やさしいキスの見つけ方

神室さち

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キス xxxx

1-1 交錯

 
 
 
 コレといってなにが変わるわけでもなく。
 年は明けて、年度末が過ぎて、滞りなく二年から三年へ進級すれば、選択コースを変えない限り、新城東高校ではクラス換えは行われない。よって、二年のときと同じメンバーと、同じ担任。まったりとした空気のまま時間はいつの間にか過ぎていて、気が付けば衣替えさえ済んでしまっている。
 三年生になり、クラスメイト達もほとんどがいけるかいけないかは別にしても、自分の進学先を決定している。当然夏清も、一年生の時と変わらない進路調査書を、進級した直後に提出したのだが。
 その大学に本当は行きたくないと言ったら、井名里や北條はなんと言うのだろう。言い出したくても言えなくて、ここのところ気が付いたら井名里を避けている。
 今日も今日とて。夏清の様子がおかしいことくらい気づいていて、話し掛けようとした井名里に急いでるからと言って、走って家を出てしまった。夏清にも言いたいことがあるのに、タイミングが掴めない。
「委員長ってば!!」
「はい!?」
 大声で呼ばれて、別のことを考えていた夏清が驚いて返事をする。目の前に、エプロン姿の草野。
「な、なに?」
「ナニ? じゃなくてね、それ、バターになるよ。そろそろやめないと」
 言われて、抱えていたボウルを見る。白い液体だったはずのクリームは、なんだか黄色になって分離して微妙に固まっている。
 月曜の四時限目の調理実習。そう言えば、草野にハイと渡されて、どのくらいの時間かきまわしていただろう。
「え? うわ、ごめん」
 今まで家で使ってきたのが植物性のホイップなので、すっかりそのつもりで動物性の生クリームを同じように力の限り攪拌しつづけていた夏清が慌てて謝る。ホイップならばどこまで泡立てても平気だが、生クリームは凝固しにくい加工が施されているにしても、やりすぎると分離してしまう。
「いいけどさ、まだ泡立ててないところと混ぜるし」
 そんなことをしてもどうしようもないと思うのだが、犯人がそんなことを言うのも悪い気がして夏清が再び謝る。
「ごめん……」
「どしたの? カレシとケンカした?」
 しゅんと俯いていた夏清があたっているような、違っているような問いに複雑に感情が入り組んだ顔をして草野を見る。
「だってさ、委員長、アナタそれ以外になんの悩みがあるの?」
 三年生になって、夏清は『委員長』ではなくなった。草野の号令のもと夏清には受験勉強に専念していただき、ぜひとも東大現役合格を目指していただこうと言う、なにをどう略したのか知らないが『馬の脚』という会が作られ、クラス委員は別の女子がやっている。にもかかわらず、やはり夏清の呼び方はそのまま残っている。便宜上付けられた名前はよほどのことがない限り変わらない。呼びやすければなおさらだ。
「……あるよ、色々……」
 進路とか、と言う言葉を飲みこむ。なぜか回りの人間は、夏清が当然のようにこの国の国民が国内の最高学府と思っている大学を受験してさらに合格するものだと決めつけてくれている。それに流されてしまっている自分が情けない。彼らが言うほど簡単に合格できるのなら、日本国民みんな東大をめざしているだろうと思うが、それは思っておくだけにする。きっと反感を買うだろう。
 クラスメイトも、井名里も北條達も。
 四面楚歌というのはこう言う状況を言うのだろうか?
「まぁ そうナーバスになりなさんなって」
 草野が笑って夏清が無意味に泡だて器で叩いているクリームを奪い取る。これ以上されたら本当に使えなくなってしまう。
「疲れたでしょ、ちょっと座って休んでたら? あとはやっとくから」
「ん。ありがとう」
 去って行く草野を見送って、調理実習室のパイプイスに座る。
 ため息。なんだか回り中から、寄ってたかって邪魔されているような気がする。その筆頭が相手なのだから、もう救われない。
 盛りあがる回りには悪いが、夏清は絶対地元の大学に行きたいと思っている。そしてそれが自分のわがままで、おそらく回りのほうが正しいのだと言うことも判っているから夏清にはしっかりと説得することが出来なかった。
 


 東京大学。


 
 そんなもの一番最初に調べた。ここから通えるかどうか。そして、まず基礎教養を受けるための学舎まで最短距離の通学路で、三時間半。とてもではないが通えたものではないことを知ってあっさり却下してしまった。
 通えないと言うことは、通うためにはやはり一人暮しをすることになるだろう。大学進学の費用は北條が全て見てくれる。なんの心配もしないでいいと言われたが、お金もそうだが夏清はもう一人で暮らそうとは思わない。


 またため息をついて、頬杖をつく。
 井名里は平気なんだろうか。離れても。
 構わないのだろうか。


 夏清のためだからとそのくらい我慢できてしまうのだろうか?
 やっぱり自分が一番わがままを言っているだけだと分かって、そのまま机につぶれる。
 どうして自分の人生なのに自分の思い通りに出来ないのだろうか?


 分かっている。みんな夏清の将来を考えて、いい学校に行きなさいと言ってくれている。それは間違っていない。
 悩みは尽きない。終わらない。


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