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第8章 世界の始まり
第6話(閑話) 勇者の覚悟
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「ぜんっぜん気配を感じなくなっちゃんですけど!?」
小さな街の宿屋で翔は焦っていた。これまでなんとなく感じていた魔王の気配がここ最近少しも感じ取れないのだから当然だ。
「マジかよ!? え? 全く?」
「はい……」
レイジーも驚きを隠せないと声が大きくなる。ルチル達はお互いの顔を見合わせていた。アレクサンドラの表情は読めない。ただ真顔になっていた。
「もしかして誰かが浄化しちゃったんじゃ……?」
「ショウ以外の誰か~~~? まあ可能性がないわけでもないけどよ……そんな簡単にいくもんかねぇ」
「カゲ!」
「影かぁ~……いっぺん神殿に寄って情報収集する……?」
影の勇者の存在はもちろん全員知っている。だから実はその人物が自分の代わりに浄化してくれたんじゃないかと、あの親子のどちらかを自分が消す必要がなくなったのではないかと翔は淡い期待を抱いている。そして同時に自分の卑怯な心の内を知って落ち込んだ。
(他人に責任を押し付けるなんて)
だがやはり後日再び魔王の気配を感じ取ると、心の中の錘がその存在感を示した。そして同時に、あの親子が無事であることに安堵している。
(しっかりしろ! どちらかは魔王なんだぞ……!)
相手は世界を滅ぼす魔王。そうなる前に浄化しなければならない存在なのだ。勇者である自分が。
「日にほんの数時間だけだったり、数日気配を感じなかったり……俺の感覚がおかしくなっちゃったんでしょうか」
一体どうなっているのかサッパリわからない日が続いた。
「やっぱり一度神殿へ行きましょう。上級神官がいるような大きな神殿ってこの辺りだと……」
「クミルネ!」
ルッチェが待ってましたと叫ぶ。
「駄目だ。……どうも上級神官は信用ならない」
アレクサンドラが静かに反対した。
「えぇぇぇ!」
最大のバックアップ組織が信用ならないなんて話、普通であれば簡単に信じられるようなことではないが……。
「また例の裏情報か?」
「そうだ」
これまでも彼女がどこからか仕入れてくる裏情報に助けられてきたので、全員がいつも通り、そうかわかったと言いたいところではある。だがレイジーは今回一歩踏み込んだ。
「いい加減、その情報源を教えてくんねぇ?」
お人好しの勇者はきっと踏み込まないとわかっている。相手が嫌がっていることを強要するタイプではない。だが今は有事。納得のいく理由の元で命懸けの旅を続けたい。
「……魔法道具だ。あちこちから情報が直接頭の中に送り込まれてきている。使えるのはカーライル家を担う人間のみ……今は父と私だけだが」
アレクサンドラはレイジー達の気持ちももちろん理解していた。だから詳細な仕掛けこそ教えることはなかったが、可能な限り話すつもりにはなっている。
今は魔王を探そうと情報取得の範囲を広げているせいで、情報の処理と精査に時間がかかっている。細かなことが確実になり次第、翔達に伝えるとアレクサンドラは約束した。
(たくさんのモニターを見ている感じなのかな)
翔以外はアレクサンドラがどのように情報を扱っているか、いまいちピンときていないようだった。
「イモウト ハ?」
珍しくルチルが興味を示した。彼女はカーライル家を妹に託して合流したと聞いていた。なのになぜその妹が使えないのかと。
「莫大な情報が流れ込んでくるからな。加護の力が強い私や父は慣れているので自然に情報の処理をおこなえるが、妹には無理だと判断した」
感知の加護も同じく、一度に大量の情報が頭の中に流れ込んでくる。その中から特定の情報を瞬時に読み取り、思考し、行動することに彼らは長けていた。
「ふ~ん。それでカーライル家は大丈夫なのか?」
カーライル家は戦闘能力だけではなく、情報も力として大きくなった家であることをレイジーは知っている。その一翼をなくすなんて不安にならないのか疑問なのだ。
「魔王を浄化すれば数百年は大きな脅威はなくなるからな。加護の力が強い子孫が生まれるのを待てばいい」
どの道魔王を浄化できなければ、その他の脅威に怯える必要などなくなる。世界は滅びてしまうのだから。それに……、
「どうやら魔王を取り逃した父はまだ健在のようだ。状況が落ち着けば可愛い方の娘を甲斐甲斐しく支えるだろうさ」
ニヤリと嫌味を言ってやったぞといった風だったが、
「アレクサンドラさんが支えてあげればいいじゃないですか」
翔がすかさず言葉を投げかけた。彼女には帰る家が残っているのだから。自分と違って。
「まさか勇者にそう言われるとは」
気の抜けた声になっているアレクサンドラ。しかしレイジー達も確かにと同意するように頷いている。
「……勇者を魔王の元に届けるのが我々の勤めだ。歴代の英雄達は……特に戦士として勇者と旅した私の先祖は、初代を除いた全員が殉死している」
彼女は覚悟していたのだ。自分もその一員になると。だからそう思っていなかった翔やレイジー、ルチルはひどくショックを受けた顔になっている。
「死ぬ気でいたのかよ!」
「そうだ。幼い頃からずっとその覚悟をして生きてきたぞ」
そうしてフとアレクサンドラが勇者の方に視線をやると、ショックどころか衝撃で泣きそうな顔になっている青年がそこにいた。
彼が魔王浄化の旅に出ると覚悟を決めたのはそれほど前のことではない。勇者という彼らを代表するような立場にいながら、自分と彼女の覚悟に差があるように感じてしまった。死ぬ覚悟なんて、本当のところ彼にはできていない。
「すみません……俺、全然わかってなかったです……でも絶対にこの旅を軽んじているわけではなくって……!」
こんな自分を彼女は命懸けで支えてくれている。
(情けない……!)
そんな勇者を見て、アレクサンドラは気遣うような優しい目になった。
「私は群を抜いて優秀だったからな。戦闘面でも加護の面でも。私以外に誰が御使に選ばれる! そう思っていたんだよ」
「俺はな~~~まさか自分がその一員に加わるとは思ってなかったよ~~~今でもちょっと不思議に思ってるもん」
「だろうな」
「え!? そこはもうちょっと……『そんなことはない、お前の魔術は一級品だ』くらい言って欲しかったナ!」
ションボリしてしまった勇者を励まそうと、レイジーはふざけ始め、アレクサンドラも珍しくそれにのっていた。
英雄の末裔達は気付いている。翔が育った世界——異世界のことをいまだに恋しく思っていることを。だがなんの思い出もない生まれ故郷を救うため、愚痴の一つも言わず前向きに旅を続けていることを。
「ルチルモ ゼンゼン カンガエテ ナカッタ! ニーナハ ヨソウ シテタ!」
「ルッチェは?」
「ゼンゼン!」
ルチルがそっと翔の肩に手を置いた。そして照れながらニコリと笑顔を見せる。
「……死ぬ……覚悟なんて……い、いらないよ……皆……」
声を震わせながら翔を励ますルチルに一同は驚愕した。
「……うん。そうだね」
アレクサンドラにも同意を求めるような視線を送る。翔とルチルとそしてレイジーで。
「善処するよ」
小さく微笑んだアレクサンドラは少し嬉しそうだった。
(そうだ。そんな覚悟より別の覚悟をした方がいい)
全員死なない道を選ぶ覚悟だ。たとえこちらの道が辛く険しく時間がかかっとしても、誰に恨まれてもそうしようと翔は自分に誓った。すると急に気持ちが楽になる。
「この旅が終わった後のことを考えましょう。何か楽しいことを」
ようやく勇者としての道が開けた瞬間だった。
さて、久しぶりにそんな晴れやかで穏やかな気持ちに浸っていた翔だったが、数日後またも大きな声で叫ぶ出来事が起こってしまう。
「アオイとあの親子が接触している」
アレクサンドラは自分でも信じられないというような困惑した表情になっていた。
「へ? え? あの親子ってまさか……」
「どちらかが魔王と思われる親子だな」
「ええええええええ!!!? なななな、ななんで!?」
「大丈夫。無事だ。無傷」
アレクサンドラはすぐに翔に必要な情報を与えるが、翔の方はもうオタオタとするしかない。自分のせいでこの世界にやってきてしまった女性が大ピンチなのだから。
「アオイと一緒に行動しているようだ。どうやらその頃から魔王の気配が消え始めているな」
「アオイ マオウト タビ シテルノ!?」
「どうなってんだ!? アオイって浄化の力は貰ってないんだよな!?」
レイジーが翔に確認する。彼らも訳がわからないと頭の上がハテナでいっぱいだ。
「……ないはずだけど……」
蒼と翔はこの世界の大地に足をつけるギリギリまで一緒にいた。その時まで、そんな力を彼女は持っていなかったはずだ。
(魔王に騙されてるとか……?)
考えても考えても、魔王と行動を共にする理由が思い浮かばない。
「蒼ねーちゃんも魔王も一体なにを考えてるわけ!!?」
影の勇者が真の勇者の元に辿り着くまであと少し。
小さな街の宿屋で翔は焦っていた。これまでなんとなく感じていた魔王の気配がここ最近少しも感じ取れないのだから当然だ。
「マジかよ!? え? 全く?」
「はい……」
レイジーも驚きを隠せないと声が大きくなる。ルチル達はお互いの顔を見合わせていた。アレクサンドラの表情は読めない。ただ真顔になっていた。
「もしかして誰かが浄化しちゃったんじゃ……?」
「ショウ以外の誰か~~~? まあ可能性がないわけでもないけどよ……そんな簡単にいくもんかねぇ」
「カゲ!」
「影かぁ~……いっぺん神殿に寄って情報収集する……?」
影の勇者の存在はもちろん全員知っている。だから実はその人物が自分の代わりに浄化してくれたんじゃないかと、あの親子のどちらかを自分が消す必要がなくなったのではないかと翔は淡い期待を抱いている。そして同時に自分の卑怯な心の内を知って落ち込んだ。
(他人に責任を押し付けるなんて)
だがやはり後日再び魔王の気配を感じ取ると、心の中の錘がその存在感を示した。そして同時に、あの親子が無事であることに安堵している。
(しっかりしろ! どちらかは魔王なんだぞ……!)
相手は世界を滅ぼす魔王。そうなる前に浄化しなければならない存在なのだ。勇者である自分が。
「日にほんの数時間だけだったり、数日気配を感じなかったり……俺の感覚がおかしくなっちゃったんでしょうか」
一体どうなっているのかサッパリわからない日が続いた。
「やっぱり一度神殿へ行きましょう。上級神官がいるような大きな神殿ってこの辺りだと……」
「クミルネ!」
ルッチェが待ってましたと叫ぶ。
「駄目だ。……どうも上級神官は信用ならない」
アレクサンドラが静かに反対した。
「えぇぇぇ!」
最大のバックアップ組織が信用ならないなんて話、普通であれば簡単に信じられるようなことではないが……。
「また例の裏情報か?」
「そうだ」
これまでも彼女がどこからか仕入れてくる裏情報に助けられてきたので、全員がいつも通り、そうかわかったと言いたいところではある。だがレイジーは今回一歩踏み込んだ。
「いい加減、その情報源を教えてくんねぇ?」
お人好しの勇者はきっと踏み込まないとわかっている。相手が嫌がっていることを強要するタイプではない。だが今は有事。納得のいく理由の元で命懸けの旅を続けたい。
「……魔法道具だ。あちこちから情報が直接頭の中に送り込まれてきている。使えるのはカーライル家を担う人間のみ……今は父と私だけだが」
アレクサンドラはレイジー達の気持ちももちろん理解していた。だから詳細な仕掛けこそ教えることはなかったが、可能な限り話すつもりにはなっている。
今は魔王を探そうと情報取得の範囲を広げているせいで、情報の処理と精査に時間がかかっている。細かなことが確実になり次第、翔達に伝えるとアレクサンドラは約束した。
(たくさんのモニターを見ている感じなのかな)
翔以外はアレクサンドラがどのように情報を扱っているか、いまいちピンときていないようだった。
「イモウト ハ?」
珍しくルチルが興味を示した。彼女はカーライル家を妹に託して合流したと聞いていた。なのになぜその妹が使えないのかと。
「莫大な情報が流れ込んでくるからな。加護の力が強い私や父は慣れているので自然に情報の処理をおこなえるが、妹には無理だと判断した」
感知の加護も同じく、一度に大量の情報が頭の中に流れ込んでくる。その中から特定の情報を瞬時に読み取り、思考し、行動することに彼らは長けていた。
「ふ~ん。それでカーライル家は大丈夫なのか?」
カーライル家は戦闘能力だけではなく、情報も力として大きくなった家であることをレイジーは知っている。その一翼をなくすなんて不安にならないのか疑問なのだ。
「魔王を浄化すれば数百年は大きな脅威はなくなるからな。加護の力が強い子孫が生まれるのを待てばいい」
どの道魔王を浄化できなければ、その他の脅威に怯える必要などなくなる。世界は滅びてしまうのだから。それに……、
「どうやら魔王を取り逃した父はまだ健在のようだ。状況が落ち着けば可愛い方の娘を甲斐甲斐しく支えるだろうさ」
ニヤリと嫌味を言ってやったぞといった風だったが、
「アレクサンドラさんが支えてあげればいいじゃないですか」
翔がすかさず言葉を投げかけた。彼女には帰る家が残っているのだから。自分と違って。
「まさか勇者にそう言われるとは」
気の抜けた声になっているアレクサンドラ。しかしレイジー達も確かにと同意するように頷いている。
「……勇者を魔王の元に届けるのが我々の勤めだ。歴代の英雄達は……特に戦士として勇者と旅した私の先祖は、初代を除いた全員が殉死している」
彼女は覚悟していたのだ。自分もその一員になると。だからそう思っていなかった翔やレイジー、ルチルはひどくショックを受けた顔になっている。
「死ぬ気でいたのかよ!」
「そうだ。幼い頃からずっとその覚悟をして生きてきたぞ」
そうしてフとアレクサンドラが勇者の方に視線をやると、ショックどころか衝撃で泣きそうな顔になっている青年がそこにいた。
彼が魔王浄化の旅に出ると覚悟を決めたのはそれほど前のことではない。勇者という彼らを代表するような立場にいながら、自分と彼女の覚悟に差があるように感じてしまった。死ぬ覚悟なんて、本当のところ彼にはできていない。
「すみません……俺、全然わかってなかったです……でも絶対にこの旅を軽んじているわけではなくって……!」
こんな自分を彼女は命懸けで支えてくれている。
(情けない……!)
そんな勇者を見て、アレクサンドラは気遣うような優しい目になった。
「私は群を抜いて優秀だったからな。戦闘面でも加護の面でも。私以外に誰が御使に選ばれる! そう思っていたんだよ」
「俺はな~~~まさか自分がその一員に加わるとは思ってなかったよ~~~今でもちょっと不思議に思ってるもん」
「だろうな」
「え!? そこはもうちょっと……『そんなことはない、お前の魔術は一級品だ』くらい言って欲しかったナ!」
ションボリしてしまった勇者を励まそうと、レイジーはふざけ始め、アレクサンドラも珍しくそれにのっていた。
英雄の末裔達は気付いている。翔が育った世界——異世界のことをいまだに恋しく思っていることを。だがなんの思い出もない生まれ故郷を救うため、愚痴の一つも言わず前向きに旅を続けていることを。
「ルチルモ ゼンゼン カンガエテ ナカッタ! ニーナハ ヨソウ シテタ!」
「ルッチェは?」
「ゼンゼン!」
ルチルがそっと翔の肩に手を置いた。そして照れながらニコリと笑顔を見せる。
「……死ぬ……覚悟なんて……い、いらないよ……皆……」
声を震わせながら翔を励ますルチルに一同は驚愕した。
「……うん。そうだね」
アレクサンドラにも同意を求めるような視線を送る。翔とルチルとそしてレイジーで。
「善処するよ」
小さく微笑んだアレクサンドラは少し嬉しそうだった。
(そうだ。そんな覚悟より別の覚悟をした方がいい)
全員死なない道を選ぶ覚悟だ。たとえこちらの道が辛く険しく時間がかかっとしても、誰に恨まれてもそうしようと翔は自分に誓った。すると急に気持ちが楽になる。
「この旅が終わった後のことを考えましょう。何か楽しいことを」
ようやく勇者としての道が開けた瞬間だった。
さて、久しぶりにそんな晴れやかで穏やかな気持ちに浸っていた翔だったが、数日後またも大きな声で叫ぶ出来事が起こってしまう。
「アオイとあの親子が接触している」
アレクサンドラは自分でも信じられないというような困惑した表情になっていた。
「へ? え? あの親子ってまさか……」
「どちらかが魔王と思われる親子だな」
「ええええええええ!!!? なななな、ななんで!?」
「大丈夫。無事だ。無傷」
アレクサンドラはすぐに翔に必要な情報を与えるが、翔の方はもうオタオタとするしかない。自分のせいでこの世界にやってきてしまった女性が大ピンチなのだから。
「アオイと一緒に行動しているようだ。どうやらその頃から魔王の気配が消え始めているな」
「アオイ マオウト タビ シテルノ!?」
「どうなってんだ!? アオイって浄化の力は貰ってないんだよな!?」
レイジーが翔に確認する。彼らも訳がわからないと頭の上がハテナでいっぱいだ。
「……ないはずだけど……」
蒼と翔はこの世界の大地に足をつけるギリギリまで一緒にいた。その時まで、そんな力を彼女は持っていなかったはずだ。
(魔王に騙されてるとか……?)
考えても考えても、魔王と行動を共にする理由が思い浮かばない。
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