悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
6 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

5 告白

しおりを挟む
 突然のルカの変化に固まってしまった。どこでバレたんだろう。素を出しすぎた? 十分注意したはずだ。いや、そもそも別に嘘をついているわけではない。私はリディアナだ。

「……何言ってるの? 私はリディアナよ」
「そうだね。リディアナだ。だけどリディアナじゃない」

(滅茶苦茶核心ついてくるじゃん!)

 双子の不思議なパワーでも発現したのだろうか。小さな変化も決して見逃さないように、じっとこちらを見つめてくる。完全に疑われている。私はというと、完全に動揺してしまっていた。

(ここは驚くべき!? 平静を装うべき!? どっち!?)

「僕にはわかるんだ。前までのリディアナじゃないって」
「は……え? ……へぇ?」

 確信を持っているのがわかる。それに気圧されて言動だけでなく、表情筋も挙動不審になってしまった。十歳相手に完全に負け動作をしてしまっている。所詮前世の私は一般人だ。

 結局、観念して前世のことを話すことにした。ただ内容は曖昧に。もちろん全ては教えない。

「何それ!? すごいじゃないか!」

 ルカは興奮気味に声を上げた。どうやらワクワクしているようだ。

「ちょっと! 絶対に誰にも言わないでよ!」
「もちろん! 誓うよ!」

 予想していた反応と違う。この家に関してはネガティブな内容しかないはずだ。ショックを受けるんじゃないかと思ったが……。

「だってもうすでにその本の物語とは違う世界になってるはずだよ」
「まぁそれはそうね」

 ほんの些細な出来事すら未来への影響は大きいという。すでにシェリーの命は救った。その他大勢の命を救う準備が今進んでいるはずだ。今後は世界が大きく変わっていくだろう。前世の知識によるアドバンテージはどれほど活かせるだろうか。

「リディは何も罪悪感を感じる必要はないんだよ?」
「え?」
「他人の功績とっちゃったとか、未来を変えちゃったとか気にする必要はないってこと」

 はっきりと目を見て力強く話しかけてくれる。

「これは僕達の物語なんだから。誰にも何にも遠慮する必要はないんだ」

 気にしていたことを大丈夫と言ってもらえて心底ホッとしてしまった。有無を言わさぬ言葉に、安心感を覚えた。それにしてもなんていい弟なんだ。
 この弟を選ばないアイリス、やっぱり見る目ねぇ~~~! 

「そうよね。物語の世界だって知ったかぶって……今この世界で生きている人たちに対して失礼よね」

 これは自分に言い聞かせる。

「それにしても物語の僕はダメだなぁ。リディを一人にしたなんて」
「リディアナへの試練が多すぎるのよ」

 二人でああだこうだと『アイリスの瞳』の中のリディアナとその家族の不遇の人生について文句を付けた。物語の大まかな流れも話した。ただ、ルカがアイリスに惚れる件だけは教えていない。五年後、出会った際に色眼鏡なしで彼女を見てほしいという気持ちと、可愛い弟を取られるのが面白くないという嫉妬半々というところだ。

(アイリスはレオハルトと幸せになれればそれで十分でしょ!)

 存分に二人で愛し合ってくれたまえ!

◇◇◇

「リディ! 本当によかった……元気になったのね!」
「リリー叔母様! あっ失礼いたしました。聖女様……」

 丁寧にマナー通りに挨拶をする。膝を折り、深く頭を下げるのだ。

「まあ、そんなことしなくていいのよ!」

 そう言って少し涙ぐみながら抱きしめてくれた。まさに聖女の装いの叔母は月の女神様のように美しい。見た目は母と似ているが、存在感が浮世離れしている。お付きの人たちも沢山いて物々しい雰囲気だ。一様に白いマントに銀糸の刺繍が施されたものを羽織っている。これは教会所属の証なのだ。

「さあ行きましょう」

 母はそんな彼等に少しも物怖じなどしない。大人数でソフィアの部屋に向かう。ベッドの側にいた父とルカが、叔母の姿を見て丁寧に挨拶をした。

「それじゃあリディ、お願いできるかしら」
「わかりました」

 今回は私の魔力量が危なくなっても、母も叔母もついている。シェリーでなんとかなったのだから、あれ以上必要ということはないと思いたいが念には念をというところだろうか。もちろん、この国の治癒師二大巨頭への施術方法のレクチャーという面もある。大役だ。

「失礼致します。こちらを」

 白マントの人が、私にブレスレットをはめた。ほんの少し大きい。前世でみた電子回路に大小様々な宝石を散りばめたようなデザインのものだった。離れたところでルカが興味津々の様子でこちらを伺っているのが見えた。

「計測機でございます」

 これが魔道具か! 教会こそ魔道具なんて嫌がりそうなイメージだったが違うようだ。

 ソフィアはもう話すことができなくなっていた。痛々しい姿に涙がでそうになる。そっと腹部に手をかざす。試しに母がやっていたように意識的に寄生魔物を探してみるとほんの少し、チリッと感じる部分があった。

(ここか……)

 その場所を中心に魔力を流し込む。本当に小さい、米粒に満たない存在だ。なのにドンドンと魔力を吸い込んでいくのがわかる。だが今日は後ろに控えがいるという安心感が私の気持ちを楽にした。ガンガンいこうじゃない。

(文字通りはちきれるまで食べさせてあげるわ!)

 あらかじめ時計を準備していたので今回は時間がわかっていい。エリザによると、シェリーの時はおおよそ一時間近くかかったらしい。病気の進行具合でみれば、今回も同じくらいだろうか。それともソフィアの方が身体が大きいから余計にかかる?
 三十分が過ぎたあたりでソフィアの手を握っていた父が声を上げた。

「温かくなってきた!」

 そこで再度、腹の中の魔物の気配を探ってみる。先ほど感じたあたりのチリチリが弱々しくぼやけていた。どうやら無事駆除ができたようだ。その上昨日より疲労感ははるかに少ない。

「ふぅ~~~……」

 長く息をはいた。

「すごい! すごいよリディ!!!」

 ルカは叔母とその一団がいることを忘れて大はしゃぎだった。ベッドに横たわる娘の顔に血の気が戻ってきたのを見て、父も母も飛び上がって喜びたいのを我慢している表情だった。

「エリザ、昨日となにか違うところはあるかしら?」

 ソフィアの頬を愛おしそうに撫でながら母が尋ねる。

「魔力を使用しているエリアがかなり絞られておりました。時間もかなり短縮されているかと」
「リディアナ」
「はい! 魔物の気配を強く感じた場所に集中して魔力を注ぎました」
「いつの間にそんなに魔力コントロールがうまくなったんだい? 前は苦手だったろう?」

 父は私の肩を抱いて誇らしげに微笑みかけた。リディアナは病気前、魔力量に胡坐をかいてコントロールについてはたいして練習しなかった……ように見せかけて実はしっかり練習していたのだ。

(でかした! 過去のプライド激高の私!)

 魔力コントロールに関しては圧倒的にルカがうまい。それが悔しくてこっそり独学で学んでいた。プライドが高く負けず嫌いなため、表立っては魔力量ばかり誇示していたのだ。そしてあの時は自分よりも褒められたルカへの対抗心もあった。今となっては少し後ろめたい思い出だが、この練習が役になったなら報われるというものだろう。

「効率よく魔力を使えば上級魔術師でなくてもいけるかもしれないわね」
「そうね。事前に場所が特定できれば中級で十分かも」
「あとは進行具合の確認ね」

 私がはめていた腕輪の状況をみながら、母と叔母が患者対応に関して打ち合わせを始めた。上級だの中級だのいうのは、おそらく宮廷魔術師の階級の話だろう。もうそこまで話を進んでいるのか。叔母のお付きのメンバーが慌ただしく大きな紙に色々書き留め始める。また別のお付きはソフィアの身体に治癒魔法をかけてはじめた。

「リディも結構大変だったろう?」

 確かに目覚めてから改めて母に治癒魔法をかけてもらえるまでは、なかなか不調が治らなかった。あれがあるとないとではその後の回復も違いそうだ。

「さあロディのところへ行きましょう」

 急に叔母が号令をかけた。慌てて皆ついていく。

(どっかの病院の教授の回診みたい!)

 テレビでしか見たことはないが。

 叔母の付き人達は特に大慌てだ。一部を残してまたロディの部屋へと大移動した。
 付き人達が離れた一瞬、叔母が母に耳打ちをし、母の顔が曇ったのがみえた。なにがあったのだろう。

 今度の治療は母がおこなった。手際よく体内の魔物を見つけ、私の時よりも更に短時間で駆除できていた。レベルの差を見せつけられた気分だ。
 だが暖かいロディの手を握って、やっとほっと息つくことができた。これで今世で血を分けた妹弟達の命は助かったのだから。

 叔母達の帰り際、教会所属の一人から深々と頭を下げられた。

「あの人の妹さんね、氷石病なのよ」

 聖女の瞳は優しく揺れていた。

(なにも後悔することはなかったんだ)

 物語に合わせる必要も気を使う必要もない。ここはこの世界に住むこの人たちの物語なのだ。私が生きる世界なんだ。
 もし今後何か後悔する日が来たとしても、今日のあの人のことを思い出そう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...