ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

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本編

1-1

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 その少女は、昼間の殆どの時間を旧王宮図書館の、誰も入ってこないような忘れられた片隅でただひっそりと本を読んでいた。

 博識だったと言う先々王が建てたと言う旧図書館は、時折思い出したように誰かが探し物をしに来るくらいで人の出入りはほとんどない。

 以前管理していた老爺の真似をして、少女が風を通すために窓を開け閉めし、ほこりを掃除している。あちこちが古びているがとても立派で、読んでも読んでも本が尽きる事はない。


 だから、この国が東からやってきてその途中にある国々をあっと言う間に征服した、言葉も碌(ろく)に通じない蛮族とも言うべき異国人に戦を吹っかけられている事も、国中が上を下への大騒ぎだと言う事も、他人と話すことのない少女にはそんな情報が届くはずもなく、少女はいつもと同じように平和な日々を過ごしていた。


 少女の名はミーレン。

 多分十六歳くらい。

 と言うのも、彼女は自分の誕生日を知らない。幼いころ、この国の第三王女と同い年だと言われたので、王女の誕生日を祝う式典が来るたびに自分の年を確認している。


 なのでその日も、天井に近い窓を少しだけ開け、決めていた書棚の掃除を行ったあと、日がな一日図書館の隅っこで本を読んで過ごした。

 差し込む光の傾きで時刻を見て窓を閉め、更に真っ暗になるまで少し眠って、そろそろと使用人の食事を作っている厨房へ移動し、いつも通り殆ど残飯に近いような食事にありつく。

 そして、誰もが寝静まったころに大勢が使った後の温く汚れた湯で体を洗い、結局いつから洗っていないのかもしれない服を再び着て、ミーレンは巣にしている厨房の脇の下働きの食堂にある暖炉の横で粗末な毛布に包まって眠った。


 なので、その次の朝も王宮で働く人々に供される朝食を作るため、早くから動き出す人の足音を聞きつけて、蹴られないうちにともぞもぞと起き出したのだが、何やら様子が違っていた。

 ミーレンの周りに数人の男女が立って何やら相談している。


 すだれのように顔にかかった黒髪越しに、びくびくと窺うが、何がなんだか良くわからない。

 とりあえず、集団で蹴ったり殴ったりされない事だけ祈りながら、ミーレンはそのまま蹲ってじっと待った。


「コレが?」

「ハイ、そうです。この子がミーレンです。間違いありません」

 高飛車に問う男に、ここで一番偉い筈の料理長がペコペコ頭を下げながら応えている。

「……また、こんなに小汚く……この子の管理を任されていた者は誰だ!?」

「……え。あの……図書館、古いほうの図書館掃除の爺さんが面倒見てたんですが、爺さんも一昨年の冬に死にまして……なにせ、何にも喋れない子で……爺さん以外に懐かないし……一応ここにいるモンで面倒は見てきたんですが、見ての通りで風呂に入るのも嫌がるモンで……」


 それは違う。誰もミーレンの事など気に掛けもしなかった。風呂だって、誰も入れと言ってくれなかった。

 王宮に勤める者は三日に一度は使用人のための大浴場での入浴が義務付けられているが、むしろミーレンが行くと誰も一緒に入りたがらず追い出された。

 なので仕方なく、夜中にコッソリ体を洗っていたけれど、暗がりの中で誰かに見つからず手早くしなくてはならないので、余りきれいになれない。そしてさらに汚れて行って……入りたくても入れてもらえないのが悪循環になったのだ。


「喋れない……?」

「へぇ 全く。ここにいる連中みんな、この子が喋った声なんて一度も聞いたことない筈ですよ」

 料理長の言葉に、下働きたちが頷いているのが気配で分かる。


 それは本当だ。

 ただし、喋れないのではなく、喋らないのだが。

 だって、誰もミーレンに積極的に話しかけるような人間はここにはいないのだから。

 小さい頃からミーレンが何か話しかけてもまともに相手をしてくれなかったし、今現在に至っては、みんな臭い物を見るような目を向けて──まあ、自分自身慣れたとはいえ臭いと思うが──あからさまに無視してくれたのだから。


 それは、母親が死んだあとに世話をしてくれていたお婆さんも例外ではなかった。

 いつも厄介なものを押し付けられたとだれかれ構わず愚痴を言っていた。

 彼女の仕事はミーレンの世話だけだったのだが、食事を食べさせなくてはならないほど小さくもなく、あれこれ手を焼くほどわがままでもなく、ミーレンはむしろおとなしい子供で身の回りのことは大体一人でできた。

 時折汚れが目立ち出したら替えの服を渡してくれるくらいだったので、暇で暇でしょうがなかったのだろう。


 それを見かねたのか、旧図書館の掃除夫だった老爺がミーレンの相手をしてくれていた。

 お婆さんが井戸端会議に精を出している間、ミーレンに言葉を、文字を、それ以外にもたくさんの知識を与えてくれたのはその老爺だ。

 ミーレンはいつかここを出て、自由に生きるべきだと、ミーレンを大切にしてくれたのはその老爺ただ一人だった。


「……まあ良い。生きていればそれで。連れて行け」

 どうやらこの中で一番偉いらしい男がそう言うが、男の周りにいた身奇麗な女性はミーレンに触れるのを躊躇している。

 ただ一人積極的にミーレンの面倒を見てくれていた老爺にいつも『本は大事なものだから汚い手で触ってはいけない』と教えられてきて、その言いつけを守ってきたたので、手だけは綺麗なんだけどなと思いながら、ミーレンは自分から立ち上がった。


 従う意思を見せたミーレンに、連れて行けと命じられた女性はあからさまにほっとした様子だった。

「こっちよ、いらっしゃい」

 女性に促されて、ぺたぺたと裸足でその後を付いていく。

 着ているワンピースは、亡くなったお爺さんがくれた一張羅で、元の色が分からないほど汚れ、ところどころほつれている。

 三年近く着たきりスズメで全く寸法が合っておらず、やせて骨が目立つ膝小僧よりも上だ。靴はずいぶん前に小さくなり壊れてから入ていない。

 そんなことは意に介さない様子のミーレンに、女性はため息をついた。

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