悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

38 開戦

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 その日は、空はどんよりとした雲が広がり、今にも雪が降り出しそうだった。
 王城で”その日”を待っていた私達は、最善の結果に近付けるためにあらゆることを想定した会話を続け、合間に合間にふざけあって、最近覚えた魔術の小技を見せ合ったりと、落ち着きなく過ごしていた。部屋には私とルカとアイリスだけ。その他はすでにそれぞれの持ち場についていた。

「プラネタリウムみたい!」

 アイリスのはじけるような声を聞いて、私もルカも気持ちが明るくなる。暗くした室内でルカがほんの小さな灯りをあちこちに振りまいていた。

「ずっと前、アリバラ先生が氷の魔術で似たようなの見せてくれたよね」
「そうそう。あれから同じ魔術を使えるようになったけど、やっぱり先生のが一番綺麗なんだよなぁ……」

 思い返しても美しい魔術だった。ルカは別の魔術で同じような感動を味わおうと、長年試行錯誤をしていたらしい。こういう研究熱心なところを私は尊敬している。

「西の森で飛龍が動いた……始まるぞ」

 重々しく私達がいる部屋の扉が開いた。早足で部屋に入って来たレオハルトの表情はこれまでで一番険しい。
 ソファーで転がっていたルカとアイリスが起き上がり、レオハルトと同じ表情になる。ジェフリーはすでに時計塔広場で迎え撃つ準備を進めていた。

「フィンリー達が誘導してくる前に俺達も行こう」

 ライアス領の飛龍隊が王都の郊外に潜むようにして待機しており、そこにフィンリー様もいる。

「ご武運を」

 私はここで表向きは戦いからは離脱だ。兵達の手前、しんみりと見送る彼らを心配するような顔をしておく。それぞれと視線を合わせて頷きあった。ゆっくりと顔を見合わせる最後の瞬間かもしれない。

「どちらへ?」

 少し間を置いて部屋を出て行こうとする私に、護衛と言う名の見張りがすかさず扉の前を塞いだ。

(こりゃ陛下にも私の行動は読まれてるわね)

 どこまで読まれているかはわからないが、だからと言って止まる気はない。

「祈りに。教会へ」

 一瞬、護衛兵は判断に迷ったようだ。その隙にそそくさと彼のわきを通り過ぎ教会の方へと向かう。もちろん、護衛兵が付いてきたが想定内。

「……戦いが終わるまでこの部屋の中におりますので」
「承知しました」

 教会内にある、特別室へと入った。ここは聖女に許可を得た者だけが使用できる。主に王家の人間がそれにあたるが、私は身内特権を使った。護衛兵は逃がす気はありませんとばかりに扉に張り付くことにしたようだ。信用されていない……そしてその読みは正しい。

「……お待ちしてました~! っていうか、ちょっと急いでもらっていいですか~?」

 気配もなく声をかけられたので思わず声を上げそうになる。エリオットが待ち構えていたのだ。

「ごめんなさい! 急ぎましょう!」

 特殊魔法の一つなのか、彼の故郷の秘術なのか……詳細は教えてもらえなかったが、エリオットは姿を変える魔術を使いこなしていた。

「他人の姿は長く維持できません! 長くても二時間かなぁ……抜け出すには十分かも入れませんが、バレて陛下に怒られることは覚悟してくださいねぇ」
「それだとエリオットも怒られない?」
「ま。それくらいリディアナ様達には感謝してるってことです! 陛下も最後には許してくれると思いますから……大丈夫でしょっ!」

 たいしたことじゃないようにケラケラと笑いながら私に魔術を施すと、私の体全体をうっすらと白く淡い光が包み込んだ。ほんの数秒でそれは引いていく。

「か、変わった?」

 顔をぺたぺた触るもよくわからない。が、髪の毛先を手前に持ってくるとその魔術の効果がよくわかった。

「銀髪!!?」
「瞳の色もグレーになってます。これで髪型と服装を変えればわりとわかんないもんですよ」

 思ったほど劇的な変化はなかったが、言われるがまま聖騎士の兵服を着用し外へ出ると、護衛兵は私だと気付くことなかった。職務に忠実な彼のために、私は今日をやりこなさなければ。

(今日をどうにかできなきゃ、あなたのお仕事もなくなっちゃうかもだから……ごめんね)

 真剣な表情で扉を守る護衛兵の方を一度だけ振り返り、私は時計塔広場へと向かった。

◇◇◇

 西から現れた飛龍達は、王城へと真っ直ぐに進んでいた。背に誰を乗せているわけではない。命じられたまま、ただ破壊し尽くすことだけを考えていた。可能な限り多く悲鳴を聞き、可能な限り多くの命を奪うことが本能として刷り込まれていた。自らの身がどうなろうとも。
 だから辿り着いた王城の目の前で、真っ黒な飛龍に突如攻撃を受けるようなことがあれば、邪魔者を排除しようとひたすらに追いかけずにはいられなかった。黒い飛龍の背に乗った青年は相棒を上手くコントロールし、執拗な攻撃を紙一重でかわし続けていた。

「いいぞフィルマー!」

 こんな危険な状況の中だというのに、その青年はどこか楽しそうに見えた。
 王都の空ではいつの間にかライアス領の飛龍隊が無法者を取り囲むように隊列を組み、少しずつ城から遠ざかっている。そうして大きな時計塔のある広場の上空で小競り合いを続けていたのだが、

「放てッ!!」

 どこからともなく聞こえてきた声と同時に、火、雷、氷……あらゆる攻撃魔術が上空に飛び出し、見事に狙った飛龍にのみ直撃した。

「フィンリー!!」

 ショートカットの女性が息子の名を叫ぶ。フィンリーの方は待ってましたとばかりに、攻撃を受けよろけている個体や混乱し動きが乱れている敵の飛龍へ黒龍と共に攻撃を仕掛け、地面へと叩き落とす。

「アイリス!!」
「まっかせて~~~!!!」

 地上ではレオハルトの掛け声と同時に、妖精の加護をもつ少女が地面に両手をついた。一瞬で鮮やかなシャボン玉のような光が時計塔広場を包み込む。慌ててその場を離れようとする飛龍達はその光に何度もぶつかり、自分達が閉じ込められたことを知ったのだ。
 もちろん一部あぶれた飛龍は、ライアス領の飛龍隊によって無事打ち取られていた。

「結界がうまく発動しています!」

 ジェフリーがレオハルトに報告する。彼の主人は王に代わり、決戦の地へと出陣していた。二人は師であるアリバラの最期の予知夢の描かれた絵をしっかり覚えており、個体数やその特徴を確認しながら事態が筋書き通りに進んでいることを確認していた。

(これで全部だな)

 レオハルトは落ち着いている。今のところ予定通りだ。すでに王都中にアイリスの結界が密かに張られていた。生きている魔物は一切入り込めなくなっている。他の魔獣の警戒も必要だが、恩赦と引き換えに寝返った元魔力派の貴族の子弟達の情報が役に立ち、られているエリアはすでに魔封石と兵達が待機している。
 唯一、予定通りにするつもりがないことは予知夢の主の身の安全だ。

(アリバラ先生のことは任せたぞ)

 チラリとレオハルトが視線を送った先には、これまで見たことがないほど真剣なルカの顔があった。アリバラはどれだけ教え子達が説得しても、

『私があの場にいることが、私の予知夢の大前提ですよ』

 と言って聞かなかった。
 アリバラは、彼自身が最期どのようにして死を迎えるかも教え子達にも教えていない。

『まあなんとかなるでしょう。あなた達がいれば』

 満たされているようなアリバラの微笑は、返って教え子達を不安にする。彼が未来を変えることを諦め、死を受け入れているのではないかと。

 激しい戦闘はすぐに始まった。飛龍達は予想外に強く、賢く、あらかじめ仕掛けていた罠は、最初数体は引っかかったが、すぐに飛龍達は仕掛けの大元を破壊し、上空まで攻撃の届く弓兵や魔術師達から狙っていった。一部の飛龍に至っては、結界を破ろうと一点を目がけ集中的に攻撃を続けている。こんな行動、普通の飛龍は絶対に取らない。

「翼を狙え! 地上に落とすんだ!」

 不安を抱えつつも一心不乱に飛龍を撃ち落とすことだけを考え続けた。そのおかげか予知夢の通り、事は順調に進んで行く。
 なにより活躍したのはフローレス家の長男ルカ。今の彼を見たら幼い頃、魔力量が少ないせいで貴族社会で肩身の狭い思いをしていたなんて誰も思わない。抜群の魔力コントロールで一切外すことなく、飛龍の硬い頭部を撃ち抜いていった。

『飛龍はぜーんぶ僕が倒して、先生には手持ち無沙汰になってもらいます!』

 幼い頃のようにルカは拗ねたフリをしていたが、本気でそう思ってもいた。

(僕だって悲劇の青年だからね!? 姉と師匠と同時に失うなんて!)

 そんな運命を受け入れる気はさらさらない。だからこそここまで強くなったのだ。

 もちろん、レオハルトにジェフリー、いつも間にか飛龍から降りて参戦していたフィンリーもルカに負けてはいない。騎士や兵士達は、彼らが淡々と恐ろしい魔獣を倒していく姿に、戦闘中にもかかわらず感動を覚えていた。

「まるでこの日のために訓練を積んでいたかのような……」

 騎士が呟いたその言葉通り、彼らはこの日に――飛龍に特化した魔術を磨いていた。何年も前からだ。

「気にせずじゃんじゃん連れてきてよー!」

 声を張り上げているのは、初代聖女の末裔を公言したアイリス。兵達の士気が上がったのは言うまでもなく、怪我人もあっという間に治っていく。騎士団の治療部隊がしっかり機能している上でのこれ初代聖女の末裔だ。魔力補給用にアリアも治癒部隊と共にこの広場にいる。万全の備えとなっていた。
 騎士や兵士達にとって飛龍の大群の討伐など初めてのことだったが、このお陰で恐怖に飲み込まれる者もいなかった。

「地面に落ちても油断するな!」

 凶暴な飛龍達は、一体、また一体と徐々に数を減らしていく。 

(あと三体!)

 生き残った個体は各段に強く、人間の攻撃が当たらない上に口元から火炎弾を放ち続けていた。整備されたばかりの石畳は粉々に割れ、地面は深くえぐれている。人間の数を一人でも減らそうと、火炎弾で自らの身体が傷つこうとお構いなしな攻撃だった。

「連発なんてあり!?」
「クソッ! 魔力が増強されてるのか!」

 すでに味方陣営にも疲労が見え始めている。

(まだ飛龍しか出てきていない……ルーベル伯……魔力派はどこだ?)

 人影は見当たらない。レオハルトは眉をひそめながら雷撃を飛龍へ向ける。

(王を狙って城へ……? こちらはやはり陽動か? こちらが疲弊した後を狙っているかもしれん。気が抜けないな)

 アリバラの予知ではそこまでわからなかった。もちろん城は厳重な警備が敷かれており、王の側には現聖女とフローレス家の当主がいる。
 油断していたわけでも慢心していたわけでもないが、この時レオハルトの頭の中は、すでにこの三体の飛龍を倒した後のことを考え始めていた。賢い飛龍はそれを見逃さない。
 
「レオハルト様!!!」
「グッ」

 火炎弾がレオハルトの腕をかすめる。咄嗟にジェフリーが主人の地面を隆起させ位置を動かしていた。間一髪だ。しかしレオハルトは体制は崩したまま、飛龍は追い打ちをかけてきた。

(しまった……!)

 咄嗟に防御態勢に入り、衝撃を覚悟する。ドン、という衝撃音と爆風を感じた。だが、彼は無事だ。

「……まだ戦いは終わっておりません!」

 銀髪の第八騎士団の徽章を付けた女兵士が、一言だけ声をかけアリバラの方へと走り去った。飛龍は彼女の放った烈火砲に丸ごと飲み込まれ、消し炭になっている。

(リディ!!)

 愛しい人の登場にニヤケそうになるのを堪え、レオハルトは自分の両頬をバチンと強く叩いて気合いを入れる。どんな姿でもレオハルトが彼女を間違えることはなかった。

「あと二体だ!! 連携して撃ち落とすぞ!!」

 一体はレオハルトとジェフリーが、残り一体はルカとフィンリーによってそれぞれ騎士達の支援を受けながら倒しきった。肩で息をしながらも思わずガッツポーズだ。

 その様子を見ながら、アリバラがゆっくりと教え子達に近付いていく。彼は無傷で少しも疲れていた様子はない。ルカ以上の魔力コントロールで最小限の力で飛龍を倒し続けていたのだ。

「ここまで立派になって……とても誇らしい思いです。さあ、これであと少しですね」
「先生! よかった……先生が生きてる!!」

 ルカやレオハルト達が目に涙を浮かべながら恩師に駆け寄ろうとしたその時、

「ですが、最後まで気を抜いてはいけませんよ」 

 穏やかなアリバラの言葉の後、最後の三体の飛龍の中から三人の魔術師が飛び出してきた。そのままアリバラの教え子達に向かって歪んだ大きな笑みと共に真っ黒な雷槍を放ったのだ。

「魔力派!!?」

 三方向から放たれたそれは、咄嗟の防御魔術などあっという間に打ち砕き、相手に死を与えるために鋭く進み続けた。
 誰もが王子と側近達の死を覚悟した。それほどの威力があったのだ。魔力派は魔獣だけでなく人間すら改造していた。

 唯一、こうなることを知っていた人物だけが落ち着いて周囲を確認する。

「先生!!!」

 アリバラは教え子達の前に立ち、まるで指揮をするようにリズミカルに指を振った。目も眩む真っ白な光が時計塔広場中を包み込む。

 真っ黒な雷槍は一瞬で蒸発していった。
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