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愛し君へ
8 side琉伊
しおりを挟む「ところで、お母様。ちょっとそれ、渡してもらえます?」
「な、んのことかしらね?」
「個人情報の保護に関する法律、ってご存知ですか? お母様の行為は、完全に犯罪です」
本人も、後ろ暗いことは自覚しているのだろう。挙動が不審だ。
「もし仮に……哉が出るところへ訴え出れば、お母様は確実に前科が付きますね。玄関ですれ違ったんですが、アレは相当、怒ってる様子でしたよ?」
わが子が親を訴えるはずはない、と言う意見は、言わせるまでもなく封じる。
何を夢見ているのか知らないが、哉は生まれてこの方、この人の事を母親だと認識したことはないことなど、本人も言っていたが明々白々ではないか。どうしてそうも根本的なところで思い違いができるのだ。
「そんなものが、お母様の手元にあれば、十分な証拠になりますよ」
さあ、どうされますか?
「私の方から、そちらの資料は全て哉に渡して、なかったことにしてもらえるよう頼んでみます。多分、燃やして捨てたとしても誰も信用しませんから、その時はこの家に警察が乗り込んで家宅捜索と相成ることは必至」
こちらに渡してくださいと、伸ばした琉伊の手に、しばらくの間躊躇しているそぶりだった母が、無理やり資料を突っ込まれて膨らんだ封筒を向ける。
「これ以外には?」
「ないわよ! あんな女のものなど、持っていたくないもの!!」
ならなぜこんなものを入手したのだ。と、問うたところで明確な答えが返ってくるわけがないので、代わりに短い溜息で気持ちを切り替える。
「ホントにもう、金輪際、こういうことはやめてくださいね」
どうしてこうもこの人は、面倒なことばかりしでかしてくれるのだろうか。
「じゃあ私も帰ります」
「どうして? 今来たところじゃないの。もう少しゆっくりお茶でも飲んでいけば……」
「善は急げというじゃないですか、お母様。哉が何かやらかす前に私から謝罪に……と思ったんですが、のんびりお茶して行っていいんですか?」
お茶でも飲んで、何を話せというのか。いや、この人の場合は、一人マシンガンのように喋り倒す。どうせ出てくる話題はこの封筒に関するネタだろう。その辺り、彼女は琉伊が味方だと信じているので、樹理に対する罵詈雑言、これっぽっちも遠慮しないだろう。ひたすら暴言のサンドバックになるのは、妊婦としては遠慮したい琉伊だ。
琉伊が味方だと思い込んでいるのは、別段不思議でもなんでもない。琉伊がそういう態度を取り続けているからだ。味方を匂わせて牽制はするが、胎教によろしくない暴言は甚だ遠慮申し上げる。
「ではお母様、ごきげんよう」
最後はニッコリ笑顔を振りまいて、目的の物の回収と言うミッションを終了させた琉伊は、車に乗って哉に資料回収の報告と、萌花の引き取りの際に引き渡す旨をメールでしたのち、さっさと実家を後にした。
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