悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

9  対決! 第一王子 ラウンド2

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 気が乗らない。なんでレオハルトのためにこんなに着飾らないといけないんだ。コンビニ用のスウェットで十分だろ。

「そのような顔をしても着ていただきますからね!」

 今日はエリザではなく、新人のマリアである。新人であるのに気が強い。前世の記憶を取り戻す前のリディアナにエリザを除いて唯一受け入れられた使用人である。平民出身ではあるが、侍女のような役割を担っていた。
 今日は一昨日と違ってちゃんとしたお茶席を用意してあった。使用人たちが気合を入れてセッティングしてくれているのがわかる。雇い主の将来がかかっていると思われているのかもしれない。

(一昨日の婚約破棄騒ぎ、皆知ってるもんなあ)

「見た目で舐められたらいけません!」
「なるほど。戦闘服ってわけね」

 それなら仕方がない。されるがままにドレスを着せられ軽く化粧をしてもらう。

「お嬢様、ご病気をされて少し角が取れたかと思いましたが、どうやら気のせいだったようで安心いたしました!」
「あら、前のように尖ったままがいいのかしら?」

 不敵な笑みで見つめる。周りにいた他の侍女達の表情がこわばるのがわかった。

「はい! 王宮で生きていく為には強さが必要ですわ!」

 どうやらマリアなりの激励だったようだ。

「……婚約破棄は私からお願いしたのよ。フられたんじゃなくてフったの! そこは絶対間違えないで……って皆にも伝えて」

 ここ大事! めちゃくちゃ大事なとこ!

「あら! そうだったのですね。私はてっきり」
「えぇ~……」

 自分で蒔いた種とはいえ、リディアナの評判が悪すぎる。これから少しずつ挽回していかなくてはいけないだろう。ここまで悪いと生きづらい。

「いえ……婚約破棄はとりあえずなくなったから。それを伝えてちょうだい」

 レオハルトは約束の時間の少し前にやってきた。今日は一昨日のよりも豪華な身なりをしている。約束通り、婚約者としてしっかり振る舞うようにしたようだ。いや、お母様の手紙の効果もあるのかもしれない。

「今日の装いは美しいですわね」
(一昨日は手を抜いてやがったなこの野郎)

「君こそ今日は最初から猫を被る気はないんだな」

 今日は嫌味が通じたようだ。フンと顔を背けられた。だがしかし、すぐに顔がショボショボとなり覇気が消えていくのがわかった。

「君に……謝らなくてはならない……」

 お母様からの手紙がよっぽど強烈だったのだろうか。あのレオハルトがこんな素直に謝罪するなんて。

「殿下の態度についてはすでに謝罪していただきましたのでもう結構です」
「いや、その話ではなく私達の婚約の件だ」

 ああ、なるほどね。オースティン家は国を思う母サーシャの気持ちを人質にとって私と婚約させたわけだ。清廉潔白なレオハルトにとって自分の婚約にこんな後ろ暗いことがあったなんて知ったらキツいだろう。
 彼は弱きを助け強きを挫く男。成長すれば貴族の不正をただし、第一王子でありながら、立場の弱い平民のために惜しみなく動くようになる。戦隊モノのレッド役に相応しい。

「真実を?」
「……母を問いただした」

 レオハルトは唇をギュッと噛みしめている。よっぽど悔しいらしい。だが十歳の王子にはどうしようもないのだろう。
 レオハルトは母親が平民出身というだけで自身も、もちろん当事者の母親も宮中で下に見られていることに気が付いていた。それが婚約した後状況が一変したのだ。第一王子が王位に就く可能性を感じ、周りが手のひらを返しをはじめた。そのことがより一層レオハルトを惨めな気持ちにさせた。そしてそのやりきれない気持ちをフローレス家、リディアナのせいにしたのだ。

「最初……この婚約はフローレス家、君がとても望んだものだと聞いていた」
「はあああ!? 誰ですそんなこと言ったの!」

 あ、いやあの時は私が乗り気だったのは確かだ。けどそもそも婚約の話を持ち掛けたのはそちら側からだ。前提が違う。

「婚約に乗り気でなかった僕……私を説得させるために言ったんだろう。望まれたものだから幸せになれると。今ではそれが大嘘だというのはわかっているから安心してくれ」

 私の怒りゲージ上昇を感じたのか、急いで補足説明をする。だからあんな態度をとっていても大丈夫だと思っていたのか。

(今後国民にとってのいい王であっても、女にとっては敵ね!)

「殿下、建設的な話をいたしましょう」
「わかった……」

 まだおとなしいままだ。生意気度が低いと張り合いがない。せっかく戦闘服を着たというのに。

「とりあえず、婚約はこのままでいいですね」
「……! いいのか?」
「だって考えてもどうしようもないことでしょう。王子がどうにかしてくださいますか? オースティン家の方を説得して婚約破棄しても船を出してくださる? それともカルヴィナ家をどうにかして港の封鎖を解いてくださる?」
「すまない……」

(ションボリされるとやりずらいな~)

 まだ子供のレオハルトに言うには酷な内容だということはわかっているが、これまでのように蔑ろな態度をとられたらたまらない。状況はお互いはっきりと共有しておこう。

「そう思うなら早く力をつけてくださいませ! そうなれば今度こそさっぱりと婚約破棄できるというものです」

 我が家の力がないとそちらも困るでしょうということを含ませる。十分に恩義を感じてほしい。

「もちろんそう努めるが……現実的にすぐには無理だろう。それに……婚約破棄した後、君はどうするんだ? 遅くなればなるほど君にとっては良くないだろう」
「あら殿下、その辺りのことお勉強なさいましたのね」

 しっかりとレオハルトをみつめて意地悪く笑う。相手が少し怯んでいるのがわかって愉快だ。その件に関してはもう諦めがついているからかまわない。

(婚約破棄した後、私がどうなるかよーく考えれば罪悪感でいっぱいになるでしょう。その罪悪感を慰謝料に上乗せにして払ってもらうわ!)

「フィンリーに聞いたんだ……彼はライアス家の……」
「フフフフフフフフィンリー様!!!!!!?」

 レオハルトの言葉を遮って思わず叫んでしまった。待って待って……急にフィンリー様の名前が出たんだけど……なに、話したの? フィンリー様に私のこと話したの?

「フィンリー様がなんとおっしゃったのですか!?」
「あ……えっと……」
「なんとおっしゃったのですか!!?」

 どもるレオハルトを急かす。私に圧倒されているのがわかるが待てない。早く! 早く彼の話を!

「婚約破棄が遅くなるほど、他の人との結婚は難しくなると。君と同格で年齢が近い相手となると婚約破棄した頃にはすでに他に婚約者がいたり、婚姻済みのことが多い可能性が……」

 そうそう。条件がいい人ほど先に売れちゃうのよね~貴族の結婚ってのは。

「未婚の令嬢の立場があまりよくないということも考えていなかった」

 残念ながらこの国の結婚は家同士の繋がりの強化と同義語。結婚しないと実家に貢献できないんだ~って後ろ指さされちゃったりね。世知辛い世の中ったらないわ。

(さすがフィンリー様! レオハルトと違って、この年で貴族社会の現実までしっかり把握してらっしゃる!)

 はぁ~~~話を聞くだけでも惚れ惚れしてしまう。

(ああ。この世界には本当にフィンリー様がいらっしゃるんだわ!)

 その時急に不安になった。

「殿下、フィンリー様に余計な事を話されてはいませんわね?」

 一昨日の私の振る舞いを話されたら出会う前からマイナススタートだ。それは避けたい。せっかくこの世界に転生したのだから、彼の知り合いくらいにはなりたい。悪役令嬢としてではなく、麗しの公爵令嬢として認識されたい。多くは望まない。彼が生きてさえいれば。

(いや、それはウソだな……あわよくば仲良くなりたい)

「余計な事? それは君が猫かぶりだって話か?」

 ムッとして答える。お、調子が出てきたか?

「そうです」

 それしかないだろ。こちらも強気に答える。今更レオハルトに隠すような人格はない。……が、フィンリー様にはよく見られたいから知られたくない。まさか今王都にフィンリー様がいたなんて。原作には領地にいることが多かったと記載があったから油断した。

「フィンリーには、君にこれまでの態度を叱責され婚約破棄を告げられたとだけ話している」

 そうか。自分が泣いた話はしないか。

「ならいいですわ」

 よかったよかった。一安心だ。これで次会った時気合いを入れられるぞ。

「君のその態度……まさかフィンリーに惚れているのか!?」
「いいえ」

 そんな語気を荒げなくとも。自分のことを棚に上げて。

(惚れたなんてそんな簡単な言葉で片づけないでいただきたい!)

「君は……王子の、僕の婚約者だぞ!?」
「ええ!? それ言います!? 殿下だってどこの骨とも知らない女の子に惚れてるじゃないですか! 私その件については責め立てた覚えはありませんけど!」

 実際どうでもいいからね。どうぞアイリスと愛し合ってくださいませ。

「殿下、いくら見た目がいいからって、世の中の全ての女の子が殿下に惚れるわけではないんですよ」
「なんだと!? 人を自意識過剰のように言うな!」
「ハッキリと申し上げておきますが。私、殿下には惚れていませんので」
「そのくらいわかっている!」

 二人ともヒートアップしすぎた。ハーハーと肩で息をする。

「フン! その態度、妃教育でしっかり直してもらうんだな」

 え? 今なんて言った?

「キサキキョウイク?」
「何でカタコトなんだ……」

 何それ聞いてない。妃教育ってあれでしょ? 将来お妃様になった時の為に仕込まれるマナーやらなんやらのアレコレ。

「殿下まだ次期王に内定してませんよね?」
「本当に失礼な奴だな……次期王になる可能性のある者は全てその時の為の教育を受けるし、その婚約者は妃教育を受けるんだ」
「うそ……」

 レオハルトは呆れながらも答えてくれる。だがしかし私は固まってしまった。妃にならないのに妃教育受けないといけないの?

「やだやだやだやだ!」
「駄々っ子か! 婚約破棄できない今どうしようもないだろう」
「やだーーーっ!」

 やっと社畜から解放されたのに……妃教育なんて身に着けてもしょうがないことやってられるか!
 私の絶望したような顔を見て、レオハルトは溜飲が下がったのだろう。面白そうにこちらをみている。

「妃教育が待ってるぞ!」
「いやあああああ!」

 婚約者に追い討ちをかけるな!

「今回は僕の勝ちだな!」

 レオハルトは天使のような顔で嬉しそうに笑っていた。
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