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本編
1-2
しおりを挟む長い長い廊下をひたすら歩いて、まず連れて行かれたのは浴室。
しかしそこはミーレンが良く知る大浴場ではなく、それなりに広いが個人で使う場所のようだ。
服を脱げと言われて素直に従う。汚いワンピース一着で、下着すら付けていないミーレンを見て、綺麗なドレスを着た女性は天を仰いだ。
「まずは湯に浸かりなさい」
体を洗わずに湯に入っていいのかと戸惑うミーレンに、女性がため息をついた。
「構いません。入りなさい。十分ふやけた頃に垢すり女を寄越させるからそれまでは湯から出ないこと。いいわね?」
そうっと足をつけて、久しぶりの熱いほどの湯に戸惑いながらも体を沈めたミーレンを見届けてから、そう言いおいて女性が浴室から出て行った。
一人残されて、仕方がないので心の中で数を数える。
千をいくつか越えた頃にやっと誰かが浴室のドアを開けて入ってきた。
大柄な女性で、これが『あかすりめ』かぁと思って立ち上がろうとしたら湯中りを起こしてくらくら倒れてしまった。そして視界が暗転し、気付いたら木の台にうつ伏せに転がされて背中をゴシゴシ削られていた。
「コレ、まだちょっと動くんじゃないよ。ここが終わったら水を飲ませてやるから。ああ本当に擦り甲斐のある体だね、コレは」
途中、水を飲まされて何度か汚れた湯に逆戻りさせられながら、全身を擦られた。最後に浴室に戻ると、ドロドロに汚れていた湯が捨てられて、新しい少し温めの湯に替わっていた。
擦られて少しヒリヒリする二の腕をさすりながら、命じられて湯に浸かっていると、今度は別の女たちが現れて、伸ばし放題でごわごわの頭を洗われた。
いつから櫛を通していないのか分からない、所々毛玉になっている長い髪を女性たちは根気良くほぐして梳っていく。
頭皮も指の腹で揉み解され、心地良さにうつらうつらとしているうちに洗髪と手入れは終わったらしく、女性たちが静かに去っていく。
なんだか良くわからないことが続いたが、これで終わりだろうと勝手に湯から上がったところで先ほどの女が現れた。
「私が良いと言うまで浸かっていなさいと言ったでしょう。まぁいいわ。いらっしゃい」
体からぽたぽたと雫を垂らしながら、ミーレンが女性の後を付いていくと、先ほど髪を洗ってくれたものたちが真っ白の大きなタオルで体を拭いてくれたが、まだ服は着せてもらえなかった。
今まできていた汚い服は……あの服は汚くてボロボロだったけれど、一番優しくて時々厳しかった老爺がくれたもので、ミーレンが持っている唯一のものだったのでほんのちょっぴり未練があったが片付けられて跡形もない。
初めて触れる柔らかいタオルに包まれたまま、ミーレンが女性の後についていくと、人が一人横になれるほどの小さなベッドがあった。
「この上に寝なさい。仰向けで」
何をするのかの説明もなく、女性が言う。そろそろと大人しく言われたとおり横になると、付いて来た二人の女性が何やら手にツボを持ってミーレンの両脇に立つ。
何をされるのだろうとビクビクしていると、体の上でツボが傾けられ、体温より少し温かい、ぬるりとした、けれどいい香りのする液体が流れておちる。
「っ!!」
「じっとしていなさい」
短く悲鳴を上げて身を捩ろうとしたミーレンを、女性が短く諌める。
体中をぬるぬると指がうごめく感触に唇をかみ締めて耐えているミーレンの顔を見て、女性が一瞬動きを止めた。
「……顔はともかく……このまっ平らな胸は……詰め物がたくさん要りそうね……」
そう呟いて、女性がまた部屋から出て行った。
顔。顔はともかくって言われた。
ミーレンは、いつも顔に暖炉に残った煤を塗って隠しておくようにお爺さんに言われていて、彼が亡くなった後も日課のように続け、顔を髪で覆っていた。
お前の顔はむやみに人に見せるものじゃないと言われて、そんなに酷く醜いのかと小さいなりに落ち込んだが、確かに見せびらかすのも恥ずかしいので言われたとおりにしていた。
やっぱり、私の顔って汚いんだ……と一頻り落ち込んで、ミーレンは目を閉じた。
最初はくすぐったいだけの指が心地良くて、幾度目か分からないが、ミーレンは寝てしまった。
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