悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

39 運命が変わる時

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「先生! 先生!!」

 ルカが倒れたアリバラ先生に涙声で名前を呼び続ける。先生は先ほどの白い光の魔術を使った後、バタリとその場に倒れたのだ。

「リディ! リディ早く! 誰かアイリスも呼んできて!!」

 冷静さを失ったルカを見るのは初めてだ。周囲の制止もお構いなしに叫び続けている。

「先生! なんで倒れたの!? なんの魔術を使ったわけ!!?」

 レオハルトもフィンリー様もジェフリーも真っ青になっていた。

「あ、あれだけの魔術です……魔力の枯渇現象かも……」

 ジェフリーの声が震えている。アリバラ先生が予知夢で視た彼の死因が、この魔力枯渇による衰弱死だと確信しているようだった。

「先生はこの戦い……自分が死ぬこと以外は完璧だって言ってた……」
「けど死ぬ気はないって……そうも言っていただろ……!」

 その未来を変えられなかったと悔しそうに拳を握りしめるフィンリー様と、受け入れられないと声を振り絞るレオハルト。

 こんな状況だが、私は思いのほか冷静だ。

『私は大丈夫ですからね。あの予知夢は”最期”の予知夢ではなくなりました。……ああ、私は本当にいい教え子を持ちました……』

 あの魔術を発動する直前、銀髪の私を見て先生はそう言った。私が私だと見抜いていた。先生もあの戦いの中で冷静に戦況を見極めていたのだ。
 だからそっと、先生の身体に触れて体内を確認する。慌てず、状況を確認だ。

「……大丈夫……先生、生きてる……」
「!!?」

 ルカが急いで先生の冷たい手を握り締めた。口をキュッと結び、泣くのを我慢している。

(いや、だけど本当にギリギリ……)

 先生の体内に残った魔力はほんのわずかだ。一撃でも多く飛龍を攻撃していたら、この魔力も残っていなかっただろう。死なないギリギリのライン。これもアリバラ先生だからできた芸当だ。

「私達、先生の運命を変えられたんだと思う」

 ルカを筆頭に、先生に飛龍を近づけないよう必死の思いで戦った。それが間違いなく功を奏した。
 ゆっくりと先生の疲れ切った体にヒールをかける。こうなると魔力の補給は難しいが、衰弱してしまった体は回復可能だ。ゆっくりと瞼が開いていくのを確認し、ホッと息をつく。

「……先生ッ!」
「ああどうも……どうやらうまく予知夢を変えられたようですね……」

 寝起きのように目をシパシパとさせながらゆっくりと先生は起き上がった。

「うわぁぁぁん!」
「うわぁっ」

 子供のように声を上げてルカが先生に飛びついた。驚きながら受け止めた先生だったが、ちょっと困ったように笑いながらルカの頭を撫でる。

「皆さん、ありがとうございました。長々とお礼を述べたいところですが、ゆっくりはしてられません。どうせ次が来るでしょうから」
「もう! こんな時でも先生は淡々としてるんですから!」

 なんて私も言ってしまったが、いつも通りでいてくれる先生のお陰で絶望感に溢れていた空気が落ち着いていくのを感じた。
 もちろん、先生の言う通りゆっくりはしていられない。騎士達が慌ただしく耐性を立て直している。レオハルトも冷静さを取り戻していた。

「先生は後方へ。もし可能ならアリア嬢から少しでも魔力の補充を。俺達も持ち場に戻ろう……新しい情報が……」

 地鳴りのような衝撃音が聞えたのはそれと同時だった。

「城が!!」

 信じられない光景だった。城の一部が崩れ煙が上がっているのが見える。

「アイリスの結界が発動しているはずだろ!?」

 城の結界は市街地に張った結界とは違い、一定の時間が経過するまでは魔獣だけでなく人間すらも通り抜けできないものだった。つまり、城の内部でなにかあったということだ。

「結界の中で何かが……あれは……龍王!!?」

 城の壁を破壊しながら這い上がる大きな龍の姿が見えた。羽は破れているので飛べないようだ。

「いえ、龍王ではありませんね。少し形状が違います」

 アリバラ先生は最もその姿を夢の中で見続けた人だ。一目でその違いがわかるのだろう。

「なにあれなにあれなにあれ!!?」

 騒ぎながら駆け寄って来たのはアイリス。信じられない光景だと言わんばかりの顔になっている。

「最初から中にいたってこと!?」
「あんなのいたら誰か気付くだろ!?」

 私とルカは二人して動揺していた。いろんな場合を想定してきたが、まさか別の龍がでてくるなんて。城の守りを固めていた兵士達が龍を取り囲み始めていたが、圧倒的な力差があるように見えた。

(どうするの!?)

 私以外の視線もレオハルトに集まる。レオハルトが城へ行くと言えばすぐにでも向かうつもりで、体にも力が張っていた。

「……城は陛下に任せよう。少なくとも今はまだ」
「いいんですか!?」
「事前にそうするよう言われている。父はこうなることがわかっていたのかもしれない」

 険しい表情だったが、レオハルトはそうすると決心したようだ。

『何があってもお前は持ち場を守れ。城は私が守る。お前の椅子もだ』

 その言葉から考えると、確かに城で何か起こることを王は予見していたのかもしれない。
 時計塔広場以上に城の守りは堅くしていた。事前に多くの罠を張っていたので、城への人員を割きやすかったというのもある。

「それに……先生が言った通り、次が来た」
 
 全員がビクッと体を振るわせた。
 
「そんな……」

 倒したはずの飛龍達がむくりと起き上がったのだ。

「アンデッド!?」
「次は首を落とそう」

 ジェフリーがすかさずレオハルトの前に立ち、フィンリー様は剣を抜き鋭い視線で飛龍を睨みつけた。
 
「正念場ね」

 アンデッドの倒し方は二つ。体内にめ込まれた核を破壊するか治癒魔法をかけるか。

(私とアイリス対策ってことか)

 私達の魔力を削っておきたいということだろう。

(売られた喧嘩は買うわよ)

 やってやろうじゃないか。

◇◇◇

(なぜわたくしがこんな目に!! どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!)

 第一側妃マリー・ナヴァールは地下の幽閉部屋で血が滲むほど唇を噛みしめ、自身の境遇を受け入れられないでいた。【王の目と耳】に捕らえられ、おおよそ王の妃とは思えぬ扱いを受け、怒りに打ち震えている。

(なぜランベールは私をこんな目に合わせるの!! どうして愛してくれないの!! 私はこんなに愛しているのに!! あの女……もはやアンデッドと同じじゃない!!)

 まだランベールが王太子だった頃からマリー・ナヴァールは彼を愛していた。一時は婚約者候補として名も上がっており、この頃が彼女の幸せの絶頂期だった。だが、

『運命の人と出会ったんだ』 

 そう彼女に告げた後、彼は他所の国の女を正妃として迎え入れた。
 
 第一側妃は、リディアナ達に救出されたシャーロットに接触しようとして捕まった。頑なに口を閉ざし、何をしようとしたかは吐かなかったが、周囲はきっとシャーロットに危害を加える気だったに違いない、と思い込んでいた。だが、それは少し違う。

(ああ……早く全て滅茶苦茶にしてやりたい……)

 ランベールの愛するもの全てを。この街を、この国を、あの女を。全て滅茶苦茶に。傷つけて後悔させたい。自分を愛さなかったことを。心から悔やませてやりたかった。そうしなければ自身は長年の苦しみから解放されない、そうマリー・ナヴァールは確信していた。

(ルーベル家に任せてもどうなるか……あの男、本当に国を乗っ取る気があるのかしら)

 どうもデルトラ・ルーベルからはその気概を感じなかった。彼が謳う”理想の国”はハリボテで、彼もそのことをわかっているのに、周囲を巻き込み疾走している。そうしてデルトラ・ルーベルは、その”疾走”をただ楽しんでいるように見えたのだ。

(大体あの男が国家に興味があるなんてこと、そもそも疑うべきだった……)

 昔から、家のことより自分のことだった。面白いかどうかで全てを評価していた。魔力がある世界の方が面白いから、彼はそれに執着しているだけなのだ。

(いいえ。そもそも他人に期待なんてすべきではなかったのだわ)

 ルーベル家――魔力派のクーデターが成功し、見事王都を落とすことができた場合、ランベール王は第一側妃マリー・ナヴァールにされるという約束になっていた。ナヴァール家の隠し家宝である古代龍王の核をルーベル家に渡したからこそ、シャーロットは復活したのだから。半分は龍として。
 第一側妃はいつの間にか自分の内に抱いていた激しい怒りが、嫉妬が、悲哀が収まって行くのを感じていた。冷静な頭で、自分がどうするべきか考え至ったのだ。

(私がこの手で……)

 彼女は龍王の核を模倣したものを自身の身体に取り込んでいた。捕まった時も体内に入ったその核に気付かれてはいない。

『この核を使えば巨大な力を手に入れることができます。貴女の全てと引き換えですが』

 魔力派の若者に手渡されたその核の使い道は一つ。

「一緒に死にましょうランベール」

 牢の扉の前に立つ兵が振り向いた。

「最期の時を私と一緒に。これで他のどの女も貴方と一緒に死ぬことはできない」 

 正妃だけではない。幽閉された第二側妃も、後継者を生んだ第三側妃も。
 彼の死の運命を決めるのは自分だ、と。

 マリー・ナヴァールは大きな鋼色の龍へと姿を変えた。全てと引き換えに。
 そうして一心不乱に愛する男の元へと向かう。翼は機能しなかった。だからただ城壁を這い上がって行くしかない。プライドなどすでに彼女の中に存在しなくなっていた。かつて暮らしていた住処を破壊しながら、進んだ先には確かにランベールの気配を感じる。

「お逃げください陛下!!!」

 騎士達が激しく攻撃を向けてきても、鋼の龍はほんの少しも足を止めなかった。その瞳には愛する男がすでに映っていたからだ。だが、

――ガァァァァ

 もはや言葉もなく彼女が叫んだのは、愛する男をその牙で噛み砕けたからではない。

 殺したくてしかたがない女が裸足で立っていたからだ。

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