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第一部 悪役令嬢の幼少期
1 今ならまだ間に合うはず
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(やばいやばいやばいやばい……!)
やばい、やばいしか浮かばないわ。えぇっと……私は誰? ここはどこ? なんだろう、身体が思うように動かない。だるい。うっすら目を開けてみると、人影がみえる。焦点がなかなか合わないが、綺麗な銀髪の女の人のようだ。
「————リディ!」
そうだそうだ。それが今の私の名前だ。そしてこの人は私の今の母親のサーシャだ。目の焦点が合い始めたのと同時に、記憶の焦点も合い始めたようだ。
リディアナ・フローレス。公爵家の長女。この間十歳の誕生日を迎えると同時に、この国の第一王子との婚約が決まった。地位良し、器量良し、魔力量よし、誰もが羨むちょっと我儘なレディである。今のところは。
「おか……あさ……ま……」
声がかすれている。どれくらい眠っていたのだろう。確か例の流行り病にかかって、それから……。
母の頬に涙がつたうのが見えた。
◇◇◇
状況を整理しよう。私、リディアナは現実を受け止めるために、ふかふかのベッドに座り広々とした豪華絢爛な部屋を見渡した。窓から入ってくる風が気持ちいい。
箒星が一晩中見えていた日に生まれた子ということで、部屋が天体のモチーフに溢れている。記憶を取り戻した私からすると少々ファンタジー色が強い。
「エリザ、なにか書くものを持ってきてくれるかしら」
「承知いたしました、お嬢様」
体はだいぶ回復したようだ。ただ一か月も横たわっていたせいか、体の動きが悪い。少々リハビリをしなければ。クルクルと肩を回してみるが、やはりぎこちない。エリザが無表情で書くための台をセッティングしている。
「ありがとう。ミルクもいただける? 熱々なのがいいわ!」
「すぐにご用意いたします」
「ゆっくりで大丈夫よ」
さて、箇条書きにしてみよう。
・名前 リディアナ・フローレス
・年齢 十歳 公爵家五人兄弟の長女
・一昨日まで流行り病で死にかけていた
・侍女のエリザ 無表情だが有能
・母はサーシャ・フローレス 女当主で治癒師
・父はロイ・フローレス 他国貴族の五男
・叔母のリリー・フローレスはこの国の聖女
・婚約者は第一王子のレオハルト
はぁ……ここまで書いて大きく息を吐く。手元に置いてある手鏡で自分の姿を映した。ツヤツヤの豊かな黒髪にキリッとした大きな黒い瞳。病気のせいで痩せこけ、顔色もあまりよくないが、それでもなお美しさがわかる。これは、やっぱりそうだ。
(転生したんだ……『アイリスの瞳』の世界へ)
『アイリスの瞳』は前世で大ハマりしていた冒険恋愛ファンタジー漫画である。剣と魔法そして魔物のいるファンタジーな世界で繰り広げられるあたたかな恋愛が、私の(ブラック企業での労働によって)傷ついた心を癒してくれたものだ。
(働いて働いて働いて……家と会社の往復ばかり……出会いの場なんてなかったのよ!)
またため息をつく。大好きな世界に転生できた。だけど、なんでよりにもよってリディアナなんだ。主人公のアイリスとはいかなくても、その親友のライザとか、冒険者ユリアとか、もうそれこそモブとかでもよかったのに。なのに……。
「うわぁぁぁん! なんでよぉぉぉ! 私が何か悪いことしたってのぉぉぉ!!?」
ああ、思わず叫んでしまった。
「お嬢様!?」
バン!と勢いよく扉が開き、ミルクをこぼしながらエリザが急いで駆けよってきた。急いで紙をひっくり返すが、別段見られて困ることは書いていないに気が付く。どっちにしろ、日本語で書いたので読めはしないだろう。
「ごめんなさい! なんにもないの。それより……」
エリザの手が赤くなっていた。ホットミルクが手にかかり火傷してしまったようだ。その手に自分の手を重ねる。美しいパチパチとした白い光が患部に当たると、徐々に火傷が治っていくのがわかる。
「いけません! おやめください!」
ひっこめようとした手をつかむ。
「大丈夫よこれくらい。ビックリさせてしまってごめんなさいね」
「お嬢様……」
(うーん、やっぱり練習がいるわね)
このくらいの傷、主人公なら一瞬のはずだ。物語の中のリディアナは、有名な治癒師の家系でありながら、治癒魔法はあまり得意ではなかった。しかしそんなことはなんの問題にならないほど莫大な魔力を有していたのだ。あらゆる魔法を使いこなし、その膨大な魔力でごり押しのように主人公の邪魔をする。いや、言い換えよう……殺意をもって主人公の前に立ちはだかる。
悪役令嬢 リディアナ・フローレス
それが今の私。物語の世界のラスボスである。八年後、莫大な魔力でこの国に厄災をもたらす。しかし主人公たちの力によって最終的に封印されるのだ。そして我が家は私の存在によって爵位をはく奪され、没落していく。
(封印って! どこの大魔王かってのよ!)
悪役令嬢の最後によくある処刑じゃないのは、お優しい主人公に最後まで人を殺させないためか。この場面、ネットでは賛否両論だった。私はというと、サクッと殺さんかい! 派だったのだ。悪は厳しく罰せられるべき! と。
(いやいやいや! 無理無理! 運命怖すぎ!!)
他人ごとだと思って前世の私ったらなんて浅はかなっ! 今の私が泣いてるぞ!?
(だいたい封印っていつまでよ……未来永劫とかだったら怖すぎるんだけど)
ある意味処刑より残酷なのでは!? 転生という体験をした今となっては余計にそう感じる。いや、そもそも処刑も封印も絶対に避けたいことだが。
光がおさまった。どうやら綺麗に治ったようだ。エリザの手を放す。
「申し訳ございませんでした。お身体は大丈夫ですか?」
「全然なんともないわ!」
エリザが無表情で頭を下げる。彼女は悪役令嬢の右腕だった。悪逆の限りを尽くすリディアナに最後まで裏切らず付き従っていた。
「エリザ、あとでお母様と話がしたいの、魔法学を本格的に学びたくって」
「承知しました」
エリザが出て行ったので再び紙に向かう。
・『アイリスの瞳』 主人公アイリスと悪役令嬢リディアナ 十五歳から物語が始まる
・皇后になるために邪魔になりそうな第二王子を殺害、第三王子殺害未遂
・悪行三昧の末、第一王子に婚約破棄される これをきっかけにこの国の厄災の令嬢と呼ばれる存在となる
そして何より大事なこと、
・フィンリー様、リディアナから主人公を庇って死亡
・リディアナ、主人公に負けて封印される
「————ッ!」
危ない危ない、また叫びそうだった。髪の毛をくしゃくしゃにしながら頭を抱える。
(無理無理無理無理無理なんだけどっ!)
フィンリー様は私の推しである。まず、主人公の相手役であるレオハルトよりも外見が好みである!柔らかそうな薄いブラウンの髪の毛、少したれ目、綺麗なグレーの瞳……細マッチョ! 女たらしだが、実は一途で、普段が緩い感じだからこそ、ここぞというときのキリッした表情のギャップがたまらない。そして主人公への恋心を秘めているが、決して面には出さない。陰ながら主人公を支えるのだ。いや……たまに気持ちが漏れているが、そこは鈍感という主人公特性により気づかれることはない。はあ……好き!!!
しかし最期はリディに殺される。愛する主人公を庇って……。
辛い日々、どれほど彼に救われたことか。彼が死んだ日、生まれて初めて有休をとった。友人たちからの連絡に返信する気力もなく、大騒ぎになったというエピソード持ちである。生粋のオタクをやっていた。
トントンとノックの音が聞こえ、どうぞと声を出すやいなや父が部屋に入ってくる。
「リディ! 今日の調子はどうだい?」
にこやかな目の下のクマが痛々しい。疲れていることを隠そうとしているのがわかる。私と同じ、黒髪と黒い瞳の持ち主である。
「ええ、もう大丈夫です。……ソフィア、ロディ、シェリーは……?」
フローレス家の次女のソフィア、次男のロディそして生まれたばかりの三女シェリーは長い闘病生活の末、冬の寒い日に亡くなったと原作に記載があった。私と同じ流行り病で。今は秋が始まったばかり、そうなるまでにはまだ猶予がある。
「ああ、今は落ち着いているよ。サーシャが見てくれているからね。リディはまだゆっくり身体を休めるんだよ」
「お父様も……」
「ははは! 私は大丈夫さ! 体力だけはあるからね」
安心させようと、優しく話しかけながらぐしゃぐしゃになった髪の毛を整えてくれる。手の温かさが心地いい。父は使用人だけに任せず、自身で看病しているのだろう。そういう人だ。
「お母様は大丈夫でしょうか。私の治療にかなりの魔力を使ったと聞きました」
「あのサーシャだぞ! 大丈夫さ!」
母はこの国一番の治癒師である聖女と同等の力を持っている。その母を持ってしても、この流行り病の治療には苦戦しているのだ。
実際、原作で我が子三人を失うことになった母は、失意の中少しでも命を救おうと、治癒師の少ない地方へと赴き、そこで命を落とすことになる。この穏やかで優しい父は相次ぐ家族の死に激しく打ちのめされ、酒に溺れ、家庭は崩壊していく。その流れでリディアナは闇落ちし、この国の厄災となっていく。という話が悪役令嬢の過去エピソードとして描かれていた。
「それじゃあ戻るからね。寂しくなったら呼ぶんだよ?」
「お父様ったら、もうそんな年ではありませんわ!」
「まだ十歳になったばかりじゃないか! 皆が急に大人びたって噂していたけれど本当にそのようだね」
しまった! 確かに少し子供らしくなかったかもしれない。どうも前世の人格にひっぱられているようだ。こっちでは十年だが、前世では二十六年生きている。前世の人格が優位になるのも仕方がないことかもしれない。
「も、もう十歳ですわ! 婚約者だっておりますのよ!」
「ははは! そうだね。立派なレディだ! 元気になって本当によかった」
さて、当面するべきことを考えよう。私はこの流行り病の原因を知っている。治療方法もわかっている。まずはこれを終わらせなければ。家庭崩壊なんてまっぴらごめんだ。闇落ちなんて勘弁してくれ!
何よりすべきことは、
「フィンリー様の命を守らなければ……!」
今の私であるリディアナがフィンリー様の命を奪うなんて到底考えられないが、正直、何が起こるかわからない。だけど前世の知識がある、これを使わない手はない。物語は私もアイリスも十五歳になってから始まる。今ならまだなんとかなることも多いはず。
フィンリー様のイケおじ姿! いいえその先のイケてるおじいちゃん姿まで拝んでやるわ!!!
さあさあ! そうと決まればとっとと行動開始よ!
やばい、やばいしか浮かばないわ。えぇっと……私は誰? ここはどこ? なんだろう、身体が思うように動かない。だるい。うっすら目を開けてみると、人影がみえる。焦点がなかなか合わないが、綺麗な銀髪の女の人のようだ。
「————リディ!」
そうだそうだ。それが今の私の名前だ。そしてこの人は私の今の母親のサーシャだ。目の焦点が合い始めたのと同時に、記憶の焦点も合い始めたようだ。
リディアナ・フローレス。公爵家の長女。この間十歳の誕生日を迎えると同時に、この国の第一王子との婚約が決まった。地位良し、器量良し、魔力量よし、誰もが羨むちょっと我儘なレディである。今のところは。
「おか……あさ……ま……」
声がかすれている。どれくらい眠っていたのだろう。確か例の流行り病にかかって、それから……。
母の頬に涙がつたうのが見えた。
◇◇◇
状況を整理しよう。私、リディアナは現実を受け止めるために、ふかふかのベッドに座り広々とした豪華絢爛な部屋を見渡した。窓から入ってくる風が気持ちいい。
箒星が一晩中見えていた日に生まれた子ということで、部屋が天体のモチーフに溢れている。記憶を取り戻した私からすると少々ファンタジー色が強い。
「エリザ、なにか書くものを持ってきてくれるかしら」
「承知いたしました、お嬢様」
体はだいぶ回復したようだ。ただ一か月も横たわっていたせいか、体の動きが悪い。少々リハビリをしなければ。クルクルと肩を回してみるが、やはりぎこちない。エリザが無表情で書くための台をセッティングしている。
「ありがとう。ミルクもいただける? 熱々なのがいいわ!」
「すぐにご用意いたします」
「ゆっくりで大丈夫よ」
さて、箇条書きにしてみよう。
・名前 リディアナ・フローレス
・年齢 十歳 公爵家五人兄弟の長女
・一昨日まで流行り病で死にかけていた
・侍女のエリザ 無表情だが有能
・母はサーシャ・フローレス 女当主で治癒師
・父はロイ・フローレス 他国貴族の五男
・叔母のリリー・フローレスはこの国の聖女
・婚約者は第一王子のレオハルト
はぁ……ここまで書いて大きく息を吐く。手元に置いてある手鏡で自分の姿を映した。ツヤツヤの豊かな黒髪にキリッとした大きな黒い瞳。病気のせいで痩せこけ、顔色もあまりよくないが、それでもなお美しさがわかる。これは、やっぱりそうだ。
(転生したんだ……『アイリスの瞳』の世界へ)
『アイリスの瞳』は前世で大ハマりしていた冒険恋愛ファンタジー漫画である。剣と魔法そして魔物のいるファンタジーな世界で繰り広げられるあたたかな恋愛が、私の(ブラック企業での労働によって)傷ついた心を癒してくれたものだ。
(働いて働いて働いて……家と会社の往復ばかり……出会いの場なんてなかったのよ!)
またため息をつく。大好きな世界に転生できた。だけど、なんでよりにもよってリディアナなんだ。主人公のアイリスとはいかなくても、その親友のライザとか、冒険者ユリアとか、もうそれこそモブとかでもよかったのに。なのに……。
「うわぁぁぁん! なんでよぉぉぉ! 私が何か悪いことしたってのぉぉぉ!!?」
ああ、思わず叫んでしまった。
「お嬢様!?」
バン!と勢いよく扉が開き、ミルクをこぼしながらエリザが急いで駆けよってきた。急いで紙をひっくり返すが、別段見られて困ることは書いていないに気が付く。どっちにしろ、日本語で書いたので読めはしないだろう。
「ごめんなさい! なんにもないの。それより……」
エリザの手が赤くなっていた。ホットミルクが手にかかり火傷してしまったようだ。その手に自分の手を重ねる。美しいパチパチとした白い光が患部に当たると、徐々に火傷が治っていくのがわかる。
「いけません! おやめください!」
ひっこめようとした手をつかむ。
「大丈夫よこれくらい。ビックリさせてしまってごめんなさいね」
「お嬢様……」
(うーん、やっぱり練習がいるわね)
このくらいの傷、主人公なら一瞬のはずだ。物語の中のリディアナは、有名な治癒師の家系でありながら、治癒魔法はあまり得意ではなかった。しかしそんなことはなんの問題にならないほど莫大な魔力を有していたのだ。あらゆる魔法を使いこなし、その膨大な魔力でごり押しのように主人公の邪魔をする。いや、言い換えよう……殺意をもって主人公の前に立ちはだかる。
悪役令嬢 リディアナ・フローレス
それが今の私。物語の世界のラスボスである。八年後、莫大な魔力でこの国に厄災をもたらす。しかし主人公たちの力によって最終的に封印されるのだ。そして我が家は私の存在によって爵位をはく奪され、没落していく。
(封印って! どこの大魔王かってのよ!)
悪役令嬢の最後によくある処刑じゃないのは、お優しい主人公に最後まで人を殺させないためか。この場面、ネットでは賛否両論だった。私はというと、サクッと殺さんかい! 派だったのだ。悪は厳しく罰せられるべき! と。
(いやいやいや! 無理無理! 運命怖すぎ!!)
他人ごとだと思って前世の私ったらなんて浅はかなっ! 今の私が泣いてるぞ!?
(だいたい封印っていつまでよ……未来永劫とかだったら怖すぎるんだけど)
ある意味処刑より残酷なのでは!? 転生という体験をした今となっては余計にそう感じる。いや、そもそも処刑も封印も絶対に避けたいことだが。
光がおさまった。どうやら綺麗に治ったようだ。エリザの手を放す。
「申し訳ございませんでした。お身体は大丈夫ですか?」
「全然なんともないわ!」
エリザが無表情で頭を下げる。彼女は悪役令嬢の右腕だった。悪逆の限りを尽くすリディアナに最後まで裏切らず付き従っていた。
「エリザ、あとでお母様と話がしたいの、魔法学を本格的に学びたくって」
「承知しました」
エリザが出て行ったので再び紙に向かう。
・『アイリスの瞳』 主人公アイリスと悪役令嬢リディアナ 十五歳から物語が始まる
・皇后になるために邪魔になりそうな第二王子を殺害、第三王子殺害未遂
・悪行三昧の末、第一王子に婚約破棄される これをきっかけにこの国の厄災の令嬢と呼ばれる存在となる
そして何より大事なこと、
・フィンリー様、リディアナから主人公を庇って死亡
・リディアナ、主人公に負けて封印される
「————ッ!」
危ない危ない、また叫びそうだった。髪の毛をくしゃくしゃにしながら頭を抱える。
(無理無理無理無理無理なんだけどっ!)
フィンリー様は私の推しである。まず、主人公の相手役であるレオハルトよりも外見が好みである!柔らかそうな薄いブラウンの髪の毛、少したれ目、綺麗なグレーの瞳……細マッチョ! 女たらしだが、実は一途で、普段が緩い感じだからこそ、ここぞというときのキリッした表情のギャップがたまらない。そして主人公への恋心を秘めているが、決して面には出さない。陰ながら主人公を支えるのだ。いや……たまに気持ちが漏れているが、そこは鈍感という主人公特性により気づかれることはない。はあ……好き!!!
しかし最期はリディに殺される。愛する主人公を庇って……。
辛い日々、どれほど彼に救われたことか。彼が死んだ日、生まれて初めて有休をとった。友人たちからの連絡に返信する気力もなく、大騒ぎになったというエピソード持ちである。生粋のオタクをやっていた。
トントンとノックの音が聞こえ、どうぞと声を出すやいなや父が部屋に入ってくる。
「リディ! 今日の調子はどうだい?」
にこやかな目の下のクマが痛々しい。疲れていることを隠そうとしているのがわかる。私と同じ、黒髪と黒い瞳の持ち主である。
「ええ、もう大丈夫です。……ソフィア、ロディ、シェリーは……?」
フローレス家の次女のソフィア、次男のロディそして生まれたばかりの三女シェリーは長い闘病生活の末、冬の寒い日に亡くなったと原作に記載があった。私と同じ流行り病で。今は秋が始まったばかり、そうなるまでにはまだ猶予がある。
「ああ、今は落ち着いているよ。サーシャが見てくれているからね。リディはまだゆっくり身体を休めるんだよ」
「お父様も……」
「ははは! 私は大丈夫さ! 体力だけはあるからね」
安心させようと、優しく話しかけながらぐしゃぐしゃになった髪の毛を整えてくれる。手の温かさが心地いい。父は使用人だけに任せず、自身で看病しているのだろう。そういう人だ。
「お母様は大丈夫でしょうか。私の治療にかなりの魔力を使ったと聞きました」
「あのサーシャだぞ! 大丈夫さ!」
母はこの国一番の治癒師である聖女と同等の力を持っている。その母を持ってしても、この流行り病の治療には苦戦しているのだ。
実際、原作で我が子三人を失うことになった母は、失意の中少しでも命を救おうと、治癒師の少ない地方へと赴き、そこで命を落とすことになる。この穏やかで優しい父は相次ぐ家族の死に激しく打ちのめされ、酒に溺れ、家庭は崩壊していく。その流れでリディアナは闇落ちし、この国の厄災となっていく。という話が悪役令嬢の過去エピソードとして描かれていた。
「それじゃあ戻るからね。寂しくなったら呼ぶんだよ?」
「お父様ったら、もうそんな年ではありませんわ!」
「まだ十歳になったばかりじゃないか! 皆が急に大人びたって噂していたけれど本当にそのようだね」
しまった! 確かに少し子供らしくなかったかもしれない。どうも前世の人格にひっぱられているようだ。こっちでは十年だが、前世では二十六年生きている。前世の人格が優位になるのも仕方がないことかもしれない。
「も、もう十歳ですわ! 婚約者だっておりますのよ!」
「ははは! そうだね。立派なレディだ! 元気になって本当によかった」
さて、当面するべきことを考えよう。私はこの流行り病の原因を知っている。治療方法もわかっている。まずはこれを終わらせなければ。家庭崩壊なんてまっぴらごめんだ。闇落ちなんて勘弁してくれ!
何よりすべきことは、
「フィンリー様の命を守らなければ……!」
今の私であるリディアナがフィンリー様の命を奪うなんて到底考えられないが、正直、何が起こるかわからない。だけど前世の知識がある、これを使わない手はない。物語は私もアイリスも十五歳になってから始まる。今ならまだなんとかなることも多いはず。
フィンリー様のイケおじ姿! いいえその先のイケてるおじいちゃん姿まで拝んでやるわ!!!
さあさあ! そうと決まればとっとと行動開始よ!
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