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序章
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「リディアナ・フローレス! 今! この時を持って貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティの真っ最中。王立学園の豪華な大広間で、この国の第一王子であるレオハルトが叫ぶ。側には可愛らしいふわふわボブのピンクブラウンの美しい髪色をした少女が、ハラハラと経緯を見守っていた。
「あら殿下、そのようなこと、まかり通るとお思いで?」
公爵令嬢リディアナ・フローレスは妖艶に笑う。美しく結い上げられた黒髪に透き通る肌に真っ赤な唇、なによりその自信に溢れた大きく黒い瞳に人々は目を奪われた。歴代最高の魔術師と呼ばれた令嬢は、少しも動揺などしていないようだ。
「そもそもこの婚約は、殿下のお母上様——リオーネ様と陛下が強く望まれたもの。まずはそちらにお話を通してくださいませ」
「貴様の悪行の数々を知れば、喜んで婚約破棄を認めてくださるだろう」
レオハルトも強気に返す。どうやら婚約破棄に至るための十分な物的証拠があるようだ。
「フローレス家の令嬢とあろうものが、権力を使い悪逆の限りをつくし、あらゆる者を虐げ……この国の為に尽くした叔母上や亡きお母上に申し訳ないとは思わないのか!」
激しい叱責をうけても、リディアナは表情を変えない。優雅に微笑んだままだ。
「ふふ、母を殺したこの国の王子にそのようなことを……もう少し王室の内情についてお勉強なさることをお勧めいたしますわ」
「なんだと!?」
「いえ、私が王妃になれば何にも問題ございませんわね。どうぞご心配をなさらず」
「貴様! 不敬だぞ!」
レオハルトの側近であるジェフリー・オルティスだ。彼は子爵家の三男であり、レオハルトに才能を見出され側近となった男だ。勤勉で忠義に厚いと周囲からの評価も高い。そして今、レオハルトと同じ怒りと軽蔑に満ちた表情でリディアナを睨みつけている。
「リディアナ嬢、その件はもちろん真相を解明すべきだと思う。令嬢にとって辛く悲しい出来事だということも想像に難しくない。しかし今回の問題とは別の話だ」
彼はレオハルトの親友、辺境伯の嫡子フィンリー・ライアス。普段は少々軽薄なところが目立つが、この場での姿はそのような様子を少しも思い出せないほどの立ち振る舞いだ。感情任せにせず、淡々と、しかし強い意志を持ってリディアナへ伝えようとしていることがわかる。
「君はあまりにもやりすぎた」
悲しそうな瞳を向け、しっかりとリディアナと視線を合わせた。
「真相など、疾うの昔に解明済みですのでお気遣いなく」
リディアナは少しも怯む事なくしっかりと視線を返す。
「もうやめてくれよリディ!」
美しい銀髪を靡かせた気弱そうな少年が必死に懇願するような声を上げた。彼の名はルカ・フローレス。リディアナの双子の弟である。
「ああ、そちらが強気なのは……あの蠅女、この愚弟まで誑かしたんですのね! あっちこっちとお忙しい中、弟のお相手までしていただいて申し訳ないですわ」
「そんな! 私は……!」
前に出ようとしたアイリスをレオハルトが妨げ、お互いに見つめ合った。
あらあら、とリディアナは大袈裟に驚いているフリをしているが、もちろん事前に知っていていたのだろう。実の弟を一瞥し、アイリスに視線を向ける。
「違う! 僕が一方的に……」
「これでわかっただろう。貴様に勝ち目はない。証拠も証人も十分に揃っている。大人しく婚約破棄を受け入れろ。……どちらにしろ、第二王子の殺害と第三王子の殺害未遂で貴様は死罪だ!」
静まり返っていた大広間が途端に騒がしくなる。そんな中でもリディアナは眉一つ動かさない。
「ふふ、そんな大層な罪を並べ立てなくても。ただその粗末な女と一緒になりたいが為に婚約者の粗探しをしたと仰ったら良いのに!」
面白そうにクスクスと笑い始めた。
「そうだ! 私はアイリスを愛している」
アイリスは口を抑え、顔を真っ赤にしてレオハルトを見つめていた。レオハルトは愛しげな視線をアイリスに返している。誰が見てもリディアナに向ける目とは全く違うのがよくわかった。
「貴様の望みはわかっている。この国の王妃になる事だろう」
蔑むようにリディアナの方を向き、高らかに宣言した。
「私、レオハルト ・オースティンは今この時を持って王位継承権を返上する!」
そこでこの日初めて、悪女の顔に動揺が表れた。もちろん彼女だけでなくホール中が更に騒がしくなる。
「このような場で……無効ですわ!」
「お望みなら陛下の、父の前でも宣言しよう!」
「継承権のない殿下に、いったい何の価値があるとお思いで? リオーネ様がさぞお嘆きになるでしょうね」
この国では第一王子だからといって王になれるわけではない。基本的には能力、魔力量、人望、そして母親の身分等、様々な面を考慮して現王が決定する。
レオハルトの母である第三側妃リオーネは商家の生まれである。その辺の貴族よりもよっぽど良い暮らしをしてきたが身分は平民だ。その為王宮では王の妃だというのに窮屈な生活を送っており、自身の産んだ第一王子に大きな期待をかけていた。王の母となる事を望んでいるのだ。
「これは俺の人生だ! 母は関係ない!」
確固たる意志を持って強く反論する。長い葛藤の末に出した答えなのだろう。
「まあまあ! 魔物にでも唆されたのですね! 王の子として生まれたものは国の為に生きる責務があるのです。民は血税を払い、徴兵され血を流しながら国を守っているのですよ。自身の王がより良い環境でより良い国を作るために!」
「そんな事ない! レオだって、フィンだって、ジェフだってルカだって……誰のためでもない、自分自身のために生きても良いはずよ!」
必死な表情で、アイリスがレオハルトに加勢した。
「小蝿がブンブンと詭弁を並べて、なんて鬱陶しい」
「貴様がどれだけ彼女を傷つけようと彼女の価値が揺らぐことはない!」
この様な悪態は日常茶飯事なのだろう。彼女の暴言に今更驚く者はいない。
「そして貴様がどれだけ足掻こうとも俺が王になることはない」
アイリスの肩を抱きながらリディアナを強く睨みつける。
「後悔なさいますわよ」
リディアナも強く睨み返す。本気であることが必ず伝わるように。
「この者を捕らえよ! 王族殺しの大罪人である!」
レオハルトの掛け声と共に扉という扉から兵士達が集まり、武器を抜き、リディアナの周りを取り囲んだ。
「まあなんてこと……」
「後悔するのは貴様だったな」
レオハルトが冷たく言い放った。
「残念ですわ。殿下の私への評価がこんなにも低かったなんて」
手に持っていた美しい宝石で装飾された扇子を振り上げたかと思うと、リディアナの周りに激しい風が渦巻き始めた。一般の生徒たちが叫び声をあげながら慌てて逃げ始める。風はやがてそれぞれが刃物のように鋭さを変え、リディアナの近くにいる者から切り裂いていった。
「王にならない男になんの価値もありませんわね。私の時間を利子付きでお返しいただきたいけれど……」
やがてあたりは血で埋め尽くされ、うめき声をあげる兵士や逃げ遅れた生徒達であふれていく。レオハルトにジェフリー、フィンリーそしてルカはアイリスの強力な防御魔法によってなんとか耐えていた。
その中をリディアナは表情一つ変えずに出口へ向かっていく。
「それでは殿下、とんだ無駄な時間をありがとうございました。ごきげんよう」
優雅な挨拶とともに、リディアナ・フローレスは姿を消した。
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「あら殿下、そのようなこと、まかり通るとお思いで?」
公爵令嬢リディアナ・フローレスは妖艶に笑う。美しく結い上げられた黒髪に透き通る肌に真っ赤な唇、なによりその自信に溢れた大きく黒い瞳に人々は目を奪われた。歴代最高の魔術師と呼ばれた令嬢は、少しも動揺などしていないようだ。
「そもそもこの婚約は、殿下のお母上様——リオーネ様と陛下が強く望まれたもの。まずはそちらにお話を通してくださいませ」
「貴様の悪行の数々を知れば、喜んで婚約破棄を認めてくださるだろう」
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「フローレス家の令嬢とあろうものが、権力を使い悪逆の限りをつくし、あらゆる者を虐げ……この国の為に尽くした叔母上や亡きお母上に申し訳ないとは思わないのか!」
激しい叱責をうけても、リディアナは表情を変えない。優雅に微笑んだままだ。
「ふふ、母を殺したこの国の王子にそのようなことを……もう少し王室の内情についてお勉強なさることをお勧めいたしますわ」
「なんだと!?」
「いえ、私が王妃になれば何にも問題ございませんわね。どうぞご心配をなさらず」
「貴様! 不敬だぞ!」
レオハルトの側近であるジェフリー・オルティスだ。彼は子爵家の三男であり、レオハルトに才能を見出され側近となった男だ。勤勉で忠義に厚いと周囲からの評価も高い。そして今、レオハルトと同じ怒りと軽蔑に満ちた表情でリディアナを睨みつけている。
「リディアナ嬢、その件はもちろん真相を解明すべきだと思う。令嬢にとって辛く悲しい出来事だということも想像に難しくない。しかし今回の問題とは別の話だ」
彼はレオハルトの親友、辺境伯の嫡子フィンリー・ライアス。普段は少々軽薄なところが目立つが、この場での姿はそのような様子を少しも思い出せないほどの立ち振る舞いだ。感情任せにせず、淡々と、しかし強い意志を持ってリディアナへ伝えようとしていることがわかる。
「君はあまりにもやりすぎた」
悲しそうな瞳を向け、しっかりとリディアナと視線を合わせた。
「真相など、疾うの昔に解明済みですのでお気遣いなく」
リディアナは少しも怯む事なくしっかりと視線を返す。
「もうやめてくれよリディ!」
美しい銀髪を靡かせた気弱そうな少年が必死に懇願するような声を上げた。彼の名はルカ・フローレス。リディアナの双子の弟である。
「ああ、そちらが強気なのは……あの蠅女、この愚弟まで誑かしたんですのね! あっちこっちとお忙しい中、弟のお相手までしていただいて申し訳ないですわ」
「そんな! 私は……!」
前に出ようとしたアイリスをレオハルトが妨げ、お互いに見つめ合った。
あらあら、とリディアナは大袈裟に驚いているフリをしているが、もちろん事前に知っていていたのだろう。実の弟を一瞥し、アイリスに視線を向ける。
「違う! 僕が一方的に……」
「これでわかっただろう。貴様に勝ち目はない。証拠も証人も十分に揃っている。大人しく婚約破棄を受け入れろ。……どちらにしろ、第二王子の殺害と第三王子の殺害未遂で貴様は死罪だ!」
静まり返っていた大広間が途端に騒がしくなる。そんな中でもリディアナは眉一つ動かさない。
「ふふ、そんな大層な罪を並べ立てなくても。ただその粗末な女と一緒になりたいが為に婚約者の粗探しをしたと仰ったら良いのに!」
面白そうにクスクスと笑い始めた。
「そうだ! 私はアイリスを愛している」
アイリスは口を抑え、顔を真っ赤にしてレオハルトを見つめていた。レオハルトは愛しげな視線をアイリスに返している。誰が見てもリディアナに向ける目とは全く違うのがよくわかった。
「貴様の望みはわかっている。この国の王妃になる事だろう」
蔑むようにリディアナの方を向き、高らかに宣言した。
「私、レオハルト ・オースティンは今この時を持って王位継承権を返上する!」
そこでこの日初めて、悪女の顔に動揺が表れた。もちろん彼女だけでなくホール中が更に騒がしくなる。
「このような場で……無効ですわ!」
「お望みなら陛下の、父の前でも宣言しよう!」
「継承権のない殿下に、いったい何の価値があるとお思いで? リオーネ様がさぞお嘆きになるでしょうね」
この国では第一王子だからといって王になれるわけではない。基本的には能力、魔力量、人望、そして母親の身分等、様々な面を考慮して現王が決定する。
レオハルトの母である第三側妃リオーネは商家の生まれである。その辺の貴族よりもよっぽど良い暮らしをしてきたが身分は平民だ。その為王宮では王の妃だというのに窮屈な生活を送っており、自身の産んだ第一王子に大きな期待をかけていた。王の母となる事を望んでいるのだ。
「これは俺の人生だ! 母は関係ない!」
確固たる意志を持って強く反論する。長い葛藤の末に出した答えなのだろう。
「まあまあ! 魔物にでも唆されたのですね! 王の子として生まれたものは国の為に生きる責務があるのです。民は血税を払い、徴兵され血を流しながら国を守っているのですよ。自身の王がより良い環境でより良い国を作るために!」
「そんな事ない! レオだって、フィンだって、ジェフだってルカだって……誰のためでもない、自分自身のために生きても良いはずよ!」
必死な表情で、アイリスがレオハルトに加勢した。
「小蝿がブンブンと詭弁を並べて、なんて鬱陶しい」
「貴様がどれだけ彼女を傷つけようと彼女の価値が揺らぐことはない!」
この様な悪態は日常茶飯事なのだろう。彼女の暴言に今更驚く者はいない。
「そして貴様がどれだけ足掻こうとも俺が王になることはない」
アイリスの肩を抱きながらリディアナを強く睨みつける。
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「まあなんてこと……」
「後悔するのは貴様だったな」
レオハルトが冷たく言い放った。
「残念ですわ。殿下の私への評価がこんなにも低かったなんて」
手に持っていた美しい宝石で装飾された扇子を振り上げたかと思うと、リディアナの周りに激しい風が渦巻き始めた。一般の生徒たちが叫び声をあげながら慌てて逃げ始める。風はやがてそれぞれが刃物のように鋭さを変え、リディアナの近くにいる者から切り裂いていった。
「王にならない男になんの価値もありませんわね。私の時間を利子付きでお返しいただきたいけれど……」
やがてあたりは血で埋め尽くされ、うめき声をあげる兵士や逃げ遅れた生徒達であふれていく。レオハルトにジェフリー、フィンリーそしてルカはアイリスの強力な防御魔法によってなんとか耐えていた。
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