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第4章 異世界ワーケーション
第6話 鼻血
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蒼が召喚された瞬間の記憶を見た際、ラネはツゥッと鼻血をたらし机の上にうっぷすように倒れた。
「御使のお力を目の当たりにしたからでしょう」
蒼は大慌てだったが、アドアは少し心配そうに寝転がっているラネに毛布をかけるだけだった。想定内のことだと、彼が目覚めるのをただ待つ。
(先に教えてといてよ~! びっくりするじゃん!)
彼の顔を見ればそんな軽口は叩けないが。
これで計画が一段階進んだと言ってもいい。転移装置が正常に機能するための打開策が手に入っているはずだ。
「うまくいきますように」
アドアとラネが転移させようとしているのは聖水だった。
聖水の泉は世界各地にあるが、都合よく対魔王軍が活動している近くにあるとは限らない。もちろん対魔王軍は聖水がなくとも魔王に付き従う魔物を倒すだけの力をもっているが……。
(聖水があれば一ターンで倒せる敵が、聖水がないと五ターンはかかるって聞けば、そりゃ聖水があった方がいいってなるわ)
というのが蒼の理解の仕方だった。もちろんそれほど簡単な話でもないが、聖水が魔物に対しての必殺の武器であることは蒼も体験済みなので理解している。そしてそれをわかっているからこそ、魔王軍は聖水の泉を攻撃している。
「お茶でもしてラネくんが起きるのを待ちましょう」
アドアがお茶を入れるために席を立つ。
「あ、私お茶菓子持ってきました」
蒼も自分のかばんの中をゴソゴソを漁る。アルフレドに商売を任せっぱなし……というのは流石に蒼も気が咎め、甘いもの作りは続けていた。
「実はそれを楽しみにしていました」
彼女が取り出した箱の中のカスタード入りドーナツを見て、アドアの口元が上がる。
そうして二人、世間話をしながら時間が過ぎるのを待った。
「もし転移装置ができて、人間も移動できるようになったらアドアさんはどこに行きたいですか?」
「え~楽しい質問ですねぇ……そうだなぁ~……あ! アシハラ国は気になりますね!」
この周辺の国とは文化がずいぶん違うようなんですよ~と、ワクワクともしもを考えている。
「それ! 私も気になる国です!」
「ええそうでしょう!」
甘いドーナツを頬張りながら、二人は盛り上がった。アシハラ国は聞くところによると日本に大変よく似た国のようだった。蒼もよくその国出身かと聞かれる。
「アルフレドさんは今日も配達に?」
「はい。彼、私より商売上手いかも……」
わざとらしくガックリと項垂れる蒼を見てアドアは大笑いした。最近は彼から感じていた悲壮感が少しずつ減ってきているように感じる。
「アハハハ! 彼も何者なんでしょうかねぇ」
「ねぇ~……まあそれでいいんですよアルフレドは」
頬杖をついて微笑む蒼を見て、アドアも穏やかな笑顔を見せる。
「ずいぶんいい関係ができているようで」
なによりなにより、とアドアは年配者らしく優しくアルフレドと蒼を見守る姿勢のようだ。
アルフレドはこの街で屋台での販売はせず、街歩き中に知り合った人達に軽食の話(と試食)をして固定客をゲットしていた。週に五日、毎日違うメニューでおやつ付きの軽食を届けていた。
(心の壁を作る割に人当たりはいいもんなぁ~)
しかし最近ではその壁もずいぶん低くなってきたように蒼は感じている。
「……描くものを……」
突然、ラネがゆらりと起き上がった。まるで病人のような面持ちだが、待ち構えていたようにアドアは素早く大きなスケッチブックを渡す。
一心不乱に召喚陣を描き始めるラネを二人は黙って見守った。
(ああそうだ……どこかで見たことあると思ったけど、あれは召喚陣の……)
転移装置に細かく刻まれていた紋様とよく似たものをラネは素早く丁寧に描き続けている。まだ鼻血が流れ始めたので、蒼はとっさにかばんに入れていたハンカチを取り出し鼻にあてる。ギリギリスケッチの上に落ちることはなかった。
「なるほど……」
アドアは怖いくらい目が爛々としていた。
「ああ。この辺りはまだ解読が必要だが」
すでに二人の世界だ。ああだこうだと意見を交わしている。残念ながら召喚陣は言語とはカウントされないらしく、蒼にはさっぱりわからない。
(こりゃ今日は出る幕ないな)
邪魔をしないようそっと部屋を出ていこうとすると、ラネがハッと気がついて声をかけてくる。帰ってはダメだったようだ。
「アオイ様、召喚陣を見た後急に何も見ることができなくなってしまって……一体何が? いや……これは御使が見るなといったのか……?」
一人で自己完結してしまった。しかし蒼は直後に行った狭間の世界のことをすでに他の人達に話している。特にお咎めもない。だからなぜ見えなくなってしまったのかは皆目見当がつかなかった。
「う~ん……狭間の世界は特に何かあるってわけでもなかったような……」
(あの後見たのは……狭間の世界とリルケルラと先輩……ああ、やらかした姿を見られたくないとか?)
そんなことしか思い浮かばなかったが、もし実際そうなら悪いので御使の名誉のためにその話はしない方がいいと判断した。
「ああそうか! この召喚陣は転移とはいえど、狭間の世界への転移だ。そのことをきちんと考慮しなければ!」
また唐突にラネが声をあげたので蒼はビクッと体が揺れた。
「狭間の世界は出口になるものはありましたか? 転移装置のように対になるものが」
アドアもそうだったと、狭間の世界の入り口と出口の確認をする。
「いいえ。それらしいものは……」
御使パワーでどうにでもなるのか、それとも空間自体が特別だからかはもちろん蒼にはわからない。
「そうなると根本的に考え直す必要がありますね」
「そうだね。もう少し魔術紋も複雑になるかも……あれより小さい文字を刻印するとなると……」
「針を特注しましょう」
気の遠くなるようなことを当たり前のように話し合っている。
蒼は再び邪魔をしないよう、今度は古い本ばかりの棚を眺め始めた。かなり読み込まれているようだったので、それだけ大事な本なのだろうと、手には取らずに背表紙の装丁を楽しむ。
(豪華なのも質素なのもあるわね~)
この世界は昔から紙は普及していたからか、かなり古い本もそれなりに残っている。
「そちらは写本なので、好きに手に取っていただいても大丈夫ですよ」
すみません。もう少しお待ちを……と、暇そうな蒼に気が付いてアドアが慌てていた。
(読めても理解はできなさそう~)
蒼はどんな文字でも読めるが、難しい数式を見て数字は読めても理解はできないように、わからないものはわからなかった。
彼女はとりあえず、一番古そうな本を手に取り適当なページを開いた。表紙にはなんのタイトルも載っていないものだ。
(これ日記じゃない?)
こんなものまで写本があるのかと驚く。研究日誌のようなことが書いている日もあれば、食べたもの、飲んだ酒、ちょっとした事件……。
(この人、心のうちをしっかり日記に吐き出してるわねぇ)
次第に悪口、悪口、悪口のオンパレードだ。やれ自分に金を出さない領主はクズだの、自分の研究の重要性を理解できない同僚は無能だの、このタイミングで発生した魔王への罵詈雑言がつらつらと書き連ねられている。
その中で時々、転移装置の話が出てくるも、その辺りは理解できず読み飛ばす蒼だった。
「ああそれか」
話が一旦終わったのか、ラネが蒼が眺めている本を見て少しうんざりするような顔になっていた。それで蒼は彼もこの誹謗中傷の数々を読んで嫌気がさしたのだと思ったのだ。
「悪口九割って感じですよね」
「一体なにが書いているんだか」
それは同時だった。
「「え?」」
ラネがギョッと目を大きく見開く。少し離れたところにいたアドアも同じだ。
「その本が読めるんですか!?」
「あれ? 言ってなかったですっけ……私、この世界の文字は全部読めるんですよ」
「それを早く言え!!!」
この日記は個人が作った暗号で書かれていた。そのためいまだ解読中だったのだ。
「転移装置の大元を作ったとされるライル・エリクシアという方の日記なのです」
「聖水の転移だけは成功したという記録が残ってるんだ」
「えぇ~! それを早く言ってくださいよ!」
ということで、蒼には大量の課題が課されることに。
家に持ち帰り、翻訳作業が始まった。大量の紙に日記の内容を内容を書き写す。
「まさか暗号まで読めるとは」
「この場合は文字だからかな?」
「なるほど」
最近はアルフレドが食事を用意してくれていた。アルフレドは覚えがよく、蒼が教えた通りにきっちり仕上げるので、日に日に料理の腕が上がっている。今日の煮込みハンバーグなんて完璧だ。唯一欠点は、一食の量が多すぎることくらい。
『全然護衛の仕事してないんだからこのくらいはさせてよ!』
蒼はその話に素直に甘えることにした。だがこの世界での自分のアイデンティティが失われ始めている気がして少々焦る気持ちもある。
以前アルフレドは器用貧乏だと謙遜していたが、おそらく非常に学習能力が高いのだろうということがわかった。飲み込みが良すぎる。
「こん詰めすぎないようにね」
黙々と書き写し続ける蒼の前に、アルフレドが温かいインスタントコーヒーをそっとおく。
「はっ! そうだった! ガッツリ残業じゃんこれ!」
だが久しぶりに頼られたのが嬉しいからか、ラネやアドアのあのギンギンになった目を見たせいか、結局蒼は徹夜をして翻訳を仕上げた。
◇◇◇
「やっぱりほとんど悪口だったんですけど……」
目をしょぼしょぼさせながらアドアに翻訳した紙を手渡す。二人はそれをまた食いいるような目で読み続けていた。瞬きするのすら忘れているようだ。
「これだ!」
突然アドアが叫んだ。指を刺しているところは数少ない蒼が理解できない日誌の部分だった。
「ああ! あの魔法陣とこれがあれば!」
ラネが笑っている。どうやら何か掴めたようだ。
「やりましたよアオイ様!!!」
こんなご機嫌なラネはここに来て始めて見た。三人で手を繋ぎ輪になって手をブンブン振っている。
「ああよかった! これで中央神殿のお偉方に文句は言わせませんよ!」
「口だけのアイツらの顎をこれで外れるぞ!」
ヒャッホー! と喜びは続いていた。よっぽど腹に据えかねる要望を言われ続けていたのだ。
(しょうくんの役にたてたかな?)
蒼も釣られて嬉しくなって一緒に飛び上がる。そしてその騒ぎを聞きつけた他の神官達が、扉の隙間からなんだなんだと眺めていた。
「御使のお力を目の当たりにしたからでしょう」
蒼は大慌てだったが、アドアは少し心配そうに寝転がっているラネに毛布をかけるだけだった。想定内のことだと、彼が目覚めるのをただ待つ。
(先に教えてといてよ~! びっくりするじゃん!)
彼の顔を見ればそんな軽口は叩けないが。
これで計画が一段階進んだと言ってもいい。転移装置が正常に機能するための打開策が手に入っているはずだ。
「うまくいきますように」
アドアとラネが転移させようとしているのは聖水だった。
聖水の泉は世界各地にあるが、都合よく対魔王軍が活動している近くにあるとは限らない。もちろん対魔王軍は聖水がなくとも魔王に付き従う魔物を倒すだけの力をもっているが……。
(聖水があれば一ターンで倒せる敵が、聖水がないと五ターンはかかるって聞けば、そりゃ聖水があった方がいいってなるわ)
というのが蒼の理解の仕方だった。もちろんそれほど簡単な話でもないが、聖水が魔物に対しての必殺の武器であることは蒼も体験済みなので理解している。そしてそれをわかっているからこそ、魔王軍は聖水の泉を攻撃している。
「お茶でもしてラネくんが起きるのを待ちましょう」
アドアがお茶を入れるために席を立つ。
「あ、私お茶菓子持ってきました」
蒼も自分のかばんの中をゴソゴソを漁る。アルフレドに商売を任せっぱなし……というのは流石に蒼も気が咎め、甘いもの作りは続けていた。
「実はそれを楽しみにしていました」
彼女が取り出した箱の中のカスタード入りドーナツを見て、アドアの口元が上がる。
そうして二人、世間話をしながら時間が過ぎるのを待った。
「もし転移装置ができて、人間も移動できるようになったらアドアさんはどこに行きたいですか?」
「え~楽しい質問ですねぇ……そうだなぁ~……あ! アシハラ国は気になりますね!」
この周辺の国とは文化がずいぶん違うようなんですよ~と、ワクワクともしもを考えている。
「それ! 私も気になる国です!」
「ええそうでしょう!」
甘いドーナツを頬張りながら、二人は盛り上がった。アシハラ国は聞くところによると日本に大変よく似た国のようだった。蒼もよくその国出身かと聞かれる。
「アルフレドさんは今日も配達に?」
「はい。彼、私より商売上手いかも……」
わざとらしくガックリと項垂れる蒼を見てアドアは大笑いした。最近は彼から感じていた悲壮感が少しずつ減ってきているように感じる。
「アハハハ! 彼も何者なんでしょうかねぇ」
「ねぇ~……まあそれでいいんですよアルフレドは」
頬杖をついて微笑む蒼を見て、アドアも穏やかな笑顔を見せる。
「ずいぶんいい関係ができているようで」
なによりなにより、とアドアは年配者らしく優しくアルフレドと蒼を見守る姿勢のようだ。
アルフレドはこの街で屋台での販売はせず、街歩き中に知り合った人達に軽食の話(と試食)をして固定客をゲットしていた。週に五日、毎日違うメニューでおやつ付きの軽食を届けていた。
(心の壁を作る割に人当たりはいいもんなぁ~)
しかし最近ではその壁もずいぶん低くなってきたように蒼は感じている。
「……描くものを……」
突然、ラネがゆらりと起き上がった。まるで病人のような面持ちだが、待ち構えていたようにアドアは素早く大きなスケッチブックを渡す。
一心不乱に召喚陣を描き始めるラネを二人は黙って見守った。
(ああそうだ……どこかで見たことあると思ったけど、あれは召喚陣の……)
転移装置に細かく刻まれていた紋様とよく似たものをラネは素早く丁寧に描き続けている。まだ鼻血が流れ始めたので、蒼はとっさにかばんに入れていたハンカチを取り出し鼻にあてる。ギリギリスケッチの上に落ちることはなかった。
「なるほど……」
アドアは怖いくらい目が爛々としていた。
「ああ。この辺りはまだ解読が必要だが」
すでに二人の世界だ。ああだこうだと意見を交わしている。残念ながら召喚陣は言語とはカウントされないらしく、蒼にはさっぱりわからない。
(こりゃ今日は出る幕ないな)
邪魔をしないようそっと部屋を出ていこうとすると、ラネがハッと気がついて声をかけてくる。帰ってはダメだったようだ。
「アオイ様、召喚陣を見た後急に何も見ることができなくなってしまって……一体何が? いや……これは御使が見るなといったのか……?」
一人で自己完結してしまった。しかし蒼は直後に行った狭間の世界のことをすでに他の人達に話している。特にお咎めもない。だからなぜ見えなくなってしまったのかは皆目見当がつかなかった。
「う~ん……狭間の世界は特に何かあるってわけでもなかったような……」
(あの後見たのは……狭間の世界とリルケルラと先輩……ああ、やらかした姿を見られたくないとか?)
そんなことしか思い浮かばなかったが、もし実際そうなら悪いので御使の名誉のためにその話はしない方がいいと判断した。
「ああそうか! この召喚陣は転移とはいえど、狭間の世界への転移だ。そのことをきちんと考慮しなければ!」
また唐突にラネが声をあげたので蒼はビクッと体が揺れた。
「狭間の世界は出口になるものはありましたか? 転移装置のように対になるものが」
アドアもそうだったと、狭間の世界の入り口と出口の確認をする。
「いいえ。それらしいものは……」
御使パワーでどうにでもなるのか、それとも空間自体が特別だからかはもちろん蒼にはわからない。
「そうなると根本的に考え直す必要がありますね」
「そうだね。もう少し魔術紋も複雑になるかも……あれより小さい文字を刻印するとなると……」
「針を特注しましょう」
気の遠くなるようなことを当たり前のように話し合っている。
蒼は再び邪魔をしないよう、今度は古い本ばかりの棚を眺め始めた。かなり読み込まれているようだったので、それだけ大事な本なのだろうと、手には取らずに背表紙の装丁を楽しむ。
(豪華なのも質素なのもあるわね~)
この世界は昔から紙は普及していたからか、かなり古い本もそれなりに残っている。
「そちらは写本なので、好きに手に取っていただいても大丈夫ですよ」
すみません。もう少しお待ちを……と、暇そうな蒼に気が付いてアドアが慌てていた。
(読めても理解はできなさそう~)
蒼はどんな文字でも読めるが、難しい数式を見て数字は読めても理解はできないように、わからないものはわからなかった。
彼女はとりあえず、一番古そうな本を手に取り適当なページを開いた。表紙にはなんのタイトルも載っていないものだ。
(これ日記じゃない?)
こんなものまで写本があるのかと驚く。研究日誌のようなことが書いている日もあれば、食べたもの、飲んだ酒、ちょっとした事件……。
(この人、心のうちをしっかり日記に吐き出してるわねぇ)
次第に悪口、悪口、悪口のオンパレードだ。やれ自分に金を出さない領主はクズだの、自分の研究の重要性を理解できない同僚は無能だの、このタイミングで発生した魔王への罵詈雑言がつらつらと書き連ねられている。
その中で時々、転移装置の話が出てくるも、その辺りは理解できず読み飛ばす蒼だった。
「ああそれか」
話が一旦終わったのか、ラネが蒼が眺めている本を見て少しうんざりするような顔になっていた。それで蒼は彼もこの誹謗中傷の数々を読んで嫌気がさしたのだと思ったのだ。
「悪口九割って感じですよね」
「一体なにが書いているんだか」
それは同時だった。
「「え?」」
ラネがギョッと目を大きく見開く。少し離れたところにいたアドアも同じだ。
「その本が読めるんですか!?」
「あれ? 言ってなかったですっけ……私、この世界の文字は全部読めるんですよ」
「それを早く言え!!!」
この日記は個人が作った暗号で書かれていた。そのためいまだ解読中だったのだ。
「転移装置の大元を作ったとされるライル・エリクシアという方の日記なのです」
「聖水の転移だけは成功したという記録が残ってるんだ」
「えぇ~! それを早く言ってくださいよ!」
ということで、蒼には大量の課題が課されることに。
家に持ち帰り、翻訳作業が始まった。大量の紙に日記の内容を内容を書き写す。
「まさか暗号まで読めるとは」
「この場合は文字だからかな?」
「なるほど」
最近はアルフレドが食事を用意してくれていた。アルフレドは覚えがよく、蒼が教えた通りにきっちり仕上げるので、日に日に料理の腕が上がっている。今日の煮込みハンバーグなんて完璧だ。唯一欠点は、一食の量が多すぎることくらい。
『全然護衛の仕事してないんだからこのくらいはさせてよ!』
蒼はその話に素直に甘えることにした。だがこの世界での自分のアイデンティティが失われ始めている気がして少々焦る気持ちもある。
以前アルフレドは器用貧乏だと謙遜していたが、おそらく非常に学習能力が高いのだろうということがわかった。飲み込みが良すぎる。
「こん詰めすぎないようにね」
黙々と書き写し続ける蒼の前に、アルフレドが温かいインスタントコーヒーをそっとおく。
「はっ! そうだった! ガッツリ残業じゃんこれ!」
だが久しぶりに頼られたのが嬉しいからか、ラネやアドアのあのギンギンになった目を見たせいか、結局蒼は徹夜をして翻訳を仕上げた。
◇◇◇
「やっぱりほとんど悪口だったんですけど……」
目をしょぼしょぼさせながらアドアに翻訳した紙を手渡す。二人はそれをまた食いいるような目で読み続けていた。瞬きするのすら忘れているようだ。
「これだ!」
突然アドアが叫んだ。指を刺しているところは数少ない蒼が理解できない日誌の部分だった。
「ああ! あの魔法陣とこれがあれば!」
ラネが笑っている。どうやら何か掴めたようだ。
「やりましたよアオイ様!!!」
こんなご機嫌なラネはここに来て始めて見た。三人で手を繋ぎ輪になって手をブンブン振っている。
「ああよかった! これで中央神殿のお偉方に文句は言わせませんよ!」
「口だけのアイツらの顎をこれで外れるぞ!」
ヒャッホー! と喜びは続いていた。よっぽど腹に据えかねる要望を言われ続けていたのだ。
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