悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
10 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

8 取引き-2

しおりを挟む
 思い出に浸っていたことに気が付いたように、母はハッとして顔を上げた。

「本題に入るわね。そこで私が目を付けたのが『薬学』だったの」
「医者……医学ではなく薬学なのですね」

 治癒師や医者はいなくとも、その地その地で独自に発展した薬学が各地にあったのだ。ただし、やはり劇的に効果があるとは言い難い代物ではある。

「もちろん本当は医者という存在も普及させたいわ。だけど時間がかかるだろうし、なにより反発が多いのは目に見えているから。金銭的に余裕がない平民にも使ってもらえる『薬』を先にと思ったの」

 この国にいない『医者』という単語を聞いて、よく勉強しているわね、と母は誇らしげだが、今となっては治癒師よりそちらの方が私には馴染みがあるとは言えない。

(反発ねぇ)

 魔術至上主義の我が国ならありえそうな話だ。魔術以外の技術など信じられない人が多い。いや、生理的に受け付けないと言った方が正しいか。

「とりあえず薬なら、それに強い国から輸入して安定した普及ができるはずだったの。だって治癒師の商売相手は金持ちばかりだし、お金のない平民向けのなんて無関心な人が多いでしょう」

 耳が痛い。記憶が戻る前の私がまさにそうだ。
 母はその後、薬師を招いて薬学の学校を開きたかったのだそうだ。
 その土地によって病気の症状や、手に入りやすい薬草も違うからと。この国の為に薬学の発展を夢見ていた。

「だけどダメだったわ。あなたのお爺様とカルヴィナ家が、薬の普及などとんでもないって大騒ぎ。自分たちの価値が少しでも下がることは避けたかったのね」

 カルヴィナ家はフローレス家と同じく治癒師の名家だ。アイリスの親友ライザの生家でもある。

「だからとりあえず、お爺様は引きずり下ろしたわ。ロイとの結婚も反対されていたし」

 サラッと怖いことを言う。お爺様は孫にこそ優しいが、それ以外の人には大変厳しい人物で有名だ。見た目も威厳にあふれ近寄りがたい雰囲気を持っている。その人をどうやって引きずり下ろしたんだろうか。

「それから何年もかけて国王を説得したの。ちょうど平民からの支持がイマイチだったからそこをついてね。ほら、リオーネ様って平民出身とは言っても実家が大金持ちでしょう。人気取りには効果が薄かったのよ」

 レオハルトの母親であるリオーネ様には私も会ったが、他の妃よりも多くの宝石を身に着け美しく着飾っていた。あの時は羨ましく思ったものだが、それが貴族の身分をもたなかった彼女の武器なのかもしれない。

「ここで今回の婚約が絡んでくるわ。フローレス家って商売はからっきしじゃない? 自分たちそのものが商品みたいなものだから」
「ははは……」

 ここは笑うしかない。

「薬はロイの国から輸入することは決まっていたのだけれど、肝心の貿易船を持つ家と主要な港が全てカルヴィナ家に圧力をかけられていてね……そこで唯一手を挙げてくれたのがリオーネ様の実家、オースティン商会なの」

 父ロイの出身国は日本をイメージして作られた国のようだった。周りが海で囲まれている島国のため、基本的な貿易は海路ということなのだろう。我が国とはそこそこ距離があるので、陸路ではどうしても時間がかかる。

「オースティン家はどういうわけか私がしたいことを知っていてね。そこで第一王子との婚約話を提案されたのよ……ごめんなさい。私の目的のためにあなたを犠牲にするなんて……」
「そんな! 最後にこの話を決めたのは私です」

 実際、レオハルトとの婚約話に二つ返事で答えたのは私だ。そもそも母はこの国の為、大義の為に行動を起こしたのだ。公爵家の娘として、このくらいのことは当然と言ってもいい。

『嫌なら断ってもいいのよ』

 そう言った母を今でも覚えている。

(最高の縁談なのにどうしてそんなことを言うの? って不思議だったんだよね~)

 あの時はレオハルトの立場もわかっていなかった。リオーネ様が平民出身だとしてもレオハルトは優秀だと聞いているし、何よりイケメンだ。ルカも会うたびに彼を褒めていた。彼以外の次期王がいるだろうかと信じて疑わなかったのだ。

(我儘令嬢なのにこのへんの偏見のなさはこの家族のおかげかしらねぇ)

 物語の中ではそれも次第に変わっていってしまうが。

 目の前にいる母は自分のエゴのために娘を不幸にしたと思い込んでしまったようで、口をへの字に結んで悔しそうな顔になっている。

「いいえ、あなたが傷つくような婚約を結んでしまったのは母として私の落ち度よ」
「お母様にそのように思っていただけるだけで私は幸せです」

 これは本当にそうだ。この世界、家のための不幸せな結婚などいくらでもある。

「あなたがレオハルト様に相手にされてないことには気がついていたの……だけどあなたのプライドを思うとなんと声をかけていいかわからなくて……これは言い訳ね」

 記憶が戻る前のリディアナなら母の対応は正解だろう。婚約者に相手にされないなんて事実、絶対に認められなかった。プライドが許さない。

「だからこの婚約、あなたが嫌なら破棄しましょう」
「ありがとうございます……でも、思い直しました。今はまだこのままで結構です」
「リディ!」
「なにか解決策が見つかるまででも」
「でもそれじゃああなたが!」

 不幸な結婚生活になるって? それとももしかしたら一生結婚できない? 
 そうかもしれないけど、レオハルトとの結婚はないし、前世から特別結婚願望があったわけでもないし。この国の為に頑張っている母の足を引っ張るくらいなら公開婚約破棄なんて大したことじゃない。

「あぁ! 昨日の騒ぎのせいで虫下を入れてもらえなくなったらどうしましょう!?」

 オースティン家もそれは大騒ぎになっているだろう。

「……それなら問題ないわ。第一便はすでに国内に入ってきているし、何より今更この治療法を駄目にするなんて王が許さないでしょう」

 それならよかった。まさかここでレオハルトとの婚約が絡んでくるとは……やはり慎重に動くべきだったのだ。

「リディアナ、本当にありがとう。……婚約のことだけではないわ。今回の件で予定より早く国内に薬の有用性を示すことができた。これで今後にも希望が持てるの」
「お母様の頑張りのおかげです! 今までの下積みがあったからこその今ですわ!」

 実際、これまでの母の根回しがなければ、急に薬を輸入してくれといってこんなにスムーズにいっただろうか。人々の受け取り方も違ったかもしれない。

「ありがとう……リディアナ」

 涙ぐむいつもと違う母を見てこちらも泣きそうになる。

「あっちの方は任せときなさい!!! もう二度とあなたに惨めな思いはさせないわ!」
「え!?」

 急に元気を出すように声を上げた。あっち? あっちってどっちだ?

「もう手紙書いちゃってるから! エリザに聞いてね……怒りに任せて書いちゃったから!」
「あの……どなたに?」

 恐る恐る聞いてみる。

「オースティン家、リオーネ様、レオハルト第一王子よ! 昨日の夜には届けてもらったわ!」

 それで早々に手紙が来たのか。

「いい? 泣き寝入りなんて絶対にしたらダメよ! 何かあれば必ず報告して」
「ありがとうございます。……だけど私自分でなんとかしますわ!」
「それでこそ私の娘ね」

 悪戯っ子のような笑顔の母を見て安心した。この国の王子を泣かすくらいは許してもらえそうだ。

 さて、母のお墨付きももらったし、明日はレオハルトとの第二ラウンドだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...