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第4章 異世界ワーケーション
第7話 配達
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悪口九割日記の翻訳が終わればあとは専門家の仕事だ。アドアとラネはあれからずっと研究室に篭っている。毎日聖水と軽食を届けに行っているが、日に日に二人の無精髭がのび、目の下のクマが濃くなっていた。
朝早く神殿奥の研究室を訪ねると、すでにガタガタと何やら音がする。
「ああどうも……申し訳ありませんかそちらに置いておいてください……」
あのアドアですら、蒼への扱いが雑になるほど研究にのめり込んでいた。部屋の中も散らかっている。
「コーヒーの匂い……」
ここでラネが蒼の存在に気がついた。最近彼らはコーヒーをいたく気に入っていた。
今日は蒼特製、ツナ缶を使ったパニーニとレーズンバターサンド。正確にはレーズンではなく、この街で購入したドライフルーツだ。アルフレドが吟味して選んできた。
「ポットごと置いとくんでおかわりはお好きに」
そうして蒼は、昨日置いて行ったハムロールとポテト、それからシュガーラスクが入っていたカゴが空になっているのを確認してそろっと研究室の扉を閉めた。
「どうだった?」
アルフレドが神殿の入り口で待っている。これから一緒に軽食の配達に行くのだ。
「ありゃ寝てないわね」
「この街の研究者は前にも増して研究に没頭してる人が多いなあ」
魔王という危機が迫っているからかと思ったが、どうやらそれは少し違った。多くの研究者が朝から晩まで研究に明けてくれているが、それは強要されて行っている兵器の研究と、本来彼らが各々おこなっていた魔法道具の研究もやめてはいなかったからだ。
「ちょっと皆疲れてる感じするよね」
道行く人の表情も違うとアルフレドは語った。誰もが仕方がないことだとわかってはいる。諦め、現状を受け入れている。それでもやれるだけのことはやっていた。
「研究学生ももうちょっと明るい顔してたのに」
何やら深刻な表情で大きな模造紙を抱え、小走りで走っていく若者達を二人は目で追う。
(弊社……おっと元弊社みたい。いや、まあ負の感情ばっかりじゃないか)
明確な目標があるからか、彼らの目からは生気を感じた。蒼が元の世界で働いていた会社とはそこが大きく違うと思い直す。
「さ! 配達配達!」
ちょっぴり嫌な記憶が甦り始めたのを感じ、蒼は急いで自分の頭の中を切り替える。
この街の研究者達は少し前までいたフィーラとは好みがガラッと変わり、料理の見た目はほとんど気にする人がいなかった。食事の優先順位もこれまで旅した他の街よりさらに低い印象だ。
食事がどうでもいいわけではなく、やはり今は忙しいのと、熱中して食事のタイミングを逃すことが多々あるためのようだった。
「人によってはエイヨウがどうとかこうとか言ってたな~」
蒼もそんな話してたよね? と、アルフレド。
「まあそのへんのこと、全然詳しくないけどね~甘いものも塩っぱいものも摂りすぎはダメってくらい」
こちらの世界の食べ物なら尚更わからない。
「ええ~! 俺どっちも好きなのに!」
最初の配達場所は学生寮。寮とはいっても十人前後の小規模のものだが、この街にある魔法道具について学ぶ専門の学校の学生が暮らしていた。
「おーい! 昼飯が来たぞー!」
玄関で二人の顔を見た学生が嬉しそうに建物中へ向かって大声を出す。
「わ! もうそんな時間か!」
「今日はなんだっけ?」
バタバタと足音が響かせながら玄関へ集まってくるのがわかる。皆手には各々の食事入れを持っていた。
「今日はカツサンドだよ」
「アゲモノだ~~~!」
こちらはアルフレド特製のボリューミーなサンドイッチ。上級神官達と別メニューなのはちゃんと眠っているか否かの差である。
(あの状態の人に揚げ物出すのはちょっと躊躇っちゃうわよねぇ)
トングを起用に使って、アルフレドはそれぞれの入れ物にサンドイッチを入れていく。そしてとうもろこしのかき揚げも。
『最初、アオイの値段の付け方を非難してゴメン……』
『どうしたの? 唐突だね』
『いやその……ちょっと相談が……』
蒼がアドア達の研究室に通い詰めている間、アルフレドは一人商売を続けていた。全て順調に行っていたのだが、彼が思い悩んだのはこの街にたくさんいる学生達のことだった。
ここの学生達は貴族や商人の子供ではない。魔法道具の専門学校の学費は無料だ。ただし卒業後三年間、所定の研究所で働くことは決まっているが。ある程度の学力が認められれば学ぶことを許された。研究の下働きをすることで少額だが賃金を得ることもできる。だがそれも小遣い程度。住むところも食事もあり、タダで学んでいるのだから文句は言えないと彼らは言っていたが……。
『美味しい美味しい言ってくれる人には毎日たくさん食べてもらいたくなるんだ』
それを聞いてアッハッハと大声で蒼は笑った。蒼がアルフレドに対して思っていることだ。
『成長期にお腹がすくのは俺も記憶にあるし……その……』
モゴモゴとどうにか蒼が彼らへの値下げをウンと言ってくれるような理由をアルフレドは話しながらも探し続けていた。
それには蒼も思い当たる節があった。彼女の弟は十歳を過ぎたあたりから食べる、食べる、また食べる……と気持ちのいい食べっぷりを続けていた。蒼がこちらの世界にやってくる前は多少落ち着いていたが、弟の前には何も残らない、というのが漆間家の常識だったので、アルフレドの伝えたいこともよく理解できた。
『いいよいいよ。学割を作れば』
蒼はあっさり答えた。別に彼女もそれほど金儲けを重要視しているわけではない。
『ガクワリ?』
『学生割引!』
こういう経緯もあり、この寮に住んでいる彼らは一食小銅貨五枚という格安価格で週に五日美味しい昼食を手に入れていた。その変わり入れ物は持参、メニューは当日までわからないという条件はつけている。
「俺、今日甘いものも買いたいんですけどいいですか?」
「いいな~~~」
「あーお前そういや居残りしてたの」
「そう! 上の書類書きを引き受けたらいい小遣い稼ぎになってさ~」
その学生は嬉しそうに笑いながらアルフレドからレーズンバターサンドを受け取っていた。
「アオイさん~今日は試食ないんですかぁ……」
羨ましそうな顔でバターサンドを購入した学生の方を見た後、その他の学生の視線が蒼に集まった。彼らはこの商売の決定権が、アルフレドではなく蒼にあることに気づいている。
「今日はないけど……明日スフレチーズケーキ作ってくるから、ちゃんとした意見もらえると嬉しいかも。アルフレドじゃ全部美味しいになっちゃうし」
え!? とアルフレドがビックリしている。自分は嘘など言っていないと主張しながら。
「実際これまで食べたもの全部美味しいですよ?」
学生達は気を遣ったわけでもなく素直にそう答えるが、
「ああでもチーズはわりと地域性でるって聞くなぁ」
「俺達あっちこっちから集まってるし」
「確かに。食べ慣れた味ってのはある」
食べる口実があるならなんでもいいと学生達も気づいたようだ。
「レポートは任せてください!」
そう言って次の配達に向かう二人を彼らは元気よく見送った。
「最後はいつものとこね」
もうすぐお昼の鐘の音がなる。毎日最後に配達をするのは、街のはずれにある、とあるモノを保管している施設だった。
「毎日見ても迫力ある~!」
そこはヨルムンガルドと呼ばれる大蛇の抜け殻の保管場所だった。魔法道具を作る際の触媒として使われており、とても貴重なのだ。
これだけ大きなものが地上なのか海中なのか、この世界にいることが蒼は信じられない。聖獣という区分けにいることだけが唯一の救いに思えた。
この抜け殻、聖水同様に共有資産という扱いのため少額で手に入るが、購入には資格は必要である。
「待ってたぞ~! ちょうど腹が減ってたんだー!」
職人のような風貌の筋肉質な男性が多く働いていた。手には硬い抜け殻を削り取るのに使うのか、水晶のような透明なノミやトンカチが握られている。
「ここ一年で仕事が三倍になってんだ」
その分給金も上がっているらしく、一人あたり三個もカツサンドを買っていく。ここまでガッツリ食べるお客も珍しい。蒼とアルフレドもちょうどお昼の時間ということで、彼らと一緒に巨大な抜け殻の前で昼食だ。
「買いに来る学者連中も切羽詰まった顔しててなぁ~ちょっと前まではもうちっと楽しそうにしてたが」
「こういうところで地味~に魔王の気配を感じるんだよなぁ」
魔王と直接対峙するわけでもない彼らのところまで、その影が迫っているように感じた。
それからさらに一ヶ月後、
「アオイ様! できましたよ!!」
「まだ試作ですけどね!」
アドアもラネも嬉しくて頬が上がるのを止められない。わざわざ上級神官が二人、蒼を探して街中を走り回ったようで、いかに興奮状態なのかよくわかる。周囲も何事だ!? と奇妙な目を向けていた。
「わかりました! 明日お祝い持っていくんで、とりあえずお風呂入って一晩寝てください!」
蒼は言葉通り、桃のショートケーキを作って翌日研究室を訪ねと、二人は初めて会った時のような落ち着きを見せていた。
「おめでとうござます! あ、さっぱりしましたね!」
開口一番、蒼はちょっと照れている二人へ告げる。
「ありがとうございます」
「睡眠って大事ですね」
本人達も昨日のことを思い出してそう思ったようだ。
「コレです!」
転移装置の輪っかは当初のフラフープサイズから指輪サイズへと変わっていた。渡されたそれを凝視すると、一体どうやって掘ったのかわからないほどの細かな紋様が刻まれていた。
「まだまだ研究途中ですが、兎にも角にも聖水の転移ができるようになったのです」
他のものはまだ転移はできていないが、一番の目的である魔物への最大の武器聖水がどこでも手にはいるようになったということだ。
「アオイ様からいただいた聖水と、研究によって効果の高めた通常の聖水、あればどちらも問題もなく……これでいける!」
例の無茶を言ってきた上役に叩きつけてやりたいですよ! と、相変わらず神官とは思えない過激な発言がラネから聞こえるが、もうアドアも止める気はないようだった。
「アオイ様がいなければ達成できませんでした」
「いやいや……私は一晩翻訳頑張っただけなので」
謙遜しつつも頑張ったと自覚があることはキッチリと主張しておく蒼だった。
彼女の世紀の発明に関われて誇らしいが、二人がいなければ決してこの転移装置が生まれることはなかったのだとハッキリと伝える。
「いいえ。召喚陣の記憶、それに日記の解読、どちらもなければとてもじゃないが実現しなかった……アオイ様、本当にありがとうございました」
柄にもないラネの態度にアオイもドギマギする。思わず照れて小さな子供のようにクネクネとしてしまう。
「じゃあ三人の力ということで!」
アドアもラネも足りなくなったエネルギーを補填するかのように、蒼のケーキをほどんど二人で食べてしまった。
「そういえば……研究の最中……夢のように美味しい食事をいただいていたような……」
何かを思い出すようにアドアがハッとケーキから顔を上げる。
「え? あれってやっぱり現実? 夢じゃないってことは現実?」
ラネも同じことを考えていたようだ。コーヒーの匂いで何か思い出し始めている。
(どんだけ熱中してたんだろ……!?)
それらかしばらく、二人はぽやぁっと夢の中で食べたと思っていた食事の数々を思い出し始めていた。
朝早く神殿奥の研究室を訪ねると、すでにガタガタと何やら音がする。
「ああどうも……申し訳ありませんかそちらに置いておいてください……」
あのアドアですら、蒼への扱いが雑になるほど研究にのめり込んでいた。部屋の中も散らかっている。
「コーヒーの匂い……」
ここでラネが蒼の存在に気がついた。最近彼らはコーヒーをいたく気に入っていた。
今日は蒼特製、ツナ缶を使ったパニーニとレーズンバターサンド。正確にはレーズンではなく、この街で購入したドライフルーツだ。アルフレドが吟味して選んできた。
「ポットごと置いとくんでおかわりはお好きに」
そうして蒼は、昨日置いて行ったハムロールとポテト、それからシュガーラスクが入っていたカゴが空になっているのを確認してそろっと研究室の扉を閉めた。
「どうだった?」
アルフレドが神殿の入り口で待っている。これから一緒に軽食の配達に行くのだ。
「ありゃ寝てないわね」
「この街の研究者は前にも増して研究に没頭してる人が多いなあ」
魔王という危機が迫っているからかと思ったが、どうやらそれは少し違った。多くの研究者が朝から晩まで研究に明けてくれているが、それは強要されて行っている兵器の研究と、本来彼らが各々おこなっていた魔法道具の研究もやめてはいなかったからだ。
「ちょっと皆疲れてる感じするよね」
道行く人の表情も違うとアルフレドは語った。誰もが仕方がないことだとわかってはいる。諦め、現状を受け入れている。それでもやれるだけのことはやっていた。
「研究学生ももうちょっと明るい顔してたのに」
何やら深刻な表情で大きな模造紙を抱え、小走りで走っていく若者達を二人は目で追う。
(弊社……おっと元弊社みたい。いや、まあ負の感情ばっかりじゃないか)
明確な目標があるからか、彼らの目からは生気を感じた。蒼が元の世界で働いていた会社とはそこが大きく違うと思い直す。
「さ! 配達配達!」
ちょっぴり嫌な記憶が甦り始めたのを感じ、蒼は急いで自分の頭の中を切り替える。
この街の研究者達は少し前までいたフィーラとは好みがガラッと変わり、料理の見た目はほとんど気にする人がいなかった。食事の優先順位もこれまで旅した他の街よりさらに低い印象だ。
食事がどうでもいいわけではなく、やはり今は忙しいのと、熱中して食事のタイミングを逃すことが多々あるためのようだった。
「人によってはエイヨウがどうとかこうとか言ってたな~」
蒼もそんな話してたよね? と、アルフレド。
「まあそのへんのこと、全然詳しくないけどね~甘いものも塩っぱいものも摂りすぎはダメってくらい」
こちらの世界の食べ物なら尚更わからない。
「ええ~! 俺どっちも好きなのに!」
最初の配達場所は学生寮。寮とはいっても十人前後の小規模のものだが、この街にある魔法道具について学ぶ専門の学校の学生が暮らしていた。
「おーい! 昼飯が来たぞー!」
玄関で二人の顔を見た学生が嬉しそうに建物中へ向かって大声を出す。
「わ! もうそんな時間か!」
「今日はなんだっけ?」
バタバタと足音が響かせながら玄関へ集まってくるのがわかる。皆手には各々の食事入れを持っていた。
「今日はカツサンドだよ」
「アゲモノだ~~~!」
こちらはアルフレド特製のボリューミーなサンドイッチ。上級神官達と別メニューなのはちゃんと眠っているか否かの差である。
(あの状態の人に揚げ物出すのはちょっと躊躇っちゃうわよねぇ)
トングを起用に使って、アルフレドはそれぞれの入れ物にサンドイッチを入れていく。そしてとうもろこしのかき揚げも。
『最初、アオイの値段の付け方を非難してゴメン……』
『どうしたの? 唐突だね』
『いやその……ちょっと相談が……』
蒼がアドア達の研究室に通い詰めている間、アルフレドは一人商売を続けていた。全て順調に行っていたのだが、彼が思い悩んだのはこの街にたくさんいる学生達のことだった。
ここの学生達は貴族や商人の子供ではない。魔法道具の専門学校の学費は無料だ。ただし卒業後三年間、所定の研究所で働くことは決まっているが。ある程度の学力が認められれば学ぶことを許された。研究の下働きをすることで少額だが賃金を得ることもできる。だがそれも小遣い程度。住むところも食事もあり、タダで学んでいるのだから文句は言えないと彼らは言っていたが……。
『美味しい美味しい言ってくれる人には毎日たくさん食べてもらいたくなるんだ』
それを聞いてアッハッハと大声で蒼は笑った。蒼がアルフレドに対して思っていることだ。
『成長期にお腹がすくのは俺も記憶にあるし……その……』
モゴモゴとどうにか蒼が彼らへの値下げをウンと言ってくれるような理由をアルフレドは話しながらも探し続けていた。
それには蒼も思い当たる節があった。彼女の弟は十歳を過ぎたあたりから食べる、食べる、また食べる……と気持ちのいい食べっぷりを続けていた。蒼がこちらの世界にやってくる前は多少落ち着いていたが、弟の前には何も残らない、というのが漆間家の常識だったので、アルフレドの伝えたいこともよく理解できた。
『いいよいいよ。学割を作れば』
蒼はあっさり答えた。別に彼女もそれほど金儲けを重要視しているわけではない。
『ガクワリ?』
『学生割引!』
こういう経緯もあり、この寮に住んでいる彼らは一食小銅貨五枚という格安価格で週に五日美味しい昼食を手に入れていた。その変わり入れ物は持参、メニューは当日までわからないという条件はつけている。
「俺、今日甘いものも買いたいんですけどいいですか?」
「いいな~~~」
「あーお前そういや居残りしてたの」
「そう! 上の書類書きを引き受けたらいい小遣い稼ぎになってさ~」
その学生は嬉しそうに笑いながらアルフレドからレーズンバターサンドを受け取っていた。
「アオイさん~今日は試食ないんですかぁ……」
羨ましそうな顔でバターサンドを購入した学生の方を見た後、その他の学生の視線が蒼に集まった。彼らはこの商売の決定権が、アルフレドではなく蒼にあることに気づいている。
「今日はないけど……明日スフレチーズケーキ作ってくるから、ちゃんとした意見もらえると嬉しいかも。アルフレドじゃ全部美味しいになっちゃうし」
え!? とアルフレドがビックリしている。自分は嘘など言っていないと主張しながら。
「実際これまで食べたもの全部美味しいですよ?」
学生達は気を遣ったわけでもなく素直にそう答えるが、
「ああでもチーズはわりと地域性でるって聞くなぁ」
「俺達あっちこっちから集まってるし」
「確かに。食べ慣れた味ってのはある」
食べる口実があるならなんでもいいと学生達も気づいたようだ。
「レポートは任せてください!」
そう言って次の配達に向かう二人を彼らは元気よく見送った。
「最後はいつものとこね」
もうすぐお昼の鐘の音がなる。毎日最後に配達をするのは、街のはずれにある、とあるモノを保管している施設だった。
「毎日見ても迫力ある~!」
そこはヨルムンガルドと呼ばれる大蛇の抜け殻の保管場所だった。魔法道具を作る際の触媒として使われており、とても貴重なのだ。
これだけ大きなものが地上なのか海中なのか、この世界にいることが蒼は信じられない。聖獣という区分けにいることだけが唯一の救いに思えた。
この抜け殻、聖水同様に共有資産という扱いのため少額で手に入るが、購入には資格は必要である。
「待ってたぞ~! ちょうど腹が減ってたんだー!」
職人のような風貌の筋肉質な男性が多く働いていた。手には硬い抜け殻を削り取るのに使うのか、水晶のような透明なノミやトンカチが握られている。
「ここ一年で仕事が三倍になってんだ」
その分給金も上がっているらしく、一人あたり三個もカツサンドを買っていく。ここまでガッツリ食べるお客も珍しい。蒼とアルフレドもちょうどお昼の時間ということで、彼らと一緒に巨大な抜け殻の前で昼食だ。
「買いに来る学者連中も切羽詰まった顔しててなぁ~ちょっと前まではもうちっと楽しそうにしてたが」
「こういうところで地味~に魔王の気配を感じるんだよなぁ」
魔王と直接対峙するわけでもない彼らのところまで、その影が迫っているように感じた。
それからさらに一ヶ月後、
「アオイ様! できましたよ!!」
「まだ試作ですけどね!」
アドアもラネも嬉しくて頬が上がるのを止められない。わざわざ上級神官が二人、蒼を探して街中を走り回ったようで、いかに興奮状態なのかよくわかる。周囲も何事だ!? と奇妙な目を向けていた。
「わかりました! 明日お祝い持っていくんで、とりあえずお風呂入って一晩寝てください!」
蒼は言葉通り、桃のショートケーキを作って翌日研究室を訪ねと、二人は初めて会った時のような落ち着きを見せていた。
「おめでとうござます! あ、さっぱりしましたね!」
開口一番、蒼はちょっと照れている二人へ告げる。
「ありがとうございます」
「睡眠って大事ですね」
本人達も昨日のことを思い出してそう思ったようだ。
「コレです!」
転移装置の輪っかは当初のフラフープサイズから指輪サイズへと変わっていた。渡されたそれを凝視すると、一体どうやって掘ったのかわからないほどの細かな紋様が刻まれていた。
「まだまだ研究途中ですが、兎にも角にも聖水の転移ができるようになったのです」
他のものはまだ転移はできていないが、一番の目的である魔物への最大の武器聖水がどこでも手にはいるようになったということだ。
「アオイ様からいただいた聖水と、研究によって効果の高めた通常の聖水、あればどちらも問題もなく……これでいける!」
例の無茶を言ってきた上役に叩きつけてやりたいですよ! と、相変わらず神官とは思えない過激な発言がラネから聞こえるが、もうアドアも止める気はないようだった。
「アオイ様がいなければ達成できませんでした」
「いやいや……私は一晩翻訳頑張っただけなので」
謙遜しつつも頑張ったと自覚があることはキッチリと主張しておく蒼だった。
彼女の世紀の発明に関われて誇らしいが、二人がいなければ決してこの転移装置が生まれることはなかったのだとハッキリと伝える。
「いいえ。召喚陣の記憶、それに日記の解読、どちらもなければとてもじゃないが実現しなかった……アオイ様、本当にありがとうございました」
柄にもないラネの態度にアオイもドギマギする。思わず照れて小さな子供のようにクネクネとしてしまう。
「じゃあ三人の力ということで!」
アドアもラネも足りなくなったエネルギーを補填するかのように、蒼のケーキをほどんど二人で食べてしまった。
「そういえば……研究の最中……夢のように美味しい食事をいただいていたような……」
何かを思い出すようにアドアがハッとケーキから顔を上げる。
「え? あれってやっぱり現実? 夢じゃないってことは現実?」
ラネも同じことを考えていたようだ。コーヒーの匂いで何か思い出し始めている。
(どんだけ熱中してたんだろ……!?)
それらかしばらく、二人はぽやぁっと夢の中で食べたと思っていた食事の数々を思い出し始めていた。
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