幸せのありか

神室さち

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セカイデ イチバン

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 しっとりとした無音の部屋で再びソファに寝転んで無意味にシャチを撫でたり捻ったりしながらこの消化不良感について考える。


 静かな、普段どおりのリビング。客を迎えたのは初めてではないし、以前真里菜と翠が来た時などは桜と椿以上にやかましかったように思うのに、その時はこんな気持ちにならなかった。それに、幾度か行った神崎家の食卓でも、哉はいつもと同じように黙々と理右湖たちが作った料理を食べているだけだった。車で行っているし、診療所が夜間診療指定されていない日を選んぶとなぜか平日が多いことから、持ち寄ったデザートを食べたら長居せずに暇(いとま)するので喋っているのはほとんど樹理ばかりだった。


 前の時と今回と、なにが違うのだろうと比較してみて、やっぱり明確に違うのは哉の発言量だと言う結論に至る。夏休みの平日、真里菜たちがやってきた時も、元もとの予定通り彼女たちは夕食まで居座っていたが、哉はいつもよりちょっと無表情に磨きがかかっていたものの、口の方はどちらかと言うと通常営業で、理右湖が言うところの『十割喋らない』状態だった。


 そこまで思いを巡らせて、寝転がったまま肩まで動くようなため息をつく。このもやもやの理由が分かってしまった。これは、嫉妬だ。哉と沢山喋っていた理右湖たちがうらやましくて仕方なかったのだ。



「………ばか、みたい」



 誰にでも平等に無口なのだと思っていたのに、今日の哉は樹理もびっくりするくらい喋っていた。と言うより、びっくりしてしまって樹理は相槌一つも会話に交われなかったのだが。



「そんな風に、思っちゃダメなのに。全然、そんなのじゃないのに」



 別に、何か気に障るような内容の会話などなかった。哉は質問に答えていただけだ。頭ではまるで見当違いだと理解できても、気持ちは、心は、納得できない。認識してしまうと、もやもやに色がついたような気がする。正体が分からないうちは濃淡はあれどグレーだったのに、どんどん黒に近づいていく。

 だんだん真っ黒になったソレが、本当に体の中に存在しているようにへその辺りがぐるぐるする。


 自分の中に見つけてしまった、知りたくなかった感情に目を閉じても目が回っているような、大小の波に飲まれる小さな船に乗っているような酩酊感。


 そんな感覚に身を任せているうちに、いつの間にか時間は過ぎて不意にがちゃりと玄関のカギが開錠されてドアが開く音が響く。


 条件反射のように玄関へ出迎えに行こうと起き上がりかけて、樹理の中で何かが待ったをかける。中途半端に起こした上体を再びぽすんとソファに預けて、ほとんど聞こえない足音に耳を澄ます。他に音が無いのだから、意識して追えばその足音は一定の速度で近づいてくる。



 部屋を見渡している気配。目を閉じていても、否、目を閉じているからはっきりと分かる気配。

 ソファの背に隠れた樹理に気付いているのかいないのか、哉の気配は自室へ消え、すぐに現れる。


 すたすたとまっすぐ樹理のいるソファの方へやってくる気配。気付かれたのかと目を開けると、逆さまにびっくりしたような顔をした哉と目が合った。ちょっと行き過ぎて立ち止まっているところを見ると、和室へ向かっていたのか。


 そのまま、数秒。いつもとは逆の視点。哉はいつもこんな風に自分を見上げているのかなとじっと見つめる。



「……氷川さんは、絶対、サボってるんです」


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