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セカイデ イチバン
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しおりを挟む少なくなった自分のグラスに氷を入れて、一般ルートでは入手できないと言われている小さな醸造元の焼酎を注いでロックでぐいっと飲み、哉の視線に気付いて、みなまで言うなとばかりに手で制す。
「焼酎のカロリーは言わないで。知る人ぞ知る幻の焼酎が不味くなるから。でもホントに全部貰っちゃっていいの? 超無造作に二本開けちゃってるけど、速人君が今飲んでるカルヴァドス、百パーセント林檎で出来てるのってめちゃくちゃ希少品だし」
「いいんじゃないの、要らないつってんだから。まぁそう何度も面倒掛けられても困るし、コレも反省の弁? こんな美味いもん流し捨てるとか、信じられん。排水溝より俺たちの喉通るほうが酒も喜ぶでしょ。うわ、入れすぎた」
色付きの細口ビンの中に丸のまま一個林檎が入っている酒を、コロンと丸いブランデーグラスに傾けて、ムダ話をしていた速人が注ぎすぎて慌ててビンを上げている。アルコールの芳醇な香りと、かすかに林檎の香りが混じっている。
そう。
件の過去からまだ半年と少し。なのに哉の自宅リビングには、なぜか着々と酒が集まりつつある。もともと強くはないが全く飲めないわけではないし、それなりの酒は実際美味い。仕事と割り切れば酔うこともない。接待はするよりされる方が多いのだが、その際、入手困難なものや、大抵高価な酒が供されたときその酒を褒めるのがいけないらしいが、どうだとばかりに見せ付ける相手の自尊心をくすぐるのは、ビジネスを円滑に進めることへの一助となることは確かなので、話題の中で反射の行動として身に付いてしまっているのだ。
すると後日、どーんと届けられるのだ。酒が。さらにマメな相手だと、二月と空けずに贈られて来る。
樹理が再び哉の元で暮らすようになってから、幾度か神崎家から食事の招待があり、手土産を持って行っていたのだが、何度目かの時たまたま届いた酒を持っていった時、さすがの逸品に『貰っていいのか』と聞いてきた理右湖に『いらないなら捨ててる』と答えた哉になんと罰当たりなと速人が懇々と説教を垂れて『捨てるものなら貰う』と締めくくった。
そして九月になってもまだまだ夏を思わせる日々の続く本日、一家総出でやってきて、夕食を食べて現在に至り、神崎家の二人の娘たちがやかましくテレビの前を占領し、揃ってザルを自負する速人と理右湖は早速自分の好みの酒の封を切ってすでに各々半分近く空けている。
「んもー! 椿ってば強すぎっ 速人君代わってっ カタキ(敵)討ってー」
大人たちが取留めの無いことでわいわいやっている間も、二人で何度も対戦していたが、ついに桜が音を上げ、コントローラを放り投げるように手放してバンザイをしている。呼ばれた速人はしょうが無いなと言いながらも呼ばれたことには悪い気もしないらしく、大げさに指を鳴らしながら桜と場所を代わって少しの間、走るコース選びで椿と揉めて、ジャンケンして大人げなく勝ち、己の得意なコースを選択してレースを始める。
が。
「へっへーん。速人君が選ぶコースなどやり倒しておるのだよ!! 飲酒運転でこの私に勝とうなど甘いのだっ」
三戦三勝したのは、椿だった。
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