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第一部 悪役令嬢の幼少期
6 第一王子、来る
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「リディはこれからどうするの?」
フローレス家全員が回復してからニ週間が経った。最近は寝る前にルカがやってきて、前世の世界についてこちらが眠たくなるまで聞いてくるのが日課になっている。特に機器類の話がお気に入りらしい。
(そういえば魔道具オタクって設定があったな)
お昼のお茶をいただきながら、ルカによる携帯電話がいかにスゴいかというマシンガントークを聞く。
「世界中どこにいても相手と直接会話できるなんて! そんなの大魔法でも聞いたことがない!」
「へぇそうなんだ」
「いやでももしかしたらどこかの国で魔道具として今まさに作られているかも……なんていっても携帯電話があれば世界がひっくり返るし!」
「そうかもねぇ」
適当に相槌をうっていたら興味ないのがバレてしまったみたいだ。ちょっとムッとした表情で冒頭の質問をされてしまった。
「氷石病の対応が思いの外あっさり終わっちゃったのよね」
この病の治療法は教会と国とで各地に広められ、急速に患者が減ってきている。すでに私の手を離れたと言ってもいい案件となってしまった。
家族はともかく、国中の、特に高レベルの魔術師が少ない地方まで助けるのは難しいかもしれないと思っていたが、そこで活躍し始めたのが虫下……という報告を今朝聞いたばかりだ。宮廷魔術師達が到着するまでの時間稼ぎとして十分な効果が出ているらしい。
「とりあえず家庭崩壊は防げたから次はフィンリー様よ!」
「でもそれって八年後だろ? 今となってはそのイベント自体起こらないかもしれないし。それまでただ待つの?」
「うっ……」
ぶっちゃけてしまうと、考えていなかった。目覚めた時はとりあえず、氷石病がきっかけの家庭崩壊とリディアナによるフィンリー殺害、このニ点をどうにかしなければということで頭がいっぱいだったのだ。
「アリバラをボコるか……」
「ちょっと! 僕の先生に絡まないでよね!」
どうやらこのニ週間、ルカはアリバラとうまくやっているようだった。ルカ曰く、
『ちょっと捻てて口は悪いが職務には忠実』
だそうだ。わがまま放題傍若無人のリディアナから大人しいルカがいい影響は受けないと考えたからの前回の発言だったらしい。実際教え方はうまいらしく、もともと魔力操作のうまいルカが、さらにうまくコントロールできるようになったと喜んで報告してきた。
私はと言うと、過去の評判が影響してか教育係が決まらず、惰眠を貪る日々である。いや私公爵令嬢よ!? 第一王子の婚約者よ!? どうにかしてでも私の教育係になりたい! って人がいっぱいいてもおかしくないわよね? そんなに嫌!? 名誉なことよ!?
「フィンリー・ライアスなら会ったことあるよ」
「は!? 今なんて言った!?!?」
アリバラの件をはぐらかされた気もするが、その名前を出されたらどうしようもない。
「ねぇいつ!? どこで!? なんで!? どうして!? 私は!!?」
なんで私は会っていないの!? ルカに詰め寄る。
「ええっと、六月初めに王室主催の剣術大会があっただろ。そこでだよ」
「うそ! なんで誘ってくれなかったの!?」
「お父様も僕も誘ったじゃないか。宝石商呼ぶからって断られたけど」
「うわああああああ私のバカバカバカバカ!!!」
なんたる失態!!! 六月って婚約前じゃない。もしかしたらそれで第一王子との婚約は回避できたかもしれないのに。
「……婚約破棄よ」
「へ?」
「婚約破棄しなきゃ!!!」
なんで考えつかなかったんだろ。十八歳で厄災の令嬢とならなくても、第一王子に婚約破棄された令嬢にはなってしまう。一生付きまとう肩書としては十分だろう。
(問題ありって今でさえ思われてるのに、公開婚約破棄なんかされた日にゃ~世間様がなんて言うかっ!)
以前の私からは考えられないくらい世間体を気にした思考回路になっている。
(くそ~あとちょっと早く前世の記憶があれば~~~!)
いや、記憶が戻っただけありがたかったと思うことにしよう。
婚約破棄、なにも十八歳になるのを待つ必要なんてない。誰もが望む王族との婚約を破棄なんて、世間からすると信じられないような行動だろう。私の経歴としても一生残るものになる。だがまだ十歳だ。言い訳はいくらでも作れるし、傷は浅いうちがいいに決まっている。
「そんなに簡単に出来ることじゃないのはわかってるだろ?」
婚約破棄に意気込んでいる私の前で呆れ顔のルカがお茶を啜っている。他人事のように言っているが、あなたはもうすぐ王族と婚約破棄した令嬢の弟になるんですからね!
「それでもやるわよ! 話したでしょ?」
「ああ、浮気男って話だろ?」
「そうよ!」
「まあ僕も浮気男と結婚してほしくはないけどさ」
複雑そうな顔をしている。ルカは私と違い、レオハルトとは何度もあっている。同じ年頃の男子として頻繁に王宮に招待されているのだ。
「そんなことするようには思えないけどなぁ」
「あの二人の出会いは運命で決められたものなのよ!」
「えぇ……」
「運命の愛なの!」
ルカの機械トークのように熱を込めて語る。
「私をガン無視して、日常生活はもちろんのこと、学園でのイベントは全てアイリスと一緒だし、魔物討伐という名の旅行を何度も行うし……私をスパイスに愛を育んでいくのよ!」
もはやリディアナのおかげて二人は結ばれたといっても過言ではない。アイリスとレオハルトのラブラブきゅんきゅんエピソードは全てリディアナにしてみれば浮気相手とのイチャイチャである。そりゃ腹も立つってもんだわ。
「立場が変われば景色もかわるわねぇ」
「まあそれはそうだろうね」
勝手な話だ。前世ではそのラブラブきゅんきゅんに心を潤わせてもらっていた。リディアナという障害によって報われない二人を応援したりもした。
「愛のない結婚なんて!」
「あるに越したことはないよねぇ」
私達だって貴族の端くれである。政略結婚が当たり前なのもわかっている。
「僕、お父様とお母様みたいなのがいいな!」
「お父様と結婚するためにお爺様を当主の座から引きずり下ろしたってあれ……本当かしら」
話の途中、扉がノックする音が聞こえ、エリザが入ってきた。
「第一王子がこれからいらっしゃるとのことです」
「は!? 今から?」
「わぁ~噂をすれば……」
普通ならこんな直前でなく、前もって連絡をよこすはずだ。これは舐められている。
「何しに来るの?」
「お見舞いとのことです」
「今頃~~~?」
いやいや本当になんで今頃なんだ? 来るならもっと早くていいし、そもそも来る必要はない。これは政略婚だ。レオハルトがこちらに好意がないのは記憶を取り戻す前から知っている。ワクワクドキドキして向かった婚約の場で、暗い顔をした事務的な対応をするレオハルトに会って酷くガッカリしたのを覚えている。
(あっちがどうしても結婚してほしいっていったんじゃないの!?)
今となってはそれがレオハルトの母リオーネ様が、王子の後ろ盾欲しさにやや強引に縁談を勧めたことがわかっているが、あの時はただ強く結婚を望まれたとしか知らされていなかった。自分が噂の眉目秀麗の第一王子から見染められたと思って嬉しくてしかたなかったのだ。
(強く結婚を望んだのは義母だったっていうオチね!)
作中ではあまり語られていなかったが、第一王子と第二、第三王子との宮中での力の差は実際かなり大きなものだった。いかに本人が優秀であったとしても、母親が平民というだけで宮中での味方はほぼいない。そうなると次期王として選ぶことは難しい。第一王子は実質、フローレス公爵家という後ろ盾がついて初めて王位継承者という土俵に上がることができるのだ。
「急ぎご準備を」
扉の向こうがバタバタと慌ただしくなっているのがわかった。
「腐っても王族ね」
あの日の可哀想な自分を思い出し悪態をつく。
「ちょっと! 口の利き方気を付けて。最近僕とばかり話してるから気が抜けすぎてるよ!」
それはルカが一方的に私の部屋に来て質問を浴びせてくるから……とは言わない。実際かなり気楽に過ごせていた。父も母も氷石病の対応でバタバタとして顔を見ることができない日の方が多かった。
「気がのらないわ~」
「さっきの意気込みはどうしたんだよ」
「作戦くらい立てたかったのよ!」
ああ、本当に嫌だ。なんで病み上がりで会いたくもない人間に時間をさかなければならないんだ。
「お急ぎください」
有無を言わさぬエリザの言葉に渋々従うしかなかった。
フローレス家全員が回復してからニ週間が経った。最近は寝る前にルカがやってきて、前世の世界についてこちらが眠たくなるまで聞いてくるのが日課になっている。特に機器類の話がお気に入りらしい。
(そういえば魔道具オタクって設定があったな)
お昼のお茶をいただきながら、ルカによる携帯電話がいかにスゴいかというマシンガントークを聞く。
「世界中どこにいても相手と直接会話できるなんて! そんなの大魔法でも聞いたことがない!」
「へぇそうなんだ」
「いやでももしかしたらどこかの国で魔道具として今まさに作られているかも……なんていっても携帯電話があれば世界がひっくり返るし!」
「そうかもねぇ」
適当に相槌をうっていたら興味ないのがバレてしまったみたいだ。ちょっとムッとした表情で冒頭の質問をされてしまった。
「氷石病の対応が思いの外あっさり終わっちゃったのよね」
この病の治療法は教会と国とで各地に広められ、急速に患者が減ってきている。すでに私の手を離れたと言ってもいい案件となってしまった。
家族はともかく、国中の、特に高レベルの魔術師が少ない地方まで助けるのは難しいかもしれないと思っていたが、そこで活躍し始めたのが虫下……という報告を今朝聞いたばかりだ。宮廷魔術師達が到着するまでの時間稼ぎとして十分な効果が出ているらしい。
「とりあえず家庭崩壊は防げたから次はフィンリー様よ!」
「でもそれって八年後だろ? 今となってはそのイベント自体起こらないかもしれないし。それまでただ待つの?」
「うっ……」
ぶっちゃけてしまうと、考えていなかった。目覚めた時はとりあえず、氷石病がきっかけの家庭崩壊とリディアナによるフィンリー殺害、このニ点をどうにかしなければということで頭がいっぱいだったのだ。
「アリバラをボコるか……」
「ちょっと! 僕の先生に絡まないでよね!」
どうやらこのニ週間、ルカはアリバラとうまくやっているようだった。ルカ曰く、
『ちょっと捻てて口は悪いが職務には忠実』
だそうだ。わがまま放題傍若無人のリディアナから大人しいルカがいい影響は受けないと考えたからの前回の発言だったらしい。実際教え方はうまいらしく、もともと魔力操作のうまいルカが、さらにうまくコントロールできるようになったと喜んで報告してきた。
私はと言うと、過去の評判が影響してか教育係が決まらず、惰眠を貪る日々である。いや私公爵令嬢よ!? 第一王子の婚約者よ!? どうにかしてでも私の教育係になりたい! って人がいっぱいいてもおかしくないわよね? そんなに嫌!? 名誉なことよ!?
「フィンリー・ライアスなら会ったことあるよ」
「は!? 今なんて言った!?!?」
アリバラの件をはぐらかされた気もするが、その名前を出されたらどうしようもない。
「ねぇいつ!? どこで!? なんで!? どうして!? 私は!!?」
なんで私は会っていないの!? ルカに詰め寄る。
「ええっと、六月初めに王室主催の剣術大会があっただろ。そこでだよ」
「うそ! なんで誘ってくれなかったの!?」
「お父様も僕も誘ったじゃないか。宝石商呼ぶからって断られたけど」
「うわああああああ私のバカバカバカバカ!!!」
なんたる失態!!! 六月って婚約前じゃない。もしかしたらそれで第一王子との婚約は回避できたかもしれないのに。
「……婚約破棄よ」
「へ?」
「婚約破棄しなきゃ!!!」
なんで考えつかなかったんだろ。十八歳で厄災の令嬢とならなくても、第一王子に婚約破棄された令嬢にはなってしまう。一生付きまとう肩書としては十分だろう。
(問題ありって今でさえ思われてるのに、公開婚約破棄なんかされた日にゃ~世間様がなんて言うかっ!)
以前の私からは考えられないくらい世間体を気にした思考回路になっている。
(くそ~あとちょっと早く前世の記憶があれば~~~!)
いや、記憶が戻っただけありがたかったと思うことにしよう。
婚約破棄、なにも十八歳になるのを待つ必要なんてない。誰もが望む王族との婚約を破棄なんて、世間からすると信じられないような行動だろう。私の経歴としても一生残るものになる。だがまだ十歳だ。言い訳はいくらでも作れるし、傷は浅いうちがいいに決まっている。
「そんなに簡単に出来ることじゃないのはわかってるだろ?」
婚約破棄に意気込んでいる私の前で呆れ顔のルカがお茶を啜っている。他人事のように言っているが、あなたはもうすぐ王族と婚約破棄した令嬢の弟になるんですからね!
「それでもやるわよ! 話したでしょ?」
「ああ、浮気男って話だろ?」
「そうよ!」
「まあ僕も浮気男と結婚してほしくはないけどさ」
複雑そうな顔をしている。ルカは私と違い、レオハルトとは何度もあっている。同じ年頃の男子として頻繁に王宮に招待されているのだ。
「そんなことするようには思えないけどなぁ」
「あの二人の出会いは運命で決められたものなのよ!」
「えぇ……」
「運命の愛なの!」
ルカの機械トークのように熱を込めて語る。
「私をガン無視して、日常生活はもちろんのこと、学園でのイベントは全てアイリスと一緒だし、魔物討伐という名の旅行を何度も行うし……私をスパイスに愛を育んでいくのよ!」
もはやリディアナのおかげて二人は結ばれたといっても過言ではない。アイリスとレオハルトのラブラブきゅんきゅんエピソードは全てリディアナにしてみれば浮気相手とのイチャイチャである。そりゃ腹も立つってもんだわ。
「立場が変われば景色もかわるわねぇ」
「まあそれはそうだろうね」
勝手な話だ。前世ではそのラブラブきゅんきゅんに心を潤わせてもらっていた。リディアナという障害によって報われない二人を応援したりもした。
「愛のない結婚なんて!」
「あるに越したことはないよねぇ」
私達だって貴族の端くれである。政略結婚が当たり前なのもわかっている。
「僕、お父様とお母様みたいなのがいいな!」
「お父様と結婚するためにお爺様を当主の座から引きずり下ろしたってあれ……本当かしら」
話の途中、扉がノックする音が聞こえ、エリザが入ってきた。
「第一王子がこれからいらっしゃるとのことです」
「は!? 今から?」
「わぁ~噂をすれば……」
普通ならこんな直前でなく、前もって連絡をよこすはずだ。これは舐められている。
「何しに来るの?」
「お見舞いとのことです」
「今頃~~~?」
いやいや本当になんで今頃なんだ? 来るならもっと早くていいし、そもそも来る必要はない。これは政略婚だ。レオハルトがこちらに好意がないのは記憶を取り戻す前から知っている。ワクワクドキドキして向かった婚約の場で、暗い顔をした事務的な対応をするレオハルトに会って酷くガッカリしたのを覚えている。
(あっちがどうしても結婚してほしいっていったんじゃないの!?)
今となってはそれがレオハルトの母リオーネ様が、王子の後ろ盾欲しさにやや強引に縁談を勧めたことがわかっているが、あの時はただ強く結婚を望まれたとしか知らされていなかった。自分が噂の眉目秀麗の第一王子から見染められたと思って嬉しくてしかたなかったのだ。
(強く結婚を望んだのは義母だったっていうオチね!)
作中ではあまり語られていなかったが、第一王子と第二、第三王子との宮中での力の差は実際かなり大きなものだった。いかに本人が優秀であったとしても、母親が平民というだけで宮中での味方はほぼいない。そうなると次期王として選ぶことは難しい。第一王子は実質、フローレス公爵家という後ろ盾がついて初めて王位継承者という土俵に上がることができるのだ。
「急ぎご準備を」
扉の向こうがバタバタと慌ただしくなっているのがわかった。
「腐っても王族ね」
あの日の可哀想な自分を思い出し悪態をつく。
「ちょっと! 口の利き方気を付けて。最近僕とばかり話してるから気が抜けすぎてるよ!」
それはルカが一方的に私の部屋に来て質問を浴びせてくるから……とは言わない。実際かなり気楽に過ごせていた。父も母も氷石病の対応でバタバタとして顔を見ることができない日の方が多かった。
「気がのらないわ~」
「さっきの意気込みはどうしたんだよ」
「作戦くらい立てたかったのよ!」
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