ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

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本編

5-1

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 マイセルに促されるまま天幕を出る。

 なんだか良くわからないうちに上手く行っていた事に通訳の男が踊りだしそうな足取りで馬車のある門を目指して歩いていく後を、なんだか釈然としないものを噛み締めながらユナレシアが歩く。

 その隣には何故か、マイセルの姿がある。


「あの子……じゃなかった、ミーレン姫の持ち物は少ないので、移動もすぐだと思います。ただ、急なことで目録が間に合いませんでした。申し訳ありません」

「目録は構いません」

 二人の後ろをくっ付いてくるアリストリア側の通訳を介しての会話だ。

 理由は色々あるが、マイセルは西側の言葉が理解できる事はまだ伏せている。

 色々まどろっこしいが仕方がない。


 門まで到着すると、アリストリアが姫の為に用意した豪華な馬車が、ここまで乗ってきた馬車の横に付けられている。

 ここまで付いてきてくれた護衛たちが、ユナレシアに言われて荷物を運んだ。

 一人が二往復ほどで終わった作業、その少なさに、マイセルも驚いた。


「お察しのことと存じますのでもう隠しませんが、ミーレン姫は城内でも居た事が忘れ去られるくらいほったらかしにされてきた姫でした。ので、荷物も。唯一新しく設える予定で仮縫いまでできていた婚礼衣装は割り込みされて持っていかれましたしね」


 あっさり荷物の移動は完了し、後はここを去るのみになった時、マイセルが妙な悲鳴を上げた。

「あの、あなたもここを去られるのですか?」

 帰りるために馬車に乗り込もうとしたユナレシアを引き止めるには充分な声音。


「……はい。私は元々、ミーレンをそれなりに教育して、こちらに送り届けるまでが仕事でしたので」

「その、あの姫には一人の侍女もつかない、と?」

「……そうなります。一応、一通り自分のことは自分でできるように教えてはありますが……」


 はぁとため息をついて、ユナレシアが続ける。

「私は見ての通り、侍女ではありません。文官です。我が国でも女性文官は珍しいですが……侍女としての仕事はあまりよく分かりません……」

 ユナレシアの上司、グラッザー男爵が女学校を経営していたりしているが、彼の学校はあくまでも『手職』を得るための職業訓練校の範疇だ。

 エルダストではまだまだ女性が男性の職場に進出しづらい状況があるため、実際女性文官はユナレシア一人だ。


 そして侍女の仕事が分からないのではなく、ユナレシアには侍女の仕事として嗜むべき裁縫や、主の身支度と言った事に関して物凄く不得手なのだ。

 頭でどうすれば良いのかわかっていても、思ったとおりに手が動かない。

 針と糸など鬼門である。


 お茶の作法は知っていても、おいしく淹れられた例がない。

 十二の時に貴族の子女の慣例通り、城へ行儀見習いに出されたが、あまりの使えなさに匙を投げられ、子ブタ姫と同じく追い返された。


 母親は嘆くだけだったが、父親は娘の聡明さに賭けて女子は進学しない高等科へユナレシアを入学させた。

 周りが男ばかりの環境でも、父の期待以上に好成績で学業を終えたユナレシアに、父は普通の娘のように結婚しろとは言わなかった。


 侍女の仕事が不向きだったのだ。

 よほど位の高い貴族か金持ちの男性との結婚でない限り、女性には家事がついてくる。

 下級貴族など使用人を何人も雇えるほどの余裕はない。

 必然、奥方が何かしらの家事を担わなければ立ち行かないのだ。


 ついでに言うと、ユナレシアは料理も破滅的だった。

 そんな娘に無理に結婚しろと言わず、卒業するころ、同爵位であり知り合いの男爵に頼み込み、何とか彼女に文官と言う仕事を見つけてくれた。


 そうして結婚もせずに男に混じって働いていたユナレシアだったのに、運命はどう転ぶのか分からない。気づいたらミーレン相手に侍女の真似事をしていた。


 自分の髪は日々の鍛錬の賜物かなんとか結えるが、他人の頭を弄るとどうやっても形に出来ない。なので今日のミーレンは、流しっぱなしの黒髪にリボンを結んだだけなのだ。

「それは、ちょっと困りました……この陣営、女性がほぼ皆無なんです」

「は?」


 本当に困ったなと言う顔でマイセルが呟く。


「いくらかいるんですけど、みんな戦闘要員と言うか。姫についてもらうような人材が皆無なんです」

 西側では、看護師や調理、その他事情で従軍する女性も少なくはないのだが、アリストリアの軍ではその辺りもすべて男性で構成されるのが常だ。


 西側にやってきて、こちらで傭兵のような事を生業にしていた女性兵士が数人軍門に下って在籍しているが、間違って性別が女性に分類されてしまったとしか思えない、身も心も男性っぽい女性たちばかりだ。

 間違ってもミーレンに付けられるような人材ではない。

 通訳をはさんでだが、お互い難しい顔をして黙り込んでしまった。

 ユナレシア一人でミーレンの世話を完璧にこなす事は不可能なのだ。


「……一週間……いえ、五日待って頂けますか? 短い間でしたけど、ミーレンについていた侍女を連れてきます」


 一人は孤児だったというし、もう一人は一度結婚したものの夫とその家族との折り合いが悪く、婚家から逃げ出して実家に戻ることもできず女学校に逃げ込んだという経歴だ。

 二人ともミーレンをかわいがっていたし、了解してくれる見込みはある。

 きちんと頼めば男爵も了解してくれるだろう。


「あなたは?」


 ユナレシアの言葉に、マイセルが問う。

 きっぱりさっぱり決断できる人間だと自己評価していたが、かなり迷う。

 やっと昨夜、最後の最後に全身で懐いてくれたミーレンについて行きたいと思う反面、これまで世話になった男爵や、こんな娘でも理解してくれた両親。


 ミーレンについて行けば恐らく二度と会うことが出来なくなる。


 逆に考えると、ミーレンには二度と会えなくなるということだ。





 そう言えば、別れの挨拶さえきちんとできなかったことを思い出して、ユナレシアは唇を噛んだ。



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