えていただけませんか?」
携帯電話をいじりながら、哉が再びソファに座る。
娘か銀行か。藤原は哉の父ほど極端ではないにしろ、どちらかというとそちらよりの考え方の人間だ。樹理の父親のように、娘をとったりはしない。大体、本当に娘がかわいいのなら、そんなことはさせないはずだ。考えているようなフリをしているが、頭の中ではもうすでに答えは出ているはずだ。
「……わかりました。転校させましょう」
長いため息のあと、藤原が答えを出した。
「だから今すぐ資産を元に戻してくださるようお相手にご連絡をお願いしますよ」
「イヤです」
唇の端だけで笑顔を作って哉が即答する。
「そちらが手続きを終えられるのを見届けてからですよ。今から向かえばまだ事務処理は間に合うでしょう? 学校も銀行も」
携帯電話をパタンと閉じて立ち上がる。もしかしたら樹理を追い越してしまうかもしれないなと思いながら。
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もう一方の話、4章目で夫婦喧嘩してた原因はこれ。
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