ならば今、勇敢な恋のうたを歌おう

神室さち

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1 恋の始まりなど、いつだって気づかぬもので。

すでに戦いは始まっている。と誰かが言っていた。

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街宮まちみやさん、これにハンコいただけますか?」

 総務のカウンタの向こうでにっこり微笑んで作業伝票を差し出しているのは、我が社で使っているソフトウエアの管理会社のSEさん。


 名前は佐藤君。


 私より年上の人に君付けって失礼かしらと思うけれど、去年の十一月に他のSEさんと同行で来た時、以前からウチに来ている大峰さんが『佐藤君』って呼んでたものだから、総務のみんな彼の事を同じように呼ぶ。

 確かになんというか『佐藤さん』より『佐藤君』の方が似合う感じ。明るめの茶色に染めた髪、くっきり二重の男性にしては大きめの瞳、小作りな口元。新卒ってことはないだろうけど、どう見ても二十代前半の容姿。


 私は本人に対してその名前を呼んだことはないんだけど。あくまで心の中だけで。


 首から下げたIDには当人の写真と氏名と所属。下の名前は……奏人。カナトかな。


 しかし……どうして私をご指名なのかな。

 って言うか、名乗った覚えがないのにどうして名前を知ってるのかな。

 と考えて、気づく。

 今まじまじと見ていた佐藤君のIDと同じようなのを私も首から下げて、制服左胸の飾りポケットに止めているのだ。苗字どころか名前が『紫音(しお)』ってことまでばれているに決まっている。

 だって、ウチのIDには氏名の上にご丁寧にふり仮名が打ってあるから。


「あっ! 佐藤君っ!! ハンコなら私がっ」


 営業課へ、先月の伝票の不備を正しに行った帰り。いつもハンコを持ち歩いているわけではないので、カウンタの近くにいたけれど、ハンコなんて持ってない。

 すぐそこの自分の席にある三文判を取りに行くよりも早く、私の隣の席の内藤さんが右手にハンコ、左手に朱肉を持ってやってきた。

「今日はホントにすみませんでしたー でもさすが佐藤君ですよねっ すぐ直っちゃってー ホントすごいですぅ あっ 今年もよろしくお願いしますぅ」

 ベビーフェイスに激甘の笑みを浮かべて、内藤さんがハンコを押しながらカウンタ越しに佐藤君に話しかけてる。



 そうか、今日も内藤さんが呼んだのか。



 新年あけて仕事始めから一週間が過ぎて、お正月気分も程よく抜けてはきたけれど、そう言えば佐藤君に今年会うのは初めてで、挨拶し損ねちゃったなぁとか思いながら二人に背を向けて、部長に呼び出されて不在の課長の机に書類を置き、席に戻る。

 月頭は処理しなくちゃならないファイルがたくさんある。

 一月は十二月中に年末進行で片付けていた分、余裕があるけれどそれでも今日の仕事は溜まっていく。



 正直、ソフトが止まるのは困る。我が社は扱っている物が特殊なので、それに合わせてカスタマイズしたソフトを各部署で使っている。

 慣れてしまえばどうってことないんだけど慣れるのに結構苦労した。

 そしてそのソフトと相性が悪いのかフリーズさせるコマンドでも知ってるのか、内藤さんはよく詰まらせる。そして、SEを呼ぶ。



 ウチに来る担当者は三人で、去年の十一月から新しく担当に加わった佐藤君を引き当てる割合は三分の一。

 その三分の一を引き当てるために、彼女はSEを呼んでるんじゃなかろうかと、こっそり思っている。



 やってくるSEの内、佐藤君を連れてきた大峰さんは、四十は絶対に越えてる感じの、左手の薬指に指輪をしている既婚者、もう一人は小畑さんと言って吹けば飛びそうなモヤシっぽい人。

 この二人は前から来ていた人。

 で、十一月から来るようになった佐藤君はと言うと、イケメンってやつに分類されるんだと思う。多分。



 いや、多分は失礼か。選り好みの激しそうで、自分自身がハイレベルな内藤さんが隠しもせずにモーションをかけてるってことはかなりいい男なんだろう、と思う。


 ああ『と思う』ってのも失礼かしら。


 なんて言うか私の解析能力だと、男性の容姿ってある一定レベル以上だと、あんまり変わって見えないのよね。


ある意味、三次元の男を見る目がない。

 小畑さんは多分普通。どこにでもいるかんじ。ってことはわかる(失礼)


 しかし、佐藤君がどのくらいハイレベルなのか。




 よくわからない。




 自分で言って悲しいけど。理由は簡単で、脳味噌の大半が二次元に毒されてるから。

 なんだけど、実は私も佐藤君が来るのを楽しみにしている一人だったりする。

 だって、声がお気に入りのボーカロイドに似てるから。だから、ホントのところ名前を呼ばれるとちょっとうれしい。

 でも気のせいじゃなく、最近、佐藤君率高いような気がするのよね。

 まぁ 内藤さんみたいにかわいい子に呼ばれたらホイホイ来ちゃうかも。

 身長は百五十センチくらい。

 小柄なのに出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んで。

 佐藤君と同じくらい明るい茶色に染めた髪は、肩の上で緩く内向きに巻かれている。

 姿はもちろん、声までお人形さんみたいにかわいい内藤さんは、多分社内でも彼女にしたい同僚ナンバーワンだろう。


 女の私でもかわいいなぁと思うところばっかりだもん。外見は。



 性格はまぁ……うん。たいへんよろしいようで。




 そんな事を考えていたら、佐藤君が挨拶をして去っていく。

「やーん。佐藤君に今度飲みに行きませんかって誘われちゃったー」

 体を絶妙にくねらせ、嬉しそうに内藤さんが他の同僚に報告している。いや……だから、どうしてちらちらこっちを見るんですか?


 なんで微妙にライバル視? 今も佐藤君が私をご指名になられたからですか? 確かに佐藤君はなぜか作業伝票のハンコを私に頼むことが多いけど、多分それはアレですよ。



 ……この総務にいる女子社員の中で、私が一番年上っぽいから。





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