悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第一部 悪役令嬢の幼少期

18 ファンの心得

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「リディ。君はフィンリーのことが好きと言うわりに積極的にいかないんだな」
「何を言っているのですか! 推しに迷惑をかけないというのはファンとしての大前提ですよ!」

 常識内で精一杯応援する。生きていてくれるだけでありがとう。それが推しに対する私のスタンスである。
 とは言っても明確なルールがあるわけではないし、今の立場を出来る限り楽しむ気ではいるけどね!

「もしフィンリー様がご不快になるようなことがあったら……私、腹を切ります」
「腹を!?」
「父の国流の責任の取り方ですわ」

 知らんけど。レオハルトはあたふたしている。

「冗談です。フィンリー様にご迷惑になるようなことはいたしません。そんな自分は許せないので」
「……まあフィンリーは今のところ、リディの反応を面白がっているから大丈夫だろう」

 パーティの後、最初のお茶の時間だ。しばらく気を張っていたせいか、今日はなんだか二人して気が抜けてしまっている。

「そういえば、リディはカメが欲しいのか?」
「え? いりませんけど」
「だけどパーティの時に、カメカメ言っていたじゃないか」

 そんなことあっただろうか。全く記憶にない。

「ほら、フィンリーに会った時さ」
「ああ!」

 わかった。カメじゃなくてカメラね。
 あの時は本当に自我を保つのが大変だった。あの後持ち直した自分を褒めてあげたい。そのくらいフィンリー様のお姿は衝撃的だったのだ。写真に収められなかったのが悔しくてならない。

「フィンリー様を国宝にしたい」
「僕の力でもそれは無理だ」
「じゃあ……」
「王になっても無理だ!」

 最近この手のネタは言い切る前に手を打たれてしまう。レオハルトも慣れてきたようだ。ドン引きされる回数が減ってきた。諦めともいう。

「フィンリーの事情、聞かないんだな」

 いつものジトッとした目で見てくる。
 いつも私はフィンリー様フィンリー様と騒いでいるのに、彼の個人情報をレオハルトから聞き出すようなことをしないのがいまだに信じられないようだ。

「めちゃくちゃ知りたいですけど、推しが公表してない情報を他所から聞くのは気が引けますので」

 本当は原作との相違点を確認しておきたいところだが。実は心当たりもあるので今はあえて聞くつもりはない。ある程度予測ができるのだ。
 おそらく原作通りにはいかず、フィンリー様はライアス家の嫡子ではなくなる。彼の兄が氷石病から回復したのだ。ということは、彼が今後得るはずだった心の闇やトラウマもなくなるはずである。
 
 フィンリー様の七歳年上のお兄様は大変優秀で人物的にも優れ、それはそれは皆に愛されていた。

(フィンリー様はお兄様の思い出を本当に嬉しそうに話していたわ)
 
 しかし原作では彼が十歳の時に死んでしまう。あまりのショックに両親は立ち直れず、嫡子となったフィンリー様と既に亡くなった長男を比べ続けるのだ。
 更に兄の死の数年後、兄の婚約者だった令嬢が辺境伯夫人という肩書き欲しさにフィンリー様に関係を迫り、それが彼のトラウマとなってしまう。

(未遂とはいえ事案じゃん! ああ思い出してもムカつくエピソード~~~!)

 思い出しても腹立たしい。現実にはなってないけど……いや、なってたまるか!!!

(例の女! 顔を見てやろうと思ったのに! この間は来てなかったのよね)

 フィンリー様の貞操は私が守る!

 ライアス家の嫡子、フィンリー様のお兄様はまだ療養中とのことでパーティは不参加だった。新年のパーティでフィンリー様にお兄様の病気のことを打ち明けられ、治療法の件をとても感謝されたのだ。

 作中、フィンリー様の優しさは周囲に壁を作るための優しさだった。本心が見えないように隠していたのだ。女にだらしないのも、本気で女性を信用できず、むしろ女性を蔑ろにするための行動だった。

 だがしかし! これでフィンリー様の心は救われるだろう。それは本当によかった! だけど嫡子でないということは、彼の将来がどうなるかわからない。レオハルトにとっても、親友が辺境伯の嫡子というのは王になる上でなかなかの強みにはなったのだ。

(フィンリー様のご両親もその辺を気にして王都に置いているのかしら)

 本来ならお兄様が亡くなった後、領地で嫡子としての教育を受けるはずだったのがいまだに王都で暮らしている。レオハルトの側近か、もしくは騎士か……フィンリー様の将来のためにこちらで経験を積ませたいのかもしれない。

「おい! またフィンリーのことを考えているな」
「いやぁわかります?」
「顔がだらしなくなるからわかる」

 真面目なこと考えてたのに!? しかしまぁ、推しの幸せを願い、推しの将来を心配できるなんてありがたいことだ。
 
(フィンリー様、冒険者になるのかなあ)

 フィンリー様が唯一信用し愛していた女性、アイリスに語っていたのだ。もし自分が辺境伯にならなかったら冒険者になるのが小さい頃の夢だったと。

(アイリスはその夢きっと叶えられるわ! とか言ってたけど現実は厳しいだろ~)

 なんて読んでた時は思ってたけど、まさか辺境伯になる前に死ぬとは……。

「おい! リディ!? どうした!?」
「え?」

 知らぬ間に涙が流れていた。いやあのシーンいまだに思い出しても泣けるのよ。死んで生まれ変わっても涙が溢れてしまうほど。

「フィンリー様のお兄様がよくなってよかったなって」
「それはそうだが……本当に大丈夫か?」
「大丈夫です。いつもの発作みたいなやつです」
「ああ……いつもの……」

 ここまで開けっぴろげに接してきた甲斐もあって、大抵のことは受け入れてくれるようになった。心配も引っ込んでしまったようだ。

「レオハルト様はフィンリー様のお兄様をご存知ですか?」
「ああ、フレッドとは会ったことがある。噂通りとてもいい人だったよ。僕にも本当の兄のように接してくれた。フィンリーもとても懐いていたし」
「ええ~! 二人で並んでるところ見たーい!」
「そのうち見れるだろう。回復してきていると教えてもらった」

 そうか。それならやっぱりこれでよかったのだ。推しのメンタルは守れたし、嫡子じゃなくてもフィンリー様なら何にでもなれるだろう。推しの夢を応援してこそのファンだ。

「……リディを見ていると、僕のあの子への気持ちがなんだかとても些細なものに思えるよ」

 泣いたりニコニコご機嫌になったりと忙しい私を見て、レオハルトがポツリと呟く。

「いいえレオハルト様! そこは自信を持ってくださいませ! 運命の出会いというのはあるのですよ!」

 レオハルトにはオタクの気持ちの昂りは刺激が強かっただろうか。少し反省しなければ。

「だいたいですね! 気持ちを他人と比べる行為が無意味です! 表現方法も千差万別! 私のように騒ぐ者もいれば、ひっそりその思いを胸に秘める人もいるのです!」

 そう! フィンリー様がアイリスを思ってたようにね!

「わかりましたか!?」
「わ、わかった……!」

 どうやら無理矢理納得させることができたようだ。そういえばアイリスは今どうしているんだろう。アイリスの周辺には氷石病の人間はいないはずだから、こういった変化はないだろうけど。

 少し調べておくのもいいかもしれない。
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